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機械の暴走が終わり、そして人知れず能力者たちの更なる陰謀を砕いた作戦から半月が経とうとしていた。
牛歩のような歩みではあるが、徐々に世の中は復旧しつつある。大きな爪痕を残し、未だ多くの人間が避難に近い生活を送らざるを得ない状態が続いているが、それでも少しずつ世の中は元に戻りつつあった。
機械が暴走する前と後で、明確に変わったものが多くある。その一つが能力者たちの行動と活躍だ。
機械に頼っていた部分を多くの能力者が代替することで、地域社会に貢献する状態が続いている。
もちろんそれにも限界はある。だがその行動が一般人の生活を助けている事もまた事実だった。
組織としても、そんな能力者に教育指導を施し、より地域社会に貢献できるように手助けを続けていた。
もちろんそんな状況下で悪事を働く能力者もいる。
ただ、そんな行動をとればどうなるか、多くの人間がもうすでに知っていた。
日本においては、特にその傾向が強い。
大々的に報道などをして周知し続けたその結果が今こうして、抑止力として働く結果となっている。
日本だけではなく、世界中で同様の動きがみられる。一部紛争などが激しく行われていた地域は、一時的に戦闘行為の一切が止まったことで、むしろ治安が良くなったという報告すら上がっているほどだ。
もっとも、それらがいつまで続くのかはわかったものではない。
多くの人が死に、多くの設備が被害を受けた。
その事実だけは揺るがない。その事実だけは変えられない。
数億。未だその正確な数さえも把握できず、復興作業が続く中、周介は空港にやってきていた。
組織が運用している空港で、滑走路には小型の飛行機が一機。その乗り込み口にはスーツに身を包んだ何人かの外国人の能力者がいる。
彼らは、言ってみれば迎えだった。
そう、今日ここから飛び立つのはトイトニーだ。体調もよくなり、ようやく故郷であるアメリカに戻る手はずを整えられたのである。
「それじゃあなトイトニー。今度はもう捕まらないでくれよ?」
『わかっているラビット。次はもっとうまくやる。今度は日本の手を煩わせることのないようにするさ』
周介はラビット隊の面々とトイトニーの見送りに来ていた。フシグロの通訳のおかげで会話には何の問題もない。こういう時は本当にありがたかった。
一番かかわりの深かった周介としては、トイトニーがアメリカに戻るというのはいろいろと感慨深い。
彼が快方に向かうまで、周介は何度も彼の元を訪れていた。
もっとうまく助け出せていれば、きっとまた違った形になっていただろうという後悔もある。
だがそれ以上に、何といえばいいのだろうか、同じ死線をくぐった仲とでも言えばいいのか、二人の間には奇妙な友情が結ばれていた。
『ラビット。忘れるな。もし何かあれば俺に声をかけてくれ。いつでも、どんな時でも力になる。絶対にだ』
「……わかったよ。その時は頼りにさせてもらう」
トイトニーが差し出してきた手を、周介はすぐにとって固く握手を交わす。そしてその手を引いて近づけると、トイトニーは周介を強く抱きしめて名残惜しそうにしていた。
周介もそれを拒むことはなかった。今生の別れというわけではないが、二人の間にある奇妙な友情が、それ以上言葉を告げさせることはなく、ただ互いの対応で、互いの気持ちを理解しているようだった。
離陸の時間となり、迎えに来ていた人間がトイトニーに声をかけると、名残惜しそうに二人は離れる。
「じゃあなトイトニー。また、どこかで。次は牢屋じゃないところで会いたいもんだ」
『まったくだ。暇ができたら合衆国に来い。いいスポットを案内してやる。それじゃあ、また』
二人が離れ、トイトニーは飛行機へと乗り込んでいく。
その様子を周介たちは離れたところから眺めていた。
ゆっくりと移動し、そして一気に加速して滑走路から飛び立っていく飛行機を眺めて周介はため息を吐く。
ほんのわずかな間ではあったが、トイトニーと過ごした時間は濃密だった。
なんと言えばいいのか。同じ苦労を分かち合った仲間のようなものだ。
「アメリカかぁ……旅行とかだとどこがいいんだろうな」
「ロサンゼルスとかじゃないかしら。私もそこまでアメリカに行ったことがあるわけじゃないからよくわからないけど」
「あとカジノとか有名じゃないっすか?ラスベガス?でしたっけ?」
「能力者ってカジノで遊べるんですかね?」
根本的な疑問がいくつも流れていく中、周介達はどんどん小さくなっていく飛行機を眺めていた。
こうしてみると何も変わらない。何も変わっていないように思える。周りに何もないことがそう思わせるのだろう。
ラビット隊のメンバーが飛行機が飛び立った後の空を眺めていると、周介の携帯に着信が入る。
電話の相手はドクだった。
「はいもしもし、どうしましたドク」
『あぁ周介君!ごめん今空港かい!?』
随分と焦っているような声だ。一体何がどうしたというのか。もっとも、この声音で話すあたり何となく予想はできるが。
「えぇ。トイトニーを見送ったところですよ。その様子だと、何か問題ですか?能力者が問題を起こしたとか?」
『話が早くて助かるね。一般の人用に物資の集積地を作ってるのは知ってると思うけど、そこが襲撃された。襲撃したメンバーはすでに離脱。物資だけを奪って逃走。こっちが反応するよりも早く動かれたよ』
「どれくらい物資は奪われたんです?丸ごとごっそりってわけでもないでしょう?」
『四分の一くらいいかれたね。かなりの能力者だよ。しかも複数人で動いてる。収納か転移。それに加えて機動力のある相手だ。現地にいるメンバーじゃ追い切れなかった。追跡と、可能なら捕縛を頼みたい』
「了解しました。相手の位置はわかってます?」
『もちろんさ。現在進行形でフシグロ君が追ってくれてる。配る前の物資には発信機をつけてるようなものもあるからね。追跡は問題なくできるよ』
「わかりました。地図に情報を表示してください。フシグロ、案内頼む」
『了解。ナビゲートするわ』
周介はタブレットに表示される地図を確認して一緒に来ていたラビット隊のメンバーにそれを共有する。
いつでも出撃可能なように準備を整えてもらう必要がある。
とはいえ、周介が言わなくとももうすでに動いている。言音はクマ型の飛行装備を取り出して、瞳の人形でそれらのセットを行っていた。
各員が装備を身につけ始めている中、周介も電話を繋いだまま装備に着替え始める。
滑走路が見えるような場所で着替えをすることになろうとは思ってもいなかったが、この中でそれに文句を言うものはだれ一人としていなかった。
「それとドク、俺一応現場から離れるようにって大隊長から言われてるんで、いい感じの言い訳を考えておいてくださいよ?俺怒られるの嫌ですからね」
『わかってるよ。帰り際にちょうどよかったからとかそんなことを言っておけばいいね。スワロー隊も出払ってるし、一番機動力があって現場対応力があるってなると君らくらいなんだよね。オーガ隊もいるけど……さすがにそれはやりすぎだし』
相変わらずオーガ隊も現場での仕事を多く行うようになったが、それでも限度というものがある。
特に今回のように逃げることに専念するような相手は周介達ラビット隊でも十分に対応可能だ。
問題があるとすれば、大隊長に苦言を強いられることくらいだろうか。
「ったく。どうしてこう強盗とかそういうのに走るんですかね。そういう能力があればいくらでも働けるってのに」
『本当にね。どうしてその能力を別のところに活かせないかなまったく。まぁともかく頼むよ。数少ない物資を奪われるってのはやっぱりきついからね。物資回収と一緒にお灸をすえてやって』
「了解しました。それではまたあとで」
周介がラビット隊の面々の方を向くと、既にカタパルトの準備とクマ型飛行装備の準備が整っていた。
瞳の人形が周介の装備を着させてくれる中、周介は全員の方を向いて小さくうなずく。
「物資集積地が襲撃にあった。当該能力者は複数。収納か転移の能力を使っていると思われる。そののち高速で逃走。戦闘にはなっていないみたいだけど、逃げ足が速い。現在フシグロが追跡してくれてる。地図を確認しながら現地に急行。敵能力者を捕縛する。質問は?」
端的に情報の伝達をした後。何も質問がないことを確認して小さくうなずく。
「02、現地についたら04と05と連動して一般人を遠ざけてくれ」
「了解。ビルとかがあったらそのあたり気を付けて動いてよね」
「03、俺と06の補助頼む。相手はかなり速いらしい。好きに動かせないように阻害頼んだ」
「了解っす。逃がさないことの方を優先しておきます」
「04は02の補助と周辺索敵。撃てるようなら撃て。ただし今回は市街地だ。実弾の使用は許可できない」
「了解しました。相手への嫌がらせを中心に撃ちます」
「05は適宜装備の提供。それと相手が強奪した物資があればそれも回収してくれ」
「了解っす!武装関係は言ってくれればすぐ出すっすよ」
「06は前衛。相手を叩き潰せ。俺と03でフォローする」
「あいよ。大将は基本後ろに下がってろよ?まだ完全に体力戻ったわけじゃねえんだから」
猛の苦言に周介は「善処するよ」とだけ言ってクマ型飛行装備の中に乗り込んでいく。
それに続いて各メンバーも装備の中に乗り込んでいく。いつもの流れだ。何も変わらない。
何もかもが変わってしまった世界で、周介達がやる事だけが変わらないというのは、何とも皮肉だった。
「こちらラビット隊。これより出撃します」
周介の言葉に従ってタイミングを合わせ、クマ型飛行装備が空へと舞い上がっていく。
世界が崩壊しかけた事件からまだ日も浅い。大きく傷つき、未だ立ち直れていない場所も多い。
そしてそういう場所にこそ、問題は多く起きる。そんな場所に周介達は向かうのだ。これから何度も、何度も、何度でも向かうのだ。
周介が担うことになる役割は、それこそこの後の世の中を大きく変える、それほどの重要性を有している。
それを自覚してるのか、いないのか。周介は飛ぶ。前へと。
自らが得た役割を全うするために。
これにてアロットロールゲインの本編が完結となります。
四年以上ご愛読いただき誠にありがとうございました。
明日から番外編が始まります。もうしばらく本作をお楽しみいただければ幸いです。




