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転移先にことごとく弾丸を放たれ、転移能力者は既に満身創痍の状態だった。
運よくどこも急所は外れているし、大きな血管は傷ついてはいないものの、既に何カ所も傷ができ、出血も多い。
これ以上負傷すると行動できなくなるのは目に見えている。
骨が折れようと、刺されようと、弾丸で撃たれようと能力を発動するだけの自信はあった。それだけの実績がこの転移能力者にはある。
だが、失血だけはどうしようもない。
輸血用の道具などあるはずもなく、回復するのには時間がかかる。血液を失い過ぎればいずれ動けなくなるのは確実だ。
再度空中からヘリに近づこうと転移を行った時、三回目の狙撃を体で受け確信する。転移先を読まれているのだと。
それがどう言った原理なのか全くわかっていない本人からすれば恐怖だった。どこに転移しても撃ち抜かれるのではないかと思えて仕方がない。
高性能な索敵と、天才的な学習能力によって空間の揺らぎを察知しているなどと誰がわかるだろうか。
受けているのはあくまで弾丸。ならば木々に紛れれば狙い撃たれることはないだろうと、転移能力者は即座に地上部分に逃げ込む。
その考えも正しく、一時的にではあるが知与の狙撃は止まっていた。さすがの知与も、物理的に障害があると狙撃できない時もある。
隙間を縫うように狙撃はできるが、確実に当てられる角度というものがある。今の転移した場所では精密な狙撃はできない。だが手はある。
「装備変更、直接火砲支援に変更します」
「了解。その体勢で撃てる?」
「問題ありません。人形で補助お願いします」
知与はヘリからぶら下がるような態勢のまま、瞳の人形に自分の体と同じくらい巨大な砲身を支えてもらい、狙いを定める。
直接狙えないのであれば、範囲攻撃に変えるだけだ。一発の弾丸で決められないのなら、何発でも打ち込むだけだ。
命中率にこだわらない。一撃でその周辺を破壊すればいいだけの話である。
知与が引き金を引くと同時に放たれた弾丸は地表部分へと一直線に降り注いでいく。
着弾する弾丸が爆発するその寸前、転移能力者は自らに降りかかる脅威を感じ取ったのか即座に転移してその場から退避して見せていた。
「避けられました。こちらの動きを察知されましたね」
「あの状態でよく転移能力発動できるな。もう結構負傷してるんだろ?」
「あの転移能力者ならそれくらいするわよ。あたしたちから何度も逃げてるやつなんだから」
「かなり出血していますが、まだ行動不能には至っていません。あの根性はさすがとしか言いようがありませんね」
敵として遭遇したことしかないが、あの転移能力者の根性は筋金入りだ。それは遭遇した回数が最も多いラビット隊の面々が一番よく知っている。
骨を折ったところで、傷を負わせたところであの転移能力者は止まらないのだ。似たような男を知っているからこそ、知与は攻撃の手を緩めない。
即座に構え直して転移能力者に攻撃を当てようと狙いを定め、撃つ。
放たれた弾丸は放物線を描きながら転移能力者めがけて一直線に進む。だがそれでも、またしても着弾寸前に転移能力者は転移を発動してその場から逃げる。
そして、二度三度と逃げるうちにその方向が変わってきた。
「まずいですね。このままだと一人で逃げられます。包囲網の方へ向かってます」
「距離は?」
「包囲網までおよそ二百。統制射撃をお願いします」
「了解。牽制するわ」
瞳が作り出している包囲網の方へと一人で逃げようとしているのであれば、瞳の人形だけでは止めきれない。
転移の飛距離から考えても包囲網をすり抜けられてしまう。
知与が手傷を負わせても、結局個人で逃げる判断をされればそこまでと言ったのはこういうことだ。
だが、転移能力者の判断は正しい。
引き際というものがある。明らかに大勢が決している状態で一人足掻いても仕方がない。
ならば自分だけでも離脱しようとするのは決して間違いではないのだ。
知与の読み通り、瞳の人形が構築する包囲網の方へ向かっていく転移能力者。瞳の人形が統制射撃を行って逃がさないようにするも、その射撃を掻い潜って転移を繰り返し包囲網から簡単に脱出してしまっていた。
「目標、射程限界です。ミーティア隊、あの転移能力者の牽制攻撃をお願いしてもいいですか。こちらに再び戻ってくることがないように」
「了解。一人で逃げられると厄介だな」
「ですが物資もありません。負傷もさせました」
『こちらラビット01。今からそっちに戻る。そっちは大丈夫か?』
転移能力者の行動を証明するかのように、周介からの無線が入ってくる。
あと少し逃走が遅ければ、周介の能力によって延々と追い続け逃げることもできなくなっていただろう。
相手の方が一枚上手であると認めざるを得ない。ただ、知与自身はこの結果に満足していた。
負傷させ、なおかつ戦線から離脱させた。あとは敵能力者を殲滅するだけ。それももうあと二人を残すのみ。こちらの損壊はゼロ。戦果としては上々だろう。




