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知与はその瞬間をずっと狙っていた。
ドットノッカーに攻撃を当てるにはどうすればよいか。狙撃が防がれたあの時から、知与はずっとそれを考えていた。
そして、結局知与にはその可能性しか見出すことはできなかった。
圧倒的な脅威の出現。
それが起きた時の人間の反応は実に顕著だ。
高いレベルでの集中。そしてそれに対応するために自らのすべてを注ぎ込む。周りの状況を判断し、対応しようとする。
それは能力者であっても同じことだ。むしろ普通の人間よりも荒事になれているために、その考え方はさらに強くなるだろう。
周介の作り出した圧倒的な攻撃を前に、ドットノッカーもまた同じ反応をした。
知与は周介の扱う飛行機の直撃すらも囮に使ったのだ。
自分の肩を撃ち抜かれたドットノッカーは一瞬何が起きたのか理解できていなかった。
目の前に迫る飛行機に対応しようとしていた瞬間、肩に衝撃が走ったのだ。
貫通はしていない。だが痛みはある。弾丸が肩にめり込んだのだと、瞬間的に判断したものの、態勢が大きく崩れてしまっていた。
態勢を整えなければ、どこから攻撃された、また次の攻撃が来るのか、飛行機に対応しなければ。
そのようなことを考えている間に、飛行機がドットノッカーの体に直撃する。
その勢いそのままに、ドットノッカーの体は地面に叩きつけられた。当然飛行機も地面に直撃し、辺りに部品をまき散らしていた。
轟音と土ぼこりが辺りにまき散らされる中、安全な場所に退避していた周介と大門はその様子を観察していた。
「あーあ……派手にやったね……」
「壊してもいいと許可は貰っていますから。まだまだ残弾はありますよ?使える飛行機は全部空中で待機させてますから」
周介が飛行機の類をここまで飛行させてきたのはこのためだった。周介が持っている装備ではどうしたって攻撃力が欠ける。だからこそ、強力な一撃を放てる方法を考えたのだ。
質量と速度。周介が行える行動の中でもっとも単純かつ、この世の中で最も信頼できる攻撃手段だ。
殺すことも覚悟して放った一撃は、すさまじい惨状を作り出していた。山の一角に飛行機の部品が散らばり、地面には強烈な一撃を物語る痕跡が多く残されている。
土煙が当たりに舞い上がり、破壊の後だけがこの場に残っていた。燃料を搭載していない関係で、火が起きていないことが唯一の救いだろうか。
「あれだけやったんです。生きてると思いますか?」
「生きてるよ。間違いなくね。直前に体勢崩したみたいだったけど……」
「うちの索敵手ですね。相変わらずいい仕事しますね」
周介は飛行機が直撃する直前に知与の狙撃する際の声を聞いていた。
どの狙撃銃で撃ったのかは不明だが、空中にいるドットノッカー相手には十分な効果を発揮したようだ。
本当に頼りになると思いながら、意識は飛行機の奥、潰されたであろう先に集中する。
そんな中、雨戸が一人の男を引きずってやってくる
「大丈夫か?何が起きて……ってラビット01がなぜここに?」
「転移させられまして……そっちは無事終わりましたか」
「あぁ、この通りだ」
引きずられていたのは強化系能力者だったらしく、腕や足が一部あり得ない方向に曲がっていたりしている。
どうやら雨戸の方はほとんど一方的な戦いだったようだ。
「すごいですね。こっちはまだかかりそうなのに」
「こちらは単純な強化能力者だったからな。力と速度で勝れば倒すのはそう苦労はない。それで……こちらは……」
飛行機が墜落してる光景を見て雨戸はどう反応したものかと困惑しているようだった。
「あれはいったいどういう状況だ?あの飛行機は……確か日本から持ってきたものだったはずだが……」
「えぇ。攻撃に使いました。たぶん、まだ相手は生きてるだろうと」
「あれでやられてくれるなら楽だったんだけどね、たぶんそうはいかないよ。地面がもう少し硬ければ、少し状況は違ってたかもしれないけどね」
衝撃を全て受け止められるほどに硬い地面や岩盤があれば違ったのだろうが、この辺りの地面はそこまで硬いというわけではなく、多少の戦闘でも土ぼこりを上げたり地面が変形したりする程度にはやわらかい。
事故などでもクッションがあれば怪我を軽くできるのと理屈は同じだ。今回の山の中でも、飛行機を落としても圧倒的な質量の一撃を合わせてもその辺りで防がれる可能性は高い。
実際大門は完全に防がれたと考えているようだった。
「手を貸すか?」
「いいや、こっちはもう大丈夫だよ。あとは僕らで何とかできる。ラビット01も、今のうちに離脱したほうがいい。向こうの援護に回ってくれるかい?」
「……了解しました。ドットノッカーはお任せます」
「うん。任されたよ」
大門は自分の胸を叩いて自信満々に告げる。この状況まで追い込むことができたのだ。あとは詰めを見誤らなければ問題はない。
決して自信過剰になっているわけではなく、ここまで相手を負傷させられたからこそ、そしてこれまで周介の存在に甘えてしまったからこその、大太刀部隊としての一種の意地のようなものだった。
周介達がいなくなったところで、墜落した飛行機の一角から異音が発せられる。
衝撃により金属がぶつかり合う音、強烈な力によって金属が変形する音、軋み拉げるような音が響く中、大門は自分の拳をぶつけながら自らを鼓舞する。
飛行機の部品が弾け飛び、中から飛行機の内部を破壊して出てきたのは予想通りドットノッカーだった。
肩からは血を流し、脇腹には飛行機の部品だろうか、何かが突き刺さっている。
額からはどこかを切ったのだろうか血を流し、満身創痍と言った様子だった。
「なかなかに格好良くなったじゃないか。それじゃ、第二ラウンドといこうか?」
負傷のいくつかは飛行機の直撃によるものだろう。むしろあれだけの質量の一撃を受けてもあの程度の負傷で済んでいるのはドットノッカーの熟達した能力があればこそだ。
他の能力者だったら間違いなくあの一撃で終わっていただろう。そういう意味ではさすがというほかない。
「少しは……休ませろ……この様子が見えないのか?」
「何を言っているんだい。相手が負傷し、疲労困憊。そんな状態を逃がすとでも?」
大門は勢いをつけてから目標目掛けて一直線に突っ込んでいく。反射的に能力を発動したドットノッカーの一撃を横に跳躍することで間一髪で回避し、飛行機の裏側に回り込むと内部を破壊しながら機体の部品をあたりにまき散らしながらそれらを投擲してドットノッカーを攻撃していく。
細かい部品の投擲を一度や二度の念動力の発動では防ぎきれない。両腕を使って全力で防ごうとするも、肩を負傷している腕の動きは確実に鈍っていた。
「無茶苦茶、やりやがって……!卑怯とか……思わないのか……?こんな……飛行機を落とすとか……馬鹿じゃねえのか……?」
ドットノッカーは荒く息を吐きながらそんな風に悪態をつく。
その様子を見て大門は一瞬だけキョトンとするが、すぐに目を細める。
「思わないね。卑怯?どの口がいうのさ。そして誰に言っているんだい?僕らが正義の味方にでも見えたのかな?だとしたら、お生憎様。僕らはそんな大層なものじゃないんだよ」
「……じゃあ、お前らは、一体何なんだよ……警察でもないくせに、俺たちを追いまわして、追い詰めて……一体、何がしたいんだ……!」
ドットノッカーの問いには答えず、大門は大きく身を屈め、地面に転がる飛行機の部品を蹴りあげてドットノッカー目掛けてぶつけようとする。
とっさに能力を発動し念動力によって防御するも、その部品の影に隠れて接近してきた大門の一撃に全く反応できていなかった。
大門の一撃によって再び飛行機の中に叩きつけられたドットノッカーは機内を何度もバウンドし、体から血を流しながらも自らに襲い掛かった大門の方を見ようとする。
飛行機の内部は酷い有様だった。
座席は外れ、機体のメインフレームは拉げ、窓ガラスは砕け、機内の配線のいくつものが露出してしまっている。
「くそ……目くらましか……!」
ドットノッカーは機体の中では狭すぎると、すぐに出ようとするが、どこもかしこも壊れていて満足に出入り口など探すこともできはしない。
出た時のように壊すしかないと考えた瞬間、飛行機の外から再び部品が投擲されてくる。
狭い機体の中で、座席などを盾にして何とか移動しようとするが、次の瞬間飛行機が揺れる。
いったい何が起きているのか。地震ではない。どういう訳かこの飛行機が傾いているのだ。
元々地面との激突で本来の形とは違った形で大きく歪んだ飛行機が、さらに歪み、傾いている。
「ぉあ……!?なんだ……!?」
大きく傾く飛行機。その外には大門がいた。彼がやっていることは非常に単純だ。飛行機を持ち上げているのである。
そして大きく持ち上げた飛行機を振り回して今一度地面に叩きつける。ギリギリ原形をとどめていた飛行機は、もはや原形をとどめていなかった。
地面との激突の衝撃によって機内を何度もバウンドしながら壁に、床に、天井に叩きつけられているドットノッカー目掛けて、入り込んだ土煙に紛れて、大門が一気に接近してくる。とっさに能力を発動してその体を遠ざけようとするが、体の節々の痛みが僅かにドットノッカーの動きを鈍らせる。大門の体を攻撃するよりも早く、その一撃が体に襲い掛かった。
そして垂直に立った状態の機内で、壁のように反り立っている床に叩きつけると同時にその頭を掴んで床に押し込む。
「僕らはね、少なくとも僕はね、君みたいな人が大嫌いなのさ。頑張ってる人を平気で傷つける。自分さえよければそれでいい。そんな人間を見ると吐き気がするよ」
「……ぐ……ぁ……!」
「卑怯だのなんだの、自分の都合で物事を語る人間はなおのこと嫌いだよ。君らの勝手な都合で、どれだけ迷惑してると思ってるんだ」
大門が力をかけていけばいくほど、ドットノッカーの体が機体にめり込んでいく。
機体が悲鳴を上げ、先ほどまで以上に壊れつつある。細かな部品が落ちていき、飛行機全体が震えているようだった。
大門は怒っていた。何故、と聞かれればいろいろ理由はある。自分の不甲斐なさとか、情けなさとか、細かいところはたくさんある。
だが何より、目の前のこの男が気に入らなかった。周介を攫い、あまつさえ殺しかけておいて、卑怯だなんだとのたまうこの男が気に入らなかった。
こんな奴らのせいで、周介が余計な重荷を背負わなければいけなくなったのかと思うと、腹が立って仕方がない。
「さっきの質問に答えようか。何者か?何がしたいか?単純だよ。君のような、僕が大嫌いなやつを思いきり、ぶん殴りたい」
瞬間、大門の全力の拳がドットノッカーの体めがけて叩きつけられる。
元々壊れてた機体がさらに大きく破壊され、ドットノッカーの体は飛行機の外へとたたき出されていた。
もうこの飛行機では飛ぶことはできないだろう。そんな少しだけずれた感想を抱きながら、大門は飛行機から一歩足を踏み出す。オーガ隊にも引けを取らないBB隊の主戦力。最強の一角を担う男がそこに立っていた。




