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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
最終話「其の獣が宿すものは」

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 周介が機体のチェックを終えて空港の一角にある宿舎に戻ってくると、瞳が携帯を眺めながら周介を待っていた。


「仕事、終わった?」


「うん。あとは見つかるのを待つだけって感じだな」


 周介がやってきたのを見て、瞳は腰かけていたソファを手で叩き、ここに座るようにと周介に催促する。


 周介がそれに従ってソファに座ると瞳は体を倒して周介の太ももに自分の頭を乗せる。


 膝枕の状態になった瞳は周介の手を掴むと自分の体に触れさせるように移動させる。


「しばらく、こうしてて」


「……眠いなら寝てもいいぞ?どうせ日が昇るまでは俺らももう動けないしな」


「……周介は寝ないの?」


「眠くなくてさ……やっぱりこの体、睡眠時間が極端に少なくなってるのかな……?」


「不安とかそういうのがあるからでしょ。横になっていればそのうち眠くなるわよ」


「……この体勢だと横になれないんですが……」


「……もうちょっと」


 瞳にそのようにせがまれてしまったら周介としては否やはない。


 仕事にかまけて瞳にあまりかまってやれていなかった。せっかく周介が生きて戻ったというのに、こうしてすぐに仕事に駆り出されているのだ。


 船の中でもそこまで一緒にいられたわけでもなかった。恋人として様々な覚悟もしたというのに、瞳との時間を作れなかったのは素直に申し訳なかった。


「なぁ、瞳」


「……ん?なに?」


「……俺さ、これからも大変だと思う。こんな体になって……こんなことになって……」


「……そうね」


 否定はしなかった。周介の体はもはや普通の人間のそれとは異なってしまっている。


 否定できなかった。世界は半分以上が崩壊している。経済的な意味でも、社会基盤的な意味でも。


 大変なことになった。なってしまった。周介の能力によって。


「……でもあたしはあんたの近くにいるわよ。あんたが別れるって言ったって、いやだから。船の上でも言ったじゃん……」


 周介の今後のことを考えれば距離をとったほうがいい。瞳にはもっとふさわしい相手ができるのではないか。


 そんな事を周介も考えた。瞳もそれを察していた。あの船で、近づかないほうがいいと言ったのは、そういう意味も含まれていたのだ。


 それを説得することは無理だと周介もわかっていた。そして、瞳を失いたくないという気持ちも周介の中に強く根付いている。


 周介は瞳の髪を優しく撫でながら頬に触れる。


 この少女が誰かのものになるなど、周介には耐えられなかった。


 好きなように、やりたいようにやっていい。気軽に、無責任になっていい。


 大門から言われた言葉に、周介はいろいろ考えてしまう。自分のしたい事。そして自分のやりたい事。やらなければいけない事。頭の中でぐるぐると回っていく。


 しなければいけない事は重荷となって周介の中に残り続ける。やりたいことはふわふわと飛び回って周介の心を軽くする。


 どちらを重要視すればいいのかはわかりきっている。やらなければいけない事の方が重要で、周介のしたいことなどははっきり言って些末事ばかりだ。


 また友人たちとバカな話したい。寮の一角。あのテレビとホワイトボードのある休憩所のテーブルの前で、寮監に叱られることなど知らんと言わんばかりにバカ騒ぎをしたい。


 瞳と一緒に過ごしたい。部屋でも、ラビット隊の隊室でも、どこかの町でも構わない。好きな人と一緒に過ごして、そして癒されたい。人目もはばからずに抱きしめたりしたい。


 学校でまた過ごしたい。変態三銃士だのなんだの言われようと、学校で過ごして勉強して行事に参加して、そんな当たり前の、普通の生活を送りたい。


 もうできない事。やってはいけない事。それは間違いない。でもできることだってあるのだ。


「瞳」


「なに?」


「……これからも……ずっと一緒にいてほしい。大変な目に、遭うと思うけど……それでも……俺はお前といたい」


「……ん……わかってる」


 瞳は周介の手を握り、体をさらに周介の方に寄せる。周介と決して離れたくないというかのように、その体に身を寄せていた。


 瞳はそれが当たり前のように周介に甘えていた。周介ならば受け止めてくれるだろうと信じているからだろう。


「これが片付いたら、少し休み取れるでしょ?精密検査とかしなきゃだし」


「そうだな。たぶん、そうなると思う」


「これから先のことは、その時に考えましょ。そのほうがいいわ。仕事になったら、一緒に行くし、休んでるときも一緒にいるから」


「……うん……うん……!」


 周介は瞳の頭を抱き寄せるように身をかがませる。


「……苦しいんだけど……」


「……うん……ごめん」


 ごめんと言いながらも、周介は瞳を放すつもりはないようだった。瞳もそんな周介から離れようとする素振りは一切なかった。


「お前らさぁ……そういうのは時と場合を選んだほうがいいんじゃねえの?」


 そんなところに声をかけたのは手越だった。周介が顔を上げるとそこには福島も一緒にいる。いや、福島だけではなく桐谷もいた。


 奇しくも今回参加している部隊の中で同学年が全員この場にそろったことになる。


「何よあんたら。デリカシーないわね。こういう時は二人きりにしてくれたっていいじゃないのよ」


「作戦前夜に盛ろうとしてるやつに言われたくねえよ。しかもここ別にお前らの部屋じゃねえし。そんなところでイチャコラしてんじゃねえよバカタレ共」


「せっかく恋人と過ごせるんだからちょっとは気を遣いなさいよね。だからモテないのよあんた」


「うるせぇ!待てよ……こういうところで気遣いできる男の方がモテるのか……?いやいや騙されねえぞ!いい加減いちゃつくのやめろ!腹立つ!」


 福島にそう言われて瞳は渋々体を起こして周介の体から離れる。不貞腐れながらもこの場においては福島の方が正論だ。


 さすがに作戦前夜と言ってもいいようなときに恋人同士で仲睦まじく過ごしているというのもどうかと思えてしまう。


「戦う前に恋人とイチャコラするとか完全に死亡フラグでしょ。羨ましいけど」


「ぺっ!心配して損した。お前もうほとんど絶好調じゃねえか。なんか変な風に変わってるから大変なんじゃねえかって思ったけど全然だな」


 どうやら福島は一応周介のことを心配して様子を見に来たらしい。飛行機の操縦をしている時やチェックをしている時は気を遣って話しかけてこなかったが、休憩をとるというタイミングで気にかけて来たらしかった。


 福島にしては妙に気にかけているのだなと、周介は少しだけおかしかった。ただ周介は自分がいなくなった時の拠点の騒ぎようを知らないからこそこのように思ってしまうのだ。


 むしろ福島の反応こそが普通で、周介の感覚がずれてしまっているのだと気付けていない。


「悪い。けど今のところ大丈夫なんだよ。まだ何がどう変わったのかまではよくわかってないんだけどさ」


「そうかよ。んでさ……明日お前、本当に前線に降りる気か?」


 恐らく話の本筋としてはそこだったのだろう。今日の最後のブリーフィングでも降りる人数を確認していた。その関係で周介がどのように対応するのかが気になったのだろう。


 言ってしまえば今の周介は病み上がりの状態に近い。


 そんな状態で表に出ることがどれだけ危険かわからないわけではない。特に大太刀部隊の福島はその辺りの危険性を肌で感じ取っているのだろう。


「そのつもりだよ。やりたい事もできたし」


「やりたい事?なんだよそれ」


「仕返し」


 およそ今までの周介から聞いたこともないような言葉に、その場の全員が目を見開く。


 いったい何を考えているのかわからずに全員が困惑している中周介は続ける。


「あいつらのせいで酷い目に遭ったんだ。絶対に仕返ししてやる」


「……あいつらの事、恨んでるのか?」


「……恨むっていうのが正しいかどうかはわからないけど……あいつらの行動は絶対に止めてやるって、そういう感じかな。別に復讐したいとか、そういうのではないな……」


 周介自身、自分の胸中にある感情を正確に判断はできていない。


 恨みや憎しみとか、そういう感情ではないのは間違いない。だが怒りがないかと言われれば決してないわけではない。


 周介もこういった感情を抱いた経験が少ないため、感情の整理ができてはいなかった。


 だからこそ、仕返しというなんとも中途半端で奇妙な言い回しになってしまったのかもしれない。


 もし周介が復讐の感情に取り付かれて冷静さを保てていないのであれば止めるつもりだったが、思ったよりも冷静に判断できているところに福島たちは安心したようだった。


 ただ、手越は安心していない。周介の現場と平常時のギャップを知っている人間からすれば、今の周介の言葉が信用ならないことを理解してるのだ。


「百枝、俺も現場に降りるけどよ、なんかフォローはいるか?」


「お前はドットノッカーの相手もしなきゃいけないだろ?それに包囲網の方にも関わってるんだ。こっちまで手が回らないだろ」


「お前が大人しくしてればそんな心配しなくていいんだけどな。お前絶対大人しくしないだろ」


「それはまぁ現場の状況次第だよ。あの転移能力者もいるしな」


 件の転移能力者による接触は周介も感知できない。あの能力者が場をかき回そうとしてきたら周介でも対応できないかもしれないのだ。


「また俺を捕まえて魔石に接続しようとしてきたら、それはそれだ。そうなっても逃げきってやる。逃げ足だけなら負けない」


「後ろ向きな自信だな……安形、お前止めないのかよ?」


「止めてどうなるのよ。こいつは止めたって止まらないわよ」


「……それもそうか……」


 長いこと一緒に行動している瞳からすれば、周介が簡単に止まらないことなど予想できている。


「不本意だけど、そういうこった。とりあえず、やりたいようにやってみようと思う。細かいところとか、今後の事とかおいておいて、やりたいことをやっておこうと思う」


 吹っ切れた表情の周介に、精神面での不安はないのだなと理解した手越は小さく息を吐く。


 周介の肩に乗っている重責がどれほどのものかこの場の全員に理解はできない。だがそれを受けてなお行動しようとする周介を止めることなど誰もできなかった。


 進もうというのなら、その道を作るだけ。


 周介が突っ走ることを知っている面々にはその覚悟が既にできていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今作では妙に日常編というか変態三銃士の描写が多いなーと思ってましたが、変化した後との対比というか、もう戻れない日常として描写されてたんだなーと気付かされました。
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