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「射場さんと小堤先輩は、選択肢から外れるとして、おひめ先輩はどうです?」
「私は基本、能力の強化を施したら後方要員になるから全体の指揮をすることに関しては問題はないと思う。けど、私は四部隊を一度に指揮したことは少ないの」
それは部隊編成と活動経験の問題だ。一部隊の指揮に慣れている事と、複数の部隊に指揮をすることでは勝手が違う。
この中でそれを一番経験しているのは周介だ。
「マーカー部隊の指揮をしてた百枝君なら、それは十分行えると思う。百枝君は今回どう動くの?」
「基本的には前線に出るつもりです。主にブルームライダーの相手をする猛の補助という形で飛び回っていると思います。現場指揮は……まぁ、たぶんできるとは思いますが」
現場に出ていながらも指揮はできるというあたり周介の経験の多さがうかがえる。
ただ、周介としても思うところはあった。
「でも指揮って言っても、それぞれの部隊に大まかに指示を出すだけですよ?回り込んでほしいとか、狙撃してくれとか、圧力をかけてほしいとか……それほど細かく指示はできないです」
「指揮をするうえで必要な判断ができるならそれでいいと思う。私も真似事はできると思うけど……」
笹江はそこまで自信があるというわけではなさそうだった。無理もないだろう。
BB隊の活動においては基本的に戦闘がメインだ。しかも組織が表に出てからの活動数もかなり少ない。
上層部から運用しやすい強力な部隊としての信頼の厚いBB隊は外部への出撃が多く、どこかの指揮下に入るということが多かった。
その為自分の部隊以外の指揮をするという経験が乏しいのだ。
「俺がやってもいいんですが……少し不安なところがあって」
「不安って言うと?」
「……例の根性のある転移能力者いるじゃないですか。前回の戦闘中も、俺を転移して分断してきました。今回も同様の手段をとってくるんじゃないかって不安があります」
周介が攫われた時の戦闘中、周介は転移させられて分断を強いられた。
普段の状況であれば敵の位置を把握しておおよその位置を伝え、いくらでも指示を出せる周介ではあるが、全く違う場所に転移させられて状況把握に努めるようになってしまうと話が変わってくる。
「またあいつが状況をかき回す役に徹すると、こっちが対応できるか不安があります。特に今回はいくつか航空機を動かしながらの戦闘になるでしょうから、いつもよりそっちにリソースを割かれることになるので」
「んー……現場指揮のメインは百枝君、サブで私。そんな感じがいいかな?」
「はい。おひめ先輩にもフォローしてもらえると助かります。それと……フシグロ」
『何?』
「お前も予備指揮官としてついてくれ。ドローン使って常に状況把握。相手が好きに動けないように部隊配置。特に瞳の人形と手越の手甲は相手への圧力に使える。うまく運用してくれ」
『了解。笹江先輩、正副予備の三系統の指揮でいきましょう。私は主にラビット02とアイヴィー02の指示に集中します。それ以外のメンバー、主に戦闘職の指揮を笹江先輩に。さらに全体の指揮は百枝に。もし百枝が動けない時は私が状況を伝えますので笹江先輩が全体の指揮を』
「わかった。やってみる」
笹江も四部隊を一度に指揮すること自体は少ないが、この状況だ、それをする以外に手はない。
今自分にできることをとにかくやっていくしかないのだと、周介達は意気込んでいた。
『そういう訳だから、安形さん、手越、私の指示に従って人形や手甲を動かしてくれるとありがたい』
「わかったわ。使う武器も指示をくれればその通りに動かすから」
「なんでお前の指示に従わなきゃって思うけど……まぁ仕方ねえか……っていうかお前指揮なんてできるのかよ」
『舐めないで。今まで百枝の指揮をずっと確認してきたし、何だったらスワロー隊の大まかな動きの流れとか私がやってるから。それと似たようなものでしょ』
「そうだった、こいつ情報だけはめっちゃあるんだった……スワロー隊の対応もしてるあたり指揮能力は高いのか?」
「指揮能力っていうよりは情報処理能力が高いっていうべきだろうけど。ドローン使って状況把握ができるならすぐに指示できるだろうし。頼むぞフシグロ。こいつらこき使っていいから」
『ありがとう百枝。百枝の許可も出たし、よろしく』
「なんで俺の許可を百枝が出してるんだよ腹立つな。まぁいいや……先輩、俺の指揮権勝手に取られましたけどいいんですか?」
「俺としては問題ない。お前が抜けてもまだ二人動かせる駒はいる。何とかなるだろ」
小堤としてはそこまで気にしていないのか、問題なさそうだった。
小堤の能力は手越がいることで非常に高い効果を発揮するが、桐谷や大網の能力でも問題なく効果を発揮する。
手越の能力は銃火器を使うことで牽制にも大きく効果を発揮するものだ。そういう意味では手越の能力の運用方法としてはどちらにも対応できるように指揮権を分けておいたほうがいいというのも頷ける話ではある。
少なくとも現時点では手越も小堤も反対意見は出ていなかった。
「射場さんのところの狙撃に関してはどうします?ぶっちゃけいつものように狙撃フォローお願いしますとしか言えないんですけど」
ミーティア隊の狙撃の支援はいいタイミングで決まることが多い。
狙いすましたかのような一撃は指示してどうにかできるものではない。
そもそも狙撃に関して周介は指示をしたことはない。いつも好きなように撃てとしか言っていないのが現状だ。
「うちはうちでピンポイントの狙撃か、あるいは連射型の支援かの二つのどちらかをずっとやってることになる。ヘリに乗った状態であれば、どちらも可能だ」
「ヘリは用意してるのでそれは大丈夫です。高い場所からの一方的な攻撃をお願いしたいですね。向こうの変換能力者か、発現能力者か……ドットノッカーへの攻撃か……どっちにしろ必要なところに攻撃をして欲しいですね」
「オーケー。物資の配布と一緒にガンガン攻撃していく。相手を殺しても問題ないって許可は出てるんだ。その辺り加減はなし。それでいいんだろう?」
射場の発言に一瞬空気が重くなるが、周介は頷いた。
「はい。お願いします」
誰よりもそれを肯定するのが早かったのは周介だった。
自分が妙な加減をしたせいでこんなことになった。転移能力者に転移させられた時点で、相手を殺していればこんなことにはなっていなかっただろう。
周介になかった覚悟。相手を殺す覚悟。それがあれば、もう少し早くあればこの世界はまた違った方向に進んでいたはずだ。
もう少しだけ、ほんの少しだけ違ったかもしれない。あるいは大きく分岐していたかもしれない。
周介には覚悟が足りなかった。だからこんなことになった。
強く後悔し、反省した。だからこそ、周介はもう覚悟せざるを得なかった。
取捨選択。守るべき相手と、倒すべき相手をはっきりと区別するべきなのだと。救うべき相手と殺すべき相手を区別するべきなのだと。
「周介、いいの?」
「……今回の相手がもし、情報通りに核兵器を使って、自爆するにせよちゃんと使えるにせよ、被害は酷いことになる。それを止めるためだ」
それは命の天秤だ。少数を殺すことで大多数を救えるのであれば、少数は切り捨てるべきであるという危険な考えだ。
もっとも、今回の場合で言えばその少数こそが問題を起こそうとしている張本人であるために遠慮も躊躇も必要ないのだが。
「射場さんや、直接手を下すことになる人達には……その……申し訳ないですけど」
周介が気がかりなのは直接それをする立場の人間だ。周介自身に能力者を、それも今回のように強力な能力を持った人間を殺せるだけの力はない。
人を殺す。能力をもってすれば簡単にできてしまうそれらをやらせてしまうということにこそ、周介は罪悪感を覚えていた。
「問題ない。指揮官がそういうのなら俺らは従う」
「私たちもだよ。君が軽々しくそういうことを言う人間じゃないのはわかってるもの」
周介の人柄というものは組織内でも知られるところだ。小太刀大太刀という区別なく、頻繁に関わってきたからこその一種の人徳だろう。
その周介がやると言って、その言葉の責任の重さを理解していないと思うものはこの場にはいなかった。
「それに、恐らくだが、お前に言われなくても俺たちはやる。ある種の現場判断というやつだ。そうせざるを得なかった。そういう状況だ。だからドクも、早い段階でそれをにおわせる発言をしたんだろう」
このメンバーが集められた時すでにドクは相手を殺すというニュアンスにもとれる発言をしていた。
危険な指示だ。一歩間違えれば大惨事につながりかねない。それは組織そのものの存続にも影響を及ぼすだろう。
だがそれでも、今回はそれをするべきだとドクは判断したのだ。
そして現場の人間もそれを理解し、自覚している。
今回の相手は殺してでも止めるべきであると。
「表向きの現場の首席指揮官は私ってことにしておくわね。実務は百枝君に。それでいいでしょ?」
「俺は問題ない。百枝は?」
「おひめ先輩が?どうして……」
「さすがにマーカー部隊の隊長が、相手を殺してでも止めろなんて指示をした……なんて外聞悪すぎるでしょう?もともとこの話は外に漏らすようなものでもないけど、念のためね。そもそもラビット隊は輸送にのみ関わるって話なんだし」
指揮権を持っているのが小太刀部隊ではなく、大太刀部隊の、それも海外でも活動経験豊富なBB隊であるとなればだれも違和感は抱かないだろう。
マーカー部隊の隊長とはいえ小太刀部隊の人間が大太刀部隊に対しても指揮をするというのは他の拠点や姉妹組織ではありえない。
笹江が気を遣ってくれているというのは周介にもよくわかる。周介自身に責任追及が来ないようにしてくれているのだ。
ドクが何故事前ブリーフィングの時にこの話をしなかったのか。恐らくは拠点や空港での会話の場合、盗聴や誰かしらの耳に入ることを嫌ったのだろう。
全ては周介を守るため。
その気遣いに気付ける程度には周介の精神は熟達しつつあった。




