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「各計器チェック問題なし。推力問題なし。兄貴、いつでも行けます」
「了解。後部のチェックしてくる」
周介と玄徳は今回作戦に参加する全員を乗せた輸送機の最終チェックを行っていた。
すべて周介が動かすことができるこの輸送機で全員を運ぶ。他の者が聞けば驚いたかもしれないが、周介との付き合いも長くなっているメンバーはまったく気にした様子もない。
「周介、全員搭乗完了。シートベルトも付けてもらったわ」
「了解。フシグロ、現地までのナビゲート頼む。ツクモを使って乗員全員に情報共有を常にするように頼むぞ」
『了解。任せて』
周介が操縦席から後部の格納庫の方に移動すると、全員椅子に座ってシートベルトを着けていた。
「えー……まもなく当機は離陸いたします。安定軌道に入るまで席からは立たないでくださいね」
「百枝、この輸送機からいきなりスカイダイビングするのか?」
「しないよ。さっきの打ち合わせ通りまずは現地の空港に行く。その後でドローンを現地で展開。あとは発見したところに急行って感じ。運ぶのは輸送機でもいいし、別の飛行機でもいい。他の飛行機は、俺が持っていく」
持っていくといわれてもどうやってと聞きたいところだったが、輸送機に取り付けられている数少ない窓の向こうにその答えがあった。
この空港にあるすべての飛行機が勝手に動いているのだ。いや、勝手にではない。全ての飛行機を周介が能力で操作しているのである。
ここにある飛行機はすべて周介の能力で動かせるように調整してある。だからこそ、拠点の倉庫の中で眠っていたのだから。
「周介さん、全隔壁閉鎖完了済みです。機体のチェックに問題ありません」
「わかった。言音、何かあった時は拠点とのつなぎ頼むぞ」
「了解っす。なんかあったら声かけてください」
周介は飛行機の状態を今一度確認して、そして再び操縦席へと向かう。
副機長席には瞳が、そしてその後ろの助手席に玄徳が座っている。機長席はもちろん周介だ。
「滑走路クリア。こちらラビット01、ドク、聞こえますか?」
『聞こえているよ』
「これより離陸。作戦行動に入ります。以降の指揮、よろしくお願いします」
『了解したよ。気を付けて。現場での活動は君達に任せる。必ず帰ってくるんだよ』
「…………了解。機内全員へ。これより離陸します。堕ちないように祈っててください」
縁起でもないことを言うなと格納庫から文句が聞こえてくるが周介は気にしない。
「玄徳、離陸して少し上空を旋回してから編隊を組む。本格的な移動と加速はそこからだ。また長丁場になる。頼むぞ」
「任せてください。いつでもどうぞ」
もはや周介と玄徳の間に細かい調整など不要だ。周介の求めるタイミングで、求める能力の運用をすることができる。
それだけの経験をこの二人はしてきた。
周介の能力によって、空港の滑走路にあった飛行機が次々と加速していく。
急激な加速に全員にGがかかる中、全員を乗せた輸送機がゆっくりと空へと駆け上っていく。
地面がどんどん遠くなっていくのを確認して周介は次々飛び立たせている飛行機と合流するべく上空を旋回するような軌道をとる。
「離陸完了。航空機群で編隊を組む。知与、航空機の位置に問題があれば報告してくれ」
『了解しました。現状離陸してくる飛行機に異常はありません』
「オーケー。それじゃ行くぞ」
次々空に上がってくる航空機を全て操って、周介は編隊を形成していく。三角、ひし形、それらをいくつかの形で形成して幾何学模様を作り出していく。
「編隊形成完了。これより移動を開始する。フシグロ、目標までの移動ルート、細かいナビは任せた。加速状態に入ったら所要飛行時間も割り出してくれ」
『了解。どれくらい急ぐの?』
「可能な限りだけど、今回は機体の強度優先だ。こいつが落ちたら面倒なことになる。現地に着くまでは飛行機は大事に使うから、今回は無理はしない」
周介の第二の能力で部品の強度と耐久力を疑似的に高められるとはいえ限度がある。以前白部が攫われた時はクマ型の飛行装備の限界を超えた速度を出した。一歩間違えれば空中分解していたかもしれないような運用をしたのだ。
今回はそのような運用をするつもりはなかった。
『進路そのまま、方向はオーケーよ』
「了解。これより加速に入る。高度を上げながら加速する。強度重視。あまり飛ばしすぎるなよ?」
「了解っす。徐々に行きましょう」
玄徳が編隊を組んでいるすべての飛行機が加速できるように能力を発動すると、徐々に飛行機の速度が上がっていく。
本来この機体が出せる速度を優に超え、高速での飛行状態へと移行し始めていた。
ある程度速度を上げたところで玄徳は加速の能力を一定に留め、飛行機が一定の速度で飛び続けられるように能力を微調整していた。
この辺りの速度調整はさすがというほかない。伊達に何回も空を飛んでいるわけではないのだ。
上空の空気を切り裂きながら、飛行機の群れが北へと飛んでいく。この世界において無事に残った数少ない飛行機が真っすぐに空を突き進む。
「フシグロ、この状態ならどれくらいで目的地に到着できる?」
『およそ三時間で到着できる。随分となれたものね』
「まぁな。んじゃ機内放送っと……えー、当機は安定飛行に移りました。シートベルトを外して、楽な体勢になって構いません。ロシア姉妹組織の管理する空港まで、約三時間ほどかかる予定です。それまで空の旅をお楽しみください」
操縦席から機内放送で状況を伝えると、すぐにシートベルトを外して何人かが操縦席にやってくる。真っ先にやってきたのは手越と福島だった。
「うぉ、マジで飛んでるよ。これ全部百枝が動かしてるのか……」
「しかも結構速くないか?これ大丈夫かよ」
「おい、操縦席に入ってくるんじゃねよ。精密機械の山だ。変なところ触るなよ?」
周介はそう言いながら各計器のチェックを怠らない。周介の能力で動かしているとはいえ、それらすべてが安全かどうかは計器を見てチェックするしかないのだ。知与の索敵にばかり頼っていては肝心な部分を見逃す可能性もある。
最後の命綱を握るのが自分である以上、油断はできなかった。
「でも三時間でつくのか?ってことは……東京から沖縄くらい?いや、沖縄だともっと短いか?」
「あー……まぁ普通の旅客機よりは飛ばしてるからな。とはいえ着陸の時に場所確認したり滑走路空いてるか確認したりするからもうちょっと時間はかかるかもしれないけど」
単純な直線距離ではなく、離陸着陸の時間を考えると飛行機に乗っている時間はさらに増えてしまう。
今周介たちが乗っている飛行機は音速を超えない程度の速度で飛行している。それでも三時間程度かかるくらいロシアは遠いのだ。
一番近いロシアの領地であればもっと近いのだが、今回目的としてる場所はその場所からも千キロ以上離れている。
地球の大きさを実感しながらも、これだけの長距離飛行も久しぶりだと、周介は椅子に深く座りながらため息を吐く。
「フシグロ、飛行ルート及び着陸地点の天候は?」
『晴。飛行にも着陸にも問題なし。晴男でもいるんじゃない?』
「雨の日に飛ぶのは面倒だからな。とりあえずしばらくは大丈夫だ。知与、他の飛行機はちゃんとついてきてるよな?」
『大丈夫です。全部問題なくついてきています。小型の……一人乗りのレトロな感じの飛行機の挙動がちょっと怪しいですけど』
「まぁ、無理やり動かしてるからな。あれはあれで使い道あるから仕方ないとして、限界まで使う。他に何かあったら報告頼む」
『了解』
知与の報告を受けた後、周介は瞳の人形が持ってきた水を飲んで小休憩に入る。
「あと三時間は、まぁこの中で過ごしてもらうわけだ。言音、適度な暇つぶしの道具ってあるか?」
「もう後ろの格納庫の方には用意してあるっすよ。うちらの部屋にあるゲームとか全部持ってきたっす」
うちらの部屋というのがラビット隊の隊室であるということは何となくわかっていた。すでに他のメンバーがいる格納庫の方では聞き慣れたゲームや映画の音などが聞こえてきている。
「仕事が早くて助かるよ。んじゃ俺らも暇つぶしするか」
「百枝君、ちょっといいかな」
そんな中やってきたのは笹江と射場、そして小堤だった。珍しい取り合わせだとは思ったがそれがBB隊とミーティア隊、アイヴィー隊のそれぞれの隊長がやってきたのだということは何となく理解できた。
「おひめ先輩。射場さんに小堤先輩も。どうしましたか?」
「今回の指揮についての相談に来たの。ごめんね、飛行機飛ばしてる最中に」
「大丈夫ですよ。もう安定飛行に入りましたから。あとはそこまで集中しないです。でも……指揮の話っていうのは?」
「拠点での指揮はいつも通りドクがとるとして、現場での指揮を誰がとるかって話。大太刀と小太刀がそれぞれいるから、どうしたものかと思ってね」
そう言う話かと周介は納得する。
大太刀部隊と小太刀部隊ではそもそも運用方法が違う。その為動きに関しては比較的それぞれの部隊の隊長に一任している部分が大きい。
ただ現場で活動する時に複数の部隊がいる場合、それらを統括する指揮官が必要になってくる。
個々の部隊の動きを細かく指示するのではなく、全体を見て判断できる人間が必要になるのだ。
「誰が全体の指揮をやるかって話になった時、誰が一番適任なのかって考えると、ちょっと迷うところがあって……」
笹江が他二人、射場と小堤を見る。二人は肩を竦めて申し訳なさそうにする。
「俺は狙撃に集中したい。だから全体の指揮をしてる余裕はちょっとないな……」
「同じく、現場での補助に集中したい。特に相手がドットノッカーとなると、他に意識を散らしてる余裕がない。だから笹江先輩か百枝に頼みたい」
射場は狙撃に、小堤は現場での補助に徹するとなると、さすがに全体の指揮にまでは手が回らないのだろう。
それは仕方のない話だし、周介としても無理にそれをしてもらおうとは思っていなかった。




