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「あー……大丈夫だよ。周介君を処理するとかそういうことじゃない。むしろ逆に聞きたいんだけど、今の状態の周介君が元の社会に簡単に戻れると思うかい?」
数多の殺気を向けられてもドクは飄々としていた。この辺りの胆力はさすがというべきだろうか。
周介の姿を見て、多くの者がその質問に答えることができなかった。
僅かに蒼みがかった長い髪。金色の両目。体から生えている魔石。体表面にある幾何学模様。それらを見て普通の社会に出たら何かのコスプレと思われるか、あるいは特異な何かだと思われるのは当然だろう。
「周介君の体はもう元には戻せないかもしれない。その辺りは精密検査を終えてからじゃないとわからないけれど、まず無理。鬼怒川君みたいに体と魔石が融合しちゃってるんだもん。それが背中の、こんなにたくさんあるんだよ?もしばれたら大変なことになるでしょうに」
「それは……そうかもしれねえけどさ……じゃあ、こいつはこれからどうやって生活してくんですか?学校も行けないとか……そういうことになるじゃないですか……」
「そうだね。ただ学校に行けなくても勉強はできる。組織内での仕事はできる。社会的に、百枝周介という人間を死んだことにする。仮に今の状態で周介君を社会的に復帰させて、もしこの体のことがばれたら……今の世の中で、そんなことになったらどうなるか」
能力者が受け入れられつつあるこの世の中、そしてそんなときに起きた機械の暴走。
そんな状態で、奇妙な状態になってしまった周介。それらを結びつけない人間がいないとも限らない。
だからこそ、ドクたち組織の上層部は周介を社会的に死んだことにすることを決定したのだ。
なにより、周介を守るために。
「周介君を守るために、それが必要だと僕は思ってるよ。もちろん日常生活は送れるようにするつもりだ。住む場所とか、そういうのは考えないといけないけどね。けど、不自由をさせるつもりはない」
社会的に死んだことにしても、実際に殺すわけではない。犯罪行為をした能力者と同じように処理するわけではない。
それがわかって多くの者は安堵するが、同時に気になることも増えていた。
「百枝はそれでいいのかよ。学校にも行けなくなって……っていうか、死んだことにするって、家族はなんて言ってるんだよ」
「家族にも報告するしかないだろ。俺が今回のことで死んだって。もう二度と、会うことはできないだろうな」
「そんなのって……ドク、何とかならないんですか?せめて家族くらい」
「その家族から情報が漏れたら?特殊な処理をしていることが家族から漏れて、周介君の家族が危険に晒されたら?それこそ責任が取れなくなる。これは周介君も合意の上だよ。家族を守るために、必要な処置だと」
家族を守る。
周介にとって、家族は守る対象だ。他の能力者たちは、あまり理解できないものが多いだろう。
自分を化け物のような目で見てきたような親の視線、あるいは親から捨てられた者もいる。
そんな人間からすれば、周介の考えは理解ができない異質なものだといえる。
だがそれでも、周介も納得しているのだという言葉に、何も言えなくなってしまっていた。
「俺がこれからどういう形に落ち着くかはわからないけど、ラビット隊の隊長として活動し続けることは間違いないと思う。大隊長もそれは了承してくれた。百枝周介って、名乗っていいかどうかは、また調整だな」
百枝周介という人間が死ぬ以上、その名前を名乗る人間がいるのは不自然だ。もしかしたら別の名前を名乗ることになるかもしれない。
だがそれはそれだった。周介からすれば名前などはどうでもいいものだ。一族から受け継がれ、親からもらった名を名乗れなくなるのは心苦しいが、記号としての名前より、自分がこれから何をするのかというほうがよほど重要だ。
「手越、悪いんだけど、寮の皆にはお前から伝えておいてくれるか?また、バカ話ができなくなるのは、ちょっともったいないけどさ」
周介の困ったような、申し訳ないような笑みを浮かべたその表情に、手越は何も言えなくなってしまっていた。
周介は既に覚悟をしているのだ。自分がそのような未来を進むことになるのだということを。
「勝手に話進めやがって……なんて言やいいんだよ……このバカ……!」
「……悪い」
「謝んな……クソ……!」
この中で、ラビット隊以外でもっとも周介と過ごしたのは手越だ。
同じ寮で、同じ部屋で周介と寝食を共にしていたのだ。もしかしたらラビット隊のそれよりも過ごした時間は長いかもしれない。
同じ能力者として、ルームメイトとして、一緒に過ごした時間は誰よりも長く重い。
周介が初めて会った能力者も手越だった。周介を初期の暴走から助け出したのも手越だった。
友情などという言葉では片付かない。それだけの重さがこの二人の間にはある。
バカな話をして、時には背中を預け合った。そんな、重すぎる関係を前に口を挟める者はいない。
「わかったよ……真鍋とか、他の連中には俺から言っておく。もう会うことも、話すことも、できないんだろ?」
「あぁ……たぶん」
「……そうかよ……いやな役押し付けやがって……」
「悪い」
「……謝んな……バカ……」
そうなったのが周介のせいだというわけではない。周介だって望んでそうなったわけではない。だがそうならざるを得ない。そういう状況だということを、本人が受け入れている。だというのに他の人間が受け入れないわけにはいかなかった。
「ドク、念押ししますけど、百枝君は処理はされないんですね?」
「そこは大丈夫だよ。周介君は組織に必要不可欠な人間だ。それに、仮に万が一周介君を処理するような決定が上でされたとしたら、僕は周介君に味方するよ」
それは明確な組織への反抗の意思だった。ドクにとって周介は自分の夢をかなえるのに必要不可欠な存在である。
そんな周介を失うくらいであれば、組織から逃げることも辞さない。それだけの覚悟をドクはもっていた。
「それにだよ、仮に周介君を敵に回すってことはさ、フシグロ君やツクモも一緒に敵に回すってことになるんだよ?今まで彼女たちが積み上げた不祥事の山……その中にはうちの上層部の物だってあるってこと。だよね?」
『もちろん。百枝を処理しようとするなら、私が止める。今の上層部が今までやってきたことを公開して、社会的に殺すことくらいは簡単。もちろん言い逃れできないように世界中にハッキングを施して全世界に公表する。一週間もあれば世界的に有名な人物に仕上げて見せる』
フシグロの恐ろしいところはやるときは徹底的にやるということだ。デジタルな能力を持っている癖にやることは隅から隅までという徹底ぶり。この辺りは彼女が生きている時から変わっていない。
ブレーキが壊れているというか倫理観がずれているというか、本来止めるべきところで迷わずアクセルを踏み抜ける胆力を持っているというか。
こういうところは周介と似ているところがある。
だからこの二人は仲が良かったのだろうかと思う部分もあった。
周介は物理的に止まらない。命の危険があろうと前に出ようとしてしまう。
白部は精神的に止まらない。常識的に考えてやめたほうがいいところでもやってしまう。
二人ともどこか壊れているのだ。そんな二人が同時に敵に回った時どうなるか、想像に難くない。
「それにさ、僕やフシグロ君だけじゃないよ。うちの製作班の人間だって、周介君が処理されるなんて聞いたら暴動だよ。クーデターだよ。現場以前に拠点を支えてる僕らが反旗を翻すだけのリスクを上層部は冒せないよ。もしやったらそれは関東拠点崩壊の序章だね」
そしてフシグロだけではなく製作班のトップであるドクまで周介につけばどうなるか。いや、ドクだけではない。山ほどいる製作班の多くが周介の味方となるだろう。
さすがの上層部も拠点を支える土台ともなっている製作班の人間を敵に回すことも、そして自分自身の社会的な立場を守るためにも周介を排除することはできない。
「僕としても、百枝君がもし処理されるなんてことになったら猛抗議しますよ。いや、多分一番抗議するのは僕じゃないですね」
「あー……鬼怒川先輩めっちゃ抗議しそう。会議室に突貫してその場で暴れそう。あの人絶対そういうことやるぞ?この間もやってたし」
「そうなの?」
「あぁ百枝は知らなかったか。お前が捕まってた時、あの人会議室に突貫して直談判しに行ったんだよ。あんときはやばかったぞ。あの人がいつ暴発するか気が気じゃなかった。オーガ隊も総出でついて行ってたし……しかも止めるんじゃなくて一緒に抗議しに行ったってんだから、大太刀部隊全体がざわざわしてたよ」
そんなことになっていたとは周介は毛ほども知らなかった。鬼怒川自身何も言っていなかったためにその行動自体を知ることができていなかった。
せめて一言でも言ってくれればいいのに、鬼怒川はそういうことを話さない。結果がすべてだから、その過程はどうでもいいというような感じだろうか。
自分が周介のために何をしたか。その辺りを全く恩に着せないあたり、鬼怒川がなにに執着しているのかがよくわかる。
今度訓練くらいはしてやってもいいかもなと、周介はそんなことを一瞬だけ考えてしまう。ほんの一瞬だけ。
今や周介の味方は小太刀部隊にとどまらない。大太刀部隊にも多くの味方がいる。今この場にいるメンバーで周介の味方をしないものはいないだろう。
周介はそれだけ味方を増やしたのだ。自分にできることを日々続け、自分の味方を増やし続けた。
ドクの思惑もあったし周介自身の考えもあった。その結果、周介の周りには多くの人間が集うようになったのだ。
そんな状態で周介を害そうとすればどうなるか。そんなことは少し考えればわかることでもあった。
今や関東拠点の中において、周介は一大勢力と言っても過言ではないだけの一派を築いているのだ。
「まぁ、さすがに処理はなくても現場活動に関して苦言を強いるくらいはするんじゃない?もうちょっと安全な行動を心掛けなさいとか、もっと気を遣って動きなさいとかそういう感じでさ」
「大将がそんなこと聞いて素直に動くと思ってんのか?大体、大将の役回りはあくまで現場だろ?上層部がデスクでなんだかんだと言ったところで現場の大将を止められるもんかよ。現場にいる俺たちだって止められねえのに」
それは確かにと、この場にいる全員がうなずく。周介は若干申し訳なさそうにしているが反省している様子はなかった。
仮に上層部が何かしらの圧力をかけたところで、周介の立場はあくまで現場指揮官。周介の居場所は現場にこそあるのだ。もし周介の行動に文句を言うのであれば現場まで止めに来いというだけの話である。
もっとも、上層部が何か言った程度で周介が止まるのであれば猛などは何も苦労などしなかったのだろうが。




