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「基本的にはマッチアップする形でいいよね?まとめて連携されると面倒だ。ドットノッカー、強化能力者はBB隊で受け持つよ。それ以外は向こうは前衛型がいないだろうから、ラビット隊やアイヴィー隊で受け持てると思う」
「ブルームライダーは俺がやる。残りは……転移、変換、雷の発現か」
相手の前衛二枚をBB隊が押さえることができるのであれば、残りの能力者に対しては他の部隊全てで当たれば対処することは不可能ではない。
その中で一番気がかりな人間が一人いる。
「一番気を付けたいのは……あの転移能力者ですね」
周介の言葉に全員が過去の行動を思い出す。
「状況に応じて場を攪乱してくるのは間違いないね。こっちがそれぞれ対応してても、一緒に連れて逃げられる可能性がある。二人同時くらいには転移できるみたいだし、それで状況を変えられる可能性は十分にあるよ」
「逃げる足は最優先で潰したいですね。ブルームライダーとこの転移能力者は即行で潰したい。猛、ブルームライダーはどれくらいで潰せる?」
「接近さえできればすぐに。ただ飛ぶのにはまだ慣れてねえから、その辺りで手間取る可能性はある。ただ他の連中には近づけさせないようにするつもりだ」
「たぶん相手は初手、全員ブルームライダーの箒に乗ってる状態だと思う。まずはそこから落としたいな。どうすればいっぺんに落とせるか……」
「……初手の対応に関しては俺に考えがあります。フシグロ、いいか?」
『何?』
「ドローンで敵を発見したらまずは距離を取っておいてほしい。その後俺たちが近づいた段階で、ドローンの制御権を俺が貰う。それで連中を叩き落す」
周介の能力を使えば電子的な制御をおこなわずともドローンを操作できる。フシグロ程の操作精度を得られるかどうかはわからないが、それでも周介もずっと航空機を操作してきたのだ。空中での戦闘に関して周介の右に出るものはそういない。
空中から叩き落すというだけであればドローンを駆使すれば不可能ではない。
「大将、頼むから近づきすぎるなよ?」
「その辺りは気を付けるから大丈夫だよ。初手はミーティア隊と合同で空中での爆破とかもしたいんですけど、スタングレネードとか手榴弾とかの類を撃ちまくってくれますか?空中にいるのがやばいと思わせれば、それだけで地上部分には落とせると思います」
「オーケー。任せておけ」
空中で何の遮蔽物もない状態で周介の空中戦とミーティア隊の狙撃を受ければ遮蔽物を求めて地上部分に向かうはずだ。
そしてそこからが周介たちの戦いになる。
「地上部分には瞳の人形部隊を配置するようにします。言音、フシグロのドローンと連動して戦闘箇所を囲むように人形の展開を頼む。瞳はそれらの操作任せるぞ。場合によっては地上部分からの統制射撃頼む」
「了解」
「任せてくださいっす」
瞳と言音が連動すれば大量の人形たちを現地配置できる。それこそ一斉に射撃を行うことも可能であるために、汎用性という意味でも非常に役に立つことは間違いない。退路を塞ぐという意味でも、ある程度敵の位置をとどめることが可能になる可能性はある。
「そうか、安形さんの人形があればかなりの戦力を投入できるのか」
「手越の能力も合わせれば、かなりの人数分の射撃を行えるな。いや、それだけで勝負がつく可能性も出てくるな」
「あんまり過信しないでくださいよ。俺手甲で銃扱うのそこまでうまくないんですから」
手越の言葉を信じている者は少数だった。何せ手越は元々手甲を使って多量の銃火器を扱うことに長けた能力を持っている。そしてその能力をもってしてかつて大太刀部隊に所属していたのだ。
手越の技量を疑うものなどこの場にはいない。
「空中での射撃は手越に任せるよ。飛び上がった連中がいたら撃ち落としてくれ。できるだろ?」
周介にそう言われ、手越は一瞬複雑そうな顔をしてから、困ったようにため息を吐いて頭をかきむしる。
「わかったよ。やりゃいいんだろやりゃあ。その代わり、ブルームライダーとかは任せたぞ。あの速度は俺の手甲じゃ追いつけない」
「わかってる。任せろ」
周介と手越の間にある信頼関係は並ではない。何せ周介は手越と何度も何度も訓練をしてきているのだ。
互いの実力はよくわかっている。互いのできることもよくわかっている。こいつならやってくれるという信頼がある。
だが、唯一懸念があるとすれば、手越からしても周介は信用できないというところだ。それは、やりすぎてしまうという点にある。
ブルームライダーを相手にするということであれば、周介や猛の勝利は揺るがないだろうというのは手越の経験上確信を持って言える。
だが、それ以外となるとわからない。周介のことだ、また何かやらかしてしまうのではないかと不安がよぎる。
何をするのかわからないのが周介の恐ろしいところなのだ。
それを止められるかどうか。その辺りが手越が抱く唯一の不安だった。
「変換、雷、そして転移。この三人の動きによっては状況をひっくり返される可能性がある。全員注意しておいたほうがいいだろうね。前衛はBB隊に任せっきりになってしまうかもしれないのが申し訳ないけれど」
「それが役割ですから大丈夫ですよ。むしろ他を押し付けてしまうのが申し訳ないです」
大門や雨戸はドットノッカーもかなり強いのだがそれを請け負うことに対して全く危機感を抱いていない。
無謀なのではない。これは確固たる自信から生まれるものだ。味方だからこそ頼りになるとしか思えないのがありがたいところでもある。
「敵の構成、戦闘における体制、それらは問題なさそうだ。あとは本番って感じだけど……周介君。もう出撃は可能なのかい?」
「皆さんの準備が良ければ。すぐにでも現地に向かいますよ」
現在時刻はちょうど昼。今から向かえば夕方ごろには現地に到着することができるだろう。
日が落ちた後捜索するというのはおそらく無理だ。連中が夜にも移動している可能性を考えると出発は早い方がいいのだが、接触が夕方以降になって日が落ちてから逃がしてしまうというのは笑えない。
「向こうの空港で使える場所は?どこにも着陸するな、なんていいませんよね?」
「ロシア東部にある向こうの姉妹組織が管理してる空港を使えるように頼んであるよ。地図だとこの辺りだ。まずはここを目指してもらうことになる。今日移動したら、索敵用のドローンを飛ばしてもらって、本格的な捜索は明日以降ってことになるだろうね」
ドローンで捜索するにしても、ドローンがロシアの各地へ移動するのにも時間がかかる。虱潰しにするにはそれだけ時間がかかるのだ。
明日の夜明けからが、本当の勝負になるのは間違いない。
「君達の準備が問題なければ、出撃してほしい。現地での会話はこちらでもモニターして、常に通訳できるようにしてくから」
「ありがとうございます。皆さんに乗っていただく飛行機は今もう既に滑走路で待機しています。今から……いや、時間も時間ですから昼食をとってからにしましょうか。そこから出撃です。酔う人は食べないほうがいいかもですけど」
この中にはどうやら乗り物にそこまで酔う人間はいない様で、昼食をとることには賛成のようだった。
と言っても、食料の生産工場などが停止しているために、用意できる食材にも限りがある。
用意されたのは組織内で管理している保存食などがメインだ。
それでも、満足に腹を満たせるのは十分ありがたい。
「こういうのって、賞味期限が切れたときくらいにしか食べないからなかなか慣れないね。割と美味しいのは企業努力ってところかな」
今までの日常で、保存食に該当される食べる機会というものはほとんどないに等しかった。
それこそ大門がいうように賞味期限が切れてしまったものを食べる程度だっただろう。
ある種の避難生活に近い。食料を作り出す機械が止まっているというのは、それだけ大きな問題でもあるのだ。
周介が魔石に接続されていた時は、まだ電気が生きていた。だが今はその電気さえも止まってしまっている。
夏の時期に電気が死んでいるというのはかなりの問題だ。早くその問題を解決したいが、それがなかなかできないのが現状だ。
輸送網が完全に崩壊してしまったからこそ、それを再び作り直すのは容易ではない。
何を最初に直せばいいのか。それすらも見当がついていないような状況だ。少しずつ、本当に少しずつやっていくしかない。
今回参加するメンバーがそれぞれ保存食を口にしていく中、何人かの視線が周介の方に向く。
「なぁ百枝、お前本当に大丈夫なのか?」
それを最初に口にしたのは手越だった。周介の体、その髪や体から生えた魔石、そして体のそこかしこにある幾何学模様を見て大丈夫だと思えるようなものは少ないだろう。
「大丈夫じゃないか?少なくとも体に異常はないし。いや異常はあるんだけど普通に動けてるし」
「異常あるのかよ……移動したら、お前は待機してたほうがいいんじゃねえのか?さすがにその状態で無理に出撃しろなんて上も言わねえだろ」
「出撃するのは確定だ。俺自身あの連中を止めたいし。何より待機してて何しろってんだよ。また発電でもしろっての?それじゃ暇すぎる」
周介自身の体に異常はあるが問題はないという奇妙な状態だ。精密検査をしなければいけないことに変わりはないのだが、それでも今のこの状況を放置できるほど周介も楽観的ではなかった。
何より周介が運ばなければ彼らはロシアにたどり着くこともできないのだ。
手越の視線が瞳やドクに向けられ『本当に大丈夫なのかよ』と目で語っているが、二人とももう止められないことがわかっているのか困った表情で肩を竦めてしまっていた。
「まぁ、お前がそれでいいっていうならそれでいいけどさ……んで、寮にはいつ戻ってくるんだ?ずっと行方不明状態ってことにしてるから、みんな心配してるぞ」
「あー……それは……難しいな。俺は死んだってことにするらしいから」
周介の言葉にその場にいたほとんどの人間が驚愕に目を見開く。事情を知らなかった人間からすればまさに寝耳に水だろう。
死んだことにするということがどういう意味を持っているのかわからない人間はいない。少なくとも社会生活が送れなくなるかもしれないのだ。
驚きの目はその矛先をドクに変える。その眼差しに僅かに怒りさえ含んでいるのは気のせいではないのだろう。
「ドク、どういうことですか?百枝君は今まで組織に多大な貢献してきた。まさかそれを処理するなんてことはないでしょうね?」
大門の言葉には殺気すら込められている。そして同じ気配を持っているものがこの場に何人かいる。
ドクの返答によっては、周介をこの場からでも逃がすということを考えているような気配がこの場に満ちる。
事情を知らない人間が、死んだことにするなどと言われればそう聞こえてしまうのも無理はない話だ。
特に周介が今回の機械の暴走の核となっていたことを知っている人間からすれば、上層部が周介を処分しようとしているように感じられたのかもしれない。




