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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
三十五話「傷の痛みに耐え、前へ」

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 自分がもしいなかったらどうなっていたか。自分が現場に出られていたらどうなっていたか。そんな疑問に周介は立ち返る。


 そして、その疑問に意味がないことも、自分がもっとうまくやれていたらこんなことにはならなかったのではないかという後悔も、そんなもしもの世界のことを考える余裕もないのだということも、周介はわかっていた。


 自分の目からあふれる涙をぬぐって、周介は前を見る。


「ドク、いろいろと、ありがとうございます」


「何さいきなり。どうしたんだい?本当に大丈夫かい?辛いなら、休んでもいいんだよ?」


「いいえ。やることはあるので休むわけにはいかないですよ。俺がいてもいなくても、たぶんこの状況は変わらなかったでしょう」


 さっきの質問の続きだということを理解したのか、ドクは神妙な顔つきになる。


 周介がもし助かっていたとしても、あの場で逃げていたとしても、恐らくトイトニーが犠牲になって機械の暴走は起きた。


 そして機械の暴走が起きた時、周介の能力が思うように使えるかどうかは、正直に言えばわからない。助かっていたとしても、周介が活動不能になっていた可能性は非常に高いのだ。


 逃げたとしても、助かったとしても、結局のところは変わらない。


 今こうして助けられて、幸いにしても周介は生きている。トイトニーも無事だった。


 そしてまだ件の連中が何かをしでかそうとしているのであれば、周介にできることは決まっている。


「また、迷惑をかけますよ。今までよりもずっと」


 周介の笑みに、ドクは少しだけあっけにとられてしまっていた。


 その笑みはどこか楽しそうで、同時に申し訳なさそうだった。周介のこんな顔を見たのは久しぶりかもしれない。少なくとも救出してからの周介はずっと、暗い雰囲気だった。それが、こんな風に笑っているのは、どういった心境の変化だろうか。


 先程見えた何かが、周介に何か影響を与えているのか。それがわからないドクとしては判断のしようがなかった。


「今まで以上があるってなったら、それこそ僕はどうしたらいいんだい?まぁ、今までだってそんなに迷惑をかけられているとは思っていないけどさ」


「そうですか?たぶん、製作班の人たちにすごく恨み言を言われるかもしれませんけど、大丈夫です?」


「あぁそう言うこと?今度は何を壊すつもりなのさ。僕としては、被害は少ない方がいいんだけど?」


「まぁ、ラビットシリーズは全壊すると思ってください。今回の相手的に、俺も手加減はできないので」


 手加減。周介から聞くのは非常に珍しいセリフだ。


 少なくとも今までの活動の中で手加減などということをしたことはほとんどないはずだ。戦闘職ではない周介が加減などできるはずもなく、全力で事に当たることが多かったはずだ。


 なのに今周介は、手加減などという言葉を使った。


 周介らしからぬ表現に、ドクは眉をひそめてしまう。


「いつも通り全力で……そういうことじゃないのかい?君はいつだって手を抜くようなタイプじゃなかっただろう?」


「そう……そうですね。それもそうか。うん……」


 周介自身何か、自分のセリフと今までの自分の行動にどこか齟齬が生まれているようだった。


 自分の言葉に違和感を覚えながら、それでも前を見る。


 航空機の並ぶこの場所で、周介の体の幾何学模様が、魔石が、そしてその髪が、蒼く光る。


「絶対に止めます。連中の企ても、連中の無茶苦茶な行動も……全部……!」


 それはあの船の中でも周介が断固として決めたことだった。


 どのようなことをしてでも止めて見せる。その気持ちに嘘はなく、その気持ちが揺らぐことは未だない。

 周介から強い圧力が放たれ始める。


 殺気ではない。周介のもつ独特の気迫だ。辺りに放たれる圧力に周りにいたラビット隊の面々が反応して集まってくる。


「周介、どうしたの?」


 瞳は周介の変化にそこまで良い印象は持っていないようだった。とにかく心配で、何をしだすかわからないからこそ、不安の色が強そうである。


「いや、気合入れてた。ちゃっちゃと片づけて、さっさと戻ろう。全力で行く」


 周介は吹っ切れたような顔をしている。何があったのかはわからないが、周介の精神状態が上向きになってくれたのであればよい方向に進む。そう思いたい。


 もっとも、周介の場合はどんな風に状況が発展するかわからないのも不安材料の一つであるためになんとも言えないところではあるのだが。


 そうこうしていると、今まで休んでいた玄徳が空港にやってきていた。


「兄貴!遅れてすいません!」


 十分な休養を取って、この後すぐにロシアに向かうという話をフシグロなどから聞いたのだろう。すでに準備は整っているのか、装備もしっかりと持ってきていた。


「悪いな玄徳、もう少し休ませてやりたかったんだけど、ロシアに飛ぶぞ」


「うっす。兄貴こそ大丈夫ですか?まだ体の検査とかはできてないんじゃ……」


「試運転は済ませた。このままいく。これを終わらせたら検査やらが待ってるだろうけど……まぁ、それはそれだ。頼むぞ」


「はい!任せてください!」


 周介が決めたことであれば、玄徳に否やはない。どこまでもついて行くだけだ。


 玄徳自身が決めたことだ。どこまでもこの男について行こうと、どこまでもこの男に付き従おうと。


「周介さん、機体の状況を確認してきました。問題ありません」


「わかった。今回知与は狙撃に集中してほしい。隙があればいつでも撃ちぬけ。その為のヘリも用意してある」


「実弾の使用は?」


「許可する。好きにしろ」


「了解です。今度こそ撃ち抜きます」


 知与にとって自分の放った弾丸を止められた経験は数少ない。その数少ない防御を行ったドットノッカーに知与としても思うところがある。


 あの時撃ち抜いていたら、また流れが変わっていたかもしれないのだ。次こそは、次こそは撃ち抜いて見せると知与のやる気は十分だ。


「若、ヘリとかの機体は入れておいたっす。後何入れましょう?」


「各員の装備と、弾をありったけ入れておいてくれ。弾丸関係はいくらあってもいい。ドローン関係は?」


「もう入れてあるっす。ただヘリとか入れちゃってるんで、そっち優先になっちゃいます。小さな道具とかは向こうでヘリ出してから追加する形にしようと思ってます」


 荷物などの運搬を延々と行っている言音は、もはや物資の供給という意味ではプロフェッショナルに近い。


 周介があれこれ指示するよりも早く既に必要な行動を終えているのだ。その辺りの采配はもはや一部隊の隊員の枠を超えている。


 製作班や各部隊の必要な装備などをあらかじめリサーチして行動しているのだ。既にラビット隊という枠に収まらず、組織に多大な貢献をしている人物でもある。


「大将、ブルームライダーの相手は俺にやらせてもらっていいか?」


「そりゃいいけど、またどうして?能力的にドットノッカーとか相手の方がいいんじゃないのか?」


「あの野郎捕まえるのはマストだ。空中で動ける手段もゲットしたからな、あの野郎絶対捕まえてやる。だから大将にも手伝ってほしいんだ」


 猛が目的としているのは周介を敵の主力から引きはがすことだ。周介のことだ。どうあがいたところで敵の主力に目をつけられる。いや、自分から危険な方に向かおうとしてしまう。


 だから周介の力を利用して、別の能力者を狙うという理由をつけた。猛の支援をするために、一定距離に居続けなければならないだろう。


 唯一の懸念は、周介の能力の射程が今まで以上に伸びていた時、自分の周りに周介をとどめることができないというところだ。


 周介を自分の周りに留めることが可能かどうか。それは猛の立ち回りにもよるのだ。


 相手を倒す事よりも、周介を守ることを前提に考えることができているのは猛の成長だ。


「それは構わないけど……常にお前の傍にいられるかどうかはわからないぞ?」


「可能な限りでいい。あの箒野郎がどういう動きをするかもわからねえしな。その辺りの流れは任せる。それでもあの箒を止められれば、相手の機動力は激減するはずだ。ドットノッカーやらよりも、あの箒野郎を止めたほうがいい」


 猛の成長したところはここだ。諦めが悪くなったというのもあるが、相手の戦力を見て状況を読めるようになってきている。


 周介が好き勝手動くせいで、状況を判断する能力が身につかざるを得なかったというのが大きいだろう。


 ラビット隊が集まったところで、周介は瞳に髪を束ねてもらいながら全員を見渡す。


「今回の作戦の成否がこの後の世の中のすべてを変えるといっても過言じゃない。気合入れていくぞ。あの野郎どもぶっ潰す!」


 周介の檄に全員が返事を返す。


 周介の様子が普段と違うのは全員が理解している。周介が安全な行動をとるなどと思っている人間は誰もいない。


 周介がどんな行動をとっても問題がないように、全員が意思疎通していた。


 周介が好きなように動いたとしても、即座に対応できるように。


 誰もが前を向いていた。ここですべてを決めるのだと、間違えようともできることをするのだと、全員が覚悟していた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 言音を中心に、カンガルーとかコアラみたいなロジスティック系の班が出来そうですな。
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