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周介は自分の装備の微調整をする間も新しい能力の制御方法を学んでいた。
先程得た感覚。体の奥からあふれてくるその力を、一点に集中する感覚。
それは水を押し出すホースのそれに似ていた。体の周りにあるマナを取り込むだけではなく、そのマナの流れを利用して体の中にある魔石のマナを一緒に引き出すのだ。
その能力の発動方法を理解してから任意で発動できるようになるまでに時間はそれほど必要なかった。
とはいえまだ集中していないと持続はできない。はっきり言って戦闘では使えないだろう。
だがわかってきたことがいくつかある。
「うん。周介君の新しい能力。これは確かに変貌型に近いね。通常の変貌型と違う点は、周介君の体を起点にしてるんじゃなく、周介君の能力が発動できる、回転できる物体の周辺に対して効果を発揮している……それ以外は、通常の変貌型のそれと同じような感じだね」
周介の個人装備の調整をしながら発動している周介の第三の能力は、周介の能力の中核ともいえる回転部分を中心にしているようで、今は個人装備のアーム部分に蒼い毛を生やしている。
その体毛は非常に柔らかく、だがどこか強靭な威圧感を秘めているように感じられた。
アームの関節から生えている毛は、アーム全体を覆い、何かの生き物の腕のような形へと変わっていっているように見えた。
毛の質感や、腕を形成している部分を見る限り、哺乳類のそれに近いのはわかる。だが、蒼い毛のせいでいったい何なのかが分かりにくい。
アームの先端部分、指に該当する部分には、爪のようなものも形成されていた。
まだ周介自身が完全に操れていないということもあってその形状自体は非常に不安定で、形が定まっていない。
ただ、発動したての時に形が定まっていないという特性も含めて、間違いなく変貌型の能力である。
問題は、その能力が強化しているのが周介ではないという点である。
「……つまり、俺の体自体を強化してくれてるわけじゃないと?」
「うん。少なくとも今周介君は強化されてる感じある?」
「…………いいえ。何も」
「となると、変貌型の中では珍しい、他者、ないし他の物質を強化するタイプの能力なんだろうね。機体の強度が上がるって感じかな?」
「なんで俺の耐久力は上がってくれないんですかね……なんでこんな体になってまで変なところに能力が行くんですか……そういうの困るんですけど」
周介としては自分の体を強化するような能力が欲しかった。そうすれば回避能力もそうだが、対応能力も非常に増すというのに。
隣の芝生は青いなどというつもりはないが、周介からすれば非常に重要なことだった。
ただでさえ周介は鬼怒川に狙われていたりと、面倒な人間に目をつけられることが多いというのに、なんでこんな中途半端な能力になるのかと嘆かずにはいられない。
「鬼怒川君、ちょっとこのアーム部分殴ってみてくれない?」
「どれくらいの力で?」
「この部屋が壊れない程度の力で」
「了解です。じゃあ……これくらい?」
鬼怒川は全身の能力を発動すると、変貌の能力が発動しているアームを掴んで思い切り殴りつける。
異音が部屋中に響き渡るも、その結果はドクも予想していなかった。
「すごいね。全然壊れない」
部屋が壊れないようにという注文を守ったため、当然鬼怒川も手加減をした状態の攻撃ではあった。
だがそれでも全身発動状態の鬼怒川の一撃を受けても、能力が発動中のアームはびくともしていなかった。
変形もしていなければ、変貌の能力によって作り出された肉体が破損している様子も見られない。
いったいどれほどの力を鬼怒川が込めたのかは不明だが、少なくとも衝撃波と共に響いた異音から察するに、建物を一撃で破壊できる程度の威力はあったことは想像に難くない。
その一撃を、アームは耐えきったのだ。
「僕の設計上、そのアームは鬼怒川君の片腕状態でも壊されるくらいの強度しかないんだけどね。いやはや相当強化されてるね」
「うち的にはちょっとショックですよ。最強の変貌能力者なんじゃないかって自負してたんですけど……これじゃそんな風には名乗れないですね」
「まぁ、そもそもの魔石の量が違うからね。周介君の変貌型の能力の方が出力が単純に高いんだろうさ。生身は生身のままなんだけど」
「それが一番困るんですよ。装備が頑丈になったって体が柔らかいままじゃどうしようもないんですけど」
「いやいや、頑丈な盾ができたって考えればいいんだよ。うちの攻撃を受けたって耐えられるだけの強度が得られるなら相当強いよ?」
「そりゃ……それはそうかもしれませんけど……」
鬼怒川の攻撃を受けても問題ないレベルの耐久力を得られるような能力はかなり限られる。
小堤の固定の能力のような特性を持つものではなく、単純な強化や変貌の能力でそれを得られるとなると周介は該当する能力は数えるほどしか思い当たらなかった。
そう考えると非常に高い耐久力を得られるということは間違いないのだろうが、それが本体ではなくその周りの装備であるというところが問題なのだ。
硬い甲羅の中に柔らかい中身が入っているような状態であるために、条件によっては簡単にやられてしまう。
衝撃をそのまま伝えられるような攻撃だった場合ほとんど意味なくやられてしまうだろう。防御の仕方も気を付けなければならない。何せ周介の装備は体と繋がっている形をとっているため攻撃を受けた場合その衝撃が体に伝わってしまうのだ。
直撃するよりはダメージはいくらか軽減されるとはいえ、それでもいずれは損傷に体が追い付かなくなることだろう。
「能力を安定して使えるようになるにはまだまだ時間かかりそうだね。ひとまずはこの能力は置いておくといいよ。つい使っちゃうのは仕方がないとして、ないと思って動いたほうがいい」
「確かに……まだ集中しないと維持もできないですし……なんか形も定まってないみたいですから、この状態じゃ実戦投入は無理そうですね」
変貌型の能力を保有しているという前提で戦闘を行うには、今の能力の状態はあまりにも不安定だ。
確かに手加減状態とはいえ鬼怒川の一撃を防ぐことができるというのはかなり大きな利点と言えるだろう。戦闘時にこの盾の役割をしてくれる腕があるとどれだけありがたい事か。
だがその発動を任意で、即座に行えないのであれば本当に発動したいときに発動できないという危険な状態になってしまう。
まだ訓練していなければいけないような段階で実戦に出そうなどというのは少々、いやかなり無謀と言わざるを得ない。
「なんかさ、部位ごとに形変わってるんだね。アームもさ、上の四本と下の二本でできてる体の形違うよね?」
「そう言えばそうですね。下の二本は足っぽい?」
周介の個人装備のアームは背面に六本あるが、そのうちの四本は背中に、二本は腰よりやや下の部分についている。
その為足が四本、腕が六本の状態になるように見えるのだ。
色々と調整した結果この辺りの方が一番使いやすいということで、今の配置に落ち着いているものの、ドクの言うように変貌型能力によって作り出されている肉体はアームの位置によって異なっているように見える。
上四本、普段周介が本当の腕と同じように扱っているアームには、獣のような腕が作り出されているのに対し、足のように使うことの多いアームの二本には、腕よりも足のそれに近い、獣の脚部によくある形状のそれが作り出されていた。
「なんか本格的に六腕四脚って感じだね。ケンタウロスの亜種?って感じ」
六腕四脚。それは以前辰巳も同様の感想を抱いたものだった。
周介と本気で対峙した人間は、似た感想を抱くことが多い。
特に気迫を全力で放っている時の周介は、アームも含めすべての部位に存在感をアピールしてくる。
小動物をモチーフにしているラビット隊などと、そのような名前からは想像もできないほどの圧力だ。
ネットなどでも、周介がアームを使って動く様は、四本足だとか六本腕だとか言われていることが多い。
周介の動きがあまりに早すぎることもあり、そしてある程度遠くからの映像ということもあって周介の全容を把握しきれていないものが多いのが原因でもある。
アームに作り出されている燃えるようにたなびく蒼い体毛。そしてそこに作り出されている肉体を見て周介は自分の体の方にもそれができてくれないだろうかと試行錯誤する。
だが、噴出装置や腕についているワイヤーフックの部品など、その辺りには作り出されてもやはり肉体の強化はされていない。
本当に部品に対して発動している変貌型能力だということがわかる。
だがふと思う。
この能力はいわば部品などの強化でもある。そしてその強化と、周介の第二の能力を組み合わせたらどうなるのだろうかと。
周介は一旦変貌型の能力を解除していつも通り第二の能力を発動して過剰な負荷を熱量に変え、蒸気の形で噴出していく。
「ん?どうしたんだい?」
「いえ、それで……ここから……!」
周介は過剰な負荷を与えた状態のアームに変貌能力を発動していく。すると部品が強化されていったからか、蒸気は出なくなっていった。
「もっと、もっと負荷をかければいいのか?鬼怒川先輩、アームをへし折ろうとしてくれません?」
「え?うんいいけど」
鬼怒川は周介に言われた通り、変貌状態のアームを掴み、へし折ろうと力を加え始める。
「やっぱ強いね。けど……!」
単純な打撃では周りの部屋を壊さないために気を遣わなければいけなかったが、力をかけるくらいであれば周りの部屋を壊す心配はない。
鬼怒川は徐々にかける力を強くしていく。
周介の発動したばかりの変貌型能力では、形が定まっていないこともありまだ耐久力は未完成だ。
少なくとも鬼怒川の能力でアームを折ることは不可能ではない。その証拠に、アームがぎしぎしと悲鳴を上げている。
「もうちょっとかな?これでどうだ……!」
鬼怒川が本気で力をかけ始めたあたりから、その音は徐々に大きくなっている。
だが瞬間、その体毛の隙間から蒸気が噴き上がる。
もう少しで折れると確信していた鬼怒川は、力をかけているアームの感触が変わったことに驚いていた。
力をかけたはしからその力が抜けているような、そのような感覚だ。力をいくらかけても全く微動だにしない。
周介としては変貌型能力に加え、第二の変換能力も同時に使えるということが分かっただけでも十分すぎた。




