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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
三十五話「傷の痛みに耐え、前へ」

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「それは構わないですけど……運ぶメンバーは?現地への救援ってことは、いくつか部隊を送るんでしょう?」


「構わないとか言わないでよ周介。あんた自分の状態わかってるの?」


「能力発動自体は問題ないんだから。ロシアへの旅行みたいなもんだろ」


「あんたの場合絶対出るでしょうが。ドクター、いくらほかに手がないからって、周介を出させるようなことにオッケー出すなんてなに考えてるんですか」


「けど他に方法がないってのが事実なんだよね。いや他にないわけじゃないんだよ?けど燃料かき集めてってやってるより周介君が動いたほうが効率いいんだよね。今回のこれに関して言えば、何よりも展開力が重要なんだよ」


 周介のような機械を操ることができる能力者だと燃料要らずで高速移動ができるのが非常に現場においては有利に働くのだ。


 特に今のように燃料の生産も、そもそも燃料の保管も運搬もできていない状態ではこれ以上ないほどの逸材と言っていい。


「俺だけじゃなくて、可能ならトイトニーも連れていきたいですね。あの人がいれば、それこそ手は二倍になりますよ」


「なるほどいい意見だ。彼にも後で協力を要請しておこう。アメリカがなんていうかは微妙なところだけれど」


「あとは俺の装備を準備しておいてください。個人装備もそうなんですけど、Δとかも使いたいので」


 個人装備はともかく、Δの名前が出てきたことでドクは渋い顔をする。周介は救助されてからほとんど島の状態は見ていなかったし、どのような戦闘が行われたのかもまだ確認できていない。


 帰ってきたばかりでほとんどまだ何も顧みることができていないのだ。


 その為Δがあの島の戦闘で破壊しつくされたことも知らない。自分で自分を殺そうとしたことも、恐らくは覚えていないのだ。


 猛はひどく怒っていた。目を覚ましたら殴ってやるとまで言っていた。だが、実際周介は何も覚えていなかった。


 だから殴るに殴れなかったのだろう。


 そのもどかしさは瞳にも少しわかる。


「あー……実はさ……Δは壊されちゃったんだよ……」


「壊された?誰に?俺がいない間、あれは動かせてなかったんじゃ……あ、鬼怒川先輩とかがやったんですか?」


「酷くない?うちがそんなことするとでも思ってんの?動かない張りぼて殴ってもつまらないよ」


「でもあれを壊せるなんてうちの拠点でもそうは……ドク、修復はどれくらいでいけそうですか?」


「完膚なきまでに壊されたうえに、破壊された部分は破棄してきちゃったからね……予備の機体でよければあるけど、あれ微調整できてないんだよ」


「じゃあそれでいいですよ。あとβとγもあるでしょ?あれらも全部出してください」


「ちょっとちょっとまった。なんだい周介君、今回ずいぶんやる気じゃないの?最初から戦闘を前提って……君らしくもないんじゃないかい?」


「えぇ……まぁ……ドットノッカー相手ですから。ちょっと本気でやろうと思って……」


 今までだって別に手を抜いてきたつもりはない。常に全力で事に当たってきた。だが今まで以上に、いや今までとは別の意味で本気でやらなければいけないのだ。


 ドットノッカーを止める。


 あの能力者たちを止めなければいけない。それは自分がやらなければいけないことなのだと周介は確信していた。


「ドク、いくつか頼みたいことがあるんですけど」


「なんだい?君が頼みってなると嫌な予感がするね」


「そんな大したことじゃないですよ。小型でもいいんですけど、飛行機やらヘリやら、今回使わせてほしいなと」


「そんな事かい?大丈夫だよ。今回君の主目的は人員の輸送だ。もちろん使っていい、というか使ってもらわないと困るよ」


「組織の方で管理してる飛行機やヘリはどれくらいあるんですか?そもそも機械の暴走で多少なりとも影響あったんですよね?」


「うん。拠点の中で保管していた航空機は無事だよ。ただ、表に出ていた航空機や船なんかは軒並みどこに行ったかわからない。だからそこまで数はないんだ」


 海外の他の姉妹組織などが協力要請に応じることが難しい理由がここにもあった。


 機械の暴走によって車両だけではなく航空機や船舶までも暴走してどこかに向かってしまった。

 特に航空機の類がほとんど行方不明になっている。


 残っているのは推進剤などの燃料を使わないと飛べないような機構を持った戦闘機の類のみだ。それ以外、回転をベースにして飛行出来るような機体はすべてどこかへと飛んで行ってしまった。


 その為、高速で人員を移動できる手段がかなり限られてしまっているのだ。


 転移や飛行ができる能力者で運べないこともない。だが国をまたぐほどの長距離となるとかなり厳しいのが現実である。


「だから僕らが管理してる飛行機……小型と中型含め四機。ヘリが三機、それが今動かせる最後の飛行機だ」


「それだけあれば十分です。あとは、連中の目的地と、現在位置さえわかれば……」


「それに関してもフシグロ君の協力もあって何とかするつもりだよ。君達には早い段階でロシアに向かってほしい。できるかい?」


「……たぶん大丈夫です。魔石の力ももう少し引き出せるようになっておきたかったですけど……」


 つい先ほど少しだけ引き出せるようになった能力。一体どのような能力なのか周介自身わかっていない。だが感覚は掴んだ。時間は短いかもしれないが、訓練して身に着けることができれば役に立つだろうことは確信してた。


「ちなみにドク、うちはその作戦参加できるの?」


「無理だね。君を日本の外に出すとか危険極まりなくて目も当てられないよ。何が起きても自己責任で、何が起きても文句は言いませんってロシア側から念書でも貰えるっていうなら話は別だけどさ」


「酷くない?最近うちは頑張ってると思うんだよ?」


「そう言えば、鬼怒川先輩は俺がいない間どうしてたんですか?」


「お?聞きたい?聞きたい?うちがどれだけ頑張ったか。苦労したんだよ百枝君がいない間さぁ。マーカー部隊の真似事してさ、表舞台に関しては全部うちが請け負ってさ」


 鬼怒川は周介がいない間どのように活動していたのかをつらつらと話し始めた。


 慣れないながらに手加減をして、暴れ回るくせに弱い考え無しの能力者たちを一方的に倒していく。そんな日々を送っていたのだという。


 周介はそんな鬼怒川の言葉が信じられなかった。


 鬼怒川が手加減をして、しかも表で暴れるような素人同然の相手を殺さない様に捕縛していたなどと、天地がひっくり返ってもあり得ないことだと考えていた。


 実際そんなことがあり得るのかと、周介が瞳とドクの方に視線を向けると、二人は鬼怒川の言葉を肯定するように小さく頷いて見せた。


 周介が拠点を離れていた時間は決して短くはない。意識を失っていた期間も長かったため、一体何が起きても不思議ではない。


 だが、だからと言って鬼怒川がそこまでの行動をしているとはどうやって予想できるだろうか。


「ともあれ、うちらオーガ隊も今やそれなりに知名度があるんだよ?百枝君にはまだまだ負けるけどさ」


「信じられない……一体何でそんなことに……」


「……まぁいろいろあったの。でもこうして百枝君が戻ったんだし、うちはもう活躍しなくてもいいよね?」


「いやいや何言ってるの鬼怒川君。今葛城先生が君の代わりをやってるんだから早く復帰してよ。百枝君はこれからロシアに出張に行っちゃうからどっちにしろ現場の人手が足りなくなるんだって。現場仕事も慣れて来ただろう?」


 ドクの言葉に鬼怒川は心底いやそうな顔をする。


 周介のいない期間だけだったとはいえ、現場で活動したことは鬼怒川にとって多大な負荷を伴っていたのだろう。


 壊してはいけない。殺してはいけない。やりすぎてはいけない。手加減と気遣いが必要不可欠な現場仕事は、鬼怒川にとってはかなりの精神的負担を強いていた。


 ただその献身的な現場活動を繰り返したおかげで、現場の負担はかなり減っていたのだ。


 特に機械の暴走が起きてからも鬼怒川はとにかく駆け回っていた。周介の救助が行われる直前まで、彼女は現場での活動に従事していたのである。


 拠点の中で周介を追いまわすことに終始していた姿からは想像もできない光景だっただけに、驚く人も多かったのは事実ではある。


 周介も驚いている張本人である。


「でも鬼怒川先輩、どうしてまた現場なんて……上層部がよく許可出しましたね」


「ふふん。そこはうちの人柄が評価されたんでしょう?百枝君がいなくなって暇になっちゃったからさぁ。暇つぶしにやってみようかなって思ってたんだよ」


 元々周介が攫われたあの一件が、オーガ隊が出ることになるかどうかを判断するとは聞いていた。だがまさか本当に上層部が許可を出すとは思えなかったのだ。


 若干脅しまがいの事をしていたことを知っているドクからすれば苦笑するしかない。だがそれと同時に、周介を一刻も早く助け出すために鬼怒川ができる数少ない事でもあった。


 周介が負っていた責任を、自分が負う。そうすることで他の人間が動きやすくなる。ただそれだけのために鬼怒川は奔走したのだ。


 だがそれをひけらかしたりはしない。むしろ自分が勝手にやったといわんばかりの言い草だ。


 鬼怒川とて感謝されたくてやったわけではないのだ。周介を助けたくてやったこと。だが周介に負い目を感じてほしくはなかった。


 その辺りは鬼怒川の気難しいところでもある。


「まぁそういう訳でさ、周介君がいない間の現場はオーガ隊の人たちがやってくれてたわけ。それで今は葛城先生もその指揮をしてるんだよ」


「校長先生まで……なんだか大変なことになってません?」


「まぁね。あの人が出てきたから大太刀部隊の面々はかなり冷や冷やしてると思うよ。主に大隊長クラスやそのあたりの世代の人。下手なことしたら大変な目に合うからね……」


 いったいかつて葛城校長がどのような立場にあったのか、周介は詳しくは知らない。


 ただ、少なくとも上層部の一人であったということくらいは知っている。当然今もなお頭が上がらない人物は多い事だろう。


「校長先生にまで迷惑かけてたとは……後で謝っておかなきゃ……」


「迷惑?それは違う。周介君は勘違いしているけれど、謝らなければいけないのは僕たちだ。一人の人間に負担を強い過ぎた。そのつけが回ってきただけの話さ。むしろ君は被害者なんだ。僕らに文句を言うことはあっても、僕らに謝るなんてありえないよ」


「えぇ……それはさすがに……」


 周介としては、自分が早く逃げなかったばかりに大事になってしまったという自覚がある。


 まだ実際の被害を目にしていないからこそ、このように精神がまだましな状態であるが、これが実際の現場で被害を目にしたら一体どうなってしまうのか。


 そう言う不安もあって、ドクは周介を日本から遠ざけようとしている部分もある。


 海外であれば、そしてロシアという人が住んでいない場所の方が多い場所ならば、その被害を目にしなくて済む。


 それは、周介の精神を保つために必要なことでもあった。


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