表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
三十五話「傷の痛みに耐え、前へ」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1602/1751

1602

 周介と瞳はトイトニーの病室を訪ねていた。病室と言っても表の病院ではない。拠点内の療養施設だ。

 エイド隊の治療を行う中で、長期の治療が必要になる人間が割り当てられる場所だ。


 治療施設と言っても、簡易ベッドと各種家具などが置いてあるだけの部屋である。


 本来であれば何人かの人間が利用できるように、ベッドが複数置いてあるのだが、今ベッドで横になっているのは一人だけだった。


「失礼します」


「どうぞ……って百枝君に安形さん。おかえりなさい。元気そうでよかったわ。随分とイメージ変わったわね」


 迎えてくれたのはエイド隊の見知った人間だった。何度も周介の治療をしてくれたこともある人だ。


 彼女は拠点に詰めていたために、周介の無事は知っていたが、こうして直接会うことで周介の変わりようを見て、だが元気そうな様子を見て安堵しているようだった。


「ご心配をおかけしました。この髪はちょっと何とかしたいんですけどね……あぁ、トイトニーはいますか?」


「いますよ。ただ、まだ体調が万全ではないので、あまり長い時間話すことはできませんが」


「……そんなに悪いんですか?」


「命に別状はありませんよ。ただ体力の低下が激しかったため、回復に時間がかかっているだけです。かなり長い間監禁されていたようですから」


 周介が捕まっていたよりもずっと長い間捕縛されていたトイトニー。満足に食事も与えられていなかったような状況で長時間過ごし、そこから数日間飲まず食わずで海をさまよったのだ。


 周介はその状態を正確に把握することはできていなかったが、周介が考えていた以上に危険な状態にあったのだろう。


「少しだけ話をさせてもらえますか?今は起きてますかね?」


「えぇ。大丈夫です。ただ、日本語は話せないので、英語になりますが」


「片言でも、それに今は翻訳とかできますし」


 ありとあらゆる便利な道具を取り上げられていた牢屋の中と違い、今はフシグロなどの補助も得られる。何より瞳はニュアンス的な翻訳程度ならできる。


 もとよりそこまで長く会話をするつもりも、会話する内容もありはしない。ひとまず安心させたかったというだけの話だ。


「ヘイ、トイトニー。アーユーオーライ?」


 壁を軽く叩いてノックしたような形で、ベッドの周りにあったカーテンをわずかに開いて覗き込む。


 トイトニーはタブレットで何か操作しているようだったが、周介が顔を出したことでその方向に目を向ける。


 周介の姿に、一瞬誰がやってきたのかとわからなかった様子だったが、その声を聴いたためか、その幼い外見からか、一瞬戸惑った様子だった。


「あはは、わからないか。まぁ、髪伸びたし、目の色も変わってるからわからないよな。アイアムラビット01。えっと……無事でよかった……は……なんていえばいいんだ?」


「アイムグラッドユアセルフ。ツクモやフシグロさんに翻訳してもらいな」


「Rabbit!?boy!?No way!Gosh!!」


 瞳が言い終わるよりも早くトイトニーは上半身を起こすと周介の手を掴んでその肩を叩いていた。


 その声は驚きと歓喜に満ちているように感じとれた。英語がそこまで達者ではない周介でも、翻訳されていなくてもそれくらいのことはわかる。


『百枝、通訳する?』


「あー……次の言葉から頼む。たぶん、驚いて喜んでくれてるってことはわかるから、少し落ち着いてからでいいよ」


 周介の言葉が理解できなくとも、周介が生きていたこと自体をトイトニーは喜んでくれていたのだ。


 そんな態度を今示してくれる彼に、通訳は必要ない。むしろ、少し落ち着いてからちゃんと会話をしたかった。


「無事でよかったよ。あの後、逃がした後、無事でいられる保証なんてどこにもなかったからな」


 周介の言葉を聞いた後で即座にタブレットから英語の音声が流れ始める。フシグロが即座に翻訳してトイトニーに伝えてくれているのだろう。


 こういう時に本当に助かると思いながらも、トイトニーもようやくまともに会話できるということを理解したからか、ベッドの上で上半身を起こしたままタブレットを手にして笑う。そして素早く英語の言葉を並べていた。


『あぁ、これがあると楽でいい。もう丁寧でわかりやすい言葉だけでしゃべらなくてもわかるだろう?あの時は大変だった』


 そしてすぐにタブレットから日本語の音声が聞こえてくる。こうして疑似的にでも会話ができるというのは本当にありがたかった。


「俺がもう少し英語が得意であればよかったんだけどな。あいにく英語の成績はあんまりよくないもんで」


『いいや、大したもんだよ。俺は日本語なんて欠片もわからなかった。あの場で、少しでも意思疎通ができたのはありがたかった』


 いったいどれほど捕まっていたのかもわからないが、あの牢屋の中に閉じ込められていたことには変わりないのだ。


 味方が少しでも増えたというのは、あの時トイトニーにはありがたかっただろう。とはいえ、それがこんな子供のような外見をしていたのは予想外だっただろうが。


『それより、その髪は?あの時は、それほど長くなかったと思ったが……』


 周介の髪の長さにトイトニーとしては疑問を抱いたようだった。何せ牢屋の中にいた周介の髪は短かった。

 元々周介が短い髪を好んでいたというのもあって、今のような長髪ではかなりイメージを変えてしまう。


「あぁ、ちょっといろいろあって。体を弄られたらしい。この髪もその一部だ。目の色も、体の変な文様も、あの爺さんの置き土産みたいなもんだ」


 髪に関しては既にスカァキ・ラーリスが死亡した後の変異だったが、それ以外の体の変質はすべてあの老人の手によるものだ。


 その辺りは何も間違っていないために瞳もフシグロも口を挟むことはなかった。


『大丈夫なのか?あの魔石に取り込まれたんだろう?』


「あぁ。何とか無事だよ。と言っても、取り込まれていた時のことは覚えてないんだ。俺が、何をやらかしたのかも……まだ、ちゃんとわかってない」


 周介と瞳はトイトニーの近くに椅子を持ってきて座り込む。


 その表情と、何を言ったのかを理解したトイトニーは周介の目を見て怪訝な表情をした。


 幼い顔立ちの中に、どこか大人の雰囲気を漂わせ、悲壮な表情をしている周介を見てトイトニーは目を細めていた。


『ラビット、今回の件はお前のせいじゃない。俺だって、一歩間違えれば同じことになっていた。そしたら、もっと被害は広がっていた。俺がへまをして最初に捕まらなければ、また変わっていたはずだ。俺が生きているのは、お前が助けてくれたからだ』


 トイトニーはあの時どうすることもできなかった。装備も奪われ、一度は逃げ出そうとしたがそれも罠だった。


 そして牢屋でどうすることもできないでいる時、周介がやってきた。


 周介は相手の意識を集め、自分に全員の意識を集めると同時に、全てをひっくり返して見せたのだ。


 その中に、助け出すべき人間の中に、自分という存在を勘定にいれていなかったからこそできたことだ。

 この小さな体で、幼い心で、そこまでのことをするにはどれほどの覚悟が必要だっただろうかと、トイトニーは不甲斐ない自分の未熟さに怒りを覚えていた。


『ラビット、お前はいったいいくつなんだ?言っては何だが、すごく幼く見えるが』


「あぁ、日本人って童顔だからな。俺は今年十七になる。今高校生だ」


 まだ未成年である事は予想できていたが、十七歳だという事実にトイトニーは驚いているようだった。


 それが、こんな幼い外見なのに十七なのか、というものか、あるいはその逆なのかはわからなかった。


 どちらにせよ、あの状況で未成年で、自分よりもずっと年下の少年に助けられたという事実に、トイトニーは不甲斐なさを感じていた。


『ラビット、お前はこれからどうするつもりだ?』


「俺は……そうだな……まずは体を万全にして……俺がやらかしたことをちゃんと見るつもりだ。被害がどれくらいか、聞いたか?」


『一応はな。ただ……俺はどれほどのものなのか、想像できていない。俺もまだ、表の様子をそこまで見られているわけではないんだ。日本に着いた後、ほとんどまともに動けないでここに運ばれたからな』


 トイトニーは海を漂流してそこから組織への連絡をつけた。関西拠点から関東拠点に運ばれている間も、意識を保つことも難しかったことだろう。


 治療を受けながらの移動であったために、まともに外の様子を見ることなどできていなかったはずだ。


 その為、世界の今の状況を正確に把握することはできていない。それに関しては周介もトイトニーも同様だった。


「被害が大きすぎるから、どうしたらいいのかもわからないけど……少しでも復興が早くなるように俺は行動する。見て見ぬふりは……さすがにできないから」


 周介の声が沈んでいることに、通訳なしでも気づいたことだろう。トイトニーは不安そうな、どこか心配するような表情をしていた。


 周介が何かしら、自分の責任であると抱え込んでいるのではないか。そのように感じ取れたのだ。


 無理もない話だ。自分の能力で世界が大変な状態になっているといわれて、それに責任を感じるなというほうが難しい。


 そこで何の自責の念も感じないような無責任な人間であったのならばむしろ良かったといえるだろう。


 だが、マーカー部隊として活動する人間は、往々にしてそういうことに妙に責任感を感じるような人間であることをトイトニーも知っていた。


 何せアメリカのマーカー部隊の人間も似たようなところがあるのだ。


 マーカー部隊の人間はこういう人種が多いのだろうと、トイトニーはため息を吐く。


『まず俺たちにできることは、自分の体を万全にすることだろう。それ以上先のことは、考えても仕方がない。特にラビットは、せっかく拾った命だ。大事にして損はない』


 魔石に取り込まれて命があるだけでも御の字というものだ。それは周介もよくわかっていることである。


 だからこそ、まずは自分の体のことを第一に考えるべきだと諭そうとするが、周介の考えはそんな方向に向いていない。


 この辺りはなかなか説得が難しい。本人の考え方を変えるなど一朝一夕でできるはずがないのだ。


 特に周介のような、一度決めたら行動してしまうようなある種頑固な人間にとっては。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ