表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
一話「蒼い光を宿すもの」
16/1751

0016

 そこにあったものを見て周介は目を丸くしてしまっていた。部屋の奥に置かれていたのは列車だった。正確に言えば周介があの時乗った、能力が暴走した時に乗った車両の一つのように見える。


「うわ、あれ本物ですか?」


「いやいや、張りぼてだよ。実際に走れるだけの構造だけは作ってあるけどね、実物に必要なものはほとんど抜いてある」


「一から作ったんですか?」


「そういう能力を使える人もいるってことさ。いろいろと作れるのは便利だよ。思い通りの形が作れるからね」


 周介たちが電車の張りぼてに近づいていくと、その周りで準備をしていた職員と思われる人物たちが二人の存在に気付いて立ち上がる。


「ドクター、計測準備はできていますよ。いつでも始められます」


「っと、ごめんごめん!彼との話が楽しくてね、ちょっと遅れてしまったかな?」


「いいえ、時間にはまだ少し早いくらいですよ。それより、彼が例の?」


「そう、じゃあ周介君、さっそく始めよう。まずはこれをつけてくれるかな?」


 ドクがもってきたのはゴーグルのような道具だった。いくつかの線が繋がっており、周介はそれがいったいなんであるのか数秒かけて理解した。


「VRゴーグルですか?」


「そう、これから君が能力を発現した時のことを再現してもらう。君はあの時のことを思い出しながら電車に乗ってくれ。イヤホンから音とかも出るからそれも付けてくれるかな?あとはこっちからその都度指示するよ」


 周介はとりあえず促されるままに張りぼての電車の中に入っていく。先ほどドクが言ったように確かに張りぼてだ。といっても座席やつり革、手すりなどはある。形だけを作ってあるような状態といえばいいだろうか。


 扉も非常用の道具もある。扉の上にある画面もあるが、それは真っ黒なまま、何も映し出してはいない。

 とりあえず周介は自分がいたと思われる場所に立つと、VRゴーグルを装着する。


 イヤホンを取り付けると、周辺の音は全く聞こえなくなっていた。


「さて、それじゃあ始めようか。再現実験スタートだ」


「了解です。再現実験開始」


 職員たちが各計器などを稼働させ、同時に周介がつけているVRゴーグルに映像を出力し始める。


 周介の目にはあの時と同じ、多くの人が電車の中にいる状況が映し出されていた。


 耳からは電車が動き出すアナウンスと、人が織りなす雑音が聞こえてくる。


「周介君、君は今、受験会場に遅刻しそうなあの時と同じだ。電車に駆け込んで、焦っている。あの時のことをよく思い出してくれ」


「は、はい」


 周介の声が聞こえているかどうかはわからないが、イヤホンから聞こえるドクの声につい返事をしてしまっていた。


 あの時のことを思い出す。といっても、周介自身あの時のことを正確に思い出すことができるか自信はなかった。


 だが目の前に広がる光景と、耳から聞こえてくる電車の動き出す音は、あの時のそれと同じであると確信できた。


 どんな気持だったか、どんな感覚だったか、周介はゆっくりとその感覚を思い出していた。


 急がなければ。早く、早くいかなければ。そんなことをずっと考えていた気がする。


 腹の奥が焦げるような感覚を覚えながら、とにかく祈るように、早く目的地についていってくれと願っていたことを思い出す。


 朝起きて寝坊して、自転車で走っている時からずっと、ずっとそのことを考えていた。急がなければ、早くしなければ。そうしないと、今までの努力がすべて無駄になってしまう。無意味なものになってしまう。


 焦り、そして不安。


 周介の中にあった感情はそれだ。その感情を徐々に思い出す。そして窓の外に見える風景を見ながら、もっと早く動いてくれと、周介は今、そう願っていた。


「……微弱ながら反応がありました」


「お、なかなか筋がいいね。強烈な体験だから思い出すのも早かったのかな?電気の動きは確認できるかい?」


「いいえ、各種計器に反応ありません。パンタグラフからも電気の流入は確認できていません」


「ふむ、ってことは電気を操るタイプの能力ではないってことか。あと電車を強制的に動かせる能力となると、念動力系統かな?」


 電車を動かすのに必要な動力はいくつか分かれている。そしてその電車を強制的に動かし続けることができるとすれば、電気を操る、あるいは発生させる能力か、物体に直接力を与えることができる念動力と呼ばれる能力であるとドクは予想していた。


 各種計器によって電車の模型には電気の流れなどを感知できるようにそれぞれ計測を続けている。それらの反応がない以上、あとは念動力による動きであることが予想される。


 この模型はレールに乗っているように見えるが、実際は鉄輪が動いても空回りするようになっており、鉄輪とは別の力で前に進もうとする場合は圧力計などでその力を測定できるようになっている。


 どのように電車を動かすのか、ドクとしては楽しみでもあった。


「能力の発動は確認できているね?」


「はい、すでに能力の発動状態になっています。これを」


 職員の一人がドクに画面を見せる。そこにはどこかを見つめる周介の眼球が映し出されていた。

 その目は微弱ながら蒼い光を帯びている。


「うん、能力は発動しているようだね。問題は、まだこの電車にその意識が向いていないってことかな……?とはいえ集中しているようだし、ここで何か言うのは逆にそれを乱すか……まぁ、気長に待とうか。たぶん早ければ数分程度で誤差の修正は終わるはずだよ」


 周介は着実にあの時の感覚を思い出しているはずだ。そしてその再現は着実にうまく言っている。


 あの時と同じような状況であっても、やはり完全に同じではないため、同じ能力の発動をするには時間がかかるということだ。


 幸いにして時間はある。能力の発動が確認できているのだから、このまま静観するほうがいいだろうとドクは判断していた。


 そして数分後、ドクの予想通り変化が生じていた。


「反応、強まっています」


「いいね。能力が本格的に発動し出すかな?電気的な計器には反応はないね?」


「はい、すべて反応ありません。っと……鉄輪が回転を開始しました」


「お、鉄輪だけ動いたか……他の部分に変化は?」


「現状は確認できません。圧力計にも変化なし。これは、回転させるだけの能力ということでしょうか?」


「現状では情報が足りなさすぎるね。もう少し調べてから確定したいところだ。とはいえ、まずは彼に能力の発動の感覚を覚えてもらおう。回転の速度は上がっているかい?」


「はい、未だ上昇中。かなりの回転速度ですね」


「上昇が止まったら一度声をかけよう。自分が能力を発動しているんだっていう自覚を持ってもらったほうがいい」


 どんな力であろうと、それを自覚することによって正しく扱うことができるというのがドクの持論だった。


 実際多くの能力者は、それが自分の能力であると自覚してからうまく操ることができるようになってきていた。


 このまま自分の能力がどのタイミングで、どのような感覚で発動したのかを覚えれば、操ることもできるはずだ。


「上昇、止まりました。おそらく現在の回転速度が最大であると思われます」


「オッケー。周介君、聞こえるかい?君は今能力を発動している。その感覚をよく覚えてほしい」


「え?今ですか?」


 周介としてはやはり自分が能力を発動しているという自覚はなかったのだろう。完全に三日前のことを思い出すことに夢中になっていた周介は、ドクの声が聞こえた瞬間に集中を乱す。


 それと同時に蒼く光っていた周介の目は通常の状態へと戻る。


「回転速度、下がっていきます。能力の発動も終了してしまっていますね」


「うん、まぁそうだろうね。とりあえず周介君、一度今の感覚をよく覚えながら別の方法を行う。一度降りてくれるかな?」


「は、はい」


 周介はゴーグルとイヤホンを外して電車から降りる。先ほどまで自分が能力を発動していたとは思えないのか、どうにも腑に落ちないという顔をしていた。


 だが降りてすぐに、電車の鉄輪が回転していることに気付く。


「気付いたね。先ほど君の能力が発動しているのが確認できてから、その鉄輪は回転を始めていたんだよ。一応言っておくと、僕らは何もしていない」


「何もしてないのに回転してたってことは、それが俺の能力ってことですか?」


「まだ何とも言えないね。情報が少なすぎる。だが、今君は自分で能力を発動した時の感覚を覚えたはずだ。そこから、自分なりに発動のスイッチを作ってくれ。それがまず第一歩だ」


「発動の、スイッチ」


「そう、それを作動させたら能力が発動する。そういうスイッチを作るんだ。君の中のイメージの問題さ。それはどんなものでもいい。オンオフだけのものでもいいし、この計器のように回転式のダイヤルで強弱を決められるものでもいい。ストレートバーのような形での変更でもいいし、ボタン式でもいい。君の中でのイメージを形にして、さっきの感覚と繋げるんだ」


 そう言いながらドクは先ほどの周介の目の部分の映像を映し出す。


「これがさっきの君の目だ。君が電車の中で見たという目の光と同じだろう?つまり、君は能力を発動した。自覚するんだ。君はさっき、能力を発動していた。君自身が、能力を使っていた」


 あの時の再現だ。再現によって能力は間違いなく発動された。あとはそれを周介が意識的に行えるかどうかという話に変わってくる。


「ここからは段階を上げて、少しずつ君が意識的に能力を使えるように変えていこう。映像だけをなくしたり、音だけをなくしたり。最終的には電車に乗らずに、自分で能力を発動できるように、再現のレベルを低くしていく。さぁ、やっていこう」


 再現しているからこそ発動できている状態から、再現がなくても能力を発動できるようにしていく。


 そして自分の中で再現しなくても、感覚で能力を発動できるようにする。それこそがドクの設定したゴール、いや、スタートラインだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ