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「不安定な魔石って、どんなのなんですか?俺魔石はあんまり見たことがなくて……」
周介が見たことのある魔石は旧日本軍の研究所跡地で見つかった、骨と融合していた魔石だ。蒼いものと赤いもの。それぞれ回収したのを覚えている。
後は鬼怒川と葛城の体に生えている魔石だ。それ以外の魔石は見たことがない。
「ドイツの研究機関でも、魔石を精製するための実験は行われているよ。あくまでネズミ相手の小規模のものだけどね。その中でいくつか、精製には成功しても不安定な状態になるものがある。不安定な魔石は、接続されている肉体内のマナの濃度を滅茶苦茶にするんだ」
「濃度を……?」
濃度を滅茶苦茶にするといわれても周介はそもそもマナ云々の話にとことん疎い。能力を発動するための燃料であるということはわかっているが、マナの結晶体でもある魔石がどのような役割を担うのかもわかっていないのだ。
「体内で精製されてる魔石は、肉体と調和……っていうのかな?同調することで、生き物として生きていられるようになるんだよ。要するに生身の部分を傷つけないよう、マナを蓄える役割だけを果たしてくれる」
「だから能力を使ってないと、魔石が徐々に大きくなっちゃうって話、前にしたでしょ?」
「あぁ……そういえば」
そんな事を言っていたような気がすると、周介は思い至る。
そもそも能力者は体内に取り込んだマナを排出することができない体質を持った人種だ。その体内に溜まったマナを消費するために能力を発動するのだと。
マナがいっぱいになってしまうと自然と能力を発動するものだが、魔石を体内に持っていると魔石が所謂貯蔵庫の役割を果たしてくれるのだという。本来であれば絶対に許容できない多量のマナを許容できるのはそれが理由で、恐ろしいほどの出力が出せるのもそれが理由だ。
「本来であれば魔石のマナが体内の方に流れることはない。むしろ逆の動きだけをしてるんだ。体内にあるマナを常に魔石が吸収するような動きをする。ただ魔石持ちの人は、それを意図してコントロールすることで出力を滅茶苦茶に上げてるんだよ」
「魔石のマナの動きをコントロールするってことですか」
「そんなにすごい話じゃないよ?使いたいって思って、力を込めて、引っ張り出す感じ?」
鬼怒川の説明はどうにも感覚的すぎて要領を得ないが、周介も過剰供給状態を引き出してもらう時に鬼怒川や葛城に協力してもらったから何となくわかる。
体の中に無理矢理マナを引き出す感覚。あれは確かに口で説明するのは難しい。
「まぁ、普通多量のマナを体内に引き入れればその分やばいんだけど、肉体の変質が起きる前に能力で消費しちゃってるのさ。そのギリギリの綱渡りを平然とやるのが魔石持ちの人たちの恐ろしいところだよ。僕から言わせれば、体の中にニトログリセリンを入れるような行為だ」
魔石からマナを体内に引き入れれば、通常の肉体であれば過剰供給状態となって肉体が変質してしまいかねない。
だが魔石持ちの人間はそれを感覚で制御している。自分の肉体は変質しないが、能力を使って消費できるギリギリを。
ドクが危険物を体に入れているといったが、それもまた言い過ぎではないのだ。
「不安定な魔石は、保有者の体内のマナを吸収する動きをする通常の魔石とは違って、魔石から生体へマナを放出する動きをしてしまう状態のことを言うんだ。これが起きてしまうと、体の中に滅茶苦茶な量のマナがまき散らされる。その量も時と場合によるから、保有者はまず生きていられない」
高濃度のマナを肉体が受容しようとして変異を起こす。その結果がどうなるかは周介もよく知っていた。
かつての右目と視神経のいくつか。周介はそれらが変質した。ただ周介は運がよかった方だった。
もし人間が生きる上で必要不可欠な部分、脳や特定の臓器などが変質していたらそれだけで死んでいた可能性は高い。
魔石でも同じことがいえる。
不安定な状態でマナの濃度を勝手に変えられ、その部分が変質すれば危険極まりない。それで死んだ実験動物も何体もいただろう。
「魔石が不安定な状態になる条件とかっていうのはわかってるんですか?」
「その辺りは僕の管轄外さ。ドイツの研究所の人間だったら何か知ってるかもしれないけど……あいにくと、僕はその辺り詳しくはないんだよ」
「同じく。なんか嫌な感じっていうのはわかるよ?けどなんでそうなるのかまではわからないんだよね。魔石の癖っていうのかな?それがくっついてる生き物と合ってなかったんじゃない?」
得られた答えは何とも歯がゆいものばかりだった。どちらもわからないという答えに帰結する。
自分の体に宿っている魔石がいつ不安定になるか分かったものではない。さすがにそんな状況で悠長にしていられるほど周介も呑気ではなかった。
何せそんな状態になったらいつ死ぬかわからないのだ。普段その状態で当たり前に生活してきた鬼怒川がいる為に、あまり騒ぐこともできないが、不安は募る。
「でもじゃあどうすれば……魔石が不安定になるのを防ぐ方法とかってないんですか?鬼怒川先輩はずっと魔石持ちだったじゃないですか。何かコツというか、対処法というか」
「そんな事言われてもなぁ……うちの場合定期的に能力を使うくらいしかしてこなかったよ?やっぱり魔石の状態が変わると危ないかもだからってことで」
魔石は常にマナを取り込み続けている。その状態を解消するには、やはりマナを消費する以外に方法がない。
能力を使う。その方面に関して言えば周介は仕事が山ほどあるために問題はなさそうである。
「魔石の話になったからさ、ちょうどいいからちょっと話を変えてもいいかな?」
不安定な魔石の話をしても結局のところ答えは出ない。だからこそドクは話を別の方向に持っていきたかった。
仮定の話をするよりも、そっちの方がよほど建設的だと考えたのだろう。周介もその考えに異論はなかった。
「周介君、この船がまた出航できるようになるまでには少し時間がかかる。攻撃された部分の修復もそうなんだけど、エンジン部分を全部作り上げなきゃいけないからね。周介君の能力を頼ってもいいけど、君には休んでいてほしいからさ」
「それは……まぁ構いませんけど。それがどうかしたんですか?」
「この島にいる間に、その体の調整をしておいてほしいんだよ。調整というか、その体に慣れてほしい。それと、その体の不具合なんかを教えてほしい。幸いにして時間はある。それに魔石持ちの先輩もいるからね」
ドクの視線が鬼怒川に向くと、鬼怒川はなるほどと納得した様子で大きくうなずく。
「うちが百枝君に魔石の使い方を教えればいいってことですね?」
「言ってしまえばそういうことだよ。向こうに戻ったら本当に忙しくなる。それまでに、自分の能力の使い方も思い出して……いや、新しい能力を使う感覚も覚えてほしい」
「新しい?」
「魔石の力を引き出せるようにって話さ。考えても見てくれ、鬼怒川君ほどの能力を持っている人間でも、数センチ程度の魔石なんだよ?君の体の魔石はその数十倍以上。つまりそれだけの力を出せるはずなんだ」
どんな風になるかは僕もわからないけどねと付け足しながらドクは肩を竦める。
つい先日まで起きていた機械の暴走の時には、新しい能力などは確認できなかった。少なくとも周介の能力だと実感してからは、それらは確認できていない。
だがないはずがないのだ。あれほどの魔石を強制的に体に宿し、何もないはずがないのだ。
単純な射程距離の延長にしても、出力の拡張にしても、何かしらの変化があるはずだ。
「今の君は、言ってしまえばアクセルをどれくらい踏むとどれくらいの速度が出るかもわかっていない車だ。そんな状態で動かれたら怖くて仕方がない。ここで、周りの被害が出そうにない場所で、その訓練をして欲しい」
今の周介は、出力の弁がバカになっている状態だ。どれほど出力が出せるかもわからないのだから仕方がない話かもしれない。
そんな状態で拠点に戻っても、すぐに活動を再開できない可能性が高い。だからこそ、戻ってすぐに活動できるようになるために今のうちに慣らし運転をしておく必要がある。
同じく魔石を持っている鬼怒川という存在がいてくれるのは、素直にありがたい話だった。
「もちろん自分の体を大事にしてほしい。体調がすぐれないと感じたらすぐに休むこと。今の君の体がどんな状態なのかまだ分かっていないんだ。そこは厳命するよ。いいね?」
「それは構いませんけど……」
「そうと決まったらすぐに行こう!時間は待ってくれないよ!」
「え?うあ!?」
「大将!?」
鬼怒川に掴まれた周介が圧倒的速度で攫われていくのを見て、猛が周介を守るために駆け出す。
それを追うように瞳も後について行った。
言音も同じように後に続く中、玄徳と知与はこの部屋に残っていた。
「先生、よかったんですか?兄貴は安静にしておいたほうがいいんじゃ……」
「……正直なことを言えばね……可能な限り安静にしていてほしいよ。けど、あの様子を見る限り……ただ放っておくのも危ないなって思ったんだ」
「……何かやることを与えたほうがいいと?」
「早い話がそう言うこと。ただぼーっとしてるとさ、あんまりいいこと思いつかないじゃない?特に、彼の場合はさ」
周介が自分で抱え込む性格だというのはよく知っている。何度も後悔してはふさぎ込んで、うつむいている姿を玄徳も知与も見てきたのだ。
それが自分だけの失敗であればいい。だが今回は、今回に限っては、犠牲になった人間が多すぎる。
そんな状態で周介をただ放置していたら、きっと精神を病んでしまう。きっと心が壊れてしまう。
そうさせないためにも、周介には今目標が必要なのだ。何かをする、何かを達成させることが必要なのだ。
他のことに目を向ける暇もないほどの、何かを。
「拠点に帰れば仕事が山ほどある。気も紛れるだろう。出航まで時間がかかるってのは嘘じゃないんだ。それまでの間、そして船が拠点に戻れるまでの間、周介君には今の状態を確実に把握してもらう。君達には周介君の監視を頼むよ。もし危なそうならすぐに止めて連れて帰ってほしい」
「了解しました」
「任せてください」
ラビット隊の中でも、ある種部隊を引き締める役割を担うこともあるこの二人ならば、周介が、そして鬼怒川が暴走した時に止められるだろうとドクは判断していた。
「気を付けなきゃいけないのは、周介君の体だ。魔石を取り込んでどうなったかもわからない。医療スタッフを近くに配置しておくから、絶対に目を離さないでほしい」
少しでも目を離すと、周介は何をするか分かったものではない。それは今までと変わらない。
せめて、少しでも良い方向に進んでくれるといいのだがと、ドクは祈らずにはいられなかった。




