0158
「遅い。どこで油売ってたの」
「悪い悪い、ちょっと別の運搬手伝ってた。次はどこだ?」
「鉄とアルミ、それぞれリサイクルにお願い。玄徳はさっきから走り回ってるから」
「了解。遅れた分の仕事はしなくちゃな」
周介はすぐにはこの中に詰まっている金属を確認すると重機に乗せていく。今日もたくさんの廃材が運び込まれているらしく、瞳と手越、そしてほかの職員がせっせと分別している。今日もまた製作班が発狂するのだろうなと思いながら、周介は移動を開始する。
何人かの職員とすれ違う中、工房にこもって作業を続けていると思っていたドクが歩いているのを見つけた。
「あれドク、何してるんですか?」
「おっと周介君、ちょうどよかった、探してたんだよ。他の二人は?運搬中かい?じゃあちょっとご一緒させてもらえるかな?さぁさぁ、早く済ませようじゃないか」
ドクは軽やかに周介の操る重機に乗り込むと、安心した顔をして周介に早く進むように促した。
「あの、探してたって言ってましたけど、何かありました?」
「うん、実は先日の首都高の一件を鑑みて君達の装備を改造してね。それのチェックをしてほしかったんだよ。頼めるかい?」
「それは……」
装備を改造したということもあれば周介が対応しなければいけないのはやまやまなのだが、今はリサイクル品を運ばなければいけない。さらに言えば廃品はどんどんやってくるだろう。自分が抜ければその分のしわ寄せが玄徳に行ってしまう。
というか玄徳だけでは動かせないようなものが多いため、玄徳だけではどうしても持て余してしまうだろうことは予想できた。
そしてまだ仕事が残っているということを察したドクは、すぐに携帯を操作して何やら連絡を取り始めていた。
「よしこれで大丈夫。ラビット隊に緊急召集をかけた。一時的に運搬の仕事をしなくてよくなるよ」
「えっと、それだと普通に廃品であふれるんじゃ……」
「そこも問題ないよ。応援を頼んだから。それに言っただろう?君たちの装備を改良したって。君たちみんながいてくれないと困るんだよね」
思いきり私的な理由に、周介は呆れてしまうが、ドクはこういう人間だったなということを思い出して仕方がないとため息をつく。
するとすぐに手越から着信が入る。
「はいもしもし」
『おい百枝!どういうことだ!安形がちょっと用があるとか言ってどっか行っちまったんだけど!』
ただでさえ人手不足の状態で能力を使いながら分別作業をしていたというのに、ここで戦力の一人である瞳が抜けるという事実に手越はかなり困っているようだった。
その声音から助けてほしいという副音声がにじみ出るように聞こえてくるかのようである。
「それに関してはな、ドクが裏から手を回したというか、ちょっと召集がかかっちゃったっていうか」
『はぁ!?どうせ装備とかを新しくしたからチェックしてくれとかそんな理由だろ!無視しろそんなもん!こっちは物理的に人手が足りねえんだよ!』
ドクの性格をよく理解していらっしゃると、周介は困った表情をしてしまう。だが手越の言うことも事実だ。
廃品の分別をするのは単純に細かい手作業でやるしかないために単純に人手が必要なのだ。
もちろん廃品である以上、ある程度分配はされているのだが細かい分別は人の手でやるほかない。
廃品というのは案外雑にまとめられているものだ。金属関係は特に。
「一応ドク曰く応援を呼んだって言ってるけど……?」
『ふざけんな!一人二人増えた程度で安形の穴が埋められると思ってんのか!あいつ一人で数十人分の仕事量やってたんだぞ!ゴミ分別すんのに生身だと死ねるんだよ!勘弁してくれよマジで頼むからさぁ!』
「……って言ってますけど、ドク、どうします?」
「参ったなぁ……一応応援を三チームくらい呼んだんだけど……手越君?安形君はちょっと休憩に入るんだよ。だからその間頑張ってくれないかなぁ?」
『あ!?ドク!あんたそこに居んのか!聞いてたならこっちに安形を戻せ!あいつがいないとここがパンクする!』
どうやらかなり切羽詰まっているのか、手越は敬語で話すことも忘れて怒鳴りだす。そうやって話している間も常に分別作業を行い続けているのだろう。小太刀部隊というのはこういった仕事もやらなければいけないということを強く認識させられる状況だった。
「兄貴、なんか急に呼ばれたんですけど、どうしたんすか?」
別の場所に運搬に出ていた玄徳が周介の重機を見つけて駆け寄ってくる。携帯に向かってなだめ続けているドクと、携帯の向こうから喚き続けている手越、そしてそんな様子を眺めて途方もなくなってしまっている周介。状況ははっきり言ってよくはなかった。
「まぁあれだ、いつものドクの自由気ままな行動ってやつだ」
「……?」
まだドクの性格を理解できていない玄徳は不思議そうな顔をしてしまっていた。
この後、清々した表情の瞳も合流することになるのだが、それはまた別の話である。
「さて、ではラビット隊、忙しい中集まってくれてありがとう。今日は君たちの装備を一新、したわけではないけれど改良がある程度完了したからそれを確認してもらいたかったんだ」
強引に召集しておいてよく言ったものだと周介たちは内心あきれていたが、ある程度権限を与えられているドクのやることだ。もはや何か言ったところで止まるような人種でもないために周介たちはあきらめてしまっていた。
「今回新調したのは主に個人装備の方だね。特に周介君の負担が増えることになるけどそのあたりは仕方がないとあきらめてほしい」
「なんかさらっと不穏な言葉が聞こえたんですけど、大丈夫なんですか?」
「平気平気。それじゃあまずは加賀君の装備から。今回初めて渡すから実際に着て確かめてみてくれると助かるな」
そう言って周介が身に着けていたような着用式の装備を玄徳に渡し、早く着替えろと視線で圧力をかけてきている。
玄徳は一瞬周介の方を見て助けを求めるが、このドクという人物は自分の満足する結果が得られないと止まってくれない人物だ。
こればかりはあきらめろと、周介はため息をつきながら首を横に振る。
玄徳はしぶしぶ渡された装備を身に着けていく。周介が身に着けているのと基本構想は同じだ。だが玄徳の場合、腕や足の装甲が周介のそれよりも一回り分厚く、なおかつ腰の部分に何やらポーチのようなものが取り付けられている。
そこに何かが入っているのだろうということはうかがえたが、それが一体何なのかはわからなかった。
ヘルメットを着けると、今までのそれとデザインが違うこともわかった。今までヘルメットは単純なフルフェイスのバイク用のヘルメットに近かったが、今回のこれは明らかに形が変わっている。
頭部全体を覆うことができることには変わりないのだが、ところどころ装飾が追加されているのがわかる。
「うん、いいね。やはり背が高い人が着ると映えるなぁ。いやごめん、周介君たちの着た感じが悪かったってわけじゃないんだよ?」
「そういうのいいですから。で、玄徳の装備、俺たちのと若干違いますけど、そのあたりの説明を」
自分の身長が低いというのは自覚しているとはいえ面白くはないのか、周介は若干不機嫌になりながらドクに説明するように促す。
ドクは苦笑しながら仕様書のようなものを取り出してそれぞれの仕組みを説明し始めていた。
「オーケーオーケー。加賀君の装備は基本的に中距離から接近戦を想定したものだ。見てくれればわかると思うけど、腕部と脚部の装甲を周介君たちのそれよりもかなり増量している。胸部装甲も二人のそれよりも分厚い。多少の衝撃からは身を守ってくれるだろう。そして彼の能力の性質上、いくつかの装備を追加しておいた。それがポケットなどに入っている。確認してほしい」
ドクに言われて玄徳が腰のポーチから取り出したのは鉄球がいくつかとワイヤーが取り付けられたリングのようなものだった。それが一体何なのか、周介たちは少し疑問符を飛ばしてしまう。
「彼の能力は単純に物体の加速と減速を行うことができる。そこでまずは投擲系の武器を用意させてもらった。そしてワイヤーなどを使っての拘束が行えるようにいくつか追加の武装もある。周介君のように能力で道具を操ることはできないからそこは注意だけどね」
「この腕と足についてる装甲、なんか開くようになってますけど……これは?」
玄徳の手と足の装甲部分には何やら開口部のようなものがついているように見える。これがいったい何なのか、周介と玄徳は気になっているようだった。
「あぁ、これに関してはそうだね。このダミーを思い切り蹴るか殴るかしてくれないかな?能力も使ってくれるとありがたいね」
そう言ってドクはサンドバックのようにその場にたたずむだけの物体を用意する。用意周到なことだと周介たちは呆れるが、玄徳はやる気満々なのか軽く準備運動をしてステップを踏む。
「それじゃあ遠慮なく……死ねオラァ!」
周介に向けるような加減したものではなく、おそらくは全力で放たれた蹴りは美しい弧を描きながらダミーに叩き込まれる。
その速度は人間が出すことのできる速度を簡単に超えた。プロのキックボクサーでさえ出せないほどの速度で叩きつけられた蹴りは、ダミーを軽々と蹴り飛ばす。
当然自らの足の速度によって玄徳の体は軽く回転するが、即座に減速の能力を発動したのか、数回その場で回転した程度ですぐに態勢を整えることに成功していた。
能力の使い方が手慣れている。あの速度で人間を蹴ったりしていないだろうなと、周介は若干不安になったが、それよりも気になったのは玄徳の足に着けている装甲だった。
脚部の装甲部分が何かの塗料のようなもので汚れている。かなり鮮やかなピンク色をしており、それが警察などが使うペイントボールの類であるということが分かった。
勿論蹴られたダミーの人形にもその塗料が付着している。むしろ脚部の装甲よりも人形の方に多く付着している。おそらくそういう仕様なのだろうということは理解できた。
「うっわ、これなんだよ……」
「ふふふ、それはペイントボールと固着剤を混ぜ合わせた瞬間固着剤なのさ。君が一定の速度以上で攻撃することでペイント材と混ぜてあった固着促進剤と固着剤が混ぜ合わさって、空気に触れることで固まっていくんだよ。完全に固まるまでは……まぁ気温とかにもよるけれど大体五分か十分もあればカチコチに固まるね」
要するに相手を拘束、あるいは相手の動きを阻害するための装備ということになる。
えげつない威力の攻撃の後にそのような嫌がらせに近い効果も入るとなると面倒なことこの上ない。
空いた穴の部分にもペイント固着剤はついており、玄徳の足を汚しているが、もとより粘性が高いためか滴ることはなく、ただ装甲をさらに固めるだけのものになっているようだった。