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いつから話を聞いていたのかと、全員が冷や汗を流してしまう。
そもそも、なぜこの場所にやってきたのか、なぜこの場所で何か話をしていることを知っているのか。
少なくとも鬼怒川は瞳たちを置いてこの場所にやってきた。ドクにしかそのことを告げていない。
この広い船の中で、遮蔽物も多い中でいったいどうやってそれを見つけたのか。その答えは瞳のすぐ後ろにいた。
「小島君……まさか、教えちゃったのかい?」
「周介さんのことを話していたようなので、伝達しました。皆さんの言葉であれば、その場にいなくたって聞き取れますから」
知与の索敵能力の恐ろしいところはその索敵範囲だけではない。筋繊維の一本に至るまで確認できるほどの精密さこそが最も警戒するべきところだ。
財布の中に入っている免許証などを読み取ることから、相手の口の動き、口内の舌の動きから何を言っているのかを読み解く読唇術、筋肉の動きから次の動きの予測を立てることまでその索敵であらゆることをこなす。
この戦艦はそれなり以上に大きい。普通の人間ではこの船の全容を掴むことはまず無理だ。少なくともこの艦内で誰か特定の人物を探す事すら苦労するだろう。
そんな中で、彼女だけがこの船の中のすべての状態を把握しているといっていい。
それほどの索敵能力を前に、隠し事などできるはずがなかった。
普段現場に出ていることが多いために、拠点に詰めているドクなどはその性能を理解しつつもその本質を完全に失念していた。
これこそが知与の恐ろしいところであると。
全員が知与の索敵能力の恐ろしさに戦慄している中、瞳は真っすぐに船首を目指し、鬼怒川のすぐ横に立った。
「鬼怒川先輩、周介、この先にいるんですか?」
「………………うん。ずっと、気配がするんだよね。すっごい気迫。うちと訓練してる時と同じか……それ以上」
もはや隠し事はできないと、鬼怒川は正直に答えた。
瞳もその気配を感じ取ろうとしているのだが、彼女にはそのような感覚は一切ない。
あれほど近くにいて、周介の存在を感じ続けていたというのに、周介の存在を感じたいというのに、何も感じられない。
鬼怒川の言葉を信じたい。自分も周介の気配を感じたい。だが、それは叶わなかった。
「えっと……安形君、僕らもその……全然そんなの感じられなくてさ……その……期待させてしまうようで……悪いんだけど……」
ドクは瞳を絶望させないようにと、必死に取り繕うのだが、瞳はドクの言葉を一切聞いていなかった。
その意識は船の進む先に集中している。
この先に周介がいる。鬼怒川はそれを感じている。自分には感じられないそれを。瞳はそれが悔しくて仕方がなかった。
「鬼怒川先輩」
「……なに?」
消え入りそうな、海風にかき消されてしまいそうなか細い声だ。僅かに震え、その頬には目からこぼれた涙が伝っていた。
「私は、周介を助けられません。私が行っても……足手まといになるだけだから」
それは彼女が誰よりもわかっていることだ。戦闘において瞳は役に立てない。少なくとも能力者相手に、瞳の能力では太刀打ちできない。会いに行きたくても、自分が行けば危険になるだけだと、瞳はわかっていた。
「だから……周介を……お願いします……お願いだから……助けてください……」
「……うん……うん」
鬼怒川は瞳を力強く抱きしめる。
慰めるわけではない。その願いを託されたものとして、瞳を少しでも安心させたかった。
「それと……もう一つ」
「なに?」
「……周介をひどい目に遭わせた奴ら……ぶっ飛ばしてください……!」
「……うん!任された!」
鬼怒川自身も、獲物と称していた周介を横からかっさらわれたという考えを持っているため、絶対に周介を攫った連中をぶちのめすと豪語していたが、瞳にこのように嘆願されてしまっては、もはや自分の好きなようにやるわけにはいかなかった。
完膚なきまでに、徹底的に叩きのめす。
後輩からこのように頼まれてしまって、やる気を出すなというほうが無理な話だ。
もとより全力で戦うつもりではあった。だが鬼怒川は今、つい先ほどよりもずっと強くやる気を漲らせていた。
自分の胸の中で泣く瞳の背中を優しく叩きながら鬼怒川は笑う。
「大丈夫。うちが徹底的にぶっ潰してくるから。安心して待ってて。絶対に百枝君を連れ帰るから。ね?」
「……はい……!」
目的地に着いたら。瞳にできることはほとんどない。自分にとって何よりも大事な人の事なのに、誰かに託すことしかできないというもどかしさ。悔しさが瞳の中に強く存在している。
だが鬼怒川ならやってくれるという安心感もある。
彼女なら、きっと、周介を襲った連中を滅ぼしてくれると確信できた。
周介が襲われたことで腹を立てているのは鬼怒川も同じだとわかっているのだから。
「先生。私達は現場には行けませんが、私の戦闘用装備を使ってもいいでしょうか?」
瞳と鬼怒川が話をしている中、知与はドクにそのように話を持ち出していた。
知与の戦闘用装備というと、葛城校長に指導を受けた、あの刃物だらけの装備の事である。
ナイフに小太刀、杭に針、棘にカミソリと、およそ刃に分類されるようなものを全て身に着けた物々しいものだ。
だが、彼女たちが島に上陸することが許されないという状況下において、その装備を取り出す意味はない。
「戦闘用装備って……ひょっとしてだけど……刃物じゃない方?」
「はい。狙撃用の奴です」
「……たぶんだけど、例の奴?」
「はい。例の奴です」
知与とドクの間でのみ成り立っている情報共有に、他のメンツは疑問符を浮かべてしまう。
「あのー……一応さ、狙撃用とはいえ、あんまり近づいて欲しくはないんだけども……」
直接島に乗り込む予定の大門としては船からの援護は間違いなくありがたい。だが普通に狙撃しようと思ったら一キロ程度のところまで近づかなければならないだろう。
船が接舷できる距離がどの程度かは不明だが、最悪の場合この戦艦から小舟に乗り換える必要も出てくるかもしれない。
守るべき存在の位置を分散すれば、それだけ守りを担当する部隊は動きにくくなってしまう。そんな状態を許容するわけにはいかなかった。
「大丈夫です。この船の上から狙撃しますので」
「えぇ……いや……んっと……そんなことできるのかい?そもそも有効射程的に厳しいんじゃ……」
「一応補足しておくと……まぁ……できなくはないよ。狙撃っていうか、砲撃っていうほうが近いから」
砲撃。
あまりにも物々しい表現に大門は怪訝な顔をしてしまう。
そう、ドクが作った知与のための装備。刃物を扱う近接型のものではなく、その射撃能力を最大限生かすために、対強化・変貌能力者用に作り出した狙撃銃と、その周辺装備。それこそが知与の専用装備と言ってもよかった。
当然、知与一人の力では持ち上げることもできない。そして射撃時の反動を受け止めることもできない。
その為瞳の人形の補助が大量に必要なのである。本当に知与は狙いを定めて引き金を引くだけの動きをすることになる。
それ以外の銃身などの支えの一切を瞳の人形たちが担うことになるのだ。
「この船に大砲があればそれを使ったんですけど、そういうのは積んでないんですよね?」
「ないね。あるとすれば……Δ用の銃砲くらいだよ。あいにくとそれも、どこまで使えるか分かったものじゃないけどね」
Δは今のところ、甲板から出した状態から変わっていない。直立不動を貫いて真っすぐに進行方向を見つめている。
その先に何があるのかは言うまでもないだろう。全くと言っていいほどに動かないために、専用装備の銃砲を使うことができるかどうかは怪しかった。
この戦艦には、戦艦というにはあまりにも武装が少ない。装甲面ではかなり強化されているが、武装が圧倒的に少ないのだ。
それを補って余りある戦力を投入しているという意味では、ある種通常の戦艦以上と言えなくもないのだが。
「ちなみに一応聞いておくけど、それって直射型?それとも曲射型?」
「両方でお願いします」
「あー……まぁ……そう、そうだよね……」
「曲射?」
曲射というあまり聞き慣れない言葉に疑問符を浮かべてしまうのも無理はないだろう。
普通の銃を運用しているだけでは決してイメージできないようなものだ。弓矢などであれば多少想像できたかもしれないが、現代において弓をスポーツなどの競技ではなく本来の意味で使うような人間は一部地域を除いてほとんどいないといっていい。
生粋の現代人であり、武器兵装の類をほとんど使わない強化系統の大門がそれを理解できなくても仕方がなかった。
「砲弾の中でもさ、一部のものは重力による影響を受けた、いわゆる放物線を描くことを前提にした射出方法をするんだよ。超長距離の砲撃や、迫撃砲なんかがそれに分類されるかな?」
それこそ本来戦艦などに搭載されている主砲などはその砲弾の飛距離がキロ単位である事もあって、どうあがいても重力の影響を受け放物線を描く。その為射出角度そのものを直線的ではなく、あえて斜め上に設定している
迫撃砲などはあえてその角度をほぼ真上にしているものだ。
山なりの弾道を作ることで、敵の直上からの攻撃ができるようにするためのものである。
「彼女の場合、観測射撃を行えばどの角度でどの軌道でどの場所に行くかっていうのがバッチリわかっちゃうからね……ものすごい精度になるわけさ。ピンポイント砲撃だよ。狙撃もまぁまぁやばいんだけどね」
知与が今まで狙撃を外したことはほとんどない。防がれたことはあっても外したことはなかった。
それが曲射の砲撃にも適応されるとなれば、その攻撃手段はより脅威度を増すだろう。
そしてドクはその装備を作ってあるのだ。市街地が主な働く場である知与にとってそういう装備を使うことはないだろうなと、面白半分で作ってしまったのである。
まさかこんな事態になるとは思っていなかったため、完全に裏目に出た結果でもあるのだが。




