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出航から数日が経過し、作戦会議が進み役割が割り振られた部隊の人間が訓練などに勤しむ中、ドクは操舵室に緊急の呼び出しを受けていた。レーダーが海上に船の影を捕らえたのだ。
急に調達したレーダーとはいえ既に完成していたものであるために精度としては十分以上。さらに言えば甲板の上部の物見台から確認していた大太刀部隊の何人かが肉体強化により視力を強化してそれらを目視していた。
「どういうことだい?幽霊船みたいな感じなのかい?」
「いいえ、それが……まるで船が列を作っているような……!船がいくつも連なっているんです。一つや二つではありません!」
『こっちも見えてる!すごい数だ!甲板からならもうすぐ見えるぞ!』
レーダーに映っている船の影は、一つや二つではない。それは表にいる大太刀部隊からの連絡でも確認できていた。
列をなす、という言葉は確かに適切だ。何せ漁船、旅客船、貨物船、軍艦、潜水艦、空母まで、ありとあらゆる船が一様の方向に向けて進んでいるのだ。
本当に規則正しく、一定の距離を保ちながら進み続けている船に共通しているところは、全てが同じ速度で進んでいるというところ以外には存在しない。
よくよく見れば船の形だけではなく国籍も何もかも所属が異なっていることが確認できる。
今までの流れから考えれば、あれもまた周介の能力によって動いているのだろう。だがそれでもあれほどに規則的に動いている船というのはあり得るのか。
ドクは一瞬迷ったが、先日のαの一件もある。暴走していてもあのように操れるのが周介の怖いところだ。
「飛行ができる能力者に頼んで、船の調査を。もし誰かがいるのなら救助もしなきゃいけない」
「俺たちの目的は百枝周介の救助だろう?余計な荷物を抱えるつもりか?」
横やりを入れてきたのは今回の戦闘の指揮を命じられている勝木だった。あくまで目的遂行のことを考えれば、要救助者がいても無視するほうが正しいだろう。
何せ何人いるのかもわからない。そもそも生きているのかもわからないのだ。
機械の暴走が起きてからすでに半月近くが経過している。大きな船であれば食料なども積んでいるだろうが、それ以外の船では食料の備蓄などほとんどないに等しい。
そんな状態で、いつまで生きていられるか。いくら無限に近い水があるように見えても、海水を飲めるようにするのだって手間がかかるのだ。
そんな状態で何週間も生きていられるとは思えない。
「それでも、行かなきゃいけません。最低限調査は必要です。あんなのがあったら、僕らの船がそれを縫うように移動するのも一苦労です。いくつかの船は沈めて、空間を作らないと……そのためにも人の有無は確認します」
救助しないにしても、航行ルートを確保するためにも船の列の中に少しの空間は作り出さなければ横断もできない。
列に加わって少しずつその列の向こう側に向かうというのも手だが、それでは時間がかかりすぎる。
ただでさえ現在位置を確認しながらの移動で手間取っているというのに、これ以上の労力をかけることは避けたかった。
何よりこの船のルートが気がかりだ。レーダーの表示が正しければ、この列はかなり遠くから続いている。
いったいどれほどの船がこの軌跡を作っているのか、ドクとしてはまず船を確認して状態を確認したいところだった。
『ドク、飛べる奴ら集めておいた!いつでも船に行けるぜ!』
「了解。あの船は全部が一定の速度で移動し続けているようだ。僕らの船の位置を常に確認し続けてほしい。じゃないとあの幽霊船の仲間入りだよ」
『了解。中をパパっと見てすぐに戻ってくる。目視できる範囲内に移動する。先回りするぞ。移動てきぱきとな!』
甲板から何人もの能力者が飛び立っていく。前方に存在している船目掛けて飛んでいく彼らを見送ってから、ドクたちもあわただしく船を操作し始めた。
「艦内全員へ。これより一時停止します。急減速がかかるからみんな何かに掴まっててほしい。加賀君!減速するよ!」
「いつでもどうぞ。合わせます」
頼もしい限りだとドクは笑いながら船を操作するべく艦内にいる製作班の人間たちに声をかけていく。
「動力離水!右舷、左舷!中央!タイミング合わせて!噴出装置反転!準備いいかい!?」
『右舷問題なし、いつでもどうぞ』
『左舷同じく』
『中央もいつでも』
『噴出装置反転開始。そっちは任せた』
「オーケー!カウントスタート。五、四、三、二、一、離水!」
ドクのカウントに合わせてすべての動力部分が船内に格納され、海から一時的にではあるが隔離される。それに合わせて玄徳が減速の能力を発動し、艦の速度が一気に低下していく。
このままいけば停止するのも時間の問題だろう。噴出装置の方向を百八十度反転することで逆噴射の役割も果たしている。
急激に減速することで慣性が働き、全員が大きく体勢を崩したがそれだけだ。幸いにして艦内にけが人などは出ていない。問題なく減速し停止することができたことで、ドクたちは目の前に広がる異様な船の列を前に観察と考察をするだけの余裕が生まれていた。
「あの列、何なんだろうね……一体」
「わからねえな。あれも、暴走の結果か?にしては妙に規則的だ……一体何がどうなってるんだか……」
甲板に出て様子をうかがうドクたちにもその光景は見えていた。
双眼鏡などで確認しても、いくつもの船が列をなしてドクたちの船の行く先を塞いでいるように見える。
一体あれは何なのだろうかと思わずにはいられない。現実にはあり得ないような光景に疑問符を飛ばすことしかできなかった。
「しかもあの船……小さいのもでっかいのも、妙に距離を保ってるのがいやらしいな……でかい船の波で小さい船が沈まないギリギリの距離だ……」
大きな船が通ればそれだけ大きな波が立つ。小さな船ではそれによって発生した波でも大きな影響を及ぼしてしまうだろう。
だがあの列をなしている船の群れは、互いが影響を及ぼさないようにある一定の距離を保ち続けている。
あれが暴走しているとは思えない。だが現に能力によって生み出されているであろう光景に、その事実を受け入れるほかなかった。
『ドク、聞こえますか?』
そんな中、船の探索に向かった能力者たちから無線が入る。待ってましたと言わんばかりにドクは無線機を手に取った。
「聞こえてるよ。どうだい?中に人はいるかい?」
『いいえ、無人ですね。ただ一つ気になることが』
「なんだい?何か見つかった?」
『そうじゃないんです。この船、まっすぐ進んでないんですよ』
「ん?どういうこと?」
『船を動かそうと思って、適当に舵を動かそうとしたんですけど、また同じルートに戻るんです。本当に小さくなんですけど、微妙に曲がってるというか……曲げようとしてるというか』
直進していない。その事実にドクはふとある事を思いつく。
「調査を終えた部隊の誰でもいい、船の上空に出て、船の列の軌道を撮影してくれるかい?方法は何でもいいから!」
『了解。んじゃ空からスマホで撮影しますよ』
ちょうど手の空いていたメンバーの一人が上空へと飛び上がり、船の動きを撮影する。
上空から見えるのは空と雲と海と水平線と船が作る一筋の線。
そして先ほどの証言の通り、船は大きく弧を描いている。
その先まで見ることは残念ながらできなかったが、この船の線は円を描いているのではないかと思える程度には大きな弧を作り出していた。
「……フシグロ君!この辺りの衛星写真、何とかして撮影できないかい?」
『あれから何度か試してますけど……ちょうどいいのは……』
衛星のカメラがついている部分も勝手に回転してしまうため、目的の写真がとれていないことが多い中、それでも何枚かは海を撮影することに成功している。
その辺りは睡眠を必要としないフシグロならではの努力の結果だ。
「この辺りの海、どこでもいい。最近撮影できたものを見せてほしいんだ」
『それなら何枚かは……日時は適当でいいですか?』
「いつでもいい。あ、一応暴走が起きてから時間がたってる方がいいかな」
ドクの指定する条件に沿った写真が何枚かタブレットに表示され、その海の様子が映し出される。
縮尺、拡大、カメラアングル、そして焦点なども全てバラバラだ。中にはぼやけているような写真もある。
一見すると何もないように見える。ただの海や雲の写真だけのように見えるが、そのいくつかの写真にドクは小さく、そしてほんのわずかにできているそれを見つける。
それは今目の前に広がっている船の列を表す、海の中に存在している線だった。
青と白しかないはずの海の上で、謎の線が作り出されている。それがいくつもの船によって構成されているものであると気付くのに時間はかからなかった。
かなり上空から撮影しているためか、確かに大きく弧を描いているように見える。ドクは操舵室にある紙の地図と照らし合わせてその弧を実際に書き記してみる。
そしてその弧を、同様の曲がり方で延長していくと、それが一体何なのかがわかる。
その弧は、円を描いていた。
そしてその円の中心にあるものが何なのかを理解した瞬間、ドクは寒気を覚える。
「なんだ?円?風見……これはいったい……」
船の列がいったい何を表しているのかを理解できていない勝木は、地図上に記された円を見て疑問符を浮かべている。だがドクはこれがなにを意味するのか、分かってしまった。
何度も写真と地図を見返しても同様だ。その考えが正しいということを証明しているだけの話だった。
「……僕はさ、周介君はちょっとネジが外れてるけど、普通の能力者だとは思ってたんだよね。努力もしてるし、頑張ってもいるけど、それでもどこまで行っても普通の能力者だと思ってたんだ」
周介を能力が目覚めた初期のころから知っているドクからすれば、周介の努力や失敗、そして苦労を知っているだけに周介が特別な存在だとは思っていなかった。
だが、目の前のこれを見て、ドクはその考えを改めていた。
「心底、すごいと思ったよ。彼は今、魔石と同化させられてる状態であっても、こんなことをやってるんだから」
その円の中心にあるのは、これからドクたちが向かおうとしている目的地だった。恐らくは今周介がいるであろう場所。その場所を衛星写真からでも確認できるように、多くの船を使って明示しているのだ。
それが暴走状態にある人間にできることだろうか。疑問は消えてはなくならないが、今こうして目の前で起きている状況をそれ以外の回答で説明できなかった。




