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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
三十四話「光を追って。光に縋って」

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「それではこれより進水式を行います。おめでとうございます。はいそれじゃ進水開始レッツゴー!」


 ドクの情緒も何もあったものではない簡略進水式を終えたと同時に、製作が完了した救助部隊を乗せるための戦艦が水の中へと進んでいく。そして出入り口に向かい、異空間から外の世界へと出ていく。


「外に出ると同時にスクリューが自動的に回転する。進行ルートの確認と各動作最終確認。海の上でも問題なく動くことが分かったら、各部チェック。問題はないと思うけど、念のため全員で確認だ」


 進んでいく船を見送る形で何人かの大太刀部隊の面々がその工房に足を運んでいた。


 それは今回の周介の救助作戦に参加する面々だ。


 これから自分たちが乗る船、建造中に一度中を見させてもらったとはいえ、実際に海の上を航行するところを見たわけではない。


 本当にドクたちが作った船が問題ないのか、それを見に来たのだろう。


 既にドクたちが作った潜水艦などに乗ったことがある面々は特に気にした様子もなく、進水式の様子を眺めている。


 その中で、既に船に乗り込んでいるラビット隊の面々は機関員としての作業を行っていた。


 特に大量の人形を操り、各部のチェックや操船部分の制御を行っている瞳は大忙しだった。


 全ての人形を使って船を動かしている。実際船のほとんどの操作を瞳が行い、製作班の人間はそれをチェックしている程度だ。


「まもなく船首が表に出ます。空間を越える際注意してください。三、二、一……通過しました。…………第一から第六噴出装置稼働を確認」


 知与は索敵を用いて周囲の状況を常に観測して伝え続けている。


 船に取り付けられている、周介の装備などに取り付けられているもの同様の噴出装置が稼働を始め、さらに推進力を得始めている。


「ここまでは問題なさそうだ。海に出てしばらくしたら港を目指すよ。試験航行開始。その間に各機構のチェック!安形君、船の操作は大丈夫かい?」


「問題ありません。このくらいの操作なら大丈夫です」


「それは重畳。このまま東京湾に向かうよ。正確には横須賀だけど。フシグロ君、大太刀部隊の参加メンバーに伝達。集合場所を指定しておくから、到着予想時刻に集合しておいてって伝えて」


『了解しました。現地到着までの試験航行のスケジュールも公開しておきます』


「オーケー。それと、見たい映画や作品なんかのセレクトよろしく」


『いいんですか?じゃあ私の権限で色々入れておきます』


 いったいどんなセレクトになるのかはさておいて、ドクは各種無線を使って船内それぞれでチェック作業を行っている製作班の面々に声をかけていく。


 その中で操舵室に玄徳がやってきていた。


「姉御、人形の配置と、装備確認完了したっす。俺も船の方に集中します」


「了解。加速試験の段階になったらあんたも集中することになるから、よろしく」


「うす」


 まだ時間こそかかるものの、ここから玄徳の加速による高速移動が始まる。まだ試験運転中であるためにそこまでの急激な加速は行えない。


 ただ、今の速度ではいつまでたっても速度が足りないのはわかっている。


 ドクたちはまだ船内の各チェックで忙しい。横須賀の軍港にたどり着くまでに、それらを全て終わらせて加速の試験までは終わらせなければいけないということもあってかなりタイトなスケジュールだ。


 玄徳が加速の準備をするために船首に向かおうとする中、操舵室の外で猛が待っていたかのように腕を組んでその場に座っていた。


「副隊長の様子はどうだ?」


「……相変わらずだ。心ここにあらずって感じだな。けど一時期よりは安定してる。兄貴が生きてるかもしれないって、そういう可能性があるからだろうな」


「……大将が生きててくれれば……まだいいんだけど……万が一があったら……」


「やばいかもな……最悪……精神的に壊れちまうかもしれねえ……その時は俺らが止める。幸いにしてこの船には医療施設とかも作られてる。それに姉御を入れる。船の操作の関係はきつくなるけど……仕方ねえだろ」


「そんなにやばいか?」


「何するかわからねえってのがな……姉御は兄貴といることが当たり前になってた。兄貴と一緒にいられることがかなり精神安定剤みたいになってた。それが無くなって……しかも死んだとなれば……最悪……」


 自分で命を絶ちかねない。玄徳はその可能性を口にすることができずに口をつぐんでしまった。

 そんな事をさせるわけにはいかない。


 仮に体の自由を奪ったとしても、瞳まで死なせるわけにはいかなかった。


 どのような形であれ、周介には生きていてほしい。瞳の精神を繋ぎ止める意味でも。


「今の姉御は切れる寸前のロープみたいなもんだ。ギリギリのところで何とか保ってる。それが切れた時どうなるかわからない」


「やばいことをしだす可能性も?」


「否定できねえ。俺は姉御を見てる。雑用は兄貴を助けることに集中しろ。姉御へのフォローは俺たちでやる。お前の仕事は前だ。わかってんな?」


「おう。どっちにしろ船に俺の仕事がねえのはわかってる。大将を連れて帰るのが俺の仕事だ」


 玄徳と猛はそれぞれ自分たちがやるべきことをわかっている。それぞれの役割を理解したうえで、今回の作戦に参加した。


 周介を助ける。瞳を支える。やることが明確だからこそ、メンバーの士気は非常に高く保たれていた。


 横須賀にある港には本来たくさんの船が停泊していた。整備のため、あるいは乗り換えのため、あるいは訓練のため、商売のため、ありとあらゆる理由で様々な船が停泊する場所だった。


 そんな横須賀の港には今は船はほとんど存在しない。あるのは手漕ぎのただのボートくらいのものだ。


 動力を保有している船のほとんどは海のどこかへと消えてしまった。そのため、この港は閑散としている。

 本来であればここを職場とする人間が多くいたのだろう。もはやこの場所に誰も目的を見出さず、この場所に訪れるものは極端に少ない。


 強いて言えば、食糧確保のためか、釣りをしているものが散見されるくらいである。


 そんな中、久しぶりにやってきた船に、多くの者たちが驚きを隠せないようだった。


 船を久しぶりに見たというのもそうだが、それを人が操っているという事実に驚いているようだ。


 釣りをしていた多くの人間が船の近くにやってこようとするが、そこから先は関係者以外は立ち入り禁止の区域となっているために、フェンス越しにカメラなどで撮影することしかできていない。


 そして外側から見えないように、甲板の中央部から辺りを見渡しているのは、この船にいち早く乗り込んだ大門と笹江の二人だった。


「随分と、印象が変わるね……これだけ変化があると……」


「そうね。さすがにここまで船がないと……本当にここが港なのかもわからなくなってくるわ」


 ドクたちが乗っている船に乗り込む際にも感じたが、船の上から眺めると特にその異様さが目立つ。


 何度かこの港から船に乗ったことのある大門と笹江だったが、ここまで活気のない港も初めて見た。

 恐らく世界中で同じことが起きているのだろうということは予想できる。


 現に起きているのだ。この世界中のすべての動力を保有する機械が暴走している以上、船も潜水艦も飛行機も車も、何もかもが人の手を離れた。


 どこにいるのかも定かではない。ある種の幽霊船のようになってこの世界をさまよっていることだろう。


「でも釣りしてる人とかなかなか逞しいじゃないです?うちもたまにはやってみようかな釣り」


 そんな二人のところにやってきたのは部隊から離れ、単身この船に乗り込むことになった鬼怒川だった。


「逞しい、っていう言い方が正しいかどうかは微妙だけれどね。できることもやれることもないから、あぁしているように見えるよ」


「いやいや、今自分にできることをしようとしてる。十分逞しいと思いますよ。うちらみたいに、大仰じゃないかもですけど」


 続々と船には大太刀部隊の人間が乗り込んできている。


 周介を助け出すために選抜された人間たちだ。矢面に立てる人間もいればひそかに行動することを得意とするものまで、様々な能力者が乗船してきている。


 主に戦闘を得意とするものばかりが集められているために、それぞれがやる気を漲らせている。


 その原因として、世話になった周介を助けることが理由になっているのもある。


「みんなの士気が高いのはありがたいね。最近大変だったから、もっときつくなると思ってたけど……」


「百枝君を助けるためだからね。自然とテンションが上がっちゃうんじゃないです?うちも結構テンション上がってますし」


 鬼怒川が拳を何度も突き出しながら笑うのを見て大門と笹江は少しだけ不安そうに顔を見合わせる。


 そして、今この場だからこそ、聞きたいことがあった。


「一つ、聞いていいかな?」


「なんです?」


「百枝君は、まだ生きてると思う?」


 それは周りに人が少ない今だからこそ、確認したい事だった。


 甲板に吹く風であまり遠くまで届かない声のおかげで、この三人だけしかこの会話は聞こえていない。


 ここにいる三人は、周介のことについて知っている。今回の事柄について知らされている。大門と笹江は高い戦闘能力と信頼を獲得しているという点から。鬼怒川は同じく魔石を内包しているという点から、事情を説明された経緯を持つ。


 大門から向けられたその問いに鬼怒川は一瞬動きを止めるが、すぐにまたシャドーボクシングを始めていた。


「言ってたじゃないですか、未来予知で生きてる姿が確認できてるって。なら」


「未来は変わる。未来予知で見た未来は確定したものじゃない。だから、君の意見を聞きたいんだ。状況的に、助かる可能性があるのかどうか」


 大門の声は真剣だった。その問いに鬼怒川はしばらく答えることができなかったが、観念したかのように動きを止めてうつむく。


 自分の胸元に手を当てて僅かに震えていた。


 怒りか、あるいは悲しみか。そのどちらなのかを知ることはできなかったが、あまり良い感情ではないことは察しがついていた。


「…………メートル級の、大きな魔石とくっつくってなると……まず間違いなく……死んでると思う。例の生体変換の人が何かしたとしても……人の形を保ってるかどうか……生きてるだけで、他ができるかどうか……」


 それは魔石を保有している人間だからこそ分かってしまうことだった。


 魔石の力は強力だ。強力すぎるのだ。鬼怒川が保有する魔石は拳ほどの大きさもないが、それでも、操ることができるようになるまでは本当に大変だったのだ。


 それを知っているからこそ、力の大きさを知っているからこそ、鬼怒川は周介が生きているとは思えなかった。生きていても、今までのような状態ではないということは察しがついていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 普通の釣竿だとリールがダメになってそうですけど、ハゼ釣りしてるんでしょうか?
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