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「というわけです。目標地点は確定しました。周介君の救出部隊の編成と即時出撃の許可をください!」
ドクは位置が確認できたと同時に美鈴に礼を言って大隊長たちの下にやってきていた。
ドクが何かしらやっているということは大隊長たちも把握していたために、ある種黙認していたのだが、ここまで性急に事を進めようとしているとなると少し厄介だった。
「風見、もう少し落ち着け。現時点で彼を助け出すことがかなり難しいということはわかっているだろう?」
「相手の戦力のことをおっしゃっているのであれば、大太刀部隊の多くの面々が今回のことに賛同してくれています。戦力は十分に確保できます」
ドクは今回のことを話すにあたって、既に大太刀部隊の主力級と言ってもいいメンツに話を通していた。
文言はこうだ。周介が攫われた場所が判明した。だが相手も戦闘に長けたメンツが多い。力を貸してほしい。
周介のことを心配していた、そして気にかけていた人間はこの言葉に奮起した。いくらでも力を貸すと、自分たちの部隊全員で事に当たるといってくれた。
大太刀部隊の中で、周介を助け出すべきであるという感情が高まっていく中、そのような話をあらかじめ聞いていた大太刀部隊大隊長勝木は渋い顔をしていた。
「うちの連中が何人か直談判に来たと思ったら……妙な形で根回しをするのはやめてくれねえかな。落ち着かせるのも一苦労だったぞ」
「大太刀部隊の中では周介君は割と有名でしたからね。何より、現在表で活動して忙しいのは主に小太刀部隊。一部大太刀部隊も出ていますが、それでも十分に戦闘要員の手は空いている。そうですよね?」
機械の暴走による動乱がある程度落ち着いてきている今、必要なのは小太刀部隊や運搬ができるような人間だ。
大太刀部隊の中にももちろんそういう行動ができる者はいる為に、そういう人間は忙しそうにしている。
だが戦闘しかできないような能力者は、能力を使って暴れるような人間が出ない限りは普通の手伝い程度しかできていない。
この非常事態に、ただの雑用しかできない大太刀部隊の多くの人間は憤りをため込んでいたのだ。
ドクはその矛先を一点に集中させたのである。
「戦力は十分すぎるほどに確保できます。戦艦も今急ピッチで作らせてます。可能なら今週中にでも周介君を助け出せる!」
「落ち着け!まったく……大太刀部隊の人間にそういう情報を先に流すのは面倒だから次からはやめろ……というか……その……鬼怒川にこの話はしていないだろうな?」
「あぁ、彼女にはしていません。すると厄介なことになるの目に見えてたんで」
「よかった。その程度の判断はできるか……だが、彼女の耳に入るのも時間の問題か……まったく面倒なことをしてくれた……!」
鬼怒川は今落ち着いて外での問題解決に勤しんでいる。周介がいない間現場での活動は自分が支えると言ってのけたのは決して嘘ではなかった。
可能な限りの手加減と、被害を最小限に抑えるための活動を常に心がけているのが現場の結果を見てもよくわかる。
ただ、機械暴走から能力者の犯罪は一時的にではあるが減った。
この状況で能力を活用するだけの余裕がなくなったというのもあるのかもしれない。あるいは、現状逃げる手段などが思いつかず、実行に移したくても移せないという事情があるのかもわからない。
なくなったわけではないが、幸いにして能力暴発以前ほどの頻度での犯罪はなくなった。
そのおかげで救援、支援に手を回せているのが現状である。
もっとも、大太刀部隊の仕事は一時的に減ってはいるのだが。
「大太刀部隊の中でも情報交換などの場がある。あれの耳に入るのは時間の問題だぞ?」
「わかっています。彼女の耳に入ったら絶対一緒に助けに行くとか言い出すでしょうね。僕としてはありがたい限りです」
戦力が欲しいドクとしては、むしろ鬼怒川に参加してほしいとすら思っている。周介に執着している鬼怒川のことだ。救出作戦があるとわかれば絶対に参加したいと言い出すだろう。
大隊長としてはどちらがいいのかは測りかねるところでもある。
救助部隊に派遣するか、それとも街の対応に従事させたままにするか。
戦力が救助隊に割かれるのであれば、街の中に残しておきたいという気持ちもある。だが同時に鬼怒川を止められるだけの戦力も限られるようになるので、いっそのこと救出作戦に同行させたほうがいいのでは?とも思ってしまう。
「どちらの方がいいか……現場に残すか……それとも救助隊に回すか…………風見、仮に救助隊を編成した場合、どのような人選を考えている?」
「BB隊、アカシャ隊、ミーティア隊、ノイズ隊、バレット隊等主に戦闘を行えるメンツを揃えるつもりです。逆にマーカー部隊のトータス隊や、救助や支援の行えるビーハイブ隊などは選抜からは外す予定です」
あくまで召集するのは能力が戦闘向きで、救助や支援活動などに不向きなメンツを集めるということらしい。
人員としてはかなり上等な部類に入る。少なくともそれだけの布陣を一カ所に集中した場合どんな戦闘が行われるのか想像もつかない。
「現場に残すメンツは、あくまで支援も行える部隊。ただ戦闘もできるメンツだからそこまで戦闘能力の減退も起こさないと」
「はい。あくまで戦闘がメインの人間を抽出する予定ですので、現状の状態であれば問題はないかと」
組織の活動が能力者の捕縛よりも一般人に対する支援の方に偏っている現在の状況であれば少なくとも問題はないように思える。
問題は、鬼怒川という特大の戦力をどちらに配置するかという一点に限られていた。
「本人にこの話をしたら間違いなく救助の方に向かうと言い出すだろうな……これは少し悩みどころだな」
鬼怒川の性格や周介との関係性を知っている面々からすれば、鬼怒川の耳にもしこのことが入ったらどうなるか想像に難くない。
周介を助け出すために行動すると、まず自分が立候補することだろう。
鬼怒川は強大すぎる力を保有しているために、万が一の時の切り札でもある。それを表に出していいものかは状況によりけりだ。
少なくとも現状で彼女を動かすのは危険と言わざるを得ない。彼女は周介に対して並々ならぬ感情を向けていた。
恋愛とかそんなものではない。獲物として見ていた。
同輩にして最大の理解者でもある辰巳に対しても、周介を引き抜くという言葉を口にした時には強烈な敵愾心を向けていたほどだ。
それが明確な敵となれば、どのような反応をするのかなどとわかりきっていることだ。
「選抜するメンバーの最大数は決めているのか?それにもよるぞ」
「戦艦の許容人数というのもありますが……今距離と航行速度を計算して何日かかるのか確認しているところです。結構時間かかるとは思いますので、どれだけ食料を確保できるかというところがネックですね」
「食料は積んでいくのか?」
「いいえ。伊納君の能力を使って拠点と戦艦を繋ぐつもりです。なので食料面は問題ありません。どちらかと言えば、機関部と乗組員の構成です。船である以上、操作が必要ですが……現状どの程度操舵が可能なのか……正直、予定通りに進むのはかなり難しいと思ってます」
機械などが無事であれば何の問題もなく目的の方向に進むことができるのだろうが、今多くの機械が暴走してしまっている。
その中で機械式ではなく、まったく別の方法で操舵をしようというのだから簡単に行くはずはない。
そのため、航海術などを見につけている人間に加え、戦艦の構造を理解している人間を乗り込ませないと満足に進むこともできないのだ。
「機関員を最低限乗せて、後は戦闘要員を連れていこうと思っています。なので、どれくらいの人員が必要なのか……正直僕らもまだ試算できていません」
「……それなら、一つ提案……というより、推薦したい人物がいる」
「推薦?何の?」
「戦艦の機関員としての起用だ。安形瞳を、連れて行ってやれ」
「……それは……」
ドクとしてもそれを考えていないわけではなかった。
瞳の能力はかなり有用だ。彼女一人で数百人分の仕事をこなすことができてしまうのだから当然と言えば当然だろう。
だが彼女は周介に対して強すぎる感情を抱いている。
周介が攫われ、そして死んでいるかもしれないという状況の時、彼女からは生気を感じることができなかった。
精神的に不安定になっている彼女を果たして閉鎖空間になるであろう救助部隊の戦艦に乗せても良いものか。
今回判明した場所に向かうには数日、あるいは一週間から二週間程度は戦艦の中で生活を余儀なくされるのだ。
そんな状況で、精神的に不安定な人間を乗船させるリスクは計り知れない。閉鎖空間において一番危険なのはパニックになることだ。
精神的な不安や混乱は伝染する。一人がパニックに陥れば間違いなく、確実に全員それが伝わっていくのだ。
現代において閉鎖空間というものを味わったことがあるものは少ない。どこかしら誰かしらとのつながりがあり、どこに行くこともできた。
だが閉鎖空間ではそれもできない。限られた空間での生活を余儀なくされれば、必然的に人間は精神的な圧迫感を受けることになる。
精神的に不安定になれば、問題行動を起こす人間も増えるだろう。そんなことをすればどうなるか、わかりきっている。
「精神的に不安定な彼女をのせるのは、正直反対です。彼女はかなり疲れているようでした。まぁ、周介君が生きているかもという話を聞いてから、少し変わったようではありますが……」
瞳の様子や行動もこの間の話から少し変わってきている。不思議と今までの彼女のそれに近づいているのだ。
ただまだ今までの、平穏だったころの彼女のそれとは比べ物にならない。
まだまだ粗が目立つ。まだまだ不安定な部分が目立つ。そんな不安定な人間を連れていくのはいかがなものかと、そう思ってしまうのだ。
「それに本人の希望は?さすがに望んでいないのであれば連れていくわけにはいきませんよ?」
「その辺りは問題ない。本人に聞いた。もし、百枝を救出に行くのであれば、自分たちも向かうと」
「それは……なんとも……ん?自分たち?ってことは……」
「あぁ。ラビット隊の全員、救出部隊に志願してきている。救助という部門で言えば、ラビット隊はもはやエキスパートと言っても過言ではない。戦闘においては、あまり力になれないかもしれんが、役に立つだろう」
「それは……そうでしょうが……」
ドクとしてもラビット隊の協力が得られるのは心強かった。特に玄徳の協力が得られるのは大きい。周介と共に巨大な船を何度も動かしたことのある玄徳ならば、航行に必要な日数を大幅に削減してくれるだろうことは間違いない。
ただそれと同時に問題を抱え込むことになるかと思うと、ドクとしては心配でもあった。




