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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
三十四話「光を追って。光に縋って」

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『ドク、一体何をするつもりですか?一応クエスト隊の人に声はかけましたが』


 ドクが急いで移動している最中、フシグロは怪訝な声を意図的に出していた。


 何を企んでいるのか、いや、企んでいるかどうかはわからない。何がしたいのかがわからなかったのだ。

 桃瀬美鈴。彼女は周介が助けた少女だ。


 まだ幼く、能力者としても一人の人間としても未熟な点が多い。


 そんな状態の彼女にいったい何を求めるのか。


「未来を見てもらう。彼女に、周介君に会いに行く未来を」


 ドクの考えにフシグロはさらに疑問符を飛ばしていた。


『特定の人物の未来視ですか。ですがそれは不確定要素も含むのでは……既にルーク・サンドマンによる未来視も行われたとのことですが』


「うん、彼の未来視が未熟だったとは言わないよ。周介君が絶対に死んでいるわけではないっていうのもわかる。何かしらの理由があって、彼はまだ生きている。これからも生きることになるっていう可能性が高い……と、思う……」


 最後に語尾が弱まったのは、ドク自身がそう思いたいからなのだろう。だがルーク・サンドマンの未来予知のすべてで周介が生きていたというのは間違いない。


 彼の未来予知は対象の存在が薄らぐと見えにくくなるという。要するに死んだりすると見えにくくなる。だが今回周介を見た際にはそういったことはなかったらしい。


 つまり死ぬことはない。そう思いたい。


『可能性を上げるために、彼女に未来予知をしてもらうと?』


「いいや、彼女に見てもらうのは周介君の未来じゃないよ。ある意味僕らの、あるいは彼女自身の未来だ」


『どういうことです?』


「未来予知の能力で、特定の人物の状態や事件なんかの詳細が不安定になるのは、未来がまだ確定していないからだ。誰かの行動一つで未来が変わる。だからこそ未来は不安定で変わりやすいもの。情報としては役に立たない」


『であれば、私たちを見ても仕方がないのでは?』


「いいや。やりようはあるさ。僕らがどう動こうが変わらないものを見てもらう。具体的には、周介君のいる場所を見つけた時、その夜空の星を見てもらう」


『それ……は……』


 ドクがやろうとしていることは、今回トイトニーが持ち込んだ情報と、未来予知によって得られた情報を統合し、周介の現在の位置を割り出そうというものだ。


 しかもそれは未来予知によって得るもの。不安定になると思われがちだが、相手の現在の位置、船と島の位置はおそらく変わっていない。トイトニーが話す限り、貨物船の規模の船を座礁させたということはそう簡単には動けないはずだ。


 そして大まかな、と言っても大まかすぎるのだがその位置はわかっている。


 そして、ドクたち人間がどのような行動を変えようと、唐突に夜空の星の位置が変わるなどということはあり得ない。


 後はその場所にたどり着いた未来を見てもらって、クエスト隊に星の位置などを外部出力してもらい、それをもとに位置情報を割り出すことができれば、未来から逆算をするような荒業を行うことができる。


『ですがドク、その場合、最悪あの子を現場に連れていく必要があります。それは……さすがにまずいのでは』


 未来予知の性質にもよるが、自分の未来の方が見やすかったりした場合、桃瀬美鈴本人を連れていかなければいけない可能性もある。


 それは危険だ。あのような幼い少女を作戦に連れていくのは危険極まりない。特に敵勢力が十人以上もいるような場所で、しかもその全員と戦闘しなければいけない可能性があるというというのに非戦闘員を連れていくのは危険すぎる。


 だが、今のドクにはそれ以外の方法が思いつかなかった。


『それとも、彼女に必要な未来を見てもらったら、連れていかないように方針転換するんですか?』


「彼女の能力は、特定の対象か自分自身に対してしか働かないようだった。周介君が今どこにいるかわからない以上、彼女自身に見てもらうしかない。確かに未来を見てから、そこからやはり連れていかない……っていうのもありかもしれないけれど……それだと、未来が大きくぶれる可能性がある」


 桃瀬美鈴の能力は彼女自身と、彼女と関わったことのある人間の未来しか見ることはできないようだった。

 他に未来予知ができる能力者が日本にいればよかったのだが、そう簡単にはいかないものだ。


 つい先日日本に来ていたルーク・サンドマンがまだ日本にいればよかったのだろうが、予知能力者というのは多忙だ。未来の情報を得ることができる人間に何週間も日本に滞在しているだけの余裕はない。


 それ故に、今手元にいるすべての能力者の力を結集しなければこの事態は解決できないとドクは確信していた。


「それも、実際に見てもらわない限りはわからないけどね。何せ彼女の能力の細かなところはまだ調査中でもあるんだ……一種の賭けだよ」


 桃瀬美鈴の能力は未だ訓練段階の能力だ。ある程度精度も技術も上がってきているとはいえ、それでもまだ具体的な性能までは判明していない。


 どこまで彼女が未来を見ることができるのか、具体的にどの程度の未来を見ることができるのかはやってみないことには分らない。


 ドクとしては、これが突破口になってほしいと、真剣に祈っていた。



「わたしの……能力で?」


「そう、君の能力で周介君の居場所を見つけてほしい。一緒に連れていくときの、夜空を見てほしいんだ。これから君を周介君のところまで連れていく。その場所の夜空を見てほしい」


 ドクは桃瀬美鈴の下にやってくるとかなり急ぎ目に概要だけを説明していた。


 どういう理屈でとか何を求めてとかそういう細かいことを言っても仕方がない。何せまだ子供だ。そういった内容を理解しようとしても意味がないし説明するのも手間になる。


 だからこそ、これから向かおうとしている場所を大まかに伝えて、それでいて限定的にものを見てほしいということであればできるだろうとドクは判断したのだ。


 これでできなかったら頭を抱えるほかないのだが。


「えっと……やってみる。お星さまを見ればいいの?」


「うん。できる限りたくさんの星が見たいんだ。それと水平線。えっと、海もみたいんだ。とにかく色々空を見てほしい」


 子供にもわかるように説明するのは難しいなとドクは少しだけ困りながらも美鈴にもわかるように何とか説明していく。


 彼女の能力が上手く発動してくれれば、そしてドクが望む未来を見ることができれば、それで得られるものは大きく変わるはずだ。


 彼女が能力を発動して目を閉じると、ドクは連れてきていたクエスト隊の面々に頼んで彼女の見ている光景を出力してもらうようにする。


 人の頭の中を覗くというのはあまり良い事ではないが、今は状況が状況だ。彼女の力に頼るほかないのだから諦めるほかないとドクは自分に言い聞かせていた。


「えっと……お兄ちゃんのいる場所には何で行くの?」


「船だよ。みんなで船に乗っていくんだ」


「えっと……船……お兄ちゃんがいるのは……海の……島?」


「そう!そうだよ!」


 その辺りの情報は教えていないというのに、周介が島にいるということを言い当てた。


 やはりこの子は本物だと、ドクは確信していた。


 どれほど先の未来が見られるのかはわからない。だが十分以上に遠くの未来を見ることができている。


 今製作班が急ピッチで進めている戦艦の建造もそこまで時間はかからないだろう。


 一週間程度で形はできる。そしてすぐに場所がわかるのであれば、戦闘部隊を組織するのは何も問題はないだろう。


 すぐに向かって、すぐに助け出す。それさえできれば、何も問題はない。


 そうしていると、クエスト隊の能力によって部屋中にある光景が映し出される。それは星空だ。


 都内では決して見ることができない量の星空。その光景にその場にいた全員が目を丸くしていた。

 感動すら覚えている中、美鈴は目を閉じた状態で辺りを見渡す。


「……お星さま、たくさん見える。ここ?」


「すぐに解析して!場所の割り出し!桃瀬君。その場所は、周介君はいるかい?」


「…………お兄ちゃんは……いる。けど寝てる?横になってるの」


 場面が変わる。見えていた星空は一切見えなくなり、船の中、そして扉の前にやってくる。だがその扉は開かない。彼女を入れることはできないといわんばかりに扉は微動だにしなかった。


 予知は情報の前借とでもいうべき行為だ。周介を助け出した後、その場で一泊することが確定するだけの何かがあるということか。


 そして、彼女に見せられない何かがあるということなのか。いやな予感は止まらない。何かがあるのだと理解できてしまうのが嫌だ。


 だがそれでもいい。何よりもまずはその場所を特定することが大事なのだ。


『ドク、結果出ました。地図上に表示します』


 その場所は、一見すると何もない海の真上だ。船の上、海の真っただ中なのだから当然なのかもわからない。


 ここでいいのか。ここに行けばいいのか。


 ドクは迷う。この予知の能力をどこまで信用していいものかと。彼女がもたらしてくれた情報をどこまで信用していいのかと。


「桃瀬君、星空をもっと見せてくれるかい?何日分でも構わない。船の上の夜空をもっと見せてほしい」


「船の上……星空……うん。わかった」


 彼女の中で情報をまとめられたのか、星空の形が先ほどとは少し変わる。満天の星であることは変わりはない。だが、ほんのわずかに位置が違う。角度が違う。


「フシグロ君、解析。場所は?」


『…………位置情報出します。先ほどよりも随分と日本よりですね』


「次。次の日をお願い」


「待って……ちょっと待って……ん……この日……」


 それは僅かに雲の多い夜空だ。月が雲の切れ目からよく見えている夜空だ。


 そんな風に次々と星の地図が書き換わっていく。それは同時にドクたちのこれから移動する船の位置を、航海のルートを教えてくれている。


 各地の点が線で結ばれていき、その移動先を示してくれる。


「桃瀬君、島に上陸しよう。そこで、空を見てほしい」


 それがどういう意味か、ドクもわかっている。敵がいるような場所にこの子を送り出すということだ。


 だが同時にそれはドクの覚悟でもあった。どのような手段を用いても、敵を殲滅しつくすという覚悟だ。


 船の上から島の上。その場所で見る夜景がどのようなものか。ドクはある種の覚悟をしていた。


 だが映し出されたのは、島の遠くで燃え上がる炎だった。


 巨大な貨物船だろうか、貨物船だったものだろうか。建物だったものも、ただの残骸になり果てたものも見える。


 炎の光と煙のせいで、星がかなり隠されてしまっている。だが、それでも十分な量の星がそこに輝いていた。


『位置情報を地図上に記載しました』


 フシグロの無機質な声とともに全員が確信する。ここが、件の敵の本拠地である島なのだと。


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