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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
三十四話「光を追って。光に縋って」

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「あ、手越に真鍋……なんか話してんのか?また、くだらない、話か?百枝は、いないみたいだけど」


 そんな話をしていると、寮の男子生徒が二人の姿を見つけてやってくる。その目の下にはクマができている。


 恐らく最近眠れていないのだろう。不安や動揺などもあって、精神的に不安定になっているのではないかと思われる。


 そんな彼が、またバカな、それでいて少しでも気が紛れる話を真鍋たちがしているのではないかと思ってやってきてしまうのも無理からぬ話だった。


「あぁいや、そういう話じゃねえな。っていうかそういえば最近やってないな。そういう気分にもならなかったし」


「あ……そっか……お前らがそこにいると、本当になんか話してるんじゃないかって思っちゃったけど……そっか……」


 少しでも気分を盛り上げたいと、いやな気分を払しょくしたいという思いもあったのだろう。男子生徒は少し落胆した様子で部屋に戻っていく。


 特に何があるというわけではない。むしろこの寮で生活するにあたり問題らしい問題は今のところないのだ。


 多少質が落ちたとはいえ食事は出てくる。頻度は落としているが入浴もできる。問題と言えるような問題はない。


 だが、だからこそ世の中の変化に自分が取り残されているような、そんな形容しがたい不安が胸中から取り除けないのだ。


 ただでさえ親から離れて生活している生徒は、慣れているとはいえまだ子供なのだ。


 世の中全てが大きく変わってしまっている今、その不安によって精神的に不調をきたしてしまっても不思議はない。


「……生徒の不安も、そろそろ限界に来ているか……俺たちはまだましな方だが……繊細な奴らは、少し辛いかもしれないな」


「それって俺らが図太いって言ってるのか?」


「十分図太いだろう。こんな話が当たり前にできている程度には……お前が言うように、何か問題があってもおかしくない……なにがきっかけでそれが起きるか……わかったものじゃないな」


 今はまだ、組織が陰ながらこの寮などに支援をしているからこそ食料なども届いている。


 だがそれもいつまで続くかわからない。備蓄が無くなって、届けられなくなった時どうなるか。


 それは遠い日の事ではない。むしろここまでよく持ったほうだといえるレベルだ。食料を作ることができても、それを運ぶことができない。


 否、一部工場なども止まっているために食料を生産することだってできない状態になってしまっている。


 一部の食品を除き日本における食料自給率は決して高くはない。備蓄が無くなり、生産場所から消費者の元に届けられなくなるだけでどれほど世の中が変わるのか想像もできない。


「逆にさ、都心とか街の中心程不便になって、田舎の方とかは案外影響なかったりするのかな?」


「いいや、田舎の方が甚大だろう。移動手段として車がなければ生活が成り立たない場所だってあるんだ」


 公共交通機関などがない場所、人がそもそもあまり住んでいない田舎では、隣の家まで徒歩で十分以上かかるなどというのもざらにある。場合によっては車で移動しなければ隣家にもたどり着けないという場所もあるほどだ。


 そんな場所に住んでいて車も何もかも使えなくなるというのは酷い状況になるだろう。


「場合によっては……餓死者が何人も生まれてもおかしくない……そう考えると頭が痛いな。政府の方でも食料の配給などができたら……いいや、そもそも運ぶことができないか」


「運搬ができないって不便だな。家庭菜園とかを持ってるところだったらマシなのか?いやそれでもできるまで何日もかかるって考えると難しいか」


「機械が動いていないのであれば工業系もそうだが畜産系の業界も酷いことになるだろうな。今の畜産は機械化されているところも多い。農業の現場でも同様だ。生き物を扱う現場で機械なんかの道具を使えなくなるのは痛いだろう」


「あー……そっか……今時機械使ってない場所なんてほとんどないもんな。発展途上国とか?あとは僻地の村?辺境?とかそういう場所の部族的な人達しか機械使ってないところなんてないんじゃないのか?」


「偏見に塗れているが、まぁ実際その通りだろうな。今の世の中で機械を使っていない場所はかなり限られる。牧歌的な生活を送っていても、みな知らず知らずのうちに機械を使っているものだ」


「全部がダメになったわけじゃないとはいえ、被害はでかいな」


「あぁ。生活がままならなくなれば、不安になる。不安になれば精神的にもきつくなってくる。いつこれが崩壊しても不思議じゃない。本当に頭が痛い」


 そんな事を言いながら手越はテレビをつける。テレビもまた無事である機械の一つだ。とはいえそれを配信するためのテレビ局や人間の方に問題があるためにまともな映像を流すことができていない。


 日常に当たり前のように存在したものが無くなることによって、多くの人間の精神が不安定になる。


 今の状態がいつまで続くのか。そんな不安がまだ学生である真鍋たちの中にも確かに存在しているのだ。

 実際簡単に拭えるものではない。何せ原因もまだほとんどの人間が理解していないのだから。


「逆にだぞ?これがずっと続くってなったらどうする?」


 この機械の暴走の状態が仮にずっと続くとなった場合、想像もしたくないが、そのような状況だって十分にあり得てしまう。


 そんな事を考えたからか、真鍋は渋い顔をしていた。


「想像したくないが……そうか……そういうこともあり得るか。その場合、今のような人間の生活方式は続けられないだろうな。大量生産大量消費ということはできなくなる。輸送ができなくなる以上、生産施設を小分けにして全員に行き届くように……同時に消費者が皆一様に生産者にならなければ……今の人口を支えられない……いや、今の人口を維持することは……まず難しい」


 人類が現代に至り、七十億以上の数を維持できているのは、生産場所をある程度の場所に集中し、効率よく生産を行っているが故だ。


 さらに言えば大量生産が可能なように作業の多くを機械化しているというのも理由の一つである。


 だがそれができなくなればどうなるか。機械を使えなくなればその分人手が必要になる。遠くへの移動ができないために近くに人が必要になれば住む場所が必要になる。そしてそうなると人が住む場所で圧迫されて生産場所が少なくなる。


 悪循環の真っただ中に自分たちがいるということを再認識して真鍋は顔色を更に悪くしていた。


「……この機械化社会の終わりが来たとすれば……人類は……そうだな……中世……あるいはそれよりも前の時代に戻ることになる。家畜を使って田畑を耕すような、そんな時代の話になるだろう。それが主流の世界になる」


「当時の人口がどれくらいか知らねえけどさ、今の余ってる土地とかを全部畑とかにすれば何とかなるのか?」


「どうだろうな。だが少なくとも食糧生産の方に重きを置かないといけなくなるのは間違いない。何せ運搬ができない以上現地で生産しなければいけなくなるんだ。今の食糧生産体制では人口に必要な分の食料を作れない」


「運搬できないっていうけどさ、昔はどうやって運搬してたんだよ」


「馬や牛などに馬車を引かせてそれで運んでいた。だが今、車輪なんかも勝手に動くようになっただろう?となると馬車も使えない。なら、馬や牛の体に直接荷物を積んで運ぶしかない。そうなると、それほどの重量は運べないだろう」


 昔の運搬手段はシンプルではあったが、そのシンプルなものさえも使えなくなってしまっているのだ。


 せいぜい一人旅用の直接結びつけるようなスタイルで運ぶしかなくなってくる。そうなると運ぶことのできる絶対数はかなり少なくなるだろう。


 ドクたちをはじめとする世の技術者たちが現代のそれよりもさらに上位のホバリングなどの技術を開発し、それによって運搬の技術を確立しない限り、まず間違いなく運搬という概念は崩れたままだ。


「おそらくだが、この機械が使えない状態になると、人の住む場所や生活様式なども大きく変わるだろう。具体的には、今のような都市部に人口が集中することはなく、一定の距離を保って小さな集落がいくつもできることになる」


「そうか?だって中世の頃だって大きな街があったりしたんだろ?城下町とか。そういう風になるんじゃねえの?」


「いいや。それは馬車による運搬が可能であった場合の話だ。今の状況ではそれすらもできない。商人による行商。それが行えなくなるということだ。まぁ、能力者がどれほどの運搬能力があるかによってまた変わってくるんだろうが……」


 やりようによっては今の状態でも運搬ができなくはない。例えば気球などを用いれば、空を飛ぶことだってできるのだ。


 後は推進力になるプロペラなどの角度調整ができるようにさえすれば、飛行するための装置は出来上がる。

 輸送のための新しい構造の構築さえできてしまえば、そのような未来はこないと思いたい。


 だがそれは、このまま何も起きなければという前提がある。


 今はまだ電子機器などが使えているために、ある程度の機械の操作は可能になっているが、それすらもできなくなった場合どうなるか想像に難くない。


 世の中はさらに混迷するだろう。それこそインターネットがある世の中に浸りきってしまった現代人などは発狂するかもわからない。


「中世、あるいはそれ以前の世の中か……想像できないな。中世の世界に行くっていうならともかく、現代が中世にまで巻き戻るなんて」


「考えられないだろうが現実にそれが起きる可能性は捨てきれない。何せ新しい機械を作るための工場なんかも止まっているんだ。今ある機械が壊れてしまえば、新しい機械を作れるようになるまで何年かかる?そうしている間に、廃れていくものは多いぞ」


 新しく作ることができない。確かにそれはかなりの問題だった。


 世の中が今このように回っているのは大量に作り出してその分大量に消費しているからだ。


 今、大量生産が止まっている。工場そのものが止まり、材料の供給も止まり、材料の生産も止まり、何もかもが止まっている。


 そして今ある機械のほとんどが暴走し、中には壊れてしまっているものも多くなっている。となれば新しく物を作るほかない。


 だがその基盤を作り出すのは容易ではない。一から積み上げられた現代でさえ、その下積みがあったからこそできたことだ。


 それが一切取り払われた時どのような結果をもたらすか。積み上げられ、一度すべて破壊されたものをもう一度繰り返すことはできるか。


 不可能ではないだろう。決して不可能ではない。だが、現代の人間にそれが本当にできるかは怪しいところだった。


 この世界は変わり始めている。それが今だ。この世の中は一つの分岐点に立っているというのを、真鍋も手越も強く実感していた。

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