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それを最初に認識したのは、車を運転している運転手だった。
日本においてはまだ深夜。もうすぐ明け方になろうかという時間だ。
まだ電車も動き出していない、太陽の光もまだ望めない時間帯に起きている人間は数少ない。だがそういう時間こそ動いている人間もまた存在していた。
運送業、工事、日中にはできないようなことを夜間にするものは多い。
そんな人物の中の一人は、曲がり道で減速するためにトラック車のブレーキをいつも通りに踏んだ。車の運転に慣れている彼は、煙草を口にくわえながら運転席から外の様子を見て、すぐにその違和感に気付くことができた。
速度が落ちていない。
ブレーキは踏んでいる。まさかブレーキが壊れたのかと、思いきり踏みつけるが、車の速度は一向に落ちてくれない。
とっさにサイドブレーキを作動させるも同様に効果がない。いや、効果はあったのだろう。今まで運転してきた中でおよそ聞いたことのないような音が車の中に響いた。
だが速度が全く落ちない。この速度ではカーブを曲がりきることなどできないと、とっさにクラッチを踏んでギアをニュートラルに切り替える。
動力をなくせば緩やかにでも減速してくれるはず。動力系の故障なのかは定かではないが、少しでも減速しなければ危険であると判断した。
その判断は決して間違ってはいない。だが、速度は一向に緩まることはなかった。
やがてガードレールをこすりながら、それでも速度を変えずに走り続ける。
いったい何がどうなっているのか。運転手は半ばパニックになりながらもシートベルトを外してトラックから飛び降りた。
カーブにおいてガードレールをこすりながら進み続けるトラックがやがて曲がり切れなくなるのは必然だった。
荷物を載せたトラックはガードレールを破壊しながら道から外れ横転してしまう。
大きな音が周囲に響く中、それでもタイヤが空転する音がギリギリのところで脱出できた運転手の下にも届いている。
車が横転しどうすることもできなくなってしまった運転手は途方に暮れることになる。
また別の場所では、貨物列車がもう間もなく停車しようとしていた。貨物駅の一角。荷物を降ろすためにももう間もなく減速しなければいけないという中、貨物列車は一切の減速を許さなかった。
ブレーキをかけても、ブレーキがかかる独特の金属音が聞こえるばかりで全く速度を緩めてはくれなかった。
こんな時にブレーキの故障か。
とっさに車内の無線を使って異常を知らせる。当然貨物列車の到着を待っていた駅の職員も大騒ぎだ。
だが速度も速度だ。車のように飛び降りることもできるはずもなく、どうにかして列車を止めようとありとあらゆる手段を講じるも、すべてが無駄に終わった。
到着予定の貨物駅での転轍機の操作も間に合わず、許容速度を超過した状態で突っ込んだ貨物列車は脱線し、レールの上から離れてゆっくりと傾いて横転していく。
後続の車両も同様に横転するも、動力のついていないただの車両そのものさえも動いているようで次々と速度を保ったまま突っ込んでいく。
大変なことになった。
列車事故は今までも何度もあった。何百人という死者を出したような事故も過去には存在している。
だがまさか自分たちの関わる場でそんなことが起きようとは、この場にいた誰もがパニックになりかけていた。
だがとにかく救助活動を優先するべきだと、その場にいた職員たちは方々の関係各所へと連絡しながら、運転手などを助け出そうと車両に向かっていく。
そんなことが、日本全体で起きていた。
止めてあった車が勝手に走り出しどこかの壁に激突し、動いていた、あるいは停車していたはずの電車が勝手に走り出し、脱線していく。
そして、完全に動きを止めていた飛行機までもが、勝手に動き出していた。
飛行機だけではない。ヘリもドローンも何もかも、勝手に動き出し、どこかへと動き出していく。
日本はまだましだった。深夜、明け方という人間の活動が最も鈍くなる時間帯にそれが起こったからこそ、まだよかった。
時差のある場所において、最も被害を受けたのは、まだ人間の活動範囲内の時間帯であった国だった。
ありとあらゆる国で、乗り物、そして機械が暴走していく。
回転する部品を持った機械が、一斉に、まるで自分たちの意志で動き出したかのようだった。
人の手を離れ、その制御を逸脱し、本来持っていた役割を離れて勝手に動き回り続けていく。
多くの悲鳴が、そして血が、この日流れた。
多くの人間は、何が起きたのかもわからずに、自分たちだけでも助かろうと行動しようとした。
だが、助かろうにも、どうすれば助かるのかもわからず、誰かに助けを求めた。
自分たちが頼りにしてきた機械が、自分たちの思う通りに操れない。
勝手に動き、被害をまき散らす。
辺りでは火の手が上がり、被害を拡大し続けた。
機械のあまり存在しない地域では、そこまで変化はなかった。いくつかの道具が勝手に動き出した程度のものである。
先進国であればあるほどに、被害は拡大した。
後世の歴史家は、この日のこの現象をこのように記している。
『機械が反乱した日』と。




