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次々と作り替えられていく肉体に、内側に蔓延る熱がさらに強くなる。だが、不思議と不快感を感じなくなってくる。
痛みもなく、内側からあふれてくる力だけが周介の体から漏れる光となって辺りに放たれていた。
爆発が二度、三度と船を襲い、とうとう甲板部分にまで炎が迫っていた。
「おい爺さん!逃げたほうがいいって!せめて島に行ってから!」
「ダメだ!もう既に魔石と融合、を始めてしまっている!この場で処置するほかない!お前たちは行け!」
インクバォが乱暴に周介を魔石と接触させた影響か、周介の肉体は既に魔石と同化しつつあった。
魔石はマナの結晶体だ。肉体に入り込もうとすると、肉体に張り付き、場合によっては融合してしまう。
だから本当は接触面積を少なくして、徐々に肉体を融合させていく予定だったのだ。
だが、この状態ではそれは望めない。
周介の肉体に入りきらなかったマナが、周介の肉体を経由してスカァキ・ラーリスの体にまで侵食してきている。
自身の治療、周介の治療、そして周介の肉体の改造。それらすべてに意識を割いている老人に、もはや他のことを気にかけている余裕などはなかった。
既に甲板に火が回り、貨物船は炎に包まれつつあった。
もはやこれまで。
そのように感じながらも、スカァキ・ラーリスの手は決して止まらない。周介の肉体をマナに対して最適になるように作り変え続けていく。
そんな中、すぐ横にいたインクバォが彼の目にはいる。
炎が周りを包む中、インクバォは何も言わずに真っすぐとスカァキ・ラーリスを見つめていた。
そんな様子に、スカァキ・ラーリスは穏やかにほほ笑んで小さくうなずいた。
二人の間に、言葉は不要だった。
僅かに目を伏せるように頭を下げると、インクバォは踵を返す。
「その……子供から……離れろ……!」
炎を切り裂くように現れたのは、目から赤い光を放つエッジリップだった。
向かい合うエッジリップとインクバォ。片方は正気を失っていても、脅威となるだけの攻撃力を秘めた能力者だ。
「…………Verabschiedung……Lehrer」
爆発の轟音の中、誰にも聞こえないような小さな声で呟いたインクバォの言葉に反応する者は誰もいなかった。
唯一、目の前にいるエッジリップだけが、炎に焼かれながらもその体を揺らし敵意を示している。
これ以上邪魔はさせないと、インクバォは能力を発動する。エッジリップも同じく能力を発動し、二人がその場から消える。
燃え盛る甲板の上に残ったのは、魔石と融合しつつある周介と、治療と改造を続けるスカァキ・ラーリスだけとなった。
炎はもう間近まで迫ってきている。
あと少しでスカァキ・ラーリスの体も炎に包まれてしまうであろう程に、その熱が辺りを覆ってきていた。
周介はまた意識を失いそうになっていた。体の内側からあふれる熱が止められない。
巨大な魔石と接続された状態になっている周介の肉体は、もはやいつ人間としての形を失っても不思議はない。
だが、それをスカァキ・ラーリスが食い止め続けていた。
周介の能力が、変質していく。
心臓の鼓動が大きく脈打つたびにその能力の効果範囲が広がっていく。
能力の強化が確実に行われているのだ。このまま能力が強化されていけばどうなるか。
だが、周介の肉体を変換し続けているスカァキ・ラーリスの体が徐々に炎でむしばまれていく。
焼けた部分さえも修復させていくが、それでも限度はある。周りが炎に包まれる中、スカァキ・ラーリスは小さく笑っていた。
「ぁ……ぁぁ……スカー……アリス……私は……ようやく……!約束を……」
昔の誰かを思い出すようにつぶやきながら、老人は目を細めた。
肉体にも限界が来ている。そして爆発を続ける船もまた、限界が来ていた。
いつ崩壊してもおかしくはない。貨物船とはいえ機関部が破壊されたのだ。いつまでも船の形状を保っていられるとは思えなかった。
これが最後。あともう少し。
長年の目的が叶うということもあって、スカァキ・ラーリスの目には歓喜が満ちていた。
最後の最後でしてやられたが、目的は達せられる。
その歓喜に打ち震える中、魔石とその周りの空間が爆発に包まれる。
船から脱出して拠点の島に逃げていた他の能力者たちは、その様子を見守ることしかできなかった。
なによりも我が身を優先した彼らを責めることなどできはしない。
その視線の先には燃え盛る貨物船と、何度も爆発し続ける船に重なるように登ってくる朝日だけが見えていた。
そして最後にひときわ大きな爆発が起きた瞬間、それが起きる。
オレンジ色の炎の中から、一際強い蒼い光が放たれる。
世界が、この瞬間変わろうとしていた。




