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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
三十三話「世界の崩壊を阻むもの」

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「おい、あれ何とかならないか?」


「……井草刃の事か」


「あぁ……いつ斬りかかってくるか気が気じゃないんだけど」


 周介の視線の先にいるのは幽鬼のように歩いてきているエッジリップがいる。


 周りが常夏のリゾート地のように見える海の真っただ中ということもあって強い違和感があるのは仕方のない話だろう。


「あいつはそういうことをする奴じゃないが……今までもいきなり切りかかってくることはなかった」


「……俺以前あいつに殺されかけてるんだけど?」


「…………わかった。おい、川木を呼んでくれ。あいつを少し遠くへ」


 この船の中では雑用兼世話役のようになっている川木がどこからか呼ばれてきて、周介についていこうとするエッジリップを連れて引き離そうとする。


 若干抵抗はしていたが、それでもさすがにまともに思考することもできていないからか、徐々に周介からは引き離されていた。


 そんな事をしていると、周介の下に二人、また誰かがやってくる。


 その人物はスカァキ・ラーリスとインクバォだった。


「やぁ。気分は、どうかね?」


「よくないな。今にも眠っちゃいそうだ。まだ夜も開けてないのにごくろうなこったよ」


「それは大変だ。もう少し横になるといい……と、言いたいところだが、準備が整ったのでね。こちらも始めさせてもらいたいんだ」


 クレーンが持ち上げてくる物の正体がようやく明らかになる。それは、巨大な蒼い魔石だった。


 写真で見た通り、三メートル程度はある巨大な魔石。それが貨物船の甲板部分に運ばれてくる。


 あれに自分たちがくっつけられるのかと周介は嫌そうな顔をする。間違いなく死ぬだろうなと思いながら船の上の状況を再度確認する。


「諦めなさい。この状況で逃げられるほど、我々も甘くはない」


「……そうかい……んじゃ……スカァキ・ラーリス。最後に、教えてくれないか?」


「私に答えられること、であれば、答えよう」


「……白部舞のことを覚えてるか?」


「……しらべ……しらべ、まい……あぁ、覚えているとも。双子の片割れだ」


 双子の片割れ。この人物はそのように白部を覚えていたようだ。


 だが、周介が聞きたいのはそのことだけではない。


「あんたは、何故白部を、日本であんなことをしたんだ?人間をぐちゃぐちゃにするような……何人も殺して……」


 周介が何を問いかけたいのかを理解したのか、スカァキ・ラーリスは小さくため息を吐く。


 だが、その表情はどこか拍子抜けしたようだった。


 どうしてそんなことを聞きたいのかわからない、と言ったような表情だ。


「あの頃私は、目的となる適合者……君たちのような機械を操れる能力者が見つからず、少なからず焦っていた。そこで、ひそかに実験をしていたのだよ。自分の望む能力を与える、という、まぁ人体実験だ」


 さらっと恐ろしいことを言うなと、周介は開いた口が塞がらなかった。


「ただ能力というのは複雑でね。遺伝情報を組み替えても、なかなか思い通りの能力にはならない。だが、元々持っているものを少し弄れば、少しだけ能力の性質を変えられることが分かった」


「……それで……あの事件を?」


「ん。あれは私としても予想外だった。私としてもあれを露呈させるつもりはなかったんだが……少々能力が暴発してね。赤目の状態を引き起こして……私自身脳が少々やられてしまったのだよ。あれから治るのには時間がかかった」


 つまり、あの事件は正確には、事故のようなものだったのだ。


 スカァキ・ラーリスは本来あのまま隠れていろいろと画策するつもりだったのだが、何の拍子か、過剰供給状態を引き起こして暴発。本人も脳をわずかに損傷し、自身を治すのに時間を要したのだろう。


「だがその甲斐あって、あの子を作れた。処分せざるを得なかったのは、残念だが」


「…………あの子……?」


「私の作品だよ。私の望む、ありとあらゆる機械を操れるような能力、に仕上げた子だ。双子の容姿を模ったつもりだったが……君が最後、連れていったと聞いている」


 白部のことを言っているのだとわかり、周介は急速に頭に血が上っていくのを感じていた。


 腹の奥から湧き上がる怒りの感情が胃を押上げ、全身の血液を一気に急加速させていく。


「白部の能力は、全ての機械を操る、なんてもんじゃなかったよ」


「なに?そうか……やはり暴走した頭では、完成には至らなかったか……残念だ。だがまぁ、今ここに二人、揃えられただけでも良しとしよう」


 スカァキ・ラーリスは何度か頷いて周介の方を見る。


「質問には、答えられたかね?君の望む答えだったかどうか、少し自信はないが」


 スカァキ・ラーリスが、白部舞を作った。それは彼女が予測したそれと合致してしまっていた。


 この言葉が本当かどうかはわからない。だが、もう一つ聞きたいことがあった。


「もう一つ。どうして白部を殺す必要があった?」


「彼女の肉体は特別性だ。私と同程度の能力を持つものがいた場合、その特異性に気付くものがいるかもしれない。あの時はまだ適合者が揃えられていなかったのでね。情報漏洩を防ぐという意味もあって、確保できない場合は処分するようにと命じた。少しもったいない気もしたがね」


 少しもったいない。その言葉が、周介の中の逆鱗に触れた。守らなければいけなかった存在を、そんな簡単に殺すことを命じたこの男が、何を考えているのかなどわからない。


 だが、周介は確信する。この男は人間の命を何とも思っていない。そして、この男の考えだけは絶対に阻止しなければならないと。


「よく、わかった」


 その声は、今までこの場の誰も聞いたことがないようなものだった。


「ようやく……わかったよ。お前らの計画は、全部、全部潰す……!」


 放たれる気迫に全員が周介を警戒する。


 周介が放つ気迫は並のものではない。一般人がこの場にいれば、腰を抜かしてしまうほどのものだ。


 この場にいる全員、一般人とは違う胆力の持ち主ばかりではあるとはいえ、それでも慣れていない何人かは僅かにたじろいでる。


 この少年は危険だ。ドットノッカーがそのように感じたのは間違いではなかった。少なくともスカァキ・ラーリスは、そのことを確信していた。


 この少年は危険だ。今まで多くの能力者たちと会ってきた。優秀な者、未熟な者、熟達した者、好戦的な者、役割に徹することのできる者。ありとあらゆる種類の能力者に出会ってきた中で、このような気配を放つ能力者にはあったことがない。


 だが、似た気配を知っている。


「君は……今の状況を理解して、それを言っているのかね?」


「あぁ……わかってるつもりだよ」


 もはや周介には取れる手段などほとんどなく、時間もほとんどない。何せあの魔石に体を触れさせただけで、恐らく周介の肉体は多大な負荷によって、恐らくは死ぬだろう。運良く死ななかったとしても、意識が戻る保証などありはしない。


 船の上の状況が分かって、トイトニーが周介と二十メートル近く離れていて、周介の周囲を囲うような形で敵能力者がいる。


 状況を把握し、自分の取れる手段と、この状況でこの能力者たちの目的を破綻させるにはどうすればいいのかを考える。


 思いつく手段は、一つだけだった。


 その手段をとればどうなるか。周介もわかっている。だがこの状況だ。はっきり言って、既に詰みの状態に近いのだ。


 そこからこの盤面をひっくり返すとなれば、周介にできることは限られてしまう。


 嫌だった。思いついておいてなんだがこの手は使いたくない。だが、それをしなければ何もできないまま、このまま終わるだろう。


 そんなのは嫌だ。何もできずに終わるなど、何もせずに終わるなど、まっぴらごめんだった。


「……ごめん……瞳」


 誰にも聞こえないほどに小さな声で、周介はそう呟いた。


 大海原からの潮風がその声をかき消していく中、周介は歯を食いしばる。


 どうにもできない。なにより、これ以上の行動が思いつかなかった。


 周介は目を閉じて項垂れるように首を垂れ、集中する。


 周りにいる能力者たちが周介の体を支え、魔石の方に連れていこうとする。


 周介は完全に脱力していた。体を操作するのも億劫なほどに集中する。


 チャンスは、たった一度。これを失敗すれば、それですべてが終わる。ならば、周介が取る行動はたった一つだ。


 魔石へと近づくと、その大きさが際立つ。今まで作り出されてきたありとあらゆる魔石の中でも最大級のものだろう。


 これと接触したらどうなるか。考えるのも馬鹿らしい。


 ゆっくりと近づいていく中、水平線の向こうから、僅かに太陽が覗き始める。


 夜明けだ。


 白んでいた空が、徐々に色を変えていく。


 周介は光を全身で感じながら、ゆっくりと深呼吸する。


 船のクレーンがゆっくりと動いていく音と、風の音が当たりに響く中、それに気づいたのは数人だった。


「おい、誰が船動かしてるんだ?」


 違和感に気付いた切っ掛けは、太陽の向きだった。先ほどまでは船首の斜め前にあったはずの太陽の位置が、ほぼ真横に来ている。


 潮の流れで船の向きが変わったのかとも思った。これほど大きな船でそんなことがあり得るのだろうかと、疑問符を浮かべた瞬間に、それは起きた。


 どこからともなく聞こえた轟音。それが一体何なのか、何人かは理解ができなかった。


「なんだ!?何の音だ!?」


「おい!船ぶつかってるぞ!」


 それは貨物船の近くにやってきていた、島へ行き来するための小型ボートが衝突した音だった。


 小型ボートと言っても、二十メートルはある小型のフェリーのそれに近い。それほどのものが貨物船に衝突したのだ。


 いや、小型のボートがぶつかったのではなく、貨物船の方がぶつかったのだ。


 そう、今貨物船は動いている。


 エンジンを止め、錨を降ろし、完全に停泊しているはずのこの船は、今まさに動いていた。


 錨が降ろされている状態で、船と激突しながらも動き出している船は大きく揺れる。先程までならあり得ない動きに、甲板の上にいる全員が体勢を崩していた。


「なんだ!?誰が動かしている!?」


 いったい誰が。その考えに行きついたとき、不意にその視線が二人に注がれる。


 片方はトイトニーに。だがトイトニーの目は見開かれ、この状況に驚愕している様子だった。


 片方は周介に。その目は強く閉じられ、何かに集中しているようにすら見えた。


「そいつだ!ラビット!そいつがなんかやってる!」


「この……!目ぇ開けろ……!」


 拘束された状態の周介は満足に抵抗もできない。その目が見開かれた時、赤い光が放たれているのを見て全員が驚愕する。


「お前ら全員……道連れだ……!」


 瞬間、先ほどまでゆっくりと動いていたクレーンが勢いよく振り回され、フックのついたワイヤーが甲板に叩きつけられる。


 一つだけではない、二つあるクレーンが同時に暴れ、甲板に置かれている荷物を、船そのものを破壊していく。


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