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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
三十三話「世界の崩壊を阻むもの」

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 船が停止した。周介はその動きを感じ取っていた。


 どこかの港に停泊したのだろう。それがどこかはともかく、これが最後のチャンスだと思うべきだ。


 移動中に脱出。可能ならば移動手段で車でも奪取してトイトニーと共に逃げる。


 この体でどこまで動けるかは不明だが、それをするほかない。


 だが、ここで周介は違和感に気付く。


 港に停泊したにしては周りに機械の類が異様に少ないのだ。


 目をつむった状態で意識を集中し、周りに存在している周介が回転させられる物体を探す。何となく位置がわかる程度でしかない能力でも、今までかなり役に立ってきただけあって周介はその感度をそれなりに信用していた。


 だが、この船のそれ以外に、いくつか点々とあるくらいで、ほとんどない、船の外に出ればもう少し分かるのだろうが、それが叶うかどうかも怪しい。


「おい着いたぜ。荷物降ろすの手伝ってくれ」


「あぁ。それじゃ……」


 この場から川木がいなくなる。残されたのはトイトニーと周介、そしてエッジリップだけだった。


 この場所はどの港なのか。せめて位置が分かれば。どの港に停泊しているのかが分かれば、合図のしようもあるのかもしれないのに。


 そこまで考えて、一つ、いやな考えが浮かぶ。


 スカァキ・ラーリスを支援する権力者の中には無人島の別荘を持っているようなものもいると。

 もし、それが彼らの拠点になっていたらどうなるか。


「hey rabbit」


 周介の思考を妨げたのはトイトニーだった。そこまで大きな声ではない。覇気がないその声に周介は顔を向ける。


「Do you have ah……plan?」


 何か作戦はあるかと聞いてきているのは周介の拙い英語の知識でも理解できた。


 ただ、今のところ考えがまとまっていない。状況に即して動くしかないのだが、この状況で逃げられるかは微妙なところだった。


 だが、逃げるしかない。どうしても、どのようなことをしてでも、この場から離脱しなければならない。

 最悪の場合、片方だけでも。


「……ランナウェイ(逃げる)ザッツオール(それだけだよ)


 周介の言葉に、トイトニーは笑う。自嘲気味な笑いだ。それができないと思っているのだろう。


 だが周介のような子供が諦めていないというのに、大人の自分が諦めるわけにはいかないと、自らを奮い立たせているように見える。


 そう、逃げるだけだ。この場所で、この戦力差で戦おうとする方がそもそも間違っている。であればどうするか。逃げるほかない。


 船で移動していたのであれば、長距離における移動手段が船で行われる場所。そういったものが集まる場所であるのは間違いないのだ。


 船を奪って逃げる。それが最も適切な行動だろう。


 幸いにして周介も船を操れるし、トイトニーも機械を操作する能力者であるということを考えれば、二人で交代し続ければほぼ二十四時間ずっと移動できる。


 アメリカに逃げるか日本に逃げるかはこの場所次第だが、現在位置がわからない以上どちらに逃げたほうがより確実に陸につけるかという話になってくる。


 何日航海したかもわからないため、具体的に日本からどれくらい離れているかもわからないのだ。


 アメリカ大陸のある東側か。日本やアジア大陸を目指す西側か。どちらにせよ長距離の航海になるのは間違いない。


 可能なら食料なども奪っていきたいが、そんな余裕があるかもわからなかった。


 とにかく逃げて、魔石と融合させられるのを阻止したい。ただ、周介の想像がもし正しかった時、それができなくなった時は。


「……最悪の場合は……」


 周介は既に最悪の状況を想定していた。


 この状況での最悪の想定は、どちらも逃げられず、どちらも魔石に取り込まれてしまうことだ。


 世界中全ての機械が暴走するなどということになれば、人類は滅びなくとも、文明が終わる。


 そのようなことをさせるわけにはいかない。


 死後にも能力が発動し、なおかつ死後の能力も魔石で強化できるということを考えれば、自殺でさえも意味がない。


 何故生かして捕らえたのか。先ほどの説明を聞かせるためというのもあったのだろう。だが、それだけではないように思える。


 情報を伝えて、世界中の機械の存在を認識させるため。それもあるだろうが、それだけではないように感じるのだ。


 スカァキ・ラーリスの存在が、その疑惑を強める。


 生体変換を駆使する老人。生きた人間を変換するという行為をするために、生かしているのではないかというのが周介の考えだ。


 それが正しいものかはわからない。もしそうであれば、死ぬだけでも十分に相手の邪魔はできるかもしれないが、阻止はできない。


「準備ができたぜお前ら。出ろ」


 呼びに来たブルームライダーや他の能力者によって簡易の鉄格子が開けられる。


 考える暇もないと実感しながら周介は舌打ちする。


 先に出されたのは周介だった。鉄格子から出てまず最初に見たのは、ずっと入っていた鉄格子とその周りの外観。


 最初に目に入ったのは四つの牢と、その通路の奥に乱雑に置かれている周介の装備。そして柱部分に寄り掛かるように、日本刀を抱いて座っている一人の男性。髭も伸び、目も虚ろだ。どこを見ているかもわからないようなその目の奥、周介がその顔を見ると、僅かにその目に光が宿っているように感じられた。


「……井草刃……」


「……………………」


「おら、来い」


 エッジリップこと井草刃は何も答えなかった。意識があるのかないのか。だが周介が腕を掴まれて引っ張られると、何も言わずに立ち上がり、周介のすぐ後ろについて歩いてきていた。


「後ろ、ついてきてるんだが……」


「あぁ、あれは気にすんな。そういうもんだと思えよ。完全に頭がパーになってるらしいから、会話ができるかも怪しいもんだ」


 つまりエッジリップはこの中では戦力としては見られていないということなのだろう。


 あれだけの戦闘能力を持ちながら放置されているというのももったいない話だ。だが、そうせざるを得ない状況であるということだろうかと、少し複雑な気分になる。


 通路を歩いて、少しだけ階段を上る。そして扉を一つ空けると、唐突に入ってくる日光の光に、一瞬だけ辺りが真っ白になったように錯覚する。


 薄暗い場所から光にあふれた場所に到達したことで、周介の目が慣れるまで少し時間がかかった。


 まず目に入ったのは、太陽と錯覚するほどに強い照明の光。そしてその向こう側にある、僅かに星を蓄えた暗い空。白い雲。どこまでも続く海。


 ここが太平洋のど真ん中であるということをいやでも理解させられるほどに、全くと言っていいほどに何もない。


 いや、辺りを見渡せば何もないというわけではなかった。


 周介が乗っていると思われるこの貨物船、能力で察知した通り、かなり大きく、甲板の部分には二機のクレーンが取り付けられている。


 そしてそのクレーンは現在進行形で動いて何かを運んでいた。おそらくこの貨物船のすぐ近くに別の小さな船があるのだろう。


 その先には、山が見える。いや、正確には島だ。大きさはどの程度だろうか。少し遠くに見える島は、桟橋などがあり、建物もいくつか見受けられるが、それだけだ。大きさもそれほどない、森林と浜辺、住居がいくつか。その程度しかないただの孤島のように見える。この巨大な貨物船ではあの島に直接停泊などはできないために、少し沖合で待機しているというところか。


 この貨物船もかなりいろいろなものを積んであったのか、有事の際の脱出艇や、何かの物資など、様々な物が乗せられている。


 それが何なのかまでは周介には分らなかったが、コンテナがいくつか開けられ、中身が少しずつ運び出されているのが見えていた。


 貨物船のいくつかの箇所から強烈な照明の光が放たれており、辺りがまだ暗いということもあって夜中である事がわかる。だが空の一角、恐らくは東の方角の空が白んできている。


 もう間もなく夜明けであるということは理解できた。


 閉鎖空間で何度も睡眠を繰り返したせいで時間感覚がない。まさか今が夜明け近い時間だとは思わなかった。


「あれは……島か?」


「あれが俺らの拠点だ。どっかの金持ちの別荘地だそうだ」


 甲板に出てきた周介を迎えるように、ドットノッカーがやってくる。睨む、とまでは言わないが真剣な目つきで周介を見てきていた。


「俺がこっちにつく。後何人かこっちによこしてくれ」


「ありゃ?配置換え?」


「あぁ。こいつに多く人員を割く。こいつには何もさせない」


「了解」


 目の前でこんな会話をするのは、それだけ何もできないぞとアピールするためか。どちらにせよ今の周介は手を縛られているためになにもできはしない。


「あの島が拠点って……他の場所は……?」


「さぁな。俺が知っているのはこの船とあの島だけだ。移動が面倒だが、見つかる手間が省ける、この場所がどこなのかもわからない」


 周介の予感が悪い意味で的中してしまった。


 ここがどこかの街の、どこかの国の港であったなら、まだ逃げられたかもしれない。


 誰か別の船でも盗んで逃げられるかと思ったが、この場にいるのは、この場にあるのはこのチームの所有物ばかりだ。


 恐らくは全てスカァキ・ラーリスの支援者によるものだろう。


 面倒なことをしやがってと周介は歯噛みする。この場から逃げるのはかなり難しくなった。少なくとも確実になにか、陽動をしなければいけない。周介が周りを見ると、周介の周りに少なくとも三人、周介の動向を監視している者がいた。


 その中にエッジリップは含まれていない。彼は相変わらず虚ろな表情で周介の後を追ってきている。


 周介を徹底して監視しているようだった。何か行動を起こせばすぐにでも捕まえられるようにするつもりだろう。


 この状況では、逃げるにしろ何かしら意識を誘導するか、被害を与えなければいけなくなるだろう。


 どうするか。そう考える中で一つ、思いつく。


 自分の後ろでは、ちょうどトイトニーが甲板に出てきているところだった。周介が三人以上周りにいるのに対して、トイトニーには一人しかついていない。


 人員が満足にいる状態でもないのに、周介にこれほどの人員を割いていれば、そういうことにもなるだろう。どういう訳か、ここにいるメンバーは軍人気質のトイトニーよりも周介の方を警戒しているようだった。


 ありがたいと思う反面、周介はため息を吐く。


 船の向きや構造、クレーン、そして周りの人員配置などなど、自分の周りにある状況を判断して作戦を構築していく。


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