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人類の存続。人類の破滅。人類を救う。
そんな言葉に周介は疑問符を浮かべてしまっていた。
宗教的な話だろうかと、周介自身が宗教に完全に興味がなかったために、理解が追い付かない。
他の宗教にはいずれ崩壊だか、破滅だかがやってくるというようなものもある。
もしかして彼らの宗教にはそういう話があるのだろうかと、妙なことになったものだと周介は眉をひそめてしまう。
「それは……宗教の話か?宗教勧誘は間に合ってるんだけど……」
「ん?いやいや、私も宗教には興味がなくてね。すまない、そういった話ではないんだ。日本、だとこういう話、をすると宗教勧誘、のように思われるのかね?」
「あー……確かにそれはあるかも。あなたは神を信じますか?とかそういう感じ?うさん臭さマックスな感じだよな」
ブルームライダーが苦笑する。日本では宗教の勧誘というものはそこまで珍しい話ではない。無宗教という名の無関心な人間が多いために、そういった人物を取り込むことも不可能ではないからでもある。
もっとも、そういったものにはまるのは特定の条件を満たす人間だけなのだが。
「すまない。宗教的な話ではないのだ。ん……どこから話せば……伝わりやすいか……あぁそうだ。少し昔話をしよう。なに、私が若い頃の話だ」
自分の若い頃の話をしたがるのは老人の常だろうか。周介からすれば少しうんざりしてしまう内容ではあるが聞かないという選択肢はないのだろう。
「当時私は、まぁ所謂、孤児でね。とある人に拾われて育てられ、世界中を見て回っていた。その時に、同じ境遇の、私の友がいた。その子は、未来を見る能力を保有していたのだ」
未来視。美鈴も保有している未来の情報を得ることができる能力。
かなり貴重な能力であるのは間違いない。だが、問題はその未来視の情報がいつなのかがわからないことが多いという点である。
「世界中を回るうちに、彼女は、世界の滅びを見た。彼女は、見たものを他の人にも見せることもできてね……どの場所に向かっても、広がっているのは同様の光景だった。兵器によって、滅んだ世界だ」
それが一体いつの事なのか。周介たちには分りようがない。いや、恐らくスカァキ・ラーリスにもわからないのだろう。
だが、それはいつか来る。未来視の能力で見たその光景は、いつかやってくる。
「戦争か何か、があったのだろう。見えた光景と建物から、私たちが子供の頃からすれば、相当未来なのだ、ということはわかった……だが、いつなのかまではわからなかった。それほど遠い未来だと、私たちは考えた」
戦争が起こり、世界が滅ぶ。なるほどあり得ない話ではない。
大国同士がぶつかり合えば、それこそ大きな戦争になる。戦地になった町や場所などは焼け野原にされてしまうだろう。
どの場所で、どの未来を見たのかは不明だが、世界各国を見て回って、それだけの被害が出ているとなれば、第三次世界大戦、あるいは世界大戦以上の規模の戦争が起きたと考えても不思議ではない。
昔の戦争と違い、多くの国が核兵器を保有しているのだ。核戦争。そんなことになれば、世界が崩壊しても不思議はない。
「私たちは、それを何とか止めようとした。途中何度か大きな戦争行為が起きたが、そこまでの被害はなかった。もっと未来の話なのだと考えた我々は、ある計画を立てた。この世界から、大規模な戦争をなくすための計画だ」
「…………なんだそりゃ……世界平和でも望んでるのか?」
世界平和。なるほど御大層な内容だと吐き捨てながらも、それが決して不可能だと周介は理解できている。
それができたら最高だ。だがそれはあり得ない。争いのない世界。それがなしえたならば最高なのだろうが、そんなことは決して成し得ないのだ。
「世界平和……それが可能であるならば、確かにもっともよい結果、と言えるだろう。だが、それは不可能だ。遥か昔から、それこそ石とこん棒の時代から、人類は争い、続けているのだから。我々が模索したのは、争いを行っても、絶滅しない方法だ」
絶滅しない方法。
周介からすればそもそも絶滅ということそのものが思い浮かばなかった。人類は本当にしぶとい生き物だ。何万年という人類の歴史と、今なお人類が生き残っていることがそれを証明している。
簡単に絶滅するとは思えなかった。もちろん、この地球そのものが壊れたりすれば話は別かもしれないが。
「戦争が起きようと、その戦争が小規模なものであれば、人類の存続には何の影響もない。人類の争いは止められない。賢い故に愚か故に止められない。ならば、その規模を変えればいい」
戦争の規模を変える。
人間同士は争うものだ。それは止められない。互いの利益、考え、行動、それらに齟齬が生まれるからこそ止められない。
止められないのであれば、止めない。その被害を最小限に抑える。それこそがスカァキ・ラーリスたちの目的でもある。
戦争の規模を変える。簡単に言ってはいるが、具体的に何をどうすればいいのかなどはわからない。
人類の争いの種をすべて取り除く。あるいは人類の争いの手段を取り除く。
目的が分かったのはいいが手段がわからない。
薄く笑みを浮かべながら語るスカァキ・ラーリスの声が、そしてそれを黙って聞いている面々が、ただただ不気味だった。
周介とトイトニーを捕まえたということから、その方法につながる答えがあるはずだと二人は考えを巡らせる。
二人の共通点。そして相手の目的。
兵器によって人類が絶滅するということを防ぐのがこのグループの目的であるならば、周介達を捕まえた理由は何となく察せられる。
「……この世界に存在してる全ての兵器を破壊するってことか……?それとも、全て使えないようにするか……俺たちの能力を使って」
周介の言葉を聞いてスカァキ・ラーリスは笑みを浮かべる。そして小さくうなずきながら周介の考えを肯定しつつ、大きく首を振っていた。
「当たってないが遠くもない……だったかな?すまない、日本語は難しくてね。君たちの能力を使って、という部分は正解だ。我々に協力してもらう」
「誰が協力なんかするか」
同じような言葉を英語でも伝えられたからか、周介に呼応するようにトイトニーも暴言を吐き散らしていた。
少なくとも周介もトイトニーもこの男たちに協力するつもりはさらさらなかった。
人類の存続などを謳おうと、やっていることは犯罪と同じだ。目的のためならば手段を択ばないような、そんな人間に碌なやつはいないと二人は確信していた。
「それに、仮に俺たちが協力するにしろ、俺らを兵器のある場所にいちいち連れまわせばその分俺らの仲間が、俺たちを見つける可能性が高くなる。お前らの計画は最初の段階で破綻してるんだよ」
以前周介たちが予想した、能力を強制発動できるような能力者がいたとしても、周介やトイトニーの能力はどうあがいたところで射程距離に限界がある。
世界各国の兵器の収めてある場所を襲撃したとしても、あるいはそれを暴走させたとしても、そんな行動をとっていれば必ず、必ず周介たちを見つけ出す存在がいる。
周介はそんな人物を知っている。ごく身近で、絶対に信じられる存在を知っている。
そんな自信を持った周介にスカァキ・ラーリスは顔のしわを僅かにゆがめ、嬉しそうに笑って見せる。
「二人とも、私達が君達を選んだ理由、おおよそ理解、してくれたようでありがたい。君たちの能力は、機械を操る事だろう?」
周介もトイトニーも答えることはなかった。誰が自分の能力を敵にばらすものかとにらみつける。
周介は部品を操作することで間接的に、トイトニーは条件がそろえば燃料さえなくとも機械操作が可能な能力を保有している。
機械を操るという意味では二人の能力は共通している。だからこそ機械を操って何かを企んでいるというのは理解できたし予想もできた。
もっとも、人類の存続という目的に、まだいまいち情報が足りていないという感は否めないが。
「君たちは、争いはなぜ起きると思う?」
唐突に何を言い出すのだと、周介達は眉を顰める。
何故争うのか。そんなものはその時によって違う。宗教、政治、愛憎、利益。考えたらきりがないだろう。
「私が幼いころ……まだ先生に拾ってもらう前……誰かと争う、ような余裕などありはしなかった。その日生きる、ので精いっぱいで、誰かがどうして、いるのかなど、気にかけてすらいなかったのだ」
それはスカァキ・ラーリスの幼いころの話か。昔話に耽る老人の言葉に僅かな不快感を覚えながらも、二人ともその言葉に耳を傾ける。
「私は思うのだ。争いをするのは、争いをできるだけの余裕があるからだと。日々生きるのに必死になれば、生きるための行動しかできないようにすれば、人々の争いは、少なくなるだろう」
それでも、人の争いはなくならない。そういうかのような自嘲気味な笑みを浮かべるスカァキ・ラーリスの顔を見て、周介はこの老人はいったい何を言いたいのかわからなかった。
「人はどんな理由でも争う。食べ物を奪うためでも、好きな相手を求めるためでも、欲しいものを手に入れるためでも。そしてどんなものでも武器にするのだ。木の棒だろうと、石ころだろうと」
「……なにが言いたい?」
「ラビット01。先ほど、君は兵器を破壊すると言った。それでは足りない。人間は、どんなものだって、誰かを傷つける、道具にできて、しまうのだよ」
いったい何をするつもりなのかと、その声に込められた狂気にも似た何かを感じ取り周介は背筋が寒くなる。
鬼怒川と対峙した時とはまた違う。葛城校長に刃物を向けられた時ともまた違う。
こいつを生かしておいてはいけない。そんな風に感じるほど、そんな事を感じるほどに、目の前の老人が、危険だと、恐ろしいと周介の全身が叫ぶ。
この老人そのものは脅威ではない。だがこの老人そのものが脅威なのだと、矛盾した警告が全身を駆け巡る。
異質だ。この男は、この老人は、殺しておかなければいけない。
人を殺すことなど是とできない周介でさえ、そのように感じてしまうほどの異質な脅威。今まで感じたことのない、大量の小さな虫が肌の下を蠢くような不快感にも似た脅威を感じ取り、周介は全身の毛が逆立つのを感じていた。
何故この感覚を、あの時に、世界を一巡りした時に覚えていなかったのかと、何故自分の手の届くところにいたあの時に、そう感じていなかったのかと、周介は自分の間抜けさを悔やんでいた。




