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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
三十三話「世界の崩壊を阻むもの」

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「ぉ……ぉおぁおあおああ!?」


 そんな中叫びながら己を鼓舞するのはこの犯罪集団の中で唯一まともに動けそうな能力者だけだった。


 ただ上げられた咆哮は自らを奮い立たせる声というよりは半狂乱になっているような状態というほうが正しいだろう。


 体に巻き付けたワイヤーの一部が空中に舞い上がり鬼怒川を捕まえようと襲い掛かる。


 鬼怒川は実に冷静にそれを回避した。ワイヤーは手が離された水道のホースのように、空中を跳ね回る。制御されているのかいないのか、壁にぶつかったワイヤーが鬼怒川を探そうとしているのか無秩序に暴れ回っていた。


 だが鬼怒川は全く焦らない。不要な回避もしない。片腕をうまく使ってただ一直線に能力者の下へと跳躍する。


 とっさに身を守ろうとしたのだろう。ワイヤーが集まって盾のようになるが、その盾ごと鬼怒川の拳が叩きつけられる。


 衝撃波が辺りに発生し、ワイヤーの盾が弾かれると同時に鬼怒川の体も大きく弾かれる。


 ワイヤーの集合体と鬼怒川の体だけでは質量差によって鬼怒川の体の方が簡単に動いてしまうのは道理だ。

 防御されたのは予想外だった。鬼怒川の速度に反応できるだけの反応速度を持っているということでもある。


 とっさの偶然ということもあり得るが、真正面からぶつかり合えば、相手の態勢を崩すことはできても突破は難しいだろう。


 空中からではなく地上から攻撃すればまた別だ。そうすれば純粋な力比べで鬼怒川が負ける道理はない。

 ただ力比べをやってしまうと、出力が上がりすぎて相手を殺してしまう可能性が出てくる。


 ただこの場の人間を逃がすわけにもいかない。あまり建物を壊してもいけない。もちろん殺してもいけない。


 ままならないものだなと鬼怒川は考えながら、それでも攻略法は既に見出していた。


 未だに威嚇の影響があって能力を持っていないほとんどの犯人たちはその場から動けていない。

 時間をかけてはいけないと、鬼怒川は集中する。


 その視線の先に、一人の影が、ほんのわずかに見える。


 常に自分の先にいるその影を見出し、鬼怒川は笑う。


「うん。絶対に追い付くよ。追いついて見せる」


 鬼怒川の動きが、変わる。


 天上も壁も床も柱も荷物の置かれている棚でさえも足場にして、鬼怒川は跳躍する。


 スロースターターの鬼怒川にとって、戦闘が始まったばかりのこの状況では周介の影を完璧に捉えることはできない。


 だが、今まで嫌というほどその動きを見てきたのだ。それを真似することくらい、鬼怒川には容易い事だった。


 高速で動き続ける鬼怒川の動きに犯人は反応しきれない。攻撃しようにも防御しようにも、鬼怒川が今どこにいてどこから攻撃を仕掛けてくるのかが全くわからないのだ。


 目でも追い切れない。周りに障害物が多いせいでなおのこと鬼怒川の動きをとらえきれないのだ。

 いったいどこから。


 そんな事を考えていると、その脇腹に激痛が走る。


 殴られた。そう理解した時にはもう遅かった。


 頭を掴まれ、トラックの荷台に叩きつけられる。


 何度も何度も、トラックの荷台が変形するほどに勢いよく。


 そのうち意識を失った犯人は能力を解除したのか、宙を浮いていたワイヤーが力なく地面に落ちていく。


『おい!やりすぎてるんじゃないのか!?生きてるか!?』


「大丈夫、加減はしたよ。直接叩きつけると怪我するからね。頭をシェイクしただけ」


 鬼怒川は手で頭を掴むと、その頭部全体を自分の手で覆い、その状態で頭を叩きつけたのだ。


 直接的な打撃を与えるのではなく、頭を揺らす形で相手の頭を叩きつけて脳を揺らし、意識を喪失させたのである。


 それでもだいぶ危険な方法ではあるものの、直接頭を叩きつけるよりはダメージは少ない。


 加減している状態であるとはいえ、鬼怒川の一撃は簡単に人間の頭を潰すことができる程度の力はあるのだ。


 強化の力が入っているかどうかも怪しい状況で、相手にそれほど強い打撃は与えられない。鬼怒川としてもかなり気を遣った攻撃だった。


 周介と訓練をしている時だってこんなに加減したことはない。我ながら手加減が上手くなったものだと、鬼怒川は満足そうに笑っていた。


「制圧完了したよ。犯人の拘束の為に増援をちょうだい。倉庫内はなるべく壊さないようにしたけど、いくつか元々壊されてるところもあったからビルド隊に来てほしいかな」


『了解。他の……一般人の犯人は?』


「あぁ、まだ腰ぬかしてるよ。まぁ、逃げようとしたらどうなるか、わかってくれると思うけど」


 鬼怒川はダメ押しとばかりにその倉庫内の人間全員を全力で威嚇する。


 再び放たれた強烈な威圧感と殺気に、気の弱い何人かはその場で気絶してしまっていた。


 圧倒的な威圧感。それは映像などではわからないある種の攻撃だ。


 それができる人間と、それを味わったことがある人間にしかわからない恐怖と威力。


 少なくとも映像には残らない鬼怒川の行動に、多くの者が疑問符を浮かべることになるのは間違いなかった。


「お前の戦闘にしては、随分と大人しいな。ほとんど壊れてねえじゃねえか」


 現場にやってきて拘束の手伝いをし始めた亀田は、倉庫内の状況を確認して素直に驚いていた。


 その気になれば拳の一撃だけでこの倉庫を破壊できたであろう鬼怒川が動き回ったというのに、倉庫内には壊れた形跡がほとんどない。


 鉄骨や手すり、棚の部分が若干へこんではいるものの、その程度に収まっている。


 何より犯人たちに外傷らしい外傷がほとんどないのが驚きだった。


「能力持ちじゃない連中はどうやって気絶させたんだ?攻撃とかしてなかっただろ?」


「んー……なんていうか、プレッシャーかけたっていうの?思いっきり威嚇したって言えばわかるかな?」


「なんだそりゃ。威嚇されてビビったってことか?」


 拘束されて連行されていく能力を保有していない犯人たちは未だ体の震えが止まらずに満足に立つこともできないのか、中には意識を失ったままの者もいるほどだ。


 鬼怒川の威嚇というものがどのようなものなのかわからないため、亀田はその辺りを理解することはできなかった。


「威嚇されてビビるって表現が正しいかはわからないけど、気迫でこう……圧迫するっていうのかな?関東拠点でもできる人は何人かいるよ?」


「へぇ、誰?」


「先生。それと、ラビット01もちょっとだけどできたね。先生の方は殺気で。ラビットの方は気迫でって感じだけど。あとはヨッシーさんも使えるかな……?」


 葛城校長は言うまでもなくその殺気で相手を強く威圧することが可能だ。周介は葛城や鬼怒川ほどはいかずとも、気迫で一般人相手、ないし相対している敵に対して圧迫感を与える程度のことができる。


 その違いが判らない亀田からすれば、そういうものなのかと疑問符を浮かべてしまうが、葛城校長以外では、葛城校長に指導を受けていた人間だ。


 気迫だけで相手を圧迫することができるのであれば、かなり楽になるだろう。それをマネできればかなりの強みになるのは間違いない。


 現に鬼怒川は厄介だと思われた能力を持たない一般人の犯人を完全に封殺して見せたのだ。


「それって、誰でも使えるようになるのか?」


「さぁ……?うちのメンバーでも使える人いないんだよね。何が使えるようになる切っ掛けなのかわからないんだよ。ラビット01も、何か気付いたらいつの間にかできるようになってたし」


 鬼怒川も本当に気付かないうちに、いつの間にか周介がそれをすることができるようになっていた。


 途中から気合のノリがいい時は、いい気迫だなと思う程度だったものが、いつの間にか周介からはその存在感すら強めていると思えるほどの圧迫感を感じることもあるほどだった。


 それは同じ立場と近い感性を持つ辰巳も感じ取っていたことだ。


 ただそれがいつできるようになったことなのか、鬼怒川もよくわかっていない。


 特に周介の場合、まだ意図的に自分から威圧するということができるようになっているわけではない。どちらかというと、戦闘時や感情の昂りによってそれが発揮されると言ったほうがいいだろう。


「一般人相手でよければ、思い切り威圧してあげれば無力化できるってのがわかっていい感じじゃん。俺もやってみたいな」


 連行し終えた竪石が簡単そうに言うが、それができるようになる条件のようなものがわからないのである。

 本当に気付いたらいつの間にかできるようになっていたというのが正しいため、訓練の方法があるかどうかも怪しい。


「一番可能性があるのは先生かなぁ……でもあの人の訓練受けた人全員ができるようになってるわけじゃないし……」


 葛城校長の指導を受けている知与がそういった気迫による威圧ができるわけではない。


 そう言う意味でも指導を受けたら誰でもできるというわけでもないのだろう。


「あの人か……でも……んー……」


「先生の訓練は一歩間違えたら死ぬからさ、あんまりやりたがる人いないんだよね……うちも結構殺されかけたし」


「それはお前との訓練も同じだろ。近接メンバーが結構嘆いてたぞ。お前の塾で殺されかけてるって」


「大げさな。誰一人として殺してないでしょ。うちは手加減上手になったんです」


 手加減が上手になったと自称している鬼怒川だが、それが嘘であるとは亀田も思わなかった。


 実際大きな損傷もなく、相手を必要以上に傷つけることもなく制圧して見せたのだ。


 破壊したのは相手が使っていた車とトラックのみ。


 現場活動としては上々の結果と言えるだろう。


「これで少しは信用してもらえたかね?あとはうちの連中がきちんと動いてくれるかだよなぁ」


「その辺りはそっちの教育次第ってところじゃないのか?お前のところはかなり野蛮なのが多いからな」


「本当にね。うち以外皆血の気が多くてまいっちゃうよ」


 どの口が言うんだと、その会話を聞いていたオーガ隊全員が眉を顰めるが、余計なことを言うと後で何を言われるか分かったものではないために口をつぐんだ。


 もちろんオーガ隊以外のメンツも鬼怒川が一番血の気が多いということはわかりきっているが、せっかく現場を無事に終わらせることができたのに水を差すこともないだろうと撤収作業を続けていた。


 幸か不幸か、オーガ隊のマーカー部隊としての初戦は比較的うまくいったほうだと思っていいだろう。


 それでも、行動の度に周介の存在の大きさを現場の人間は実感することになるのだが。


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