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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
三十三話「世界の崩壊を阻むもの」

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「君たちが、前線に出ること自体は上も承認しつつある。実際、オーガ隊の現場活動は……制限付きで承認された」


「マジか……」


 ドクの言葉にこの場の全員が戦慄する。


 オーガ隊が現場に出る。その言葉の意味を理解できない大太刀部隊の隊長格はいない。


 ちらりと視線を鬼怒川の方に向ければ、鬼怒川の顔は真剣そのものだった。以前の鬼怒川ならば、満面の笑みを浮かべていたことだろう。暴れられると、ようやく表に出られると、楽しめると、新しいおもちゃを与えられた子供ような楽しそうな顔をしていたことだろう。


 だが今の鬼怒川にそれはない。


 ただ静かに、ドクの言葉を聞いて、どこか値踏みをしているかのような表情でドクの方を見続けている。


 その眼差しは、どこか狩りをする獣を彷彿とさせる。


 その静かな圧に、ドクは僅かに冷や汗を止められずにいた。


 下手なことを言えばこの場で殺されるのではないか、そんな風にも感じられる圧だ。鬼怒川の圧に慣れていないものにとっては、あまりにも強大すぎる。


「その制限ってのは?」


「……ぁ、あぁ。大まかに分ければ三つの条件。一つ、他の大太刀部隊と行動を共にすること。これは外で活動するうえでの必須条件。出撃時同行できそうな大太刀部隊がいなければ出させない」


 要は鬼怒川達オーガ隊が勝手な行動をとった時に止められるだけの力が近くにいなければいけないということだ。


 もっとも、オーガ隊を止められるような部隊がほかにいるとも考えにくいが、その辺りは今は置いておくこととする。


「一つ、屋外活動中の指揮命令権は拠点にいる上位者が握ることとする。その命令を逸脱した行為をすれば二度と外には出さない」


 あくまで現場で判断するのではなく、拠点の上位者、恐らくは上層部か、あるいは大隊長格、現場の指揮を担っているドクが指示を出すという形にしたいのだろう。


「現場にいない人間が、現場の指示出しをするってか?しかもそれに違反したら二度と出さないって……結構難しい事言ってる自覚あんのか?」


「これ決めたの僕じゃないからそのあたり文句言われてもね」


 それを聞いていた大太刀部隊の他の大隊長格から文句が出るがドクとしては笑うほかない。


 何せドクはあくまでこの場にいるメンバーにそれを伝えているだけなのだから。ただ、ドクの目は笑っていない。


「ただ、命令にだってやりようはあるさ。僕が何度拠点から指示出しをしてると思ってるの?そのあたりの抜け道は把握してるよ」


 ドクは笑う。先ほどのような困った笑みではない。その笑みを見て大太刀部隊だけではなく、小太刀部隊の隊長格も釣られて笑みを浮かべてしまう。


 ドクの立ち位置はこの組織内でも絶妙な立ち位置である。大隊長格以上の上層部のまとまりの中に、ドクは半分以上足を突っ込んでいる。だがその在り方は極めて現場的だ。


 ドク自身が現場で活動することを目的としている、いや、現場で活動する人間の支援を目的としている。


 それはドクが技術者よりの、物作りを生きがいとする人間だからだろう。この場にいる隊長格の人間はそれを理解している。だからこそ、ドクが指揮をしている状態であれば現場が動きやすい指示を出してくれるだろうということを疑わない。


 ドクが現場指揮をする可能性は九割以上。何故ならドクは工房で作業をする関係上ほぼ常に拠点にいるから。


 一見すればかなり厳しい条件のように見えるかもしれないが、その実、現場に対する指示をすることを心得ているドクがそれを担うというのであれば、その条件はないに等しい。


 オーガ隊の方を持つわけでも、制限を緩めたほうがいいとも思わない他の大太刀部隊の面々も、ここに関してはドクの考えの方が正しいと思ってしまっていた。


「そして最後。外部での活動における行動指針は、マーカー部隊のそれに準じるものとする。つまり、人助けと一般人へのアピールを前提とするということだね」


 最後の条件を聞いてその場が騒めく。つまりはマーカー部隊と同じ仕事をしろということだ。


 オーガ隊にそんなことができるとは思えない。そんな器用なことができるような人間はオーガ隊にはいないと、一部の隊長格の面々は疑問符を浮かべていた。


「百枝君達の真似事をすればいいんだね?」


「わかりやすく言えばそういうこと。できるかい?」


「同じことはできないけど、真似事でよければ」


 それは確信だ。周介をずっと追ってきた鬼怒川だからこそ断言できる一種の確信。


 既に、一度その真似事をやってのけたことがあるからこそ、自分にはそれができるという確信があった。

 周介の影。ずっと追い続けた獲物の影。鬼怒川には、その影が見えている。


 高い集中を維持すればするほどに、それが見えるようになった。


 関西の拠点での辰巳との全力の訓練以降、鬼怒川の目には頻繁にそれが見えるようになっていた。

 才能の開花。そんな安直な言葉で表現できるようなレベルのものではない。


 少しずつ、鬼怒川が今まで積み上げてきた訓練のすべてが実を結び始めているのだ。


 能力をうまく扱えるようにし続けた葛城校長との訓練。


 能力をうまく加減しながら獲物を追い続けた周介との訓練。


 能力を全力で使い、持ち得る技術のすべてを駆使する辰巳との訓練。


 それらを全てを経験したことで、鬼怒川は文字通り変貌したのだ。今や暴れることしかできない凶暴な鬼ではなく、自らの庇護下にあるものを守護し、敵を選び破壊する鬼神のそれへと。

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