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「アイキャン……スピークイングリッシュ……ア、リトル。プリーズ……スピークシンプル、イングリッシュ」
たどたどしくも、英語で自分の意志を伝えようとしている周介に、トイトニーも周介がどのような人間であるかを何となく察したのだろう。
先程よりもより落ち着こうと、何度も大きく深呼吸しているのが鉄格子越しでも理解できた。
「OK boy……ah……I’m……so……state……no,sorry.American ESP Soldier.Call 『Toy Tonny』……ah……who are you?」
先程までに使われていたような言葉ではなく、非常にわかりやすい、子供でも分かるような単語を使ってくれているというのがすごくわかる話し方だった。
周介がもう少し英語に対する理解が深ければ、リスニング能力が高ければ、もう少し話しやすくなってくれるのだろうが、今更勉強不足をどうこう言っても変わりない。
まずは情報を得られるだけ得るしかない。もっとも今この状況でどれだけ情報を得たところで何が変えられるという話でもないのだが。
「そう言う情報共有、俺も聞いてても大丈夫なのかい?」
「俺自身わからないことが多いんです。聞いてたってどうすることもできないでしょう?」
「ごもっともで」
この場にいつ川木は二人が話を始めても離れようとはしなかった。やはり見張りか何かを命じられているのだろう。
この場に張り付いているのが気になるところだったが、今はそんな事よりも情報収集の方が重要だ。
「アイムラビット01ジャパニーズESPソルジャー。ウェアーイズヒア?ホワットアーゼイ?」
周介もたどたどしくも簡単で分かりやすい英語で何とか会話を試みる。単純な英会話程度ならできるようになっている日本の義務教育にこれほど感謝したことはない。
英語の授業を真面目に聞いていてよかったと心から思うと同時に、もっとちゃんと勉強しておけばよかったと思わずにはいられない。
そんな事を考えている中、周介の受け答えの中に思うところがあったのか、少し沈黙が続いてから再び何やら早口で喚きだしている。
上手く聞き取れないが『shit』という単語だけは何度か聞き取れたため、何となく『くそったれ』的なことを言っているのは間違いないだろう。
先程の回答がそこまで気に入らなかったのか、それとも単純に周介のたどたどしい英語がちゃんと聞き取れなかったのか。
どちらにせよあまり良いリアクションとは言えない。現段階でトイトニーしか知らない情報があって、それに関して何か引っかかるところでもあったのかもわからなかった。
「何言ってるのかさっぱりわからないな」
「一応、ざっくりと翻訳すると、何で日本の奴が捕まってんだよとか、ラビットってあの時の奴かとか、そんな感じっぽい」
「……英語わかるんですか?」
「これでも元国家公務員だったからね。多少はわかる。とはいえ、あれだけ早く喋られると聞き取れないものも多い」
川木がまさか英語が聞き取れるとは思っていなかっただけに周介は少し意外だった。元国家公務員ということだが、一体どういうことだろうかと疑問符は止まらない。
このまま翻訳してくれないだろうかと思ってしまうが、敵側の人間にそこまでさせるのは危うすぎる。
雑用係とはいえ、何かしらの能力を持っていると考えるべきだと周介は警戒を続けていた。
「ヘイトイトニー!カームダウン!スローリープリーズ」
「OK、OK……sorry……ah……damm it!」
先程喚き散らした後、鉄格子の向こう側から周介の方をじっと見ている。周介の姿は少年そのものだ。
日本人の中でさえ、時折中学生のように見られることもある外見ということもあって、外国人から見たらどのようにみられるのかは御察しである。
何やら悔しそうにしているも、周介は細かい英単語まではわからないためになんと言っているのかはわからない。
せめてもう少し分かりやすい英単語ならわかるのだが。もう少し英語を使っていた映画でも見て勉強しておくべきだったなどと考えながらも、今となってはもうそんなことは遅い。
「頼むからわかりやすい英語でしゃべってくれよ……?こっちの英語力ほぼ皆無に等しいんだからさ……」
現在の状況、そして相手が何なのか。その辺りの言葉をトイトニーが周介にもわかるような英語で伝えてくれればいいのだが、それがなによりも難易度が高い。
ここに辞書でもあればいいのだがと思いながらも、周介は普段の勉強で英語をもっと頑張ってこなかったことを強く後悔していた。
互いに牢屋で向かい合って話し合う時間が続く。
たどたどしい英語と、子供にもわかるような英語でしゃべるトイトニー。互いに非常に喋りにくそうな状況ではあるが、少しずつ情報の共有はできていた。
問題は、その共有した情報が本当に正しいかどうか、今の状況では互いに確認のしようがないという点である。
言語の隔たりというのは、今まで二人が思っていたよりもずっと大きく分厚いものだったということを両者は再認識してた。




