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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
三十三話「世界の崩壊を阻むもの」

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「休め……と言われてもなぁ……」


 ラビット隊の部屋に戻ったところで、猛はため息を吐きながら部屋の中を見渡していた。


 部屋の中の雰囲気というか空気は以前とは打って変わっていた。


 空気が重い。今までも仲良くワイワイやっていたという雰囲気ではなかったにしろ、それでもここまで空気が重くなることはなかった。


 それもこれもこの部屋の中心人物だった周介がいなくなったからだということは明らかだった。


 周介が今どこにいるのか、何をしているのか、わからないことだらけだ。何よりも一番気落ちしているのは瞳だ。


 表情には出さないようにしているが雰囲気でわかってしまう。周りにまとっている空気とでもいうのか。不機嫌というよりは、心配でしょうがないというような感じだ。


 さすがの玄徳も声をかけられずにいる。


 休めと言われても、あんな状態で休めるはずもない。体は休められても心が休まらないだろう。


 あんな状態で放置するのはさすがに気が引ける。だからこそ誰もこの部屋を出ようとしなかった。


「どうしたもんでしょうか……さすがに空気が重いっす」


 猛に言音が話しかけてくる。周介との付き合いが特に長かった瞳にとって、周介がいなくなったのはかなりの衝撃のはずだ。


 少なくとも事務連絡以外の言葉をほとんど発していない。


 どうにかしてよい情報でも得られればいいのだが、あいにくと追加の情報はまだない。

 彼女を元気にできる何かがあればいいのだがと猛も困ってしまっていた。


「つってもなぁ……大将が攫われたのは、俺らとしても深刻だ。役割的にも精神的にも、大将がこの部隊の中心だったんだ。空気を重くするなって方が無理だ」


「でも、さすがに……若を助けるためにも、ここは休まないと……姐さんだってもたないっすよ」


「いっそのこと、無理やりにでも眠らせるか……」


「姉御はある程度いそがしい方が余計なことを考えずにいられたんだ。だから仕事をかき集めてたんだがな……」


 話に入ってきたのは玄徳だった。仕事を与えて余計なことを考えないようにさせる。せめて精神部分だけでもマシな状態にさせられればいいのだが、強制的に休むように言われてしまい、それができなくなってしまった。


「あぁ、そういうことだったのか……妙に忙しなくさせてると思ったら……」


「マジで気づいてなかったのかお前……ともかく、こうなっちまった以上、姉御をなんとしても休ませないといけねえ。あのままじゃ、長くはもたねえぞ」


 玄徳が視線を向ける先には、いつものように椅子に座り、携帯を眺めている瞳がいる。


 だがその目は携帯の画面など映していない。どこか別の場所を、まったく別の何かを見つめているようだ。


 明らかにまともな精神状態ではない。疲労に加えてあの状態だ。いつまであぁしているか分かったものではない。


「雑用、エイド隊の人とかに、人を眠らせたりとか、そういうことができる人に心当たりいねえか?」


「……んー……いないわけじゃねえけど……」


「その人に来てもらえ。姉御をとにかく休ませないとまずい。しっかり寝るだけでも違う。あとは飯だ。腹減ってるとろくなことを考えない。その辺りはお嬢にも頼もう。寮でしっかり飯を食わせる。今俺たちにできることは休むことだけだ」


「…………お前、随分と落ち着いてるな」


「…………そう見えるか?俺も、結構はらわた煮えくりかえってるんだけどな」


 それは僅かな人間しか感じとれない程度の違いだ。玄徳は周りの人間に気を遣うことが多かった。特に年下などに。


 そう言う部分から感情があまり表に出ないように気を付けているのだろう。だがそれでも、尊敬する、自分の上司でもある周介が痛めつけられ攫われて、平気でいられるほど玄徳は人間ができていなかった。


 今は必死に自分を律しているだけだ。そのタガが外れたらどうなるか、わかったものではない。


 元々玄徳だって割と気性は荒いタイプだ。周介に出会って少しずつその気性が落ち着きつつあるが生来の性格はそう簡単には変わらない。


 こうして問題があるとき、特に周介に危険が生じた時などは苛立ちを抑えるのに必死だった。


「大将は、生きてると思うか?」


 瞳には決して聞こえないように、猛は声を落として玄徳に聞く。周介が戦っている映像は見た。周介の頭部のカメラの映像に空港内の監視カメラの映像も含めて全て確認した。


 変換能力の棘が突き刺さり、血を流していたのは確認できた。現場に残ってた出血の量的にも、あれだけで死んだとは思えない。


 だがその後の治療がどうなったかによっては、わからない。


 腹に穴が開いている状態でどこまでもつかなど猛には分りようがないのだ。


「生きてる。兄貴はそう簡単には死なない。何でって言われても、勘としか言いようがない。俺はそう思う」


 希望的な考えがないとは言えない。だが少なくとも玄徳は周介の生存を疑っていなかった。


「相手が生かして捕まえようとしてたっていうのもある。たぶんだけど、最低限の治療もするはずだ。そうなれば、兄貴は隙を見て逃げ出すことくらいする。逃げっぷりに関しちゃ、あの人は半端ねえ。それはお前も知ってるだろ」


 逃げるということに関して周介は一家言持ちだ。時間制限があれば鬼怒川からでも逃げきって見せるのだから。


 そんな中、ラビット隊の部屋の扉がノックされる。


 こんな状況でいったい誰だろうかと、知与以外の全員が疑問符を浮かべる。隊長不在、なおかつ生死不明の状態なのだ。


 そんな状況下でわざわざやってくる人間とは誰だろうかと、いぶかしみながら玄徳が扉の方に向かっていく。


「はい、どちらさんで……?」


 玄徳が扉を開けると、そこにいたのは葛城校長だった。


 普段であれば彼が拠点にやってくること自体が珍しい。ほとんど隠居生活に近しい彼がやってくるのは、最近では知与と周介の訓練のためだけだった。


 こんな状況で、何故この場にやってきたのか。


 さすがに訓練のためではないことくらいはわかる。だがそれ以上のことがわからなかった。


「校長先生……どうしてここに……?」


「ふむ……ひとまずは、無事で何より、というところか」


 無事、と本当に言っていいのかは正直微妙なところではある。


 何せ周介が攫われているのだ。ラビット隊自体の損失としては甚大と言ってもいい。


 現段階でまだどこからも死亡したと確認されていないのが唯一の救いだろうか。


「……無事、と言っていいものか……兄貴が……攫われちまいまして……」


「あぁ、それも聞いた。まさか百枝君が敵の手に落ちるとは予想外だった。相手は最初から百枝君を目的に動いていたのだろう。一歩か二歩、相手の方が先を見ていたということだ」


 相手の目的。確かに全体を通してみれば、周介を狙うための動きを通していたというのは大きい。


 途中で不可思議な動き、味方と思われるような人種まで殺そうとしていたのが気がかりではあるものの、それ以外は通して周介を目標としているようだった。


 複数人の能力者が周介を誘拐することを目的に動いたのだ。一体何が目的なのかはわからないが、ラビット隊からすればたまったものではない。


 中核と言っても過言ではない人物を狙われたのだ。部隊の活動そのものが怪しくなってしまっている。


「だが、あの爆破魔と接触して君たちが無事でいてくれたことが大きい。一歩間違えれば、死者多数でもおかしくはなかった」


「爆破魔?あぁ、インクバォ、の事っすか?」


 今回敵側にいたあの能力者がインクバォであった確証まではない。情報として出ているのは周介と猛の証言だけなのだ。


 そんな不確定な情報だけでは判断はできないが、葛城校長は小さく頷いて見せた。


「あれが都心部で暴れなかったことも幸いだったが、うちで被害があったものの死者はいない。不幸中の幸いとはこの事だ」


「……校長先生は、あの爆破の人と、因縁みたいなものがあるんですか?」


 知与の言葉に、葛城校長は少し答えに迷っているようだった。


 どのように応えるべきかを迷っているか、というよりは彼女に、ラビット隊の面々にその事実を伝えるべきか迷っているというべきだろう。


 だが、事ここに至っては黙っていても仕方がないと、葛城校長も一種のあきらめにも似た感情を持ったのか、小さくため息を吐く。


「かつて、私がまだ現役だった頃の話。まだ若く、未熟だった私は、奴と戦ったことがある。その時は、何人もの仲間を失った。あと一歩のところで仕留めきれなかった。私の、数少ない後悔の一つでもある」


 それは葛城校長の現役時代。未だ記憶に残り続ける事柄だった。


 海外での活動、慣れない地形と気候の中でも、葛城校長は当時の組織の仲間と共に活動し、そしてインクバォと遭遇したのだろう。


 一体いつの年代なのか、知与たちからはわかりようもない。だがそれほど昔からインクバォはいたのだという事実に驚かされる。


 ブラックネーム。その名は伊達ではないということだろう。


「あれは危険だ。人を殺す。物を壊す。そういったことに一切の躊躇がない。能力が攻撃に特化しているというのもあるが、人間であればあるはずのブレーキというものがない。攻撃を読むことも難しいからこそ、防ぐことも避けることも、普通の能力者では難しい」


「……だから、死者多数の可能性が高いと」


「そうだ。以前遭遇したと聞いたときは、肝が冷えた。それを避けて生き延びていたという百枝君にも、かなりの素質があったのだろう。だが……」


 そんな周介が捕まった。インクバォの所属するチームに捕まったのかまではわからない。

 だが、その気配が濃厚である以上、危険はさらに増している。


「……大将は無事でいられると思いますか?」


「それに関しては相手の目的も関係しているだろう。恐らくは、しばらくは生かすつもりのはずだ。でなければ手間をかけて生かして捕らえた意味がない」


 葛城校長の言葉には一種の確信があった。周介はまだ生かされている。それは葛城校長が持つ長年の経験故の言葉だった。


 その視線は知与に、そして奥にいる瞳に向けられる。


「ラビット隊には、救出のために動いてもらうことになるだろう。それまでは、休んでおきなさい」


「救出って……まだ情報も何も」


「得られていないが、救出や救助、そういった現場の行動をこの組織の中で最も経験してきているのは君達だ。君たちが間違いなく抜擢される」


 それは嬉しい言葉ではあったが、同時に複雑でもあった。その現場の経験はすべて周介がいて初めて成り立つものだったからである。今のラビット隊にそれだけの力があるかと聞かれると、微妙なところではあった。


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