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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
四話「小動物が生き残るために」
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「いやぁ姉御、すごいっすね。動きがマジでプロのそれっすよ」


「お疲れ。あんな感じでよかったわけ?」


「最高です!目の前に本物がいるみたいでしたよ!」


 人形との訓練を切り上げた玄徳は興奮しながらタオルで自分の汗をぬぐっていた。


 人形相手に組み手、というか殴り合いをしていたのだが、その動きにとにかく感動しているようだった。


「そんなに安形の人形の動きってすごいのか?」


「すごいなんてもんじゃありません!今回はボクサーの動きを真似てもらったんですけど、世界チャンピオンの動きそのまんまなんですよ!先代ミドル級世界王者の全盛期の動きでした!もう感動ですよ!目の前に画面の向こう側にしかなかった動きがあるんですから!」


 どうやら玄徳はかなり格闘技の類が好きらしく、かなり興奮した様子だった。今回玄徳は回避や防御をメインにしていたために反撃こそしなかったものの、それでも多少殴られたのか顔や腕が赤くなっている。


「でも悪いけど、あたしの人形じゃ威力までは再現できないから。そのあたりは脳内補完して」


「いいえ、むしろそれがいいんす。いくら殴られても戦い続けられる。最高のスパーリング相手ですよ!次はK1のこの人の動きを……」


「はいはい、動画見せて。何回か練習して再現するから」


 動画を見て何回か練習するだけでその動きを再現できるのだから瞳の能力の練度は非常に高い。昔から人形で訓練していたというだけのことはある。


「よし、んじゃ安形が練習してる間、玄徳、俺にも訓練つけてくれよ」


「兄貴、ですがいいんですか?発電の方は?」


「一個回してるだけならそこまで集中力も使わないから平気だ。この間普通にぼろ負けしたのが結構地味にショックでな……この間は製作班の人にもみくしゃにされて助けられたし……少しは強くなっておいたほうがいいと思った」


 また暴走族のような連中を相手にしないとも限らないのだ。最低限逃げられる、もとい身を守ることができるだけの身体能力と技術を身に着けておいて損はない。


 周介は運動神経は決して悪くはないのだ。それを暴力や身を守ることに使ったことがないだけ。あとは少しずつ技術を身に着けていくほかない。


「まぁあれだ、普通に学校とかもあるからさ、なるべく傷の残らない感じで頼む」


「わかりました、お相手を務めさせていただきます。それじゃ軽く俺が小突いていきますんで、それをどうやってもいいんで防いでください。避けてもいいです」


 そう言って玄徳は腰を落としながら手を開く。拳を握らないのは単純に周介に怪我をさせないようにするためだろう。


 何の合図もなく襲い掛かる玄徳の攻撃、手刀というよりは掌底に近い。それを周介は腕を使って払いのける。


 ほぼ反射的に払った手にはほんのわずかに痺れが残る程度だ。痛みすら残らないまさしく小突く程度といったところだろう。


 玄徳の攻撃は速い。身長は圧倒的に玄徳の方が高いにもかかわらず、上下左右どこからでも攻撃が襲い掛かってくる。


 距離をとっても、玄徳は持ち前の身体能力ですぐに周介との距離を詰めてくる。単純に肉体能力に差がありすぎる。


 筋力もそうだが敏捷性も玄徳の方が上だった。顔、腕、肩、腹、足、どこにでも飛んでくる玄徳の掌底。玄徳はこの状況で意図的に足による攻撃をしていなかった。


 単純に、今の周介では両手での攻撃を捌くので手一杯だと感じたからである。


 暴走族の頭を張っていただけあって、玄徳は喧嘩の経験が豊富だ。ある程度手を合わせただけで周介の喧嘩の実力はある程度認識していた。


 打撃をメインとしたボクシングに近い動きをしていても、周介は徐々に反応しきれなくなってきている。


 それがフェイントなどを入れればさらにその傾向は顕著になっていた。


 ただ動体視力と反応速度に関しては異常に良い。攻撃に対して反射的に体を動かすという術を周介はすでに身に着けていた。


 喧嘩の経験もないのにも関わらず、玄徳の連続攻撃に対してこうもついてこられるのも、単純な動体視力と反射神経の良さに助けられている結果だ。だがやはり戦闘経験があまりにも少ないために、体が適切な動きをしていない。


 放たれる攻撃に対し、防御する、という行動に対しても、玄徳からすればお世辞にも良い防御とは言い切れなかった。


 腕を盾にするところまではいいのだが、それはただ腕を置いてあるだけ。力を込めていないうえに、腕の置き方が雑だ。


 今はこうして玄徳が手を抜いているからこそ防御として成り立っているが、本気で攻撃すればこのあってないような防御は簡単に打ち抜けるだろう。


 さらに言えば動きに無駄が多すぎる。オーバーリアクションが多いと言い換えてもいいだろう。


 攻撃に対して大きくよけすぎている。これは素人なのだから仕方がないといえるのかもしれない。最小限の動きで回避できる方がおかしいのだから。


 だが、時折玄徳が目を見張るほどの反応速度で回避する時がある。これは避けられないだろうというタイミングの攻撃を回避、ないし防御することが何度かあった。


 それは瞳が何度か見た、周介の集中力が最大限まで引き上げられた時の反応なのだが、この時の玄徳は知る由もない。


 そして数分後、周介は玄徳に文字通り組み伏せられてしまっていた。


「ぐへぁ……やっぱ玄徳強すぎ……勝てる気がしないぞ」


「兄貴は反応はいいんですけどね……どうにも動きがぎこちないっていうか、大雑把というか……」


「そりゃ仕方ないだろ。生まれてこの方喧嘩らしい喧嘩なんてしたことなかったんだからさ……」


 周介の今までの人生で喧嘩などというものは数える程度しか記憶になく、しかもそれらもかなり幼い時のものだ。


 そんな程度の経験でいったいどれほどの技術が身につくだろうか。はっきり言って何も身につかないレベルだ。


「運動神経はいいから訓練すれば結構いい線行くと思いますよ?姉御、兄貴にも訓練用の奴をお願いしてもいいですか?」


「いいけど、どんな?」


「そうっすね……兄貴は体格的に打撃とかそういうのは向かないでしょうから、組み技でお願いします。柔道とか合気道とか」


「そっちね。わかった。けど重量は調整のしようがないから、そのあたりはちょくちょく玄徳に頼んで。頑張んなさい百枝」


「そういう安形さんは頑張らないんですかね?」


「あたしは人形に入ればそれでいいからね。ほれほれ男ども、頑張んなさい」


 能力で操る人形の中に入れば瞳は即座にその技術を得たことと同じになる。正確に言えば人形が体を動かしているといったほうがいいのだろう。操り人形の逆の状態なわけだが、それにしても良い能力だと周介はため息をついてしまう。


 こういう訓練、というか技術の習得というのは簡単にはいかない。今までも何度も転んで何度も失敗してきているのだ。


 きっとこういう技術に関しても同じように失敗するのだろうということは目に見えていた。周介はそこまで物覚えが良い方ではないのだ。


 何度も何度も失敗して、何度も何度も試行錯誤してようやく身につくタイプである。能力も同じだ。一度や二度で覚えられるほど、一朝一夕で覚えられるほど周介は学習能力が高いわけではない。


 瞳が用意した人形は腰を落とし、軽く手を開いて手を周介の方に向けている。柔道の構えに近いそのポーズに、周介も同じように腰を落とす。


 隣では玄徳が人形相手に素早い回避と反撃を繰り返している。比較すると明らかにレベルが違うのがわかる。隊長として情けないなと思いながら、周介は自分めがけて掴みかかる人形の手を払いのけていく。


 組み技。立ち技と違い、投げ、締め、崩しといった技術の多いそれらは特に重心の動きが重要になる。


 玄徳は単純に周介の身長ではそこまで打撃の威力が乗せられないのと、高い身長の相手に対して頭や顔を狙いにくいという考えから周介に組み技を勧めた。


 だがこの考えは、別の意味で周介によく合っているといえるだろう。周介は能力を操る仮定でローラースケートやバイクといった、体幹、および重心やバランスを重視する移動手段を多用している。


 普通の人間よりも重心に対しての感覚や体勢の変化といった動作に関しては人並み以上のものを持っていた。


 とはいえ、それは自分の体勢を維持することに終始する。相手の体勢を崩すためにはまた別の技術が必要になる。


 周介は人形が自分の体を転がそうと、もとい倒そうとする動きを察知して、即座に体を動かして倒されないように安定した姿勢へと戻っていた。


 柔道や合気道といった武道は、相手の体勢を崩し倒す事が目的となる。時には相手の力を利用し、体の構造を利用し、相手の意識の外にある障害物などを自身の体で作ることによって相手を倒すことができるようにするのだ。


 足払いなどがその典型といえるだろう。どうやっても逃げられないように腕で体を掴み、体を支えている足を払うことで相手を倒す。単純ではあるがこういったことを行うことで相手を崩すのが目的の武道だ。


 ただ、周介はもとより足を使っての移動が多いため、多少足を払われても手や足、あるいは全身を使って即座に体勢を整えてしまう。


 何度も転んだ結果、そう言った受け身とは少し違うが似たような技術を身に着けたといったほうが正しいだろう。


 そして今こうして人形を操っている瞳の方にも原因があった。


 瞳ができるのはあくまで人形を操ること。人形がどのような力をかけられているとか、相手の体の力を感じ取るような力はない。


 あくまで瞳が相手の状態を確認して、それに適した動きをしているに過ぎない。


 そのため、打撃系の技であれば何の問題なく繰り出すことは可能なのだが、相手と自分の力と重心を意識しなければいけない組み技に関しては相性が悪いのだ。


 だがその技術、というか体の動きは達人のそれに近いために、しっかりとしたタイミングであれば問題なく投げることも可能になる。


 問題なのは人形の力ではなく、人形の重量と耐久力だ。瞳の能力によって人形はそれなりに耐久力が上がっている状態であるとはいえ、人間一人を振り回せば当然のように力がかかりすぎて破損する可能性は上がる。



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