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羽田空港の監視カメラを利用して投稿された周介の戦闘の映像においては一般人を庇って突き刺された周介の動きと、今まで攻撃をほとんど受けることなく対処していたラビット01が一般人を庇って負傷したという事実に少なくないショックを受けているものが多かったようで、多くのコメントが寄せられていた。
「ラビット01の負傷。マーカー部隊として、一般人を最後まで守り切っているという事実に関しては多くの人間が感謝をしているようですが、この状況、何故ラビット01が一人で二人の能力者を相手にしているのかという点に関しては、組織に対して猜疑心を抱いているものも一定数います」
「……状況を知らない人間の言葉を真に受けろと?相手が分断工作を仕掛けてそれに対応できなかったのは認めるが、それで組織に対してどんな疑惑を持つというのだ」
「何も知らないからこそです。事情を知らない一般人からすれば、組織は大量の能力者を擁し、犯罪行為を行う能力者を無力化する。それだけの戦力を有しながら、何故ラビット01を助けなかったのか。助けに行かなかったのか。ラビット01は組織に見捨てられたのでは。あるいは囮にさせられたのでは。そんな憶測すら飛び交っているほどです」
「……なにが言いたい?それがどうして組織存続の危機につながる?」
周介が一人奮闘したのは事実だ。それを否定するつもりはない。だが、だからと言って組織の存続にまで影響を及ぼすとは上層部は考えていなかった。
「ラビット隊の存在を我々組織、特に関東拠点では大々的にアピールしてきました。そしてそれは一般人に対してだけではなく、新たなスポンサーを獲得するまでに至っているということはご存知ですね?」
「もちろんだ。あのロボットのおかげで、というのが正しいかはわからないが……ともかくあのロボットを含めてスポンサーが急増したのはわかっている」
「そしてあの機体はラビット01の専用機であるということも布告していました。事実あの機体を動かせるのは周介君だけです。もし、仮に、万が一周介君がいなくなったら。周介君が死亡したら、それによって得られたスポンサーがどうなるか」
ドクの言葉でようやく今の状況を理解したのか、上層部の表情が変わる。そう、それはドクが今まで積み重ね準備してきたことだった。
周介をこの拠点の中心にする。ありとあらゆることが周介を中心に回るようにすることこそがドクの目的だった。いや、正確に言えば彼の目的に至るまでの前段階と言ったほうがいい。
周介が中心になることで、研究開発や設備装備の費用を得やすくすることが一番の目的だった。
それは七割方成功していた。周介は組織の中で、この拠点の中でなくてはならない存在になり、人脈、実力、体制、そして立場。ありとあらゆる意味で周介の立場はこの拠点において中枢に限りなく近くなっていた。
そんな状態で、いきなりその本人が抜けたらどうなるか。
ドクが今まで積み上げていたものが、一気に崩壊する。現場の活動で打撃を受けないように、本人からの願いもあってスワロー隊を作って最低限の補填はできているとはいえ、決して代替できない部分があるのも事実。
それがラビットシリーズを皮切りに得られたスポンサーの動向だった。
上層部の顔に僅かに冷や汗すら滲んだことで、ドクはようやく相手が状況を理解したのだということを把握する。
「ご理解いただけたようで何よりです。今回ラビット01が攫われた件をどのように報告するのか。そしてどのように今後対応するのか。それによっては、組織の資金関係において大きく損害が出ることになるでしょう」
それは今までのような活動ができなくなる可能性もあるということだ。それこそ組織に所属している人間の給与さえも払えなくなる可能性だってある。
どれほどのスポンサーが影響を受けるかは不明だ。昔から組織と関係を繋いでくれているような企業は関係を続けてくれると思いたいが、それだって定かではない。
「ラビット01の救出は急務。それは我々も同意していると言っている。すぐにでも居場所を特定して、救助部隊を送る必要がある」
「不在の間の一般人へはどのように報告しますか。ラビット01は入院中、とでも伝えておきますか?」
「そうするしかないだろう。不在の間に問題が起きた時対応に出ていなければ不審がられる。現場に出られないだけの理由は、先の負傷が役に立つ」
「だがそうすれば、ラビット01がいないのを好機と見て活動を起こすような輩も出てくるかもしれません。不用意に情報を流すのはまずいのでは?」
「だが不在ということを公表しなければ不審がられる。先ほどのを見る限り、組織に対する不信感というものも多少ではあるが見受けられるんだ。これ以上情報を少なくしては問題だ」
「だがそこで偽りの情報を流しては……万が一ばれたら組織への不信感はさらに高まるだろう。いっそのこと真実を話したほうが……」
「それこそ組織の力を疑われる。負傷したならまだしも、それを連れ攫われたなどと……」
「しかし逃走時に既に航空機に乗っていた乗客はラビット01の姿を目撃しているでしょう。そこから助け出した……という話にするのですか?」
嘘を吐こうとすればそれだけ嘘を重ねなければいけなくなる。一つの事柄を隠そうとすればさらに大きな嘘を作る必要が出てくる。
それがばれた時どうなるか、それはわかりきっていることだ。ただでさえ組織に対して疑惑の心を持ち始めた一般人に対してどのような対応をとるか。
今、組織の対応力が求められている。現場のではなく、組織としてどのように立ち回る必要があるのかという点だ。
それは今まで行ってこなかったことだ。何せ一般人に対してずっと隠し続けてきたのだ。そういったアピールの部分においてはノウハウがないに等しい。
なまじ能力で押し通すことができてしまっていたために、その辺りの対処法が非常に疎いのがこの組織の欠点でもある。
「公表する情報はかなり制限をかけなければいけないだろう。特にラビット01の現状については……公表はしないほうがいい」
それが上層部の出した結論だった。
ラビット隊の存在は一般人にとって精神的な主柱になりつつある。
ラビット隊が来てくれれば助かる、何とかしてくれる。そんな風に考えるような人間がいるのも事実なのだ。
そんな人間がやられて、誘拐されたなどという事実は公表しないほうがいい。先に意見が出たように、これを好機と勘違いして活動を始めるような能力者がいないとも限らない。
「問題は、どのようなストーリーにするか……か。飛行機から離脱後救出し、ラビット隊全員が負傷をしている、というストーリーにして、ラビット隊の活動そのものを抑制する。その代わりに、別の部隊を活動させるというのが、一番スマートだろうか」
問題は、どのような情報を公表するか。そしてどのようなストーリーにするか。そして今後活動しようとする能力者そのものを抑えるためにどのような対策をとるかという点である。
ラビット隊が活動停止となれば、その代わりの部隊が必要になってくる。問題はその部隊をどこにするかというところだ。
そんな中、上層部の一人が思い出したようにそれを口にした。
「先日、オーガ隊の隊長から、直談判があったな……」
それを思い出した全員が渋い顔をする。
確かにラビット隊の代替の部隊としてオーガ隊が出ることになれば、戦力としては十分すぎることにはなる。
いやむしろ過剰戦力だ。オーガ隊の戦闘能力ははっきり言って兵器にすら匹敵する。そんな部隊を軽々しく出していいはずもない。
「さすがに、あれを出すのは……」
「だが、名実ともに、オーガ隊の隊長はラビット01の先輩にあたり、指導もしていたというじゃないか。その様子は部隊の中でも有名だ。ラビット01の上位者として情報を展開すれば、圧力にはなる」
「……あぁそれと、思い出した。ラビット01は葛城先生の指導も受けていたな。いわば、オーガ隊隊長は姉弟弟子ということになるのか」
鬼怒川は葛城校長に指導を受け能力の操作などを学んだ。周介も少しの間とはいえ葛城校長に指導を受けていた。
葛城校長の直弟子と言えるのは、ラビット隊の中では恐らく知与が最も適切な表現になるだろうが、この際そのあたりの体裁には構っていられない。
「ラビット01の姉弟子、という形で公表すれば、まぁ、確かに牽制にはなるだろう。問題なのは……」
「……オーガ隊が牽制で済むかどうかという点だ。今回の件で、やる気を出しているというのは、間違いないのだろうが……」
問題は鬼怒川達オーガ隊が現場に出てどのような活動をするのかというところだ。
最悪の場合、問題行動を起こした能力者よりも被害を拡大するなんてことになりかねない。
だがラビット隊の穴を埋められるような人種がかなり限られてしまうのもまた事実ではあった。
周介よりも立場が上で、それを公的に表に出しても問題ないような関係を保っている者が好ましい。
適当にそんな関係性を作ってしまってもよいのだが、嘘に嘘を重ねると面倒なことになるのはわかりきっている。
口裏合わせだって楽ではないのだ。適当な人選を行ってしまうと現場部隊からの不満だって出てくるだろう。
一般人たちがどう思おうとはっきり言ってどうでもよいという極端な意見も出せるが、組織内の能力者の不満を買うのはさらに悪手だ。
「ラビット隊負傷により、その活動範囲が限定されるというのは仕方のない話。その代わりにオーガ隊を適応するというのも、まぁいい。問題は運用方法をどのようにするかだ。さすがにラビット隊の活動そのままオーガ隊にするというのは無理だ。能力の性質も違えばその戦闘能力も違いすぎる」
「毎回出るようなことは難しいでしょうな……かといってトータス隊だけで活動させるというのも。スワロー隊が移動は担ってくれても……」
「マーカー部隊全体の指揮を行える人間がいるかどうか。トータス隊の高部はどの程度指示を出せる?」
「自分の部隊に対してであればできるでしょうが、さらに全体となると……」
周介が抜けたことで、ラビット隊の、さらに言えばマーカー部隊の戦力はかなり落ちている。移動と細かな指揮を行う人間が一度にいなくなってしまったのだから当然だ。
常に状況を把握して全体に指示を出すような人間が求められるが、現場指揮を行えるだけの人間が極端に少ないのが問題だ。
特に部隊単位ではなく、さらに大きな区分でそういったことができなければいけないのだから。
「オーガ隊隊長にそういうことができるとは思えない。まぁ、細かい指示を出すよりも早く問題を解決しそうではあるが」
「確かに力技ですべてを解決しそうではある。そこが厄介なところだ」
オーガ隊の恐ろしいところは細かい指示やら何やらをしなくても、持ち前の出力でなんでも解決してしまうところである。
それこそ周介たちが役割分担を決めて手際よく片づけようとするのに対し、オーガ隊の場合は効率度外視の力技ごり押しだ。
そんな極端に違う能力者を代替とするのはいかがなものだろうかとも思ってしまう。
オーガ隊が妙にやる気を出しているのがまた恐ろしいのだ。




