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クエスト隊とファラリス隊によって得られた情報は、世界中に散らばる姉妹組織の中へと共有されていた。
フシグロ、かつて白部が活用していた情報網を使って、その情報は瞬く間に姉妹組織の上層部の中に伝えられていく。
当然、今回ラビット01が誘拐されたこと。トイトニーも同様に誘拐、あるいは殺害されている事。白部舞も誘拐されかけ殺害されている事も含まれる。
それらの情報が広まったことで、各国の姉妹組織は大忙しになっていた。
そんな中、ドクたちは上層部と含めて得られた情報とその状況を確認していた。
「情報は、問題なく行き届いたか」
「えぇ。あくまで組織内の信頼できる人間を通じて各姉妹組織の上層部へ。件の『マレールル』に関しても、当面は屋外での活動は控えるようにと指示がされたようです」
「そのマレールルは、襲われていたと?」
「襲われた、というよりは活動内で能力者との戦闘があったという認識でした。そこまで深くは考えていなかったようです」
調査と情報共有の中で『マレールル』という能力者も同様の被害に遭っているという事実も明らかになった。
マレールルはドイツの能力者だった。情報によると、マレールルを含んだ能力者の戦闘になったが、その時は偶然というか運がよかったというか、別の姉妹組織の応援などもあって撃退することができたのだという。
そして何よりマレールル本人がその戦闘時に負傷し、早々に引き上げて拠点内で長期治療していたということもあって表に出てこなかったのだという事実も発覚した。
当時はどのような理屈で行動していたのかもわからなかった能力者の集団だったが、そういう意図があったのかと、ドイツの姉妹組織は妙に納得した様子だったという。
「となれば、次の問題は、スカァキ・ラーリスか」
「えぇ。今回のことで、もうあの老人を放置する理由はなくなりました。擁護するような権力者も、実害があるのであれば黙らせられます」
スカァキ・ラーリスを擁する一団が何かの計画を企んでいて、さらにそれが一般人と組織そのものに害を加えるということが、今までのような疑惑ではない、確定した時点でその脅威度は跳ね上がる。
「もとより、あの老人が攫われた段階で早々に調査団を組んでいればこんなことには」
「今更だろう。有力者やらスポンサーの圧力もあった。何より能力を表に出すタイミングだった。時期が悪かったというほかない」
「だが、これほどの被害を出す一団に紛れているのであれば、組織としても総力を挙げて応じる必要がある。大義名分としては、十分すぎる」
もとよりあれほどの被害を出した人間が、組織の管理下から離れてしまっていたのも問題ではあったのだ。
能力が表に出たという人手が足りない状況にかこつけて、そしてスカァキ・ラーリスに恩を感じる権力者たちの圧力もあって表立った行動はできなかった。
だがこうなれば、今の状況になれば話は別だ。ここまでの被害を出した人間がいるということが確定すれば話は変わる。
「確か、支援をしているという情報も得られていたのだったな?」
「はい。連中は船……それもかなり大型の輸送船を改良して移動拠点にしている事。そして太平洋にある島を本拠地にしていることがわかっています。さすがに詳細な位置まではわかりませんでしたが」
クエスト隊とファラリス隊の情報収集によって、船を使っているということ。そしてある島を拠点としている事。どこかの誰かから支援されているということも
権力者たちが援助をしているということも、本人たちが詳しい情報を知っているわけではなかったが、そういった援助を受けたという事実だけは知っていた。
あとはその辺りの金の動きや物資の動きを権力者側の動きから追えばいいだけの話だ。
「あとは、その支援を行った人間をあぶりだせばよいということか。時間がかかりそうだな」
「その点に関しては……白部君のデータが役に立つかと」
「……彼女の?」
「白部君は生前から、スカァキ・ラーリスに関して調査を行っていました。その支援を行うであろう、治療をされた権力者たちの情報も。ただ、あくまで情報でしかないので、そこから必要なデータの整理をしなければなりませんが」
「情報の整理?そんなにたくさんあるのか」
「えぇと……その……率直に言えば、関係のないであろう様な内容まで全部集めてしまってるので……これが全部表に出たら世界経済にも大きな影響を及ぼすかと……」
被害を受けたとある少女、白部が時間をかけていたために、それなり以上の、かなりの量の情報が集まっている。
それこそ、スカァキ・ラーリスに援助をしたのとは全く関係のないようなものまで全部集めているのだ。
あれほど高性能な能力を持ちながらも、虱潰しが白部のやり方だ。その辺りは生前も死後も変わっていない。
「と……ともかく、追い詰められるだけの情報は既に集められているということだ。あとは、その流れを追っていくだけ……ということか」
「それに関しても白部君……フシグロ君が既に行っています。時間の許す限り延々と……彼女はもう眠る必要もありませんので、ほぼ二十四時間……」
「……恐ろしいな……やはりあれは少々問題なのでは……」
「いや、だが彼女の貢献があるからこそ助かっているのも事実だ。それを無下にはできない。何より、それが味方であるうちはな」
この会話も聞かれているということ伝えるべきだろうかとドクは少し迷っていた。
彼女はいつでもどこでも耳を傾けている。人間の肉体から離れたことでその性能が更に向上していることは言わないほうが良さそうだった。
「問題なのは周介君、ラビット01が誘拐されたことです。彼は拠点内における発電を一挙に引き受けていたため、その辺りで今後問題が発生することが予想されます」
「あぁそうだったな。だが同時にほかの能力者でも発電ができるように開発を進めていたと報告を受けているが?」
「はい。既に念動力を扱える能力者、あるいは強化・変貌を使える能力者の中でまだ現場に出られないレベルのメンバーに発電をお願いしています。訓練と発電の一石二鳥ですね」
普段周介が行っている回転させてしまえば発電ができるような機構とは異なり、他の念動力、あるは強化・変貌能力者が扱えるような発電機構は通常のそれとはやや異なる。
念動力の能力者は一定の力を常に一方向に加えれば発電できるように、所謂水力発電のような形をとっている。
強化・変貌型能力者などが扱う場合は、常に一定の強化能力を発現して、一定の強化をかけ続けながらペダルを回したりハンドルを回したりする必要がある。
どちらもまだ現場にでられないレベルの訓練中の能力者が訓練用に使えるようにするものだ。もとはと言えば周介の発電だって同様の目的もあったのだから同じようなものである。
とはいえ周介のような効率を持って発電できるはずもない。
「ただ、やはり周介君ほどの発電効率を上げることはできません。シフトのような形で途絶えることなく常に発電してもらうように予定を組んではいますが、それでも今までの電力使用を前提とした場合、どう頑張っても現状維持。蓄電にまでは回せません。なので多少工房の稼働率を落とすのと同時に節電を心掛ける必要があります。多少拠点内が薄暗くなりますが」
それは一年以上前の状態に近づくということだ。
ただ、節電を心掛けるのはよいのだが上層部が驚いたのはそこではない。あのドクから工房の稼働率を落とすという発言が出て来たことである。
工房の稼働率を常に最大にし、装備や設備の開発と予算確保に余念のなかったあのドクが、稼働を落とすというのは自らの生きがいをそぎ落とす行為に等しい。
それをわかっている上層部の人間、そして小太刀部隊の大隊長柏木は目を丸くしてしまっていた。
「……工房の稼働を減らすほどか」
「緊急事態です。今我々が直面しているのは、関東拠点存続の危機にすら直面しているものだとご理解ください」
「……ラビット01が、この拠点における基幹要員の一人であったことは認めよう。だが、それはさすがに言い過ぎではないのか?一部隊の隊長がいなくなったくらいで……」
「その通りだ。現にスワロー隊など、ラビット隊以外でも現場対応できる部隊を増やしている。もちろんラビット隊の隊長が抜けた穴は大きい。それはその通りだと我々も認識している。だが、存続の危機というのは……」
「早急に助け出すべきだというのは我々も理解している。だからこそ多少の越権行為を黙認もしよう。だが、不必要に不安を煽るのもどうかと思うがね」
一部隊の隊長がいなくなる。その時点でかなり問題であるということは上層部も理解している。特に上層部の人間からすれば周介は活躍こそしているものの、そこまで重要な人物であるとは受け取ってはいない。
組織作りとしてラビット隊だけに頼らずに現場対応ができるようにスワロー隊などを導入し、活動範囲とその対応力を上げてきた。
スワロー隊はまだ新設したばかりの部隊であるために現場経験こそ少ないがこれから経験を積んで必要な技術を上げていくことだろう。
ただそれは、その部隊が持つ能力面だけを見た場合の話だ。
「おっしゃる通り、ラビット隊隊長百枝周介君の能力だけを見れば、他の部隊で代替可能です。ですが、彼はこの拠点に、そしてこの地方の活動に貢献していてくれました。その結果は良くも悪くも、大きく反響を呼ぶものになってしまっているのです」
反響。一体何が問題なのかと上層部は眉を顰める。
ドクはフシグロに頼んで、各地の情報に追加してネット上での情報を追加で画面上に映していく。
そこに書かれていたのは、ラビット01が羽田空港にて、一般人を庇って重傷を負ったという事実と、それに対する不安や憤りを示したものだった。
能力者が犯罪行為を行った際の対応として、あまりにも不手際ではないか。現場に負担を押し付けすぎているのではないか。一般人がその対応の邪魔をしている。一般人を庇わなければラビット01は負傷しなかったであろうという意見。そして組織側がどのように能力者を管理しているのかなど、疑惑と疑問と不満が噴出しているようだった。
「これが、問題だと?」
「不特定多数の、それも匿名掲示板の討論を議論に混ぜるのは、さすがにどうかと思うぞ。まぁ、一理あるというのは認めるが」
もちろん見当違いな意見も見受けられる。このような不特定多数の人間が無責任に自由に書き込みを行えるような場所の意見をどの程度参考にするべきなのかという部分もある。
だが、今上層部の人間も認めたように、一部筋の通った発言があるのも事実だ。
彼ら一般人は組織の実情を知らない。それでもある程度想像して物事を考えることができるような人間がいるのもまた事実だ。
「ではこれはどうですか?これは組織が公式で上げている動画です。そこにも当然、コメントは寄せられています」
先程の不特定多数の特定掲示板よりも、言葉尻こそ柔らかいものの、おおよそ記載されている内容は同じだった。
暴れる能力者への対応があまりにもお粗末ではないか。そして現場の人間に丸投げするばかりで何もしていないように感じられる。




