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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
三十三話「世界の崩壊を阻むもの」

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「今この場では、判断しかねる。だが、お前のその考えは……検討しておこう。ただ一つ聞くが、検討して、それが断られた場合……どうするつもりだ?」


「……どうしましょうね。どうしてほしいですか?」


 一種の圧力すら感じる鬼怒川の言葉に、上層部は気圧されていた。まともに鬼怒川の言葉を受け止められているのはこの場にいる中では両大隊長だけだ。


 鬼怒川の言葉は一種の脅しだ。自分の要望を通さなかった場合どうするかわからないぞという。


 普段鬼怒川は自分を最低限律していた。自分の立場を理解したうえで、組織にとって不利益になるような行動は努めて慎んできたつもりだ。


 可能な限り迷惑にならないように配慮して行動してきた。だが周介という存在がいなくなったことで、彼女もまた冷静さを欠いている。


 だが同時に、あまりに強い怒りによって逆に頭が冷えてしまっているのだろう。どうすれば周介を助けられるのかという考えをした時、自分たちオーガ隊が捜索や調査などに全く役に立てないというところから、どうすれば周介を助けやすくなるのかというところに思考が移ったのだろう。


 捜索などに力を貸せないのであれば、内陸部で起きる諸問題を解決するほうに回ったほうが、他の場所に回せる戦力が増えると考えたのだ。


 その考えは確かに正しい。戦闘を行うような状況が起きた時、鬼怒川率いるオーガ隊がいるだけで恐らく状況は終了するだろう。


 それだけ過剰戦力になるが、彼女たちはそれ以外に役に立てる場所がないのだ。ある種適材適所と言えなくもない。


 ただ、それを簡単に採用できるほど上層部の肝は据わっていなかった。


 だからこそ鬼怒川は、あえて脅しのようにも聞こえるような素振りを出したのだ。


 ここでそういう決断を出さなければ、自分たちは勝手に動いてもいいのだぞと。あんに脅しをかけてきた。


 今まで比較的まともな動きをしていた鬼怒川を、こうも動かすかと、上層部は周介の存在の大きさを再認識していた。


「で、いつ頃通達をしてくれます?場合によっちゃ、現場の準備とか、打ち合わせもしなきゃいけないんですけど」


「……今日明日には伝達する。今日はもう下がれ」


「……わかりました。失礼します」


 鬼怒川は瞳の手を掴んだまま、上層部の人間のいる会議室を後にする。抵抗することなくついてくる瞳を見て、鬼怒川は会議室の扉が閉まったことを確認すると、瞳の頭を抱きしめ、そのまま歩き出す。


「大丈夫。大丈夫だから。百枝君は絶対に生きてる。絶対に助ける。だからしっかりしなさい。諦めちゃダメ」


 それは、種類こそ異なれど周介に心惹かれている者同士だからこそ分かる事だった。互いに一種の絶望感を抱いている。


 あの映像を見て、状況を知って、周介が無事でいる確証など何一つない。それはわかっていることだ。


 だが、だからこそ鬼怒川はそれを口にした。何の根拠もなくたって、何の確証もなくたって、周介は無事だと自分に言い聞かせるように。


 そして目の前で絶望している瞳を奮い立たせるように。


「鬼怒……川……先輩……でも……」


「でもじゃない。うちの訓練にだって耐えた百枝君が、あんな攻撃にやられるなんてありえない。だから大丈夫」


 自分よりも強い攻撃を受けていないのだから大丈夫だなどと、割と恐ろしいことを口にしている自覚があるのかないのか、鬼怒川はその点に関しては自信を持って言えていた。


 もっとも、だから周介が無事、だなどという確固たる確証は一切ない。


 だが、誰かにそう言ってほしかった、誰かにそんな風に言ってほしかった瞳からすれば、鬼怒川の堂々とした、自信に満ちた言葉は何よりも有り難い言葉だった。


 先程まで能面のようだった、何の感情も見つけられないほどに無表情だった顔が、みるみるうちに歪んでいく。


 その目には涙を浮かべ、小さく泣き始めていた。現場では出せなかった、張りつめていた感情が噴き上がって来たのだろう。


 僅かに震え、鬼怒川に頭を抱かれるままに自らの不安を表に出していた。


 不安になるのも無理のない話だ。泣いてしまうのも無理のない話だ。周介の危険な状況は未だ変わりない。どこに連れ去られたのかもまだ情報がない状態だ。


 飛行機に乗ったという状況から、情報は更新されていない。ツクモが情報を発信し続け、太平洋の海上の途中で情報が途絶えた。


 そこから先は完全に行方知れず。負傷した状態で周介がどこまでもつか。時間の問題でもある。


 今までの流れから察するに殺すつもりはなく生かして捕らえることが前提ということはわかっている。


 今回もそれに沿う形であるならば、殺されることはないとは思われるが、問題はいかした状態でどのような用途につかわれるかというところだ。


 相手の思惑もわからない今、見つけ出して助け出せるまで周介が生きている確証は何一つない。


 そんな状態で、瞳が泣くほど不安を感じるのは無理のない話だ。彼女にとって周介は自分を素直に表に出せる唯一の存在であり、もはやなくてはならない存在になってしまっているのだから。


 もし周介が死ぬということがあれば、瞳にはもう生きていくだけの理由がなくなってしまうといっても過言ではないほどに。


「ご……ごめんなさい……」


「いいよ。お姉さんの胸であればいつでも貸してあげる」


 ようやく落ち着いたのか、瞳が涙をぬぐって鬼怒川に謝罪するも鬼怒川は快活に笑って見せる。


 そんなとき、拠点の通路の一角で誰かが話をしてる声を耳にする。それは何度も聞いた声だった。


 そこで話をしていたのは装備品を片づけながら雑談をしている玄徳たちだった。そして同じく装備を片づけている手越の姿もある。


 どうやら東京タワー側の片付けなども終了して引き上げてきたらしい。


「あ、姉御。報告は終わりましたか」


 瞳の目元が赤いことに玄徳も気づいていたが、今は気づかないふりをして話を仕事の方に向けさせる。


 先程までよりはまともな表情になっているとはいえ、それでも普段に比べれば酷い顔つきである事に変わりはない。


 精神的にかなり参っていることは明白だ。せめて仕事に集中させて、少しでもマシな精神状態にさせたほうが瞳のためだと玄徳は考えていた。


「報告は終わったわ。私達は引き上げ作業の手伝いをしに行くわよ。現地の引き上げが終わっていない箇所の集約。それと被害が多かった箇所の確認」


「んだよ、まだ働かせる気か?上層部もずいぶん酷な事言うじゃねえか。副隊長の顔色見て何にも言わなかったのかよ……って!?なにすんだ!?」


 猛の瞳を気遣ったような言葉に、玄徳は眉間にしわを寄せながらその脇腹に肘鉄を入れる。


 せっかくマイナス方向への思考ではなく仕事の話に持っていこうとしたのに、猛のせいで台無しだと言わんばかりに舌打ちをする。


「この阿呆が。もうちょっと空気を読むことを覚えろ」


「んだよ。少しは休ませろって文句言うのが悪い事か?こちとら一応命がけで戦ってきたってのによ」


「時と場合と状況を考えろ。そういう気遣いができねえからお前はいつまでたっても雑用なんだよ」


「あぁん!?下っ端なのは認めるけどそこまで言われたくねえんだけど!?」


 玄徳と猛がいつものように、いや、いつもよりも若干荒っぽく言い合っているのをしり目に、手越が瞳たちの下にやってくる。


「大丈夫か?酷い顔つきだぞ」


「……大丈夫。まだ仕事、終わってないから」


「…………俺らも手伝う。少しは役に立つだろ。今はとにかく態勢を整えることが大事だ」


「お、みんな仲良くお手伝い?うちも手伝う?」


「鬼怒川先輩はすっこんでてください。仕事増えるんで」


「酷くない?言い方きつくない?」


 先程までの威圧感はどこへやら、鬼怒川はいつもの調子に戻っている。瞳の精神状態を少しでも良くさせる為に、あえていつも通りの方が良いと考えたのだろう。


 そんな状況はさておいて、手越は泣いた跡のはっきりと見える瞳を見て、普段からは考えられないほどに真剣な表情を作る。


「百枝は大丈夫だ。あいつは簡単にくたばるような奴じゃない。絶対に生きてる」


「…………ん……わかってる」


 瞳も周介が死んだとは思えない。状況からして、生かして捕まえたいのだという相手の意図も理解できたし納得もできた。


 ただ、どうしても不安が強く彼女の中に残っているのだ。周介は生きていると、そう思っていてももしかしたら、万が一があれば。そんな風に考えてしまい彼女の心をむしばんでいく。


「連中がどういうつもりで百枝を攫ったのかはわからねえけど、前の白部の一件と同じだと思っていい。生かして捕らえる。それができなきゃ殺す。そういうシンプルな話ってこったろ」


「明らかに大将を孤立させるような動きだったからな……連中しっかりと準備してきたんだろうぜ」


「盾にもなれねえ雑用は黙ってろ」


「んだとこら」


「はいはいそこまで。今うちらができるのは後片付けくらいだよ。うちの連中も使ってよ。後片付けの手伝いくらいはできるでしょ。存分にこき使ってやって」


 鬼怒川の言葉にオーガ隊の面々は頷く。周介が抜けた穴を補うということであれば、オーガ隊の面々に否やはない。


「今回の連中の中で捕まえられた奴、それと死体だけど確保できた奴、それぞれいるだろ。生きてるやつらは十文字の方だな」


「アカシャ隊の方が死んだ方だね。ファラリス隊とクエスト隊それぞれが対応してるはず……情報がこっちまで落ちてくるかは微妙だけど」


 捕らえた敵、回収した遺体から情報を得られたとして、現場サイドである各部隊にまでその情報が伝達されることはないと、手越や鬼怒川達は考えているようだった。


 情報というものは必要な人間が知っていればいい。まずは上層部などがその情報を集約し、そこから作戦に参加する必要な人間がそれらを知る。それが本来の組織の必要な形だ。


 知る必要のないことを知って変に迷うようなことがあれば、現場が無駄に混乱するだけ。


 戦闘などの現場を特に知っている手越や鬼怒川は、情報の重要性を理解しつつも、その情報の扱いの難しさも理解してる。


 それ故に、今すぐにでも欲しい情報だが、自分たちの下にそれがすぐに下りてくるとは考えていないようだった。


 だがラビット隊の人間はそうは考えていない。むしろその逆だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] まぁうん聞かなくてもフシグロ経由で全部流れてくるわな
[良い点] 捜索には加わらないけど、奪還にはぶろうとしても絶対行くだろうな。 [一言] クロ衛門……
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