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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
三十二話「近づく崩壊の足音」

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 箒にさえ乗ってしまえばあとはどうとでもなる。あの能力を逆手にとって、箒を足場にして突撃を仕掛けてしまえばいいだけの話だ。


 これほど肉薄してしまえば爆破で距離を作ることもできないだろうと猛が推進剤の勢いのままに突撃をすると、猛の進行方向に小規模の爆発が発生する。


 体を吹き飛ばすまでには至らないが、その勢いを減衰させるには十分すぎた。


「くそ……が……!」


 能力の強弱も、発動のタイミングも完璧だった。これほどまでの精密操作をはるか遠くから行えるだけの能力の精度。


 これがブラックネームの実力なのかと、猛は歯噛みしていた。


 勢いが失われ、猛の軌道が変わる。ブルームライダーまでは届くはずだったその軌道は、絶妙に届かない、それほどの勢いへと弱められてしまっていた。


 もう推進剤はない。届かない。だが、まだ猛はあきらめてはいなかった。


 少なくとも猛は、周介の下で動くようになってから、簡単にあきらめるような背中を見てきたわけではない。


「まだまだぁ!」


 猛は自らの肉体を操り、腕を一気に伸ばしていく。あともう少し、もう少しで手が届く。


 限界まで伸ばしたその腕で外側を飛んでいた箒の一つを掴んだ。


 届いた。これでこの箒を足場にして突っ込んでやると考えた瞬間、掴んだ箒から念動力の力が失われる。


 箒は猛の体を支えることなく、重力に従って落下していく。


「……くそ……クソ……!畜生……!」


 このままでは落下する。このままでは何もできずに落下する。


 そんな事になってたまるかと、猛は前を見る。そして頭部装備の一部を箒の群れに向ける。


 いくら箒で群れを作っていても所詮は棒状の物体の塊だ。せめてその顔だけでも記録してやると、猛はブルームライダーの方を見た。


 そこにいたのは、男性なのか女性なのか、中性的な顔立ちでどちらとも判別しにくい人物だった。服装はシャツ、細身で眼鏡をかけている。口元はマスクで隠しているが、それだけだ。ただの私服。目立つ要素など一切ないようなその姿を猛は目に焼き付ける。


「次だ、ブルームライダー。次は、次は捕まえる!必ずだ!いいな!?」


 落下しながら猛は叫ぶ。果たしてその声が聞こえているのかいないのか、ブルームライダーは猛を一瞥しながらそのまま飛び去っていく。


 猛はドットノッカーと入れ替わるような形で地上へと落下していく。


 これほどの勢力がそろっていながらドットノッカーを捕まえられなかったのは痛手だった。


 ダメージは与えられていた。だが、それらが致命打にならなかったのが問題だった。


 近接型はそもそも近づけさせてさえもらえなかった。


 念動力と強化の複合能力がこれほどに厄介だとは思っておらず、猛は歯噛みしながら落下していく。


 これほどの高さからの落下は猛も経験が少ない。だが、不思議と恐怖はなかった。


 一種の勘だ。何とかなるという、そんな考えがあった。


 その考えを証明するかのように急速に猛の落下速度が減衰されていく。


「雑用!生きてるか!?」


「あぁ、大丈夫だよ。毛が焦げただけだ」


 猛の体は二度の爆撃によって僅かに焼け焦げている。外装部分の肉体がすべて防御してくれたために損傷は軽微だ。


 それよりもあのブルームライダーとドットノッカーを逃がしたことの方が問題だった。


「スワロー隊に追わせるか?ブルームライダーの速度なら追いつけると思うが」


「どうだろうな。ドットノッカーに加えて、あの爆撃だ。たぶん合流してるだろ?やばい状況だと思うぜ?変な部隊を追わせてもすぐに返り討ちに合うのが関の山だ」


 完敗。その二文字が頭の中に浮かぶ中、川崎あたりにいる全員に無線が入る。


『緊急事態!近隣の部隊は羽田空港に向かってくれ!急ぎ!しゅ……ラビット01が攫われる!』


「……はぁ!?」


 ドクの言葉に猛たちは驚愕の表情を浮かべずにはいられなかった。


 周介が攫われる。何がどうしてそうなったのかがわからなかった。一人でも時間制限がかかっていれば鬼怒川の攻撃すら避けきることすらできるような人間をいったいどうやって捕まえるのか想像すらできなかったのである。


「ちょっと待て!大将が!?なんで!?どうやって!?」


『一般人を人質に取られた。それを守ってる間にボロボロになったんだよ。今羽田空港の航空機全てに離着陸を禁止するように呼び掛けてるけど、相手は飛行機のパイロット脅してるらしくて止めきれない!外から止めてくれ!時間がない!』


「時間がないって言ったって……!」


 現在位置から羽田空港までそこまで距離はない。せいぜい二キロ程度だ。だが問題なのは羽田空港のどこなのかという点である。


「地図!ツクモ!兄貴の場所を地図上に表示しろ!スワロー隊集結!急いで羽田方面に向かうぞ!」


『03!行って!こっちの雑務はあたしたちでやっておく!あのバカ連れて帰って!』


「了解っす姉御!全員急げ!」


 スワロー隊が即座に集まってその場にいた全員を飛ばすべく飛翔を開始する。


 羽田空港の一角、滑走路の部分にすでに飛行機が走り出しているのが見える。そしてその位置と、マップに表示されている周介の位置が合致して動いているようだった。


 既に滑走路で一気に加速し、離陸しようとしている飛行機を多くの者が目撃する。


 あれに周介が乗っているかもしれないという事実に、全員が目を見張る。


「あの飛行機だ!止めろ!」


「撃ち落とすか!?」


『待って待って!あれ乗客結構乗ってる!撃ち落とすのはダメ!』


「じゃあどうやって止めろっていうんだよ!?」


 羽田空港の敷地内にたどり着くよりも早く、その飛行機は離陸するべく一気に加速し、空中に飛び立っていく。


 もはやスワロー隊の速度では追いつくことができない。


 全員その様子を眺めていることしかできなかった。


「先生、兄貴の状態は?無事なんですか?」


『負傷が激しい。たぶんだけどかなり消耗してる。途中で動くことができなくなったみたいだった。映像から……少なくとも旅客機……場所はこれから調べるけど、進行方向から逸脱したルートをとっても不思議はない』


「大将の能力なら飛行機を操ることだってできるはずだ。こっちに戻ってきたりだって」


『消耗しているって言っただろう?意識を保ってられるかも怪しいような状態だったんだ。今状況を……ダメだ、意識がなくなってるらしい。今周りの音や映像から状況を把握しようとしてる。ちょっと待ってて』


 周介は既に意識を喪失していて能力の発動すらできない状況ともなれば、如何に周介と言えど対応することはできないだろう。


 というか周介がどの程度羽田で暴れたのか、想像もできなかった。


「……飛行機を俺たちだけで追うことは難しい。後始末と他の援護に回る。先生、それで構いませんね?」


『……あぁ……今ツクモとフシグロ君の二人でラビット01の反応を逐一確認してる。恐ろしいオーダーを彼が出したからね。僕としては戦々恐々だよ』


 いったいどんな命令を出したのだろうかと玄徳たちは不思議ではあったが、周介の位置の確認、そして状況を把握しようと羽田の空港へと向かっていた。


 既にその場には能力者はいない。ただ、その戦闘が行われた痕跡は見つけることができた。


 特に最後に周介が戦闘を行った場所。そこには形状が変わった床や壁、そしてそれを撮影している一般人。それと、いくつもの血痕が残されていた。


「ラビット隊です!皆さん怪我はありませんか!?」


 玄徳が代表して声を上げ周りの一般人を散らしつつ状況の確認を行う中、猛は足元に残っている血痕の量を確認していた。


 決して多いわけではない。だが少なくもない。この場に残っている出血量だけであれば、致死量には至っていないと確認できる。


 だが、それはあくまでここに残っているものだけで判断した場合だ。出血を止められていなかった場合、どれほどもつか分かったものではない。


「こちらラビット06。現場に残っている出血量から失血死はしない程度ではあると判断できる。ただし、それが長時間続くとまずいとおもう」


『相手はラビット01を生かして捕らえたいような発言が確認できている。たぶん死ぬことはない。問題は、どこに向かうかだ。現在飛行機のルートを常に追っている。相手は必ず拠点に向かうはずだ。そこから救出する。絶対にだ』


 無線の向こう側から聞こえるドクの声に強い怒気が含まれているというのがわかる。話を聞いている玄徳も、周介がこの場にいた一般人をとにかく守り続けたのだということを聞くことができていた。


 最後は倒れ、この場から消えたとも。


 その時に転移し、滑走路に移動を始めている飛行機の中に移動したのだろう。


 どの飛行機に乗ろうと関係がない。ハイジャックして好きな場所に移動させればそれでいいのだから。


 なんと雑で、そして無駄の少ない考え方だろうか。一つ間違えれば何もかもがご破算になっていたであろう行動だ。


 周りで活動していた面々も、恐らくはすべて囮。同時に周介をつり出すための餌だったのだろう。


 目的は周介を攫うこと。先日の白部の誘拐と同じような形だったというわけだ。向こうからすれば幸いなことに、特定の問題行動を起こせばラビット隊がやってくる可能性が非常に高いことはわかりきっていた。


 ブルームライダーとも予め打ち合わせをしていたのだろう。どのように動き、どのように離脱するかも想定済みだったということだ。


「今回の奴らの中で、捕まえられたのは?」


『船橋の方にいた、白部君を誘拐しようとした二人組。その二人組は確保できた。あと東京タワーで暴れたでっかい腕持ちの人。海ほたるの方は……ダメだったね』


 海ほたるの方にいた水を操る能力者はアカシャ隊メンバーによって対応されていたが、件の爆破によってその能力者が死亡が確認された。


 既に遺体は移送され始めている。少なくとも関係者二名を捕まえることができたのは戦果だと言えるだろう。


 もっともこちら側にもそれなり以上の被害が出ているわけだが。


「その能力者、捕まえたうえで尋問でしょう?」


『もちろんさ。知ってること全部話してもらう予定だよ。すでに気絶させている。そのまま起こすつもりはないけどね。既にファラリス隊の準備をしてもらっているよ。もちろんクエスト隊にもね』


 ファラリス隊の恐ろしいところは相手に意識がなくても情報収集が可能なところだ。


 能力者の意識がある状態では当然話を聞くのも危険になるし拘束するのも苦労する。転移能力者などはその典型だ。


 だが、ファラリス隊の能力を使えばそのあたりを解決できる。


 更にはクエスト隊には死体からも情報が得られる能力者である板井がいる。死体の損傷具合によっては情報を得にくくなってしまうのが欠点ではある。


 少しでも情報が得られれば御の字だ。だが、不可解な点がいくつかある。


 何故海ほたるの能力者だけ殺されたのか。何故そのように動いたのか。そして何故周介を攫ったのか。


 白部の一件と何か関わりはあるのだろうが、その辺りが不明過ぎる。


 現場の人間もその不明点が気になってはいた。問題が山積みの中、不穏な空気が漂う。


 周介に無事でいてくれと、何人もの人間が祈っていた。


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― 新着の感想 ―
主人公も、上層部も、ドクたち指揮も、現場も、今までの展開も全てが原因。どこか舐めてかかった結果これ?無能だな。
[良い点] 隊長のお陰()で前向きに成長したんだね猛 そしてブルームライダーはイベントに相乗りされたわけじゃなくて黒かぁ [気になる点] 捕まってしまった周介の装備は確か能力使わないと着脱できないギミ…
[一言] あー……、お気に入りの玩具取られたバケモノがキレて、フシグロ達の力で判明した敵拠点に勝手に襲撃しに行く展開が起きそうですね笑
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