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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
三十二話「近づく崩壊の足音」

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 いつものように前に足を踏み出したつもりだった。いつものように走り出して、アームでの跳躍をしようとしたつもりだった。


 だがその脚は体の重さを支えることも、走り出しのわずかな衝撃すらも受け止められずに崩れてしまう。


「な……!?なん……!?」


 集中は途切れていない。まだ動くことはできると感覚は言っている。


 怒りもまだ体の奥から湧き上がっている。この変換能力者を許してはいけないと腹の奥から煮えたぎる感情が沸々とせり上がってきているほどだ。


 だが、度重なる負傷をした肉体の方が先に限界を迎えていた。


 腹部、そして腕や足に負った傷は周介の体から血を失わせていき、体力を奪っていったのだ。


 自分の体が、自分のものではないと錯覚してしまうほどに周介の体からは力が抜けていた。


 アームで体を支えていないと、そのまま床に倒れてしまいそうなほどだ。


 急激に眠気が襲い掛かり、意識が朦朧とする。集中を保てなくなっていき能力さえも不安定になってきていた。


「ぁ……ようやく……か……」


 両腕をへし折り、足に弾丸を撃ちこまれているほどの重症者である転移能力者が呻きながら転移能力を発動して拘束から脱出する。すると、沼上に変化していた床の中から一人の男性が出てきていた。


「時間もギリギリだ。何とか間に合ったな」


「……最後の、仕上げ……だ……移動……します」


「大丈夫か?お前よくそんな状態で能力発動できるな」


 朦朧とする意識の中で二人の男性が喋る声が聞こえる。体の力が抜けていく。意識を保っていられない。

 失血がこれほどまでに体の力を奪うとは周介は知らなかった。


 思えばこんなに出血したのは初めてだったなと、そんな事を考えていると周介の体が抱え上げられる。


「行くぞ、場所は大丈夫か?」


「だい、じょうぶ、です。行きます」


 その言葉が終わると不意に体が奇妙な感覚に襲われる。それは転移の感覚だった。何度も転移したからわかる。あの根性のある転移能力者が転移したのだろう。


 場所はどこだと、辺りを見渡そうとするも体が動かない。動いてくれない。


 ならばいったい何ができるだろうかと、周介は朦朧とする意識の中で集中し能力を発動する。


 周囲にある回転させられる物体から位置を把握しようとしたのだ。


 足音がいくつか聞こえる中、周介は体にかかる僅かな振動と、回転させる部品の中からそれが一体何なのかを判別する。


 今自分は飛行機に乗っている。


 サイズは、旅客機としては一般的なサイズだろうが、自分は今飛行機の中に乗せられている。


 ここに連れてくるために羽田空港の近くに誘導させられたのだと理解して周介は歯噛みする。


「死なせるなよ?最低限治療しとけ。ただ、暴れられると面倒だ。縛っておけ」


「こっちも酷いな……大丈夫かい?」


 先程までは聞こえなかった声も聞こえてくる。ついでに言えば他のざわめきとでもいうのか、雑談する声が多数聞こえる。旅客機の中だろうかと、状況を把握しようと視線を動かすが、視界に入るのは床と誰かの脚だけだ。


「はいはい皆さんどうか静かに。静かにしていてくれれば我々は何もしません。目的のポイントまで飛んでもらえれば、その後我々はいなくなります。ちょっとだけ、寄り道にお付き合いいただければいいだけです」


 この飛行機をハイジャックしたということだろうか。せめて状況を把握しようと体を動かそうとする。


 だが、体が動かない。アームをどこまで動かせるだろうかと、そして飛行機を制御できる程度に能力操作ができるだろうかと、床に突っ伏しながら思考する。


 だがその思考も、徐々に溶けていく。微睡の中にゆっくりと。


「つ、くも……ふし……ぐろ」


 このまま意識を失うわけにはいかない。周介は唇を噛んで痛みで自分の意識を覚醒させようとするも既に腹に穴が開いている状態ではそう変わりはない。


『聞こえてる。ラビット01意識を保って。状況は?また転移してる。今格納庫のあたりにいるけど』


「ひこう、き……のせられ、てる……のう、りょく、発動も、むずか、しい……」


『お願い、脱出して。何とかしてその場から、お願い。あともう少しで、援軍をそちらに回せる』


 フシグロの、白部の頼みならば聞いてやらなければならない。だが、どうにも体が動かないのだ。


 能力を発動しようとしても上手く発動できていないのがわかる。この状態ではアームの精密な操作はできないだろう。


 加減をしなくていいのであれば飛行機ごと落とすことくらいはできるだろうが、そうすれば周介は間違いなく死ぬ。まだ空は飛んでいないだろうが、この飛行機の中から脱出するにはあまりにもできることが少ない。


 さすがに死ぬのは嫌だなと、周介は苦笑してしまう。


「つくも、ふし、ぐろ……最優先、命令……だ……俺の位置を……把握し続けろ……どんな手段を……つか……っても……いい……!」


 自分はどこかに連れていかれる。その場所がどこなのかは不明だが、そこがこの連中の本拠地である可能性が高い。ならば周介の位置を把握し続ければ、相手の本拠地の位置がわかると周介は睨んでいた。


『最高権限保持者ラビット01より最重要命令を受諾。これより手段を問わずラビット01の位置を確認し続けます』


『ラビット01、お願いだから意識を保って。諦めないで』


 こんな状態でも白部は意識を保ち続けたのかと、周介は改めて彼女のすごさを実感しながら、緩やかに意識を喪失していく。


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馬鹿らしいわ
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