0138
周介たちを乗せた車が拠点に到着すると、待っていたかのように担架を待機させていたドクたちが周介たちを迎えていた。
「お疲れ様。アルファ隊。君たちの活躍で今回の依頼は無事成功した。君たち自身は無事とはいかなかったようだけれどね」
「どうも。腕、治りますかね?」
「調べてみないとわからないね。まぁ、とりあえず医務室へ行こうか。それと……彼を連れていく」
周介が担架に乗せられるのと同時に、組織の人間が即座に車の中にいる加賀を捕まえ、拘束する。
加賀は、先ほど自分が口にした言葉そのままにされるがままにしていた。煮るなり焼くなり好きにしろというその言葉に、嘘はないのだろう。
「そいつはもう抵抗はしないでしょう。だから、手荒な真似はやめてやってください」
「ふむ……でも、念のためだよ。君がそう思ったとしても、ここは僕らの拠点だ。ここで暴れられたら面倒なことになる。一応大太刀にも控えてもらっているけれど絶対ということはない。そこは理解してくれ」
拘束され、連れていかれる加賀からすればその単語のいくつかは理解できないことでもあったが、それでも、周介の言葉は聞こえていた。
「暴れやしねえよ……俺はそう決めたんだ」
筋を通す。少なくとも、自分が認めた男が、自分を認めてくれているのだということを加賀は強く感じていた。
拘束される腕に力が込められても、捻りあげられ、わずかに痛みが走っても、加賀は自ら力を込めることは絶対にしなかった。
脱力し、ただ歩くことだけを意識していた。どこかに連れていかれるのであればそれで構わない。何をされるのかは不明だが、それも構わないと、本気で思っていた。
あの時、周介に掴まれなければ、周介に助けられなければ、どちらにしろ死んでいたかもしれないのだ。
加賀は連れていかれる中、全く抵抗せず、その場所にたどり着くと、椅子に座らされ、腕を後ろに回した状態で手錠のような拘束具を着けられたことを感じていた。
そして、頭にかぶせられていた土嚢袋を外されると、そこは所謂取調室のような場所だった。
ドラマなどで見たことがある、質素な部屋だ。
机と椅子と、最低限の明かりしかない。加賀が座っている椅子も所謂パイプ椅子で、目の前にある机も単純なただの机だ。
通常の扉ではなく、鉄か何かで作られた厳重なもの、そして部屋の内装はコンクリートが打ちっぱなしの、人が住むような場所ではないことがうかがえた。
そして目の前にいる一人の男が加賀の目に入る。スーツを着たその男は、加賀が自分に意識が向いたことを理解すると口を開いた。
「初めまして。加賀玄徳。君は、君が置かれている状況をどれくらい認識しているかな?」
目の前にいる男、井巻研吾は手元にある資料を見ながら小さくため息をつく。そして、鋭い視線を加賀に向けていた。
「認識も何も……警察とは違う組織が、俺を捕まえに来た。俺の、俺の変な力を目的としてるのかは知らねえけど、俺みたいなやつが、他にもいる。そんな組織ってところか?」
加賀だって馬鹿ではない。今までの周介との会話、そしてこのような場所を持っていることから、そして自分のような存在がほかにいることから、このようなことになっていることは予想できた。
「なるほど。自分の状態に関しては大まか正しく理解している。なおかつその力をある程度使えているようだ。では、ここにいる者の大半がお前のような力を有しているということを知って、無抵抗でいるのか。賢明だな」
「ざけんな。俺みたいなのが何人いようが知るか。お前らの都合なんて知るか。俺は俺の都合でこうしてんだよ」
それは自分で決めたことだった。誰に言われたわけでもない。自分が決めたことだ。だからこそ誰にも変えようがない。
「仮に君が暴れようと、簡単に取り押さえることは可能だ。逃げることはもうあきらめるべきだな」
「必要ねえよ。どこへでも連れていけ」
井巻は目の前にいる加賀の言葉に、嘘がないことを察していた。この男は本気で言っている。本気で抵抗することもなく、逃げることもせず、ただされるがままになっている。
そこまでする理由は何だろうかと、現場の状況を知らなかった井巻は眉を顰める。
「では話を進めよう。今回、君を捕まえるにあたってかかった費用、具体的には首都高を一時的にとはいえ封鎖したその費用を、君自身に負担してもらう。追加して、今まで君が行ってきた暴走行為によって周辺住民からの苦情もあった。彼らへの慰謝料も、君が負担することになる」
「……いくらだ」
「まだ試算段階だが、二千万ほどだ」
金銭的、物的な被害を加賀たちは出してこなかった。事故を起こしたこともなかったが、今回の作戦でかかった費用、そして暴走時に起きる騒音までは消しようがなかった。
その金額を提示した段階で、加賀は眉間にしわを寄せる。
「警察とも話はついている。これは確定事項だ」
「そうかい。好きにしな」
潔すぎる加賀の言葉に、井巻はさらに眉間にしわを寄せる。いったい何を考えているのか、それがわからなかったからである。
「では、君自身の話をしよう。加賀玄徳、二十一歳。仙台市生まれ。高校は中退。高校時代は野球部に所属。ポジションは投手。持ち前の球威とコントロールから、一年の段階で控えとして登板、二年の夏の大会ではエースとして登板していた。そうだな?」
「……調べたのか」
「あぁ、こちらには優秀な情報班がいるのでね」
それは周介が加賀の本名を知った時点でクエスト隊が調べ上げた情報だった。とはいえ時間が短かったことから、彼の周囲のことよりも彼自身のことを重点的に調べた結果得られた事実だ。
記録に残っていたことだけしか調べられなかったとはいえ、この短い時間で調べられたというのは驚異的である。
「問題が起きたのは二年の夏大会、全国まで行った君たちの学校が、二回戦で敗退し、秋大会への猶予期間の際。君はなぜか、突然退部。病院などにかかった記録も残っていない。故障ではない。何が起きたか……結果は、そう、その時にその力に目覚めた。そうだな?」
井巻の言うことは、ほぼ正解だった。
加賀は、所謂エースと呼ばれるだけの実力を持った投手だった。コントロールも、球種も、球威もあった。先輩である当時のエースである投手からは複雑な心境だっただろうが、加賀の力もあり、加賀の所属する野球部は甲子園の土を踏むことができた。
クエスト隊が彼のことを短時間で調べることができたのも、その事実が起因していた。かつて全国大会に出場したほどの選手、記録はしっかりと残っていたのだ。
だが、加賀玄徳の名前が、その甲子園以降の大会に記録されることは一切なかった。
加賀が二年の時の秋大会が始まるよりも前に、加賀は野球部を退部していた。その原因は、井巻が言っていた通りである。
それが起きたのは、練習中のことだった。
自身のフォームの確認と、投球の癖を見直すために、投げ込みをしているときのことだった。
甲子園で敗退したということもあって、加賀はもっと自分の実力を上げるため、チームメイトにも黙って自主練を行っていた。
もっと速く投げることができれば。もっと速く、もっと、もっと。そう思いながら、自身を追い込むように投げていた時、唐突に普段よりも圧倒的に速く白球がネットに収まったのだ。
一体どのようなフォームだったのか、それを確認するために録画していた映像を確認した時、加賀はその異変に気付いた。
目が、蒼く輝いている。
最初は心霊現象か何かの類ではないかと思っていた。だが何度も何度も試しているうちに、それが心霊現象ではないことを悟る。
そして、最後には球だけではなく、自分の体までも速く動かすことができるということを知り、加賀は鏡に映る自分の目が光っているのを見た。
そして、自分が何か、不思議な力に目覚めてしまったのではないかと、そんな妄想にかられ、少しの間は馬鹿らしいと、白昼夢か何かだと思っていた。
だが、何回繰り返しても、目の光は消えてくれなかった。何度確認しても、異常に速く投げることができる時は、目が蒼く輝いていた。
加賀が、もう少し小賢しい人間だったのであれば、それを使って野球部で活躍できるなどと考えたのかもしれない。
だが加賀は、良くも悪くも愚直な人間だった。そういった、普通の人間がもっていない力を持ってしまい、それを卑怯であると感じてしまった。それ故に、加賀は自分で野球部をやめていた。
制御できていないその力が、試合の時に発現してしまっては、反則にはならないかもしれないが、それ以上に加賀自身が許すことができなかった。
今まで努力して手に入れてきた球種が、自分の努力と才能によって発揮されてきた球威が、意味の分からない妙な力によってすべて崩された。だがそれ以上に、加賀自身がその力を使うことを許せなかったのだ。
自分で望んで手に入れた、自分が努力して手に入れたものではなく、何の理由もなく、何の脈絡もなく得たその力で、何かを成そうなどとは思えなかった。
それが、苦楽を共にした部の仲間とともにということであれば、なおさらだった。
もちろん、部の人間は加賀を止めた。才能もあり、努力もしている。人当たりもよく、まっすぐな男だ。
だが加賀は頑なに部には戻らなかった。そして、高校に居場所がないと感じると、高校を辞めた。
「高校を辞めた後は、バイトや日雇いの仕事……両親から逃げるためか、東京に出て一人暮らしを始め、なおかつバイトをしながらバイクに乗り始める。そして今に至る、といったところか。よくある転落後の人生といったところか」
井巻はあえて威圧的な言葉をぶつけていた。挑発的といってもいい。だが加賀は、その事実を受け止めたうえで堂々と向き合っていた。
何もかも、その通りだったからだ。そして何より、それを言われたところで、今の加賀は動かない。
動くつもりもなく、反論するつもりもなかった。この場で彼が何かをするということはない。それが彼自身が決め、そうすると覚悟したことだからである。
聞かれたのであれば応える。だが、井巻はただ読み上げているだけだ。反応する価値もない。そう加賀は考えていた。
威圧も挑発も、加賀には意味がない。井巻はそれを察したからか、小さくため息をつく。