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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
三話「外れた者の生きる道」
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 ゴールに設定した場所で、多くの暴走族のチームメイトは待っていた。そろそろ到着してもおかしくない時間となった時点で、全員が落ち着きなく周囲を見渡したり、やってくるであろうその方向に目を向けたりしている。


 そんな中、一つの影がこちらにやってきていることに目ざといものが気づいた。そして、それがバイクではないということも。


「なんか来るぞ、バイクじゃない」


「車か?避けとくか」


「いや、もっと小さい……なんだあれ?」


「もしかして徘徊してる爺さんとかか?やべえじゃん」


「ライトも付けてないっぽいから、あり得るぞ?」


 高速道路を走行できる車両にはある程度の制限がついている。当然あまりにも遅すぎる一定の車両は入ることができないように法律で定められている。


 だが彼らの目に入ったのはバイクというにはあまりにも小さく、なおかつ何の照明も付けていないことから、彼らは痴呆症などによって高速道路を自転車か何かで徘徊する老人を彷彿としてしまっていた。


 だがその数十秒後、彼らはその目を疑うことになる。


 バイクと同程度の速度で駆け抜けたその人物、どうやってか高速でやってきたその人物は、先ほどまで彼らのリーダーに喧嘩を売っていた人物、周介だったのだ。


 ゴールを通過したことを確認した周介は急停止し、荒く息を突きながらその場に膝をつく。肩が痛むのか、歯噛みしながら腕を押さえていた。


「お、おいてめぇ!なんだそりゃ!リーダーはどうした!」


 目ざとい人物が周介の足に取り付けられているローラースケートを見て、あれで走ってきたのだろうかと強い違和感を抱いていた。


 バイクで競争していたはずなのに、いつの間にかバイクではなく、あのようなものをつけて疾走してきた。


 何かあったのだ。その考えに至るのは必然だった。彼らのリーダーである青年が未だこの場にやってきていないことも、その考えを強くしていた。


「うっさい……慌てなくても、そろそろ……来る」


「あぁ?何言って……バイクなんて全然来て」


 バイクの光があればすぐに気付く。だが高速道路の上にそれらしい光はなかった。


 バイクが出す音も全く聞こえない。そんな状態で来るとは思えなかったのだ。


 何かあった、いやこの男が何かしたのではないかと、チームの多くの者が考えていた。


 だが、周介が顔を上げてその方向を見る。そして、周介の先ほどの言葉を裏付けるように、それはやってきた。


「ほらな、来た」


 それは、人間の速度をはるかに超えた速度で走る人物だった。汗をたらし、荒く息を突き、体力が尽きかけてもそれでも前へと進もうとする者がいた。


 そして、その人物、加賀が滑り込むように、転がり込むように、ゴールであるチームメイトの目の前を通り過ぎ、膝をついている周介の目の前にたどり着く。


「くそ……速えんだよ……!」


「勝負は……俺の勝ちだな」


 汗を滴らせながら悪態をつく加賀は肩を上下に揺らしながら自分の呼吸を落ち着かせようとしている。


 自分の足で走るのなんていつぶりだっただろうか。そんなことを考えながら、加賀はゆっくりと顔を上げ、大きく、大きくため息をつく。


「リーダー!大丈夫か!?バイクは?」


「……やらかしたよ……事故った。危うくこの人も巻き込むところ……いや、巻き込んじまった」


「怪我はねえのか?体は?」


「俺は平気だ……けど、この人が俺をかばって腕をやった……」


 周介が腕を押さえていること、そして加賀が事故を起こしたということを結び付けて、その場にいたチームの人間全員が周介と加賀を見比べていた。


「加賀玄徳、俺との約束、覚えてるな?」


 腕を押さえた状態で、周介はゆっくりと立ち上がる。割れたヘルメットの一部から覗く周介のその顔は、脂汗がにじみ出ており、痛みに耐えているということがその声音からもわかる。


 そして、周介の言っていた約束という言葉を、加賀はしっかりと覚えていた。もちろん、周りにいるチームの人間も。


「あぁ、あんたが勝ったら、俺の身柄を明け渡す。そうだったな」


「そうだ。ついてきてもらうぞ」


 周介の言葉に、周りのチームメイトからは反対の声が上がる。周介をこの場で叩きのめせばいい、ここから逃げればいい、約束なんて守る必要はないなど、ドクが予想した通り、周りがそれを許さない環境が出来上がりつつあった。


 嫌な予感というものは当たるものだなと、周介はあきらめかけていた。


 袋叩きにされるのは避けられないかと、一種の覚悟を決めている中、無線の向こう側からはすぐにその場を離れるようにという助言が飛んでくる。


 手越たちアイヴィー隊がこの場に到着するのは少し時間がかかるだろう。とはいえ戦闘部隊であるミーティア隊に何とかしてもらうほどでもない。


 この場から逃げたほうがよさそうだと、周介はゆっくりと姿勢を低くしていた。


「お前ら黙ってろ!」


 周介が逃げようかと思っていた時、周りの暴走族の声をかき消すほどの怒声が周囲に響き渡る。


 空気が震えるほどの怒声に、暴走族たちだけではなく、その場にいた周介もわずかに竦んでしまっていた。


 その怒気が自分に向けられているものではないとわかっていても、目の前に強い怒りを携えたものがいるというのはそれだけで威圧感になる。


 こういった経験の薄い周介からすれば、これほどの威圧感を放つ人間と対峙するのがどれほどのプレッシャーになるか計り知れない。


「俺はこの人の勝負に乗った。そんで負けた。これ以上恥を晒すんじゃねえよ」


「でも!こんな奴の言うことなんて聞くことなんてないでしょうが!」


「……そうもいかねえんだよ」


 加賀は悔しそうな顔をしてからゆっくりと周囲を見渡す。まだアイヴィー隊がこの場所に到着しているという報告は入っていない。彼らを感じ取ったのではない、加賀は首都高の各所にある出入り口に意識を向けていた。


「あんた、一つ教えてくれ。この辺りの……いや、この首都高の出入り口、なんかしてるだろ」


「……気付いてたのか」


「全部じゃないけどな。なんかいつもと違った。いくら今日が車が少ないって言っても少なすぎる。一周する間に一度も車を見なかった。追い抜くのもすれ違うのもないなんてあり得ねえ。それに、出入り口に変なもんが見えた。あんたの仲間、あるいは警察がなんかしてんだろ?」


 伊達に何度も首都高を走っているというわけではないようだった。勝負の間にもしっかりとこの首都高の異変を感じ取り、その違和感に従って周囲を観察していた。


 ただの馬鹿ではないと、周介は少し感心していた。


「話してもいいですね?ドク」


『ここまで来たらもうあとは彼の人間性に賭けるしかないね。君の好きにするといい。フォローはするよ』


 周介は小さくありがとうございますとつぶやいてから、加賀と同じように周辺を見渡しながら小さくうなずく。


「当たりだ。今この首都高は出入り口を完全に封鎖してる。お前らを……正確には、お前を逃がさないようにな」


「つまり、ここで俺が逃げても、逃げ場がない。ずっと首都高をぐるぐる回ることになるってことか」


「そういうことだ。もうお前は詰んでる。俺を叩きのめしてここから逃げようと結果は変わらない」


 周介の言葉を信じる者、信じない者、反応は様々だったが、周介の目の前にいる加賀は静かに周介の目を見続けていた。


 その言葉に偽りがないことを感じ取ったからか、あきらめたように、そして覚悟を決めたかのように大きく息をつく。


「もう一つ、聞いていいか?」


「……内容による」


「あんたの目的は、俺だけだっていったな」


「そうだ。お前以外の連中の確保は、俺らの依頼には入ってない」


 その言葉を聞いて少し安心しながら、加賀は自分の後ろにいる暴走族のメンバーを見て薄く笑みを浮かべる。


 同時に、何か思いついたように目を見開いた。


「あと、最後にいいか?」


「質問が多いな」


「勘弁してくれ。質問は、これで最後だ。あんた、なんで俺と勝負しろなんて言い出したんだ?あんたらの、あんたのチームがどの程度の力を持ってるか知らねえけど、こんだけのことができるんだ。別に勝負なんてしなくたって、俺を捕まえることくらいできたんじゃねえのか?」


 加賀の言う通り、やりようはいくらでもあった。だが今回は確実に逃げられないようにするために、単純に時間を稼ぎたかっただけの話だ。


 そしてスピード狂の人間の意識を向けさせるのに最も適切だと思ったのが『勝負』という名目だった。


 後の挑発は、はっきり言ってドクに唆されたのと、言葉選びを間違えただけの話だ。本当であればあのようにヒートアップさせるつもりもなかった。


 大勢を相手にするのが嫌だったから一対一にさせたかった。そして可能な限り時間を稼ぐため、相手を迷わせる目的で目のことを匂わせた。


 それがこのような結果になるとは、周介も思っていなかった。もうこれ以上、強がる必要もないだろうかと、疲れた笑みを浮かべて口を開いた。


「最初はそうするつもりだったよ。お前を孤立させて、周りの仲間と捕まえるって作戦だった。けど、しょっぱなから躓いて、時間稼ぎに話してたらいつの間にかこんなことになってた。自分でもなんでこんなことになったのか、わけわからないよ」


 先ほどまでの気を張った、強い口調ではなく、素の周介の言葉で答えていた。少し頼りなくて、怯えていて、疲れていて、なおかつ不安になっている。


 そんな声を聞いて、加賀はどこか納得したような、何かに気付いたようなそんな顔を一瞬だけしてから、笑う。


「あんたに、一個だけ頼みがある」


「……また質問か?」


「いいや、もう聞くことはねえよ。ちょいと卑怯かもしれねえが、こればっかりはこうするほかねえ」


 そう言って加賀はゆっくりと姿勢を正し、その場に正座するとゆっくりと、深々と頭を下げ、地面に擦りつけた。


「こいつらは見逃してやってくれ。俺一人の身柄で済むっていうなら、こいつらは逃がしてやってくれ。頼む」


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