0134
「っつ……くっそ……何だってんだ……!」
唐突に空中に投げ出され、かと思えば引っ張られ、最後になにかに叩きつけられた加賀は痛みを覚える頭を押さえながら今の状況を把握しようとしていた。
ただ走っていたはずだ。だがいきなり、何かにぶつかるような衝撃があったかと思えば、体が放り出されていた。
何が起きたのかわからなかった。だが、最後に見えていたのは、何故か自分を掴んだ、目の前にいたあの小柄な男の姿だった。
そのことを思い出した瞬間、今まで勝負していたあの男がいったいどこにいるのかを探していた。そして、今自分を何かが掴んでいることに気付くと、加賀は自分の下にある物体を見る。
それは先ほどまで勝負していた男が乗っていたバイクだ。アームのようなものが生えており、これが自分の体を掴み、地面と激突するのを防いだのだということが理解できる。
同時に、ではこれを操っていた男はどこに行ったのか。そう考えて周辺を見渡すと、高速道路に一人、誰かが倒れているのが見えた。
「おい……!おい!」
名前も知らない、そんな人物が事故を起こした。いや違う。自分の事故に巻き込んだ。否、それすらも正確ではないのだろうと加賀は、徐々に思い出していた。
上下左右すらも曖昧になった、空中に投げ出されたあの刹那、あの男が、自分を助けようと手を伸ばした瞬間を思い出していた。
バイクから延びるアームは、加賀の体をしっかりと掴んでいて離さなかった。そのせいで加賀は、駆けつけることができなかった。助けに行くことができなかった。
声をかけることしかできない。名前も知らない、その男に。
「返事しろ!おい!」
そうやって何度声をかけただろうか、何度か叫んだ時、その体がわずかに痙攣する。そして、ゆっくりと動き、体を起こしていた。
生きている。安堵すると同時に、その男がつけていたヘルメットと、体につけていた装備がわずかに破損しているのを見て息をのむ。
ヘルメットから覗くその瞳が蒼く輝いているのを見て、加賀はそれが自分と同じものだということを理解していた。
「って……くっそ……悪い、助かった。あぁ、わかってるよ……けど、もうちょっと待ってくれるか?すぐ方は付ける」
ヘルメットが壊れたことで、通信するための声も聞こえるようになってしまっているのか、加賀は話すこともできているという事実に少し安心していた。
自分は、ほとんど怪我らしい怪我はしていない。しいて言えば頭と、背中が少々痛い程度だ。
だが目の前にいる男は腕が動かないのか痛むのか、肩を押さえ、ゆっくりとこちらに近づいてきていた。
「大丈夫か?随分と派手にいったな」
その視線の先には壁に激突し、その後にビームの橋脚部分に正面からぶつかった男のバイクがあった。フレームはあちこちへこみができ、ハンドルも折れ曲がり、タイヤも大きく歪んでしまっている。
もうあの状態では走ることは難しそうだろう。
それは今加賀が乗っているバイクも同様だった。
とはいえ直接ぶつかっていない分損傷は少ないが、ハンドル部分とアームの継ぎ目になっているフレーム部分が歪み、走行するには少々危険な状態になっている。
この状態では勝負の続行は難しいと、加賀がそう考えた瞬間、加賀を掴んでいたアームがその体を放し、車体をゆっくりと起き上がらせる。
するとフレーム部分の一部が開き、中から何やら部品のようなものが顔を出していた。
一体何だろうか。それを加賀が理解するよりも早く、そのバイクの持ち主がそのパーツに足を突っ込んだ。
すると自然にそのパーツが足に吸い付くように取り付けられていき、それらが完了するとそこにはローラースケートのようなものがついていた。
「おい、あんた……」
「なんだ?ご自慢のバイクがないと走れないか?それなら、それでもいいけどな。勝負は俺の勝ちだ」
ローラースケートを履いて、バイクからいくつかの装備を回収していくと、腕を押さえたままゆっくりと姿勢を低くしていた。
「待てよ!なんで助けた!あのまま放ってけば、そんな……」
何故助けたのか。その問いに対して、具体的な理由を答えられるほど、周介に余裕はなかった。何より、何故助けたのか、周介自身わかっていなかったのだ。
いや、助けたという表現も正しくないのかもしれない。
ただ、体が勝手に動いたというほかない。
「……俺が知るか。気づいたら動いてた。それだけだ」
それがすべてだった。周介だって助けたくて助けたわけではない。放っておけばよかっただろうにと、今なら強く思う。
だがそれでも動いたものは仕方がない。ヘルメットの無線からは方々から心配する声と、怒っているような声が聞こえている。
その声に曖昧に返事を返しながら、周介はローラーを操ってゆっくりと離れていく。
まだ勝負を続けるつもりなのだということを知り、加賀は愕然とする。だが同時に、このまま呆けていていいのかと、そう思ってしまった。
「待てよ、おい」
加賀はヘルメットを外して立ち上がる。ヘルメットを外した加賀の顔は、一見すると強面といった様相だった。
髪は短く、眉も細く、だが堀が深いからか妙な凄味がある。目つきの悪さともともとの体格の良さも合わさって近づきたくないと思ってしまうような外見だった。
立ち上がったことでわずかに体の節々に痛みが走った。
いくら周介のバイクが地面との激突を緩和してくれたとはいえ、相当な衝撃が会ったことに違いはない。体のところどころは不調を訴えているのだ。
「まだ勝負はついてねえだろ。俺はまだ走れるぞ」
「……走ってくるつもりか?さすがにそれは」
「ローラースケート程度なら俺が走ったほうが早い。まだ負けてねえ」
加賀の言葉に、周介は素直に驚いていた。このまま負けたというと思っていただけに、少し意外だった。
だが、結構負けず嫌いなところがあるのだなと理解して周介は身をかがめ、クラウチングスタートの構えをとる。
「悪いけど、ただ走ってくるだけなら負けないぞ。能力使うなら使え。俺も使う」
「あ?あんたのバイクだってもう」
「じゃあ先に行く。追いかけてこいよ」
周介がそういうと、ローラーが高速回転し周介の体を前に進めていく。周介のローラーは、その気になれば普通の車と同程度の速度は出せる。もちろんバイクよりは最高速度は劣るが、小回りが利くことと、周介の装備の中の練度ではこれが最も動きやすかった。
「マジかよ……待てよコラぁ!」
周介が勢いよく走り出したことで、加賀もそれを追おうと走り出す。当然普通に走った程度では周介には追い付くことはできない。だから加賀は能力を発動した。
バイクのように、壊れる危険性を考える必要がないのであれば、加賀の能力も最大限まで発動できる。
彼の能力は加速と減速。ただ走るだけでも、それなり以上の速度を出すことができる能力だった。
先を行く周介を追うべく、彼は走った。実際に自分の足で走るなんていつぶりだろうかと、そんなことを考えながら、それでも走った。
先を走る周介は、加賀との距離を開けすぎないようにメイト隊と連絡を取り合いながら移動を続けていた。
『おい、どういうつもりだ?もう相手に機動力がないのなら、この時点で捕まえてもいいんじゃあないのか?』
アイヴィー隊の隊長である小堤から連絡が入る。確かに相手を捕まえることだけを考えるのであればこの状態で捕まえたほうがいいだろう。バイクが壊れている状態ならば使えることはそこまで難しくないのではないかと思えてしまう。
だが周介は今この場で捕まえることはあまり良いことではないと思っていた。
「あいつ、多少負傷しています。今の状態で捕まえるのは楽でしょうけど……その……勝った後でもいいんじゃないかって思うんです」
『今の状態の方がより確実だと思うが?あいつが約束を守る確証もないだろう。一般人まで相手にしなければいけないのはかなりきついぞ』
小堤の言うように、一般人相手に戦うのはあまり良くない状況だ。一般人には能力を使って攻撃ということをあまりしたくはない。相手が能力を使っているからといって、相手の仲間に対しても能力を使っていいということはないのだ。
小堤の言うように相手が約束を守るという保証もないのだから、負傷し、機動力もなくした今こそ、相手を捕らえる好機であると小堤は考えていた。
『アルファ01、僕としても今の状態でとらえたほうがいいと思うよ?彼を仲間と合流させるのはやめたほうがいい。彼が約束を守ろうとしても、周りの人間がそれを阻もうとする可能性もある。状況から言って、今こそ彼を捕える好機だ』
「でもあいつはまだ勝負を続けるつもりです。追いつくことは難しそうでも……それでも追ってきてる」
ノーマン隊の索敵結果をメイト隊を通して確認しているが、周介のローラーの速度よりは少々遅い。
能力を使っていても、自分で走りながら能力を使うという訓練はしたことがなかったのか、だいぶ効率が悪いようだった。
体力の問題もあるだろう。このまま続けても勝利するのは周介であることに間違いない。
「まずは勝負をつけたいです。それから相手がどうするのか、それはわかりませんが……」
『それはお前が勝ちたいからか?』
「そうかもしれないです」
『リスクが高いね……僕としてはあまりとりたい手段ではないけれど』
周介の考えは甘い。今回の作戦に参加している全員がそれを感じていた。だが同時に、それをしたいという気持ちも理解できてしまう。
勝負に勝ちたい。能力者としての腕比べのようなものだ。個人戦になった以上、その勝利は個人のものだ。それを得たいと思うのは当然だろう。
だがドクはチームで動いているこの状況を指揮するものだ。個人の勝利イコールチームの勝利とはなり得ないということを知っている。
今回のチームの指揮をするものとして、周介の個人的な考えを認めるわけにはいかないようだった。