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周介のバイクには四つの補助アームがついている。下手に動かせば高速で動き続けているバイクにとっては空気抵抗を大きくし減速する要因となってしまうが、周介はアームの展開の仕方を変えることで極力風の抵抗を受けないようにしていた。その形は鳥の羽のようだった。背後から見ている加賀からすれば、まるでバイクが羽を生やしたように見えただろう。
カーブが近づくにつれ、周介は自分のバイクから延びているアームの角度を調整していた。
本来であればカーブを曲がるときに気を付けるべきなのは速度と進入角度、そして位置取りだ。適切な速度で適切な角度で、適切な位置からカーブへと向かうことでコーナーを最速で駆け抜けることが可能となる。
だが周介はその辺りを全く気にした様子はなかった。
ついに加賀さえも減速するタイミングになっても、周介は一切減速しなかった。
もう間に合わない。加賀が一種の覚悟を決めた瞬間、周介は転倒するのではないかと思えるほどに勢いよくバイクを傾けた。
だがバイクは転倒することはなく、側面から延びたアームが地面とバイクの間を支えていた。適切な速度を完全に無視した全速力の侵入に、転倒ギリギリの体重移動。だがそれでもカーブを曲がりきることはできていない。徐々にバイクの車体はカーブの外側へと運ばれている。
曲がりの強さと速度に応じて、外側にかかる遠心力が周介と周介が乗るバイクを壁の方へと運んでいる。
だが今度は反対側についているアームが壁を思い切り殴りつけた。
瞬間、周介を乗せたバイクは強引にカーブの内側へと運ばれていき、結果カーブを最高速度を維持したまま突破することに成功していた。
そして最高速度を維持した状態のまま、周介は駆け抜けていく。僅かに振り向いたとき。周介は数秒遅れてコーナーを曲がり終えた加賀を見て安堵の息をつく。だがそれは引き離せたということを安堵しているのではない。問題なく曲がれたことを安心しているのである。
周介は何度もこのコーナリングを訓練でやってきている。だが公道でこれを試したことなど今回の依頼が初めてだった。
当然といえば当然だろう。周介は今まで外でバイクを操ったことなどないのだから。しかも通常の公道ではカーブ部分に壁などない。周介があのように強引なコーナリングをするには、最低でも壁か、アームで殴れる、あるいは支えられるだけの強度と幅を持った物体が必要なのだ。
それがなければあのような全速力でのコーナリングなどできない。高速道路ということもあってカーブが緩やかだったのも救いだった。
だがそれは相手にとっても同じだ。カーブが緩やかだったことで減速は最低限で済み、再度加速して周介を追おうとしている。
とはいえ、最高速度は周介の方が上なのだ。このままコーナリングでも差がついていけば、周介の勝利は揺るがないだろう。
『やぁやぁ、なかなかおっそろしい曲がり方をしているねアルファ01。警察が見ていたら君一発で免停だよ?』
「そもそも免許まだ持ってないんで免停もくそもないですね。どっちかっていうと無免許運転でしょっ引かれそうです」
『今回は問題ないさ。警察の方にもしっかり話を通してある。君がそのバイクで走っている限り君が捕まることはない。というか捕まえることも無理だろう。そんなことより、このままなら勝てそうだね』
「そうですね、一安心ってところです」
僅かに胸がざわつくが、周介はわずかに安堵してしまっていた。このまま何事もなければ問題ない。そう考えたのだが、無線の向こう側にいるドクはその周介の反応に少し困ったような声を出していた。
『んー、安心するのは少し早いかもしれないよ?少なくとも君はまだ勝っていない』
「そうですね。確かに油断できない状況でした」
『あぁ、忠告という意味ではなくてね。後ろに気を付けて。もう結構近くまで迫ってるみたいだから』
ドクの言葉を聞いて、周介は即座にバイクのバックミラーを確認する。すると先ほどまで遠ざかっていた加賀のバイクが徐々に近づいてきているのだ。
「ちょ!マジか!俺速度は緩めてないぞ!?」
『たぶん能力使って追いつこうとしているんだね。相手もようやく本気になってくれたって感じかな?このままゴールまで抜きつ抜かれつの猛レースを楽しむのもいいと思うけど?』
「無理無理無理無理!この状況続けるとか絶対無理!メイト15、現在位置とアイヴィー隊との待ち合わせ場所までの所要時間は!?」
『あと五分ほどです。それまで頑張ってください』
「アイヴィー隊!あと五分で着くそうですけど準備はできてます!?」
『問題ない。あとはお前たちが突っ込んでくるだけだが……どれくらい速度が出てるんだ?まだ俺たちには全く見えないが』
五分で到着する位置と聞こえていても、まだアイヴィー隊の待機している場所から周介たちのバイクの光などは全く見えていなかった。単純に建物が多く視界が悪いというのも理由の一つだが、周介たちが道交法を完全に無視した速度で走っているのも原因の一つである。
「結構頑張って飛ばしてます。けどあと、どれくらいで追いつかれるだろう……ちょっとやばいかも!誰か援護してくれないわけ!?ドク!ミーティア隊とかに援護はお願いできないんですか!?」
『いやぁ、さすがにちゃんと勝負に乗ってくれている人物に不意打ちでの攻撃とかは僕にはできないなぁ。こういう時は正々堂々っていうのも結構大事だと思うよ?』
「そんな余裕俺にあると思ってんですか!?正々堂々勝てるなら最初からそうしてるっての!」
単独で勝てる気がしないからチームを組むのだ。それを推奨しているドクが今更正々堂々とか言ったところで全く説得力はなかった。
この状況を楽しんでいるのだということを理解した周介はもうドクをあてにするのをやめていた。