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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
三話「外れた者の生きる道」
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 彼らは首都高に向けて加速しながらバイクを操っていた。週末の夜だというのに、いつもに比べ驚くほどに車の数が少ない。


 普段であれば車両の間を縫うように移動しなければいけないところを、今夜は大手を切って、まるで凱旋するかのように堂々と走ることができていた。


「リーダー、今日は気持ちいいっすね!車も少なくて最高だ!」


「あぁ!今日は飛ばせそうだな!事故情報はどうなってる?」


「C2の王子方面は事故って渋滞してるみたいっすね。6番も同じく。今日はC2の時計回りにしますか!」


「そうだな。C2回りながら他の連中拾って、最後は適当にどっかにぶっ飛ばすぞ!」


 リーダー格の青年の言葉に、十人以上のバイクに乗る青年たちが低い声で唸りを上げる。


 彼らのバイクはすべて速度を出すために改良を施されている。カーブの多い首都高ではその最高速度を活かすことはあまりできないが、首都高で走ることで仲間たちと合流し、最後に直線の多い別の高速道路を走ることで最高速度を楽しむというのが彼らの走り方だった。


 常磐道から駆け抜ける彼らは、分かれ道を慣れた様子で選択し、最小限の減速で駆け抜けていく。


 その走り方は見事の一言に尽きる。単純に高速道路で如何に速く、減速せずにいられるかというのを突き詰めた走りだった。


 周囲に車がいればもう少し気を使った走り方をする彼らだが、今日に限っては車は異様なほどに少なかった。


 すれ違う車も、追い抜く車も少ない。いや、ほとんどないといったほうがよいだろう。最後に見た車もすでに十分前にすれ違ったきりだ。


 彼らにとっては最高のコンディションに近い。天気も良く風も少ない。気温はやや低めだが、それがまた、普段よりも強く風を感じさせてくれる。


 普段ではできないギリギリのコーナリングも、余裕を持った立ち上がりも、彼らがそうしたいと思える走行がすべてできる環境だった。


 時には縦列になり、時に隊列を組む。彼らが思う『格好いい』と思える走行を単純に行える。その日は最高の走りができるかもしれないと全員が確信する中、先頭を走るリーダーがそれに気づく。


「おい、工事だ。速度落とせ!左側によれ!」


 彼の視線の先には工事中を示す点滅する黄色い明かりと、車線が減ることを明示している看板が見えた。


「工事の情報なんてなかったっすよ?緊急かな?」


「事故かもしれねえな。範囲が広いかもしれねえ。全員速度落とせ!縦列気味に進むぞ!」


 先ほどまで広がっていた隊列を縦に長くしていき、細い道でも問題なく通れるように隊列を変えた後、全員が速度を一気に落としていく。


 せっかくいい気分で走れていたというのに台無しの気分だ。そんなことをチームの何人かが思ったが、同時にこういうこともあるだろうというあきらめもあった。


 ここは専用のコースではない。今までがそうであったように、今日もまたこういう工事などがあるのは仕方のないことだ。


 そんなことでいちいち不満を上げるようなものはここにはいない。全員が事故などを起こさないようにしっかりと工事区画を明示する三角コーンを避けるように道の片方へと移動していく。


「随分と長いっすね。やっぱ事故かな?」


「かもな。おい!他にも事故がないか調べろ!場合によっちゃルートを変える!」


「了解っす!」


 チームメイトに指示をだし、事故情報や工事情報などを調べさせていると、工事区画をようやく抜け車線が復活する。


 ようやく広く走ることができると思った瞬間、それがリーダーの目に入った。


 車が横付けになっている。横転しているわけではない。二つの車線をまたぐように、まるで走ることを妨害するかのように止まっているのだ。


 そしてその向こう側には、何人もの人影があった。強いライトの逆光によってそれが一体どんな姿をしているのかを知ることはできない。


「全員止まれ!止まれ!!」


 そこにいる人間がいったい誰なのか。それを把握するよりも早くリーダーは全員に聞こえるほどの大声を発する。


 全員がその声を聞いて急遽ブレーキを作動させて高速道路のど真ん中で停止する。速度を落としていたおかげで異常に気付いてから十分に止まることができたが、それでも車線をふさいでいる車両までの距離はおよそ二十メートルというところまで迫っていた。


「なんだありゃ、事故か?」


「あんなライト着けて事故ってか?なんか妙だな」


「あいつらなんだ?道をふさぎやがって、邪魔くせえな」


 チームメイトがぼやく中、リーダー格の人間は目の前にあるその光の中に立っている一人の人間を見ていた。


「そこまでだ」


 拡声器か何かで大きくなった声がチーム全員に届く。僅かにハウリングを含んだその声を聞いて、何人かが耳をふさごうと手を側頭部に当てている。だがヘルメットをしている状態ではそれは無意味だった。


 声はまだ幼いように思えた。男の声のようだが、まだ完全に声変りをしていないような、そんな声だった。


 だがどこか重い声だ。リーダーがそう思いながら光の中にいるその人物に目を向ける。


 その人物は、車線をふさぐ車の前に位置取り、チーム全員を前に堂々と仁王立ちしていた。


「んだてめぇ!どけや!邪魔だボケ!」


「ひき殺されてえのか!どけ!」


「何考えてやがんだゴラアァ!」


 ガラの悪い怒声が響き襲い掛かる中、周介は仁王立ちしながらこの状況を作ってしまったことを深く後悔していた。


 周介がとった手段、ドクと相談した結果行ったのは単純だった。相手を足止めする手段として、相手の足を一時的にでも止めることにしたのだ。


 ドクの協力で偽情報を流してもらい、相手が来る方向を誘導したうえで瞳と合流し、瞳の人形たちの力を借りて工事現場による車線封鎖をし相手を減速させ、強いライトをつけて自分たちの存在をアピールしながら車線をふさぐようにして横付けした車によって相手の足を止める。


 これによって多少なりとも足止めをしようとしたのである。


 非常に危険な行為だ。いくら減速させていたとはいえ、高速道路で車両を使って車線をふさぐなど、大事故を引き起こしかねない行為だ。


 相手がどのような走り方をするのかを知っていないとできない手法でもある。事前の情報があったからこそ、できた方法だといえる。


「お前らのリーダーに用がある。先頭にいるお前か?」


 罵詈雑言が飛んでくる中でも、拡声器によって周介の声はよくとおる。先頭にいるリーダーと思わしき人物が周介の方を向いて強い視線を向けてくるのを周介は理解していた。


 体がわずかに震える。あんながらの悪そうな連中に話しかけるなどと周介は今までやってこなかった。


 少しでも間違えれば袋叩きにされるなと、周介は一種の覚悟を決めながら腹を据えて話をしていた。


「一騎打ちを申し込む。俺と速さで勝負しろ」


 周介が行うのは単純明快な勝負の申し込みだった。捕らえるでもなく、追うでもなく、まずは一対一の状況に持ち込もうとした。


 リーダーである人物さえ捕らえてしまえばいい。この状況で言えばリーダーだけでも分断させられればいい。


 最低限、時間さえ稼ぐことができればいいのだ。そこから少しずつ相手を分断していけばいいだけの話で、この申し出が断られても何の問題もない。


 車線をふさいだ車の両脇は、バイクが通る分には十分な隙間を作ってある。通り抜けようと思えば通り抜けることは可能だった。


 だが、まったく相手にされないというのも問題だ。まだ時間は一分程度しか稼げていない。ビルド隊が仕事を完了させるためには、まだ時間を稼ぐ必要があった。


「なんで俺が、んなことしなきゃいけねえんだ。アホ抜かしてんじゃねえぞ」


「まぁそうだよなぁ……乗ってこないよなぁ……どうしますドク、このままだと時間稼げそうにないんですけど」


 相手には聞こえないように小声で無線の向こう側に助けを求めると、ドクは少し悩むような声を出してから『そうだ!』と何かを思いついたような声を出す。


『彼らのような人種は煽られると乗ってくる傾向にあると思うよ?挑発してやるんだ。なるべく強い口調でね。弱弱しい口調だと舐められる。なるべく強く、上から目線で行こう』


「本当ですか……?挑発って……どうなっても知りませんよ?」


 挑発という行動自体はあまりやったことはない。相手がどんな人種だろうと別に喧嘩をしたいという趣味は持ち合わせていなかったのだ。当たり前といえば当たり前だが。


「なんだ、ビビってんのか?速さ自慢のチームっていうから結構楽しみにしてたんだが、期待外れか。速さよりも群れてる方が好きなお遊びチームだったか」


 安い挑発だった。どんな言葉で相手が頭にくるのかなど周介は考えていない。だが相手が無視もできるように、意図的にチープな言葉で周介は挑発した。


 こんな安い挑発には乗らないでほしいと周介が心の底から願っていると、その答えは怒号となって返ってきた。


 リーダーであると思われる人物は動かない。だがその後ろにいるチームの人間たちは罵詈雑言の嵐を周介に向けていた。


 曰く、ふざけるな。誰に向かって口をきいているのか。お前なんて周回遅れだ。リーダーなめんなよ。などなど、もはや何を言っているのかも聞き取れないほどの声がバイクのエンジン音とともに響いてきた。


『思いっきり煽ってどうすんの。あれ絶対襲い掛かってくると思うけど』


「なんであんな簡単に挑発に乗るんだよぉ……いい歳して煽り耐性ゼロかよぉ……!ドク、どうしてくれるんですか、相手のボルテージマックスですよ」


『いやぁいい挑発だった。コングラチュレーション。見事だったよ。お手本のような挑発だ』


 無事に戻ったらこの人を絶対にグーで殴ってやろうと周介が決心する中、周介に向けて放たれる罵詈雑言は止まらない。


 可能ならば、挑発というにはあまりにも稚拙な言葉を聞いて逆に冷静になってほしかったのだが、どうやら言葉選びを完全に間違えたようだった。


 あのような人種との関わりがなかった周介にとって、あのような人種がどのような言葉に反応しやすいのか知らなかったのが致命的な原因だといえるだろう。


 罵詈雑言を飛ばしてくる暴走族の中で、唯一リーダー格の人間だけが暴言を吐いていない。まだリーダーは冷静であってほしいと願っていると、その願いが通じたのかゆっくりとその手を挙げてチームメイトを静かにさせる。


『しっかり統率が取れてる……間違いなくあれがリーダーってことかな』


「みたいだな……あれがついでに能力者だといいんだけど」


 資料を見る限りはあのバイクに乗る、あの体格の男が能力者である確率がかなり高いということになっている。


 能力者でありながらしっかりとチームを統率できている。ある種のカリスマはあるようだと周介たちは判断していた。


「お前、何が目的だ?ただの速さ勝負じゃねえだろ」


 話をしようとしてくれるその姿勢に周介は感謝しながら、周介は残り時間を確認し、ゆっくりと指をリーダー格の人間に向ける。


「お前だよ。俺が勝ったら、お前を俺のチームに入れる」


「……俺が勝負を受けるメリットがねえだろ。勝負したいってんならもちっと条件整えてこいや」


 ただの勝負は受けない。チームを背負うものとして、無責任な行動はとれないということだろうか。暴走族を率いているにしては妙に常識的な奴だと思いながら、周介は震えそうになる体を押さえて指をゆっくりと自分の目の部分に向ける。


「お前の目の秘密、知りたくないのか?」


 それは揺さぶりだった。相手が能力者であるのなら、それが一体どのような意味を持つのかわかるはずだ。それが一体何なのか気になるはずだった。


 時間稼ぎと同時に交渉を進める。周介は自分の中にある僅かな勇気をかき集めて十を超える暴走族と対峙していた。


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