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「周介君、初めてのミーティングはどうだったかな?」
「緊張しましたよ。それより、その……」
周介はミーティングが終わった後にパソコンなどを片づけているドクのもとに歩み寄り、その近くに居る女性の方を見る。
彼女の方を向いていることに気付いたからか、ドクはそういえば忘れていたという表情を浮かべる。
「そうだったそうだった、周介君にはまだ紹介していなかったね。彼女は小太刀部隊の隊長の」
「柏木弥栄子だ。初めまして、百枝周介君。君のことはドクターから聞いているよ」
「は、初めまして。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。四月から小太刀部隊に配属になりました、百枝周介です」
深々と頭を下げる周介を見て、柏木は苦笑してしまっていた。周介が挨拶をしなかったことを後悔しているということを察したのか、深々と下げたままの頭を見てその肩に優しく手を添える。
「気にしなくてもいい。能力者になってからいろいろとありすぎたのも知っている。君はまずはこの組織に慣れることだ。何もかもそこから始まる。そして、今夜無事に戻ってきなさい。いいね?」
「は、はい。わかりました。大隊長」
「大隊長か……まぁ間違ってもいないのだろうが、そう呼ばれるのは正直複雑な気分だよ」
周介たちのような小太刀部隊にそれぞれ小隊とでもいえる部隊がいるのだから、それを統括する隊長が大隊長というのもまた間違っていないだろう。
小隊、中隊、大隊という区切りは周介にはよくわかっていなかったが、目の前にいる女性が大隊長だということは、目の前に立ってよく実感していた。
何といえばいいのだろうか、周介は自分の頭の中にある言葉の中で適切な表現を見出すことができなかったが、雰囲気とでもいえばいいだろうか。それが違うのだ。
今までいろいろな能力者に会って来た。その中には大人もいた。だがそのどの大人とも違う。
唯一似ている存在を上げるとすれば、校長だろうか。落ち着いた、凛とした大人の雰囲気を持っている。そんなことを感じさせる女性だった。
「それでは私はこれで。君の無事を祈っているよ」
「ありがとうございます。行ってきます!」
姿勢を正して敬礼した後、周介は待たせていた瞳と一緒にミーティング用の会議室から出ていく。
その姿を見送ってから、柏木は小さくため息をつきながら腕を組み、壁に背中を預ける。
「ドクター、彼の装備は万全か?」
「万事つつがなく。すでに準備はできていますよ」
「彼はもはやこの拠点には欠かせない存在だ。決して失ってはいけない。ミーティア隊にも、彼の援護を最重要課題とするように伝えなさい」
「了解しました。ですがいいんですか?今回は国交省からの依頼ですよ?前回のこともありますし、ちょっと依頼に注力したほうがいいんじゃないですかね?」
それは以前少しドクが語った高速道路でやらかしてしまったという内容だった。以前は依頼ではないものの、高速道路で少々派手な戦闘をやらかしてしまい多少なりともお叱りを受けていたのである。
今回国交省からの依頼ということもあり、その時の借りを返す意味でも依頼をこなすことを優先するべきなのではないかとドクは考えていたが、柏木はそうは考えていないようだった。
「失敗や醜態はこれからの功績でいくらでも返上できる。だが人は失えば二度と戻ってはこない。優先順位を間違えるな。国交省への借りは必ず返す。だが何よりも優先するべきは人材だということを忘れるな。君はそういうことをたまに忘れるからな……注意しなさい」
「お恥ずかしい。テンションが上がってしまうと人材よりも開発を優先しがちですからね。電力が安定して供給されてるおかげで毎日徹夜ですよ」
「他の部署からも苦情がいくつか届いている。ほどほどにしなさい。早期対応しないと工房の使用を制限しなければならなくなる」
「それはいけない!早急に対応しましょう。今までの反動が出ただけですからね、少しすればまた落ち着きますよ。で、彼と話してみてどうでした?」
彼というのが周介のことを指しているのは柏木も理解できている。だが会話をしたといっても一瞬のことだ。ほんの一分も会話していない段階で何かを感じるというのは難しい。
だが柏木は何かを感じたのか、わずかに目を細めて周介たちが出ていった扉の方を見る。
「危うさを感じたよ。今彼はまだ自覚していないかもしれないが……何といえばいいのかな……脆い足場を平然と走っていくような、無自覚の無謀さを感じた」
「へぇ、それはそれは……彼はどっちかっていうと臆病というか、怖いことをしたくないというタイプの人間ですよ?」
「それならいいんだがね。私の思い違いならそれで構わない。何より、そういう無茶をしてもよいことはあまりない。君は彼を表に出したいようだが、私は……あれを見る限りあまり賛成はできんな」
「そういわないでください。彼の能力は外に出て初めて真価を発揮するタイプのものなんですから。まだまだ彼は成長しますよ」
「これ以上は平行線だな。あとは彼らが無事に戻ってくることを祈るとしよう」
大隊長として、今回の作戦の無事を祈りながら柏木はため息をつきながらその部屋を後にした。