0120
その週末は、周介が思っているよりもずっと早く訪れていた。
学校が終わった後に周介は瞳たちとともに拠点を訪れ、それぞれ準備を進めていた。
そして装備を身に着けた状態で拠点の中にある大会議室に向かうこととなる。
「なんか安形がそれ着てるのって新鮮だな。ちょっと俺のとは違うけど」
装備を身に着けた瞳のそれは、周介が身に着けている装備とは少し異なる。
周介の装備は走行用の物だけではなくいろいろと付加装備が取り付けられているのに対し、瞳の装備はシンプルに走るためだけのローラー系と、いくつかの接続用のアタッチメントがついているだけだ。
おそらくは人形の中に入るときに必要な接続具なのだろう。個人に合わせた装備が取り付けられているというのはやはりドクのこだわりが出ているといったところだろうか。
「あんまりこんなにぴっちりした服着たくないんだけど……体のラインが出るから……」
「安形細いからいいじゃん。悩殺もんだぜ」
「それ絶対褒めてないでしょ。もうちょっとこの辺りのプロテクター増やしてもらわないと」
「プロテクターじゃなくて装甲な。装甲。そのあたり重要だぞ」
「はいはい。じゃあ腰回りの装甲を増やしてもらうようにお願いする」
周介たちが身に着けている装備の装甲は、肩、胸部、腕部、そして腹部、脚部などに取り付けられているものの、動きやすくするために関節部分にはあまり取り付けられていない。肘と膝のように、一定以上は曲がらない構造をしている部分は取り付けられているが、首や腰、股関節のような可動域の広い部分にはあまり取り付けられていなかった。
首部分にあるのはヘルメットと接続できるパーツがあるだけであまり防護はされていない。頭部につけるヘルメットには通信機も内蔵されており、これをつけるだけで会話が可能だ。そして顔を隠すためのフェイスカバーも取り付けられている。フルフェイスのヘルメットに近い形をしている。
「これだけ見ると完全に戦隊もののヒーローって感じだな。あるいは仮面ライダー的な」
「変身とか言ってすぐに装着できればそれっぽいんだけどね。さすがにそれは無理でしょ」
「もったいない、素材は十分なのにすごくもったいない。変身とか言ってみたい。ポーズとか決めながら言ってみたい」
「言ったあとに自分で着替え始めるんでしょ?それはダサい。ものすごくダサい」
「言うな、それは言ってくれるな。即座に着脱ができない以上仕方がないだろ」
周介たちの装備は基本的に自分たちできる以外に装着法がない。周介の装備だけは回転を利用して各装備などを接続したり装着する男子が喜ぶギミックが多々取り付けられているが、それも瞬時に装着できるようなものではないのだ。
「人形にもこれ着せたんだろ?大変だったんじゃないか?」
「まずはあんたが一度に動かせる二十体に着せた。男性タイプ十体、女性タイプ五体、大型五体、大型を除いてそれぞれ装備はあたしたちのそれと同じね」
「大型ってのはあれだよな?クマ型ってことだよな?」
「似たようなもの。ふかふかしてるからクッション代わりにもなる。あたしが着る用の装備。多少重いけど、その分パワーは出せるから」
今までの訓練で、周介が自分の周囲にあるローラーを安定して動かせる数は三十セット程度にまで増えていた。
調子がいい時などはもっと増えるが、今の訓練ではこれが限界だ。これからもっと増えていくであろうことは間違いない。
自分たちの移動や、体に取り付けた装備などを動かすことも考えて、周介は意図的に三十二まで抑えてもらったのだ。
「ただ、あんたのそれ、使えんの?」
「可能な限り練習はしたから、たぶん大丈夫だと思う。あとは体に当たらないように祈るのみだ」
ドクが作ってくれた空中移動を可能にするための射出可能なワイヤー付きのアーム。これをうまく使えれば所謂ワイヤーアクションが可能になる。
だがそれは上手く使えればの話だ。今までの練習の中で周介は何度か危ない目にも遭っている。
戻ってきたアームにぶつかったり、ワイヤーを巻き上げる時の回転速度を上げすぎてむち打ちになりかけたり、途中でアームが外れてしまい落下したりと、割と散々な目に遭っている。
だがそれを乗り越えて何とか普通に、若干かっこよくはないが扱えるようにはなってきているのだ。
問題はこれを実戦で使えるかどうかという話である。正直に言えばまだ実戦に耐えるほどの練度はない。使えたとしても一回か二回、それも万全の態勢が整っている状態に限られるだろう。
使わないに越したことはない。というか使わないほうがいい装備だ。
「結構危ない装備だし、そのあたりはあんたに任せるけどさ、普通に当たっただけでもいたそうだったし」
「それはマジで思う。普通に痛かった。これを武器代わりにしてもいいんじゃないかって思うよ」
ワイヤーの先についているワニ口のアームは、単純な開閉だけを行う部品だが、それでも金属であることに変わりはなく十分以上の重さを持っている。
当然当たれば痛い。下手すれば、いやうまく使えばこれを当てるだけで相手を倒せるレベルだ。
少なくとも移動のためだけの道具にしていいとは思えなかった。普通に攻撃もできる武器になり得る。
これは使わないほうがいいなと、周介は考えていた。
「お、来た来た。百枝お疲れ」
「おうお疲れ。やっぱその装備格好いいな」
「そっちもな。こっちは軍服チックだけどそっちはヒーローチックでいいじゃん」
周介は会議室にやってくるとすでに隊服に身を包んでいる手越と合流した。そこには桐谷と、他のアイヴィー隊のチームメイトもいた。
同じように手越のそれと似た軍服のような隊服に身を包んでいる。それがアイヴィー隊の隊服なのだろう。
「そういや、百枝はうちの隊長とちゃんと話すのは初めてだったよな?これがうちの隊長、小堤先輩だ。もう一人が大網先輩、一度高速であったことはあるだろ?」
「あぁ、あの時の。その節はお世話になりました」
「久しぶりだ。元気そうで何より。結局こういう荒事に巻き込まれるようになったんだな」
「それは、まぁ、仕方ないといいますか」
「まぁほどほどに頑張れ。改めて、小堤純也だ。アイヴィー隊の隊長をやっている。コールサインはアイヴィー01だ。よろしくな」
「初めまして、百枝周介です。新しく部隊作ったんで、よろしくお願いします。まだ名前はないんですけど」
小堤は身長の高い細身の体型をしている。机のすぐ近くに盾のようなものが置かれているのはおそらく彼の装備だろう。
周介は高速道路で彼らと遭遇していた時に、盾を持っていた人物がいたのを覚えていた。あれが小堤だったのだろうと、周介は理解していた。
「初めまして新入り君。私は大網和江、コールサインはアイヴィー03。よろしくね」
「よろしくお願いします。百枝周介です。先日はありがとうございました」
「無事帰れたようで何より。うちのと相部屋なんでしょ?仲良くしてあげてね」
周介が手越と相部屋だということもあって、ある程度の話は聞いているのか、大網と名乗った女子隊員は周介の手を取って握手をする。
アイヴィー隊、隊長の小堤、そして隊員の手越、大網、桐谷の四人で構成されているチーム。
小堤と大網の二人が先輩で、手越と桐谷が同級生ということもあって親しみやすそうな面子のようだった。
「ちなみに先輩は俺らの一個上なんですか?それとも二個上?」
「一つ上だな。だから鬼怒川と同年代だ。この間は案内できなくて悪かったな」
「ごめんね、別件で仕事してたから……」
「いえ、気にしないでください。鬼怒川先輩がしっかり案内してくれましたし、仕事があったんじゃ仕方ないですよ」
能力によって割り当てられる内容が異なるということもあり、その状況によって手が空くかどうかというのは状況によって異なるため仕方がないのだろう。
手越と桐谷の手が空いていても、先輩二人の手が空いていないこともあればその逆もあり得るということだ。
「俺らは結構体よくつかわれるからな。特に先輩らの能力は案外汎用性があるから地味に要請されるんだよ。俺もよく呼ばれる。うちのメンバーであんまり呼ばれないのって桐谷くらいじゃないか?」
「私だってたまに呼ばれる。実験のときとかに」
「ということで、俺らは結構多忙なんだよ。お前みたいな常駐系の仕事じゃないから場所が毎回変わって面倒なんだ」
「なるほど、それは大変そうだな」
周介の場合自分たちの個室で発電が可能なために、常駐しているといえばその通りだ。
「けど、聞いてるぞ。百枝のおかげで拠点の電力の大半が賄われてるって。ありがとうな。いつも薄暗い拠点は嫌だって話してたんだ」
「確かに、電気がついてすごく明るくなったよね。助かってるよ」
「いえ、俺はただ部品回してるだけなんで」
発電の設備を作ったのはドクたちだ。周介はたまたまそういった能力を持っていたからそれを活用しているだけ。
だがこうして感謝されるのは悪くないなと、そう感じていた。
そんな中、周介は小堤の近くにある盾に注目した。
非常に薄く、プラスチックか何かの素材でできているのだろう。軽い素材でできているようだった。
これで攻撃を防ぐことができるのだろうかと少し不思議になってしまう。
「ん?あぁこれか。これが俺の装備の一つだ。持ってみるか?」
「いいんですか?うわ!軽!」
周介が考えていた通り、持ってみるとその盾は恐ろしく軽かった。想像していたよりもさらに軽く、片手でも簡単に持てるし振り回せる。
横幅は六十センチ程度、縦幅は一メートルあるかないかといったところだろうか。非常に薄く、厚さ自体は数ミリ程度しかない。これでは満足に攻撃を防ぐことができるとは思えなかったが、周介は過去、この盾で何度も攻撃を防いでいる姿を見ている。何か仕掛けがあるのだろうと考えていた。
「先輩の能力を使えば、それが最強の盾になるんだよ。俺らも結構世話になってる」
「やっぱ能力か。これのままじゃ殴っただけで壊れそうだもんな」
「確かにな。だけどこれが大事なんだ。いざって時は頼ってくれていい」
自信、というより責任感に満ちたそのセリフに、周介は素直に格好いいと思ってしまっていた。
これが歴戦の能力者なのだなと感動すらする。いつか自分もこんな風になるのだろうかと少しだけ目標ができた気分だった。