0117
「あー、あー……くっそ、まだ耳がガンガンする!」
「いやごめんね!迎えていろいろ紹介しようと思ってたのに逆に迎えに来てもらっちゃって!」
「本当ですよ!あそこもうちょっと防音っていうかいろいろやったほうがいいですよ!」
「三人とも声大きい。もうちょっと小さな声でしゃべってくれる?」
先ほどまで騒音に満ちた部屋に居たせいか、三人の声は未だ大きいままだ。単純に耳が聞こえにくくなってしまっているというのもあるだろう。
だが廊下で待っていた瞳と白部からすれば三人がただ大声で喋っているように見えてしまうためにあまり良い顔はできなかった。
「ごめんごめん、あそこも活気づいてきたからね。これも周介君のおかげだよ。いろんな機材を一気に使えるようになったからもうみんなテンション上がっちゃって」
「あぁ、やっぱりそういうことだったんですね。電力の供給量下げたほうがいいかなぁ……」
「とんでもない!あれだけの機材を一気に動かそうと思ったらもっと電力があってもいいくらいさ!正直なことを言えばもっと機材増やしたいからもう少し電力の供給量を増やしてほしいくらいなんだよ」
「百枝電力会社様様だな。でもドク、あんまりそういう工具関係?機材関係?増やしてもいいんですか?大隊長とかがいい顔しませんよ?」
大隊長というのが小太刀部隊のトップであるというのは周介も何となく理解できていた。未だ会ったことはないが何度か会話に上がったことがある人物である。
「大丈夫、そのあたりはすでに説得済みだ。どんどん増やしてどんどんこの拠点を快適にしていこうっていう考えのもといろいろと開発してるから。決して私利私欲のために機材入れてるわけじゃないから。ちょっと暇つぶしっていうか、作業の合間に私的な開発をしてるだけだから」
「めっちゃ言い訳臭いですけど……」
ドクが明らかに視線を逸らせているあたり、明らかに私的な開発も行っているのだろう。それが誰かの個人装備というのもあってあまり強くは出られない。
おそらくは小太刀部隊の隊長もそういった部分を知っているからこそあまり強くは出られないのだろう。
この組織はあらゆる技術などが集まってくるため、自分の想像したものを実現しやすい環境にある。
技術もあり知識もあり、機材も材料もそろえられる。しかも私的に使用が可能になってしまうのだから始末に負えない。
そういう場所に想像力と製作意欲にあふれる技術者を放り込んだらどうなるか想像に難くない。というかすでに現実にその状況が出来上がっているのだ。
「ちなみにドク、目の下のクマがすごいことになってますけど、一体どれくらい寝てないんですか?」
「ん?まだ二日だよ」
ドクの目の下のクマは深々と体調不良を訴えている。二日といったが、おそらくその前にも何日も徹夜をしているのだろう。
そして二日前に寝たといっても、その時間は微々たるものであるということがすぐにわかる。興奮しすぎて寝られないのだ。それだけ作り出すものが多いというのを喜ぶべきなのかは正直微妙なところではあるが。
「どうする?この説明が終わったら一度拘束して強制的に眠らせるか?」
「小太刀部隊の中に強制的に眠らせるような能力者っていないのか?ドクこのままじゃやばいだろ」
「いつもこんな感じだけどね。もしあれならエイド隊の人に頼んだら?精神を安定させる能力を持ってる人とかいたはずだし」
「テンション上がると寝られなくなるのはよくわかる」
いくらテンションが上がってしまっているとはいえ、このまま動かし続けているときっとどこかで倒れるだろう。
一度無理矢理にでも休ませたほうがいいと思うのだが、この状況ではドクが大人しくしてくれるとは思えなかった。
手越の言うように拘束して強制的に眠らせるのが一番よいような気がしてならない。
「ドク、さすがに休んだほうがいいと思うんですよ。納期とか余裕があるなら休んだほうが効率的に仕事できると思いますよ?」
「何を言うんだい!休んでるなんて暇じゃないか!暇があったらいろいろ作りたいんだよ僕は!」
「作るんじゃなくて休めよって話なんですけどね。休むために休まないと」
「お、なんか哲学っぽいな」
休みというものがいったい何のためにあるのか、それは文字通り体と心を休めるためにあるのだ。
ドクの場合、休んでいるときにも別の何かを作ろうとしてしまうために休憩が休憩としての役割を果たしていないのが問題なのだ。
「ちなみに食事とかってどうしてるんですか?まさかあそこで?」
「大丈夫だよちゃんと食べてる。あそこにはカロリーメイトとか栄養剤とかがたくさん備蓄してあるからね。ちゃんと三食食べてるよ」
「ダメだ、あの場所の環境から変えないとダメだ。手越、何とかお偉いさんとかに掛け合えないもんかね?」
「大隊長にお願いしてみるかなぁ……さすがにこれはなぁ」
この様子から察するにドクだけではなくほかの製作チームの人間も同じような状況になっている可能性が高い。
健康的に過ごせるような環境を作らないとこの状況は改善されないように思えてならなかった。
もっとも彼らがそれを望まない限り改善は難しいのかもしれないが。
「えっと、じゃあ説明始めますね」
拠点の中にある会議室のうちの一つで白部の説明を聞いていた。本来であれば今回の作戦に参加する人物全員に聞いてほしいところだが、全員の予定がつくことなどあり得ないと判断した白部はとりあえずドクに話をするつもりのようだった。
ドクも自分の体調を理解しているからか、録画用のカメラとレコーダーを用意している。いつ自分の意識がなくなってもいいようにしているようだった。
そんな状態になる前に休んでほしいのだが、そのあたりは今更というところだろう。周介ももはやこれ以上何も言うつもりはなかった。
「今回目標がいるのは『ランアンドラン』という暴走族。結成は約一年前。もともとは別の小さなグループだったのが、今回の目標の能力者の参入をきっかけに徐々に大きくなっていったもの。参加人数は、確認できているうえで最大三十八人。警察は半年くらい前からこのチームを追っているけど、一度も捕まえられていない。そのあたりはドクからもらった映像通り。警察のデータもあさってみたけど、警察の車とか一般人を巻き込んだ事故は一度も起きていない」
軽く警察のデータもあさったというあたり、そういったことが得意な能力なのだろう。だがこの能力はかなり危ない能力なのではないかと思えて仕方がなかった。現代の情報社会で見つけられない情報がないほどだ。
「そのチーム名はどこ情報だい?本人たちの自己紹介文章でもあったのかな?」
「似たようなものがありました。正確には警察の映像を解析していて、その中でチームの一人が名乗っていたものをチーム名と判断してるみたいです。正確なチーム名というよりは、警察の中での呼称といったほうが良いかもです」
名前はともかく、三十八名もの人間が参加しているとなればかなりの大所帯だ。その能力がどのようなものなのかはある程度判明しているとはいえこの人数相手に油断はできないだろう。
「彼らの走行ルートとしていくつかパターンができていまして、そのパターンを走り、参加できる人物が参加するという流れのようです。比較的参加率は高く、その時間は大抵深夜に設定されているようです」
そう言いながら白部は会議室にあるパソコンを使って撮影されている監視カメラの映像などを出して曜日ごとに振り分けていく。
そのすべてで、大体高速道路の映像が映っており、料金所に大量に向かうバイクの姿が何度か映っているのが見て取れた。
「これだけ見ると民族大移動みたいだね」
「似たようなものです。時にはほかのチームも巻き込むことがあるようですね。乱闘騒ぎに発展していないのが不幸中の幸いでしょうか。その中で今回の作戦、週末における走行ルートは始まりに首都高、そして首都高を何度か周回したのち、その日によって埼玉方面、神奈川方面など、別の高速を利用し多方面へと移動します。首都高内で捕捉するのが最も確実かと思います」
「周回って、首都高をぐるぐる回ってるってことか?何の意味があるんだそれ」
首都高というのは一応円を描くように構成されており、回ろうと思えば延々と回っていられる山手線のようなものだ。
とはいえその動きはどちらかというと、途中で合流しやすくするための準備運動のようなものなのだろう。
どこに住んでいる人間でも参加できるように考えたコースプランのようなのだが、走る理由がよくわからないためにただ燃料を無駄にしているだけのように思えてしまっていた。
特に周介のように能力によって動けているわけではない。彼らは普通のバイクで普通に走っているのだ。
多少能力によって加速しているのかもしれないが、それだけだ。燃料だってただではないのに何でそんなことをするのだろうかと、そういった趣味を持っていない周介達は疑問符を浮かべていた。
だがそんなものはそういった趣味を持っていないものにとっては一生理解できないことだ。今重要なのはそこではない。
「で、連中のトップの人間がどういう動きをするのかはわかってるんだろ?」
「映像とかを確認した限り、念動力。しかも条件がいくつかあると思っていい。自分だけじゃなくほかのものにもかけることができる。ただ、その範囲に限定があるのか、あるいは本人にやる気がないのかは判断しかねる」
「手越と同じ意見って感じか。実際問題どうなんだろうな。できないのかやらないのか」
映像を見た手越も、白部と同様の考えを持っているようだった。映像を見た人間からすればそういったことはすぐにわかってしまうのだろう。
後は根本的な部分の解析だ。
「ドクはどう思います?」
「僕個人としては、普通にやりたくないからって気がするよ。群れている人間っていうのは単純な力だけによってくるだけじゃない。何かしらのカリスマがあってのことだ。力を見せつけすぎると、逆に人は離れていくものさ」
「力を見せつけないようにしている。そういうことですか?」
「確証はないけどね。単純にできないだけかもしれないし、あるいはそれをやりたくない理由でもあるのかもしれないよ?」
それが何なのかまではわからないけどねとドクは笑いながら頭をグラグラと動かしている。今にも寝落ちしそうなドクを見て、早いところ話を進めたほうがよさそうだと、白部は小さくため息をつきながら次の話に移っていた。