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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
三話「外れた者の生きる道」
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 単純な動きをしたつもりはない。むしろ手に捕まらないように、捕捉されないように走り回ったつもりだった。


 文字通り縦横無尽に駆け抜ける周介の動きは確かに一見すれば何の法則性もないように見える。実際周介は何か法則性を持って動いているわけではないのだ。言ってみれば思い付き、何となくこっちに動こうといった行き当たりばったりな感性で動き回っている。


 だがそれすらも手越に誘導されているということに周介は気づけていない。


 これ見よがしに上空を旋回するいくつかの手が、無意識のうちに周介の移動する方向を決定させているのだ。手越はあえて見えやすい場所にいくつも手を配置し、残った手を見えにくい背丈の高さに、そしてさらに見えにくい足元に配置することでより周介を奇襲しやすくしているのである。


 これは技術ではなく、単純な経験の差だ。


 自分の攻撃手段を相手に見せることで、相手の動きをコントロールする。洞察力に加え十にも及ぶ手を自由自在に操ることができる手越だからできる芸当だろう。


 もちろん毎回思い通りに動いてくれるわけではない。だが周介のように未熟な能力者であれば、十回に一回程度は必ず捕まってくれる。


 それを証明するかのように、再び周介の体に拳が叩きつけられた。


 はっきり言って痛みはそこまで大きくはない。単純に手そのものの質量が少ないのが原因だろう。


 人間の拳であればそれなりに痛みを覚えただろう。人間の拳であれば衝撃で体の軸がぶれていたかもしれない。体勢を崩していたかもしれない。


 だが手だけの質量と、移動し続けている周介との相対的な速度のせいもあってそこまでの衝撃もダメージもない。


 だが周介からすれば、速度で劣る攻撃に何回も捕まるということ自体がある種の精神的ダメージになっていた。


 もっと速く動けば捕まらないだろう。もっと速く動けば躱せるだろう。そう考えて周介はトップスピードに近い速度で人形の間を駆け抜ける。


「焦りだしたな。てごやんの思うつぼだぜ?」


「そういうなって。百枝はまだ実戦経験も少ないんだろ?逆によくやってるよ。まだ能力発動して半年も経ってないのにあれだけ動けるのは大したもんだって」


「まぁ俺はあんな動き今でもできないけどな!」


「それは能力によりけりだろ?」


 福島と十文字がそんなことを話す中、手越は集中し十個の手を正確に操っていた。周介の速度が上がり、捕まえるのが難しくなったからである。


 もちろん焦っているからこそのミスも生まれている。だがそのミスのせいで、そのミスによってさらに周介を捕まえられる回数が少なくなっているのだ。


 完全に自分をコントロールできている状態であれば、相手を誘導するのだって難しくはない。相手の癖や特徴を掴んでいれば、相手に合わせて動きを変えることでいくらでも誘導できる。


 だが相手が自分を完全にコントロールできていない時、どのタイミングでミスをするかわからないために今までの、所謂捕まえられたはずの行動パターンが変化しているのだ。人形の隙間を移動し続ける周介のその速度についていける人間などいないだろう。少なくとも普通に追いかけたのでは絶対に追い付くことはできない。


 だが手越は能力者だ。手越の能力ならば周介を捕まえることはできる。


「やるなぁ百枝。でもそろそろ終わりにするぜ!」


 手越は組んでいた腕を解き、その両手を大きく上に広げる。その姿はまるで指揮者のそれだ。


 手越が腕を振るうと、その腕の動きに沿って手が宙を舞う。指を動かせばその通りに手が動く。手越が手を動かし出したとたんに、宙を舞う十の手は先ほどまでのそれとは完全に動きが変わっていた。


 周介がどれほどの速度で移動していても意味がないとでもいうかのように、手越の操る手は確実に周介との距離を詰めていた。


 単純な速度で勝てないのは百も承知。だからこそ手越は自らが操る手を効率よく、そして最短距離で周介に向かわせていた。


 逃げれば逃げるほど、曲がれば曲がるほど、周介が動けば動くほどに徐々に手との距離が近づいていく。


 追い詰められているということを周介は自覚していた。どうしようもなく逃げ切れないというのを自覚していた。


 これが経験の差だということを、これが訓練の差だということをいやというほどわかっていた。


 手越の操る手の速度は全く変わっていない。あくまで精密に動くようになっただけだ。より細かく動くようになっただけだ。


 だというのに確実に、それだけのことで間違いなく周介は追い詰められていた。


 不意に、周介の手が何かに引っ張られる。


 いつの間にか手越の操る手の一つが周介の腕をつかんでいた。


 そしてそれを視界に入れると同時に、今度は足に捕まれる感覚が伝わる。


 捕まる。


 これ以上捕まるのはまずいと、周介は理解し腕をつかんでいる手を無理やり引きはがそうとするが、掴んだ状態の手は周介の体を放そうとはしなかった。


 周介の動きがほんのわずかに鈍った瞬間、待ってましたといわんばかりにすべての手が周介めがけて襲い掛かる。


 もう駄目だと、周介は腕を盾にして身を守ろうとした。


 多量の手に捕まれる、あるいは叩かれるという光景を想像した周介だったがいつまでもその衝撃は襲い掛かってこなかった。


 恐る恐る腕を目の前から退け、自分の周囲を見る。そこには周介に襲い掛かろうとしていた手を掴み、あるいは踏みつぶす人形たちの姿があった。


 踊っていた人形が、体操をしていた人形が、戦っていた人形が、走っていた人形が、周介を守るかのように襲い掛かる手の動きを止めていた。


「その辺にしときなよ。あたしのチームメイトをそれ以上いじめないでくれる?」


 それをしたのは他でもない、瞳だった。


 周介に襲い掛かる手の位置を正確に把握し、すべてを止めて見せた。上空から飛翔してくるものも、背丈の高さから襲い掛かるものも、地面すれすれの足元からやってくるものも、すべてが瞳の人形によって止められていた。


「これも訓練だろ!安形は引っ込んでろ!」


「部外者は黙ってて。手越、ちょっとやりすぎ。あんたがその気になったら怪我じゃすまないってことわかってんの?」


「……悪い、確かに熱くなりすぎた。思ったより百枝がやるもんでさ、反省してる。悪かったな百枝」


「い、いや、俺は別に」


 周介は最後まであきらめるつもりはなかった。叩かれても掴まれても、強引に抜け出すことができると思っていただけにここで訓練が止められたのはありがたくもあり、同時にもったいなくもあった。


「おいおい安形!男がやるって言ってんだぜ?邪魔してやるなよ」


「黙っててって言わなかった?参加もしてない腰抜けは引っ込んでて。百枝は能力に目覚めて半年も経ってない。そんなやつ相手に大人げないんじゃないの?」


 瞳の言葉に、周介は瞳が自分のことをかばってくれているのだと、守ってくれているのだということを強く理解していた。


 チームメイトとしてなのか、それとも同じ訓練をした仲間としてなのか。それはわからない。


 そして目の前に広がっているこの光景こそ、周介と瞳との差を見せつけるものだった。


 もちろん能力の性質的なものもあるのだろう。だがそれでも周介が四苦八苦しながら何とか回避していたその手をいとも容易く拘束してしまっているのだ。


 能力の練度が全く違う。周介が能力の操作をようやく十行えるようになったとしても、瞳たちはその十倍、百倍の練度で能力を操れるのだ。


 それは積み重ねた研鑽の結果だ。今まで能力者として過ごした時間の差だ。決して埋めようのない時間の差、それは明確に、そしてどうしようもなく周介の目の前にあった。


 瞳の人形たちが手越の操る手を手放すと、宙に投げ出された手は上空を旋回しだす。


「どうする百枝!今日はこの辺にしておくか?」


 手越の言葉に、周介は一瞬呆けてしまっていた。ここで終わらせることもできるだろう。ここで一度休憩をはさむのも手だろう。


 だが周介としては、ここで終わらせたくはないという気持ちの方が強かった。ずっとずっと先を行く、そんな光景を見せつけられてこのまま立ち止まっているわけにはいかなかった。


「まだまだ!次は簡単には捕まらないぞ!」


 周介がやる気満々で立ち上がったのを見て、瞳は小さくため息をついて再び携帯に目を落としていた。


 そして手越もその様子を見て満面の笑みを浮かべる。


「次はもっと早く捕まえてやるよ!簡単に逃げられると思うなよ?」


 空中で飛翔する手が、まるで周介を挑発するかのように多彩な動きをする中、周介は準備運動をする。


 先ほどはわけもわからないまま掴まれた。もっと視野を広く、そして自分の速度にも対応できなければいけない。


 先ほどと同じではだめだ。先ほどと同じでは同じように捕まる。


 次はもっと速く、あるいはもっと法則を変えて走る必要がある。時には瞳の人形を利用させてもらうことも考えなければならないだろう。


「百枝」


 周介がやる気をみなぎらせていると、携帯に視線を落としたまま座っている瞳が声をかける。


 瞳は視線を携帯から動かすことなく、座ったまま周介に話しかけていた。


「次は反応できないかもだから」


 次はかばうことができないかもしれないということが言いたかったのだろう。少しだけ申し訳なさそうにしている瞳に、周介は苦笑してしまっていた。


「わかってるって。次はさっきみたいにいかない」


「そ。頑張って……応援してる」


「……だからそういうのはせめて携帯から目線外してから言ってくれないもんかね」


 そう言いながらも、周介はあの態勢の瞳がしっかりと自分のことを確認していて、手を貸そうとしてくれているということに気付いていた。


 素直ではない優しい奴。それが周介の感じる瞳の性格だった。


「来いや手越!次は逃げ切る!」


「っしゃあ!即行片づけてやる!」


 周介が高速で移動を開始すると同時に、再び手越の操る無数の手が周介めがけて襲い掛かる。


 鬼ごっこは最終的に何度も行われ、周介の体力が尽きるまで続いた。


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