0102
「到着っと。んじゃ俺と安形は訓練行くけど、お前らはどうする?」
「どうすっかな。ついでだから見ていこうかね。せっかく新入りの能力が見れるっていうならこの機会を逃す手はないだろ」
「確かに。いい機会だから見せてくれよ」
周介の能力がどのようなものなのかを確認したいのか、周介の訓練の様子を見るつもりのようだった。
別にみられて困る能力でもないため、周介は断る理由もなかった。
「別にいいけど、見てて面白いもんでもないぞ?地味だし。何より能力を使って動く訓練してるだけだしな」
そう言いながら周介は訓練場に向かい、自らの装備が置いてあるロッカーを開く。
そこには全身装甲に覆われた何着もの装備があった。
「安形、お前はどうする?」
「今日も二体くらい動かす。あんたは勝手にやってて。こっちはこっちで動いてるから」
「了解。んじゃちゃっちゃと着替えるからちょっと待っててくれ」
周介は上着とワイシャツとズボンを脱ぎ、下着と肌着だけの状態になる。近くに女子である安形がいるというのにまったく気にした様子がないのはもう慣れたというところなのだろうか。
そして周介は装備を身に着けていく。ローラーの取り付けられた脚部装備と脚部それぞれの装甲を。そして手のひらや甲の部分に専用の装甲が取り付けられたグローブと腕を守るための小手のような装備を。胸部を守るための鎧とすべての装備を接続するファスナーをそれぞれ回転させることによって接続させていく。
そして最後に頭部すべてを覆うヘルメットと、首部分を接続することで周介の装備の装着が完了する。
全身装着型の周介専用の個人装備。ドクに言わせるとまだ完成ではないらしいのだが、すでに土台となる部分は完成しているとの話だった。
「おぉぉおぉぉ!なんだそれかっけえ!ずりいぞ百枝!お前そんな装備作ってもらったのかよ!」
「俺のと全然違う!いいな!いいな!」
「おい百枝!俺のと全然違うじゃんか!ずるいぞ!」
「どうだ安形!これが普通の男子の反応なんだよ!見たかこら!」
「はいはい、わかったからさっさと訓練始めなよ」
男子が周介の装備の装着シーンにテンションを上げている中、瞳は非常にクールに訓練場の中心へと歩いていく。
いつも通り人形を動かしながら携帯を操っていた。
「お前らそんなんでチームとして成り立ってるのか?仲悪そうに見えるけど」
「そうか?安形は最初からあんな感じだったぞ?それになんだかんだミスったら助けてくれるし、しっかり見てるよ」
周介は訓練中に何度か派手に転んだり怪我をしそうになったことがある。だがそういう時には八割がた瞳の人形が助けてくれるのだ。
クマがクッションになってくれたり、人形が手を取ってくれたりとさりげないサポートをしてくれている。
瞳の能力はかなり精密な動作が可能だ。そして彼女はその能力をずっと操ってきたからか、それともこの空間に慣れているのか、視野がとても広い。周介が多少のミスをしてもそれをフォローできるだけの技量を持っているのだ。
準備運動をしながら、周介はゆっくりと深呼吸をする。見られているといってもやることは基本的には変わらない。
「んじゃ始めるわ。飽きたら帰ってもいいぞ?」
「いやいや、見させてもらうぞ。期待の新人の能力を」
「もし暇だったら邪魔するからよろしく」
「今の内に楽しむんだな。後から俺らが邪魔しに行くぜ」
「最悪の応援だなおい。まぁいいや。んじゃ行ってきます!」
かなり姿勢を低くし、周介は能力を発動する。高速回転するローラーが床をスリップさせながらも周介の体を強引に前へと運んでいく。あっという間にトップスピードになった周介は人形の間をすり抜けながら部屋の中を縦横無尽に走り回っていた。
ただ平地を走るだけではなく、時には人形を飛び越え、人形の間のわずかな隙間を潜り抜け、時には人形の下をくぐったりと、まるで障害物を回避するかのような動きをし続けていた。
初めて能力を発動しこの場で訓練していたところを見ている瞳からすればかなりの上達だ。毎日毎日、時間さえあればここに通い、暇さえあれば訓練をしていた周介がようやくたどり着いたのだ。
それでもまだ平地の障害物をよけることしかできないが、それでも十分すぎるほどの速度と機動力を有していることに違いはなかった。
「へぇ、結構速いな。動きもいい。人形をうまく避けてる」
「体の動かし方がいいんだろうな。ローラースケートかな?でもあれ勝手に動いてるように見えるし……それが百枝の能力か」
「俺が見た時よりずいぶんましになってるなぁ……」
手越がまともに周介の能力を見たのは高速道路の時だった。自転車に乗って鼻水をたらしながら全力疾走している周介を見て、心底心配になったものだった。
だが今のこの姿を見てその心配が半分杞憂であるということに気付く。周介は問題なく能力者として成長しているということがわかったからである。
「よしよし、ここまでいい所見せられたら邪魔するしかないだろ。おいてごやん、手伝え。妨害ならお前の能力が一番いいだろ」
「お前らなぁ……だが面白い!百枝、先輩能力者としてお前にいい格好ばっかりさせないぜ!」
手越は叫ぶと同時に訓練室に置いてあるロッカーの中から一つの箱を取り出す。その中にいったい何が入っているのか、その場にいた周介以外の者が理解していた。
「まずは小手調べ、十個で行くぞ!友好の手は合せる為に!」
手越の叫びと同時に箱の中から一斉に手の形をした何かが一斉に射出される。それはグローブのようだった。中に何かが詰め込まれているらしく、手越の操作に従って宙を舞っている。
そして周介の位置を確認しながら手越は丁寧にその手を操っていく。
「うげ、なんだあれ」
周介はいったん速度を緩め、自分めがけてやって来る無数の手を見ていた。それが手越の能力であるということに気付くのに少々時間はかかったものの、その手が浮くのをすでに見たことがある周介はそこまで驚きはしなかった。
「百枝!鬼ごっこだ!お前を俺が捕まえるか!お前が逃げ切るかの勝負といこうぜ!俺に勝てたらジュースでもおごってやるよ!」
「この野郎、まだ能力の操作万全じゃないってのに……先輩能力者としてどうなんだあの態度。安形!ちょっと手伝ってくれよ!」
「なんであたしが。頑張って応援してる」
「そういうセリフはせめてスマホから目を離していってくれないかな!?っと!?」
周介が安形に協力を求めてすぐに、手越の手が一斉に襲い掛かってくる。人形の間を縫って周介を捉えようとそれなりの速度で移動し続けている。
「なめんな!こっちだってそれなりに練習してきたんだよ!」
周介は回転速度を高め、一気に高速移動を開始する。手越の操る手が周介の体に触れる寸前で周介の体は一気にその場から離れていく。
周介の速度に手越の能力では追い切れていなかった。易々と周回遅れというほどではないが、周介の移動速度に対して、手越の手の速度は数段劣る。
いくつも手を動かしているから遅いのか、それとも単純にそれ以上速度を出すことができないのか。
どちらにせよ周介は手越の手から逃げることに現段階では成功していた。
「おぉ、百枝の速度もなかなか。どうしたてごやん、新入りに逃げられてるぞ?」
「まだまだ。あのくらいのやつを捕まえるのなんてわけないっての。こっから追い込むぜ」
手越が集中すると、先ほどまで一群となって周介を追っていた十の手が一斉にばらばらの方角へと散らばっていく。
いくつかは視界の開けた人形の背よりも高いところへ、いくつかは周介の視線と同じ高さに、いくつかは地面すれすれをトップスピードを維持しながら移動し始める。
周介は自分と手の距離が離れたことを確認するが、先ほどまでとは違いバラバラになった手を見てこのまま逃げていいものかと迷っていた。
手越が狙っているのが待ち伏せと攪乱だということを即座に理解したのだ。単純な速度では敵わないということを理解したからこそ、数の利を前面に押し出してきた。
周介一つの体でこの手の数を完全にかわすことができる自信はなかった。
周囲に展開している瞳の人形の力を借りれば別の話だが、おそらく瞳は手伝ってくれないだろう。
「くっそ、どこだ……?」
速度を緩めることなく、周介は人形を縫って移動する。直線で移動し続ければ自分の位置を簡単に予測されてしまう。こうして右へ左へ、常に方向転換しながら移動することで周介は自分の進行方向を予測されないようにしていた。
そして周介の視界には、常に頭上を飛翔しているいくつかの手が見える。あれからも一定の距離を取りたいところだった。当然それが難しいことはわかっている。上空で旋回する手は一定の距離を保ちながら確実に周介との距離を詰めている。状況によっては強引な突破をするしかないだろう。
手越の手がいったいどれほどの力を持っているのか周介はわかっていない。手の形にして操る。単純にして明快な能力だが、問題なのはその力だ。
ただぶつかってくるだけの能力であればそこまで怖くはない。あの程度の速度であればただ殴られるのと同じ程度の威力しかないだろう。
それでも痛いことには変わりないからあまりぶつかりたくはないが、問題なのは掴むほうだ。
もし足でも掴まれようものなら体勢を崩して転ぶことは必至だ。
手越の能力は文字通り、叩くだけではなく掴むことも目的とした能力なのだろう。
どの程度の力があるかわからないというのがまた周介の不安を加速させた。
そして人形の一つを躱していくと、その人形の背後から周介の顔めがけて勢いよく手の一つが襲い掛かった。
予想通り隠れていた。周介は襲い掛かる手を姿勢をさらに低くすることによって回避する。すると、まるで待っていたかのように足元から勢いよく突っ込んでくる一つの手が周介の顔面を打ち据えた。
姿勢を低くしたことと真上に向けてアッパーのように突き上げられた拳がさながらカウンターのように周介の体に衝撃を与える。
顔全体を覆うヘルメットのおかげでそこまで痛みはないが、それでも完全に周介の動きが読まれているということはなかなか衝撃的だった。