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1 転生? 転移? それとも……ただの女体化!?

 パッケージ版でCDやDVDなどといった光学メディアを用いるゲーム機。これらのゲームで良く行われる、いや、今のゲーム機ではダウンロード版が主流だから、当時は良く行われていた、と言うべきか。

 このゲーム機は、親父が自分の書斎で、昔遊んでいてそのまま放置されていたものをたまたま見つけたらしい。俺がゲーム好きだと知っているから、そのまま譲ってくれた。

 ともかく、この時代のゲーム機には、《トレイオープン》なるバグ技があった。これは、ゲームキャラがフィールドマップなどを歩いている時にディスクトレイを開け、データを読み込ませないことで、本来ならば通行不可能な座標にも移動できてしまう、のようなバグを引き起こす技だ。データを読み込めなかった部分のマップは表示がおかしくなるか、何も表示されなくなるかのどちらかだ。

 本体ストレージにゲームデータをインストールせず、ディスクから直接読み込む仕様だからこそのバグ技だ。

 俺は、そのトレイオープン技をたった今試してみた。

 バグ状態から復帰するには、開けたトレイを閉めればいい。ディスクからの読み込みが再開されて、正常なマップ画面が表示される。しかし。

「あー、クソ。1歩ずれてたよ……」

 正常状態に復帰した画面を見て、俺はため息をついた。行きたかったマップ、その島に上陸するのに、キャラクターの歩数にして1歩、実際の座標からずれていた。

 つまり、キャラクターは今、海上で足踏みをしていた。

 海上では船に乗っていないと全方向が移動不可扱いになるので、この状態になったら詰みだ。ゲームをリセットして、前回セーブした場所からやり直さないといけない。

「……仕方ねー、またやり直すか」

 俺はリセットボタンに手を伸ばし、

和也(かずや)ー、そろそろご飯よー」

 それに重なって、階下から母さんの声が聞こえた。ちなみに、和也というのは俺の名前だ。

「ああ、今行くよ」

 俺はゲーム機をそのままにして、部屋の扉を開けた。



 漆黒の空間が広がっていた。

「な、何だよ……これ……」

 俺の部屋を出たところ。俺ん()の廊下があるはずのその場所には、何も無かった。……いや。

 上を見上げたら、廊下の照明器具が虚空に浮かんでいた。最近LED電球に換えたばかりのそれは、何も無い漆黒の空間でぽつんと白く輝いていた。

 ほかにも、よく見ると別の部屋の扉とか、壁の掛け時計とか、()()()()()()()()()()()()がそこらに浮かんでいる。……何だよ、これ。まるで俺ん家がトレイオープンされたみたいじゃねえか。

「和也、何してるの? 早くいらっしゃい」

 相変わらず母さんの声だけは聞こえてくる。

 トレイオープン技は、既にメモリ上にロードされている分のデータやプログラムに関しては、問題無く実行される。実行されなくなるのは、ストリーミング再生されるBGMなど、ディスクからの読み込みが発生する部分に限ってだ。

 どうすればいい? 俺は、この漆黒の空間を歩いて、どうにかダイニングまで行くべきなのか?

「……………」

 しばらく考えたが答えは出ない。

 俺は、思いきって1歩を踏み出すことにした。



 床を踏みしめる感触はあった。俺の部屋から外へ踏み出した瞬間に奈落の底へ転落、などという展開にならなかっただけマシか。

 しばらくすると、この漆黒の空間から俺の部屋が消えた。……キャラクターの位置情報と照らし合わせ、メモリ上に保持しておく必要が無くなったマップデータは破棄される。新たなデータを読み込めない以上、現在位置から移動すればするほど、メモリ上のデータは無くなっていく。絶対に破棄されないデータは……《俺自身》か。

 俺の部屋とダイニングなんて毎日往復しているはずなのに、いざとなると殆ど思い出せない。あやふやな記憶から《この辺かな》とアタリをつけて、その位置まで歩いていく。


 かちゃり。


 唐突に脳内に短い効果音が鳴り響いた。まるで、今まで開けられていたトレイが閉められたかのような。

 屋外マップでトレイオープン技をやると、海上に出ることがある。じゃあ、ダンジョンなんかの屋内マップで同じ失敗をやらかしてしまったら?

 俺のゲーム、最後にセーブしたのっていつだったっけ……?

 って待て待て待て! これはゲームじゃなくて現実だろ! そもそもなんでこんなことになってんだよ! 人生のセーブってなんなんだよ! 俺は


[プレイヤーの座標が不正です。《詰み》状態を回避するため、最新のセーブデータから再開します]


     ●


     ●


 目を開けた時、視界には白い天井が映っていた。……え? なんだこれ。人生がトレイオープンされるなんていう幻覚を見てしまったから、病院にでも運び込まれたのか?

 俺はベッドの上で体を起こす。それはいい。本当に俺が病院に運び込まれたのなら、病室のベッドに寝かされているのはごく自然なことだ。

 それより、体を起こした時、俺は胸元に妙な反動を感じた。

 こういう時、お約束のセリフは《なんじゃこりゃあ!?》だろうか。だが、実際に《その場》を体験すると、思考が固まって何も言葉が出てこなくなるようだ。

 ベッド脇に備え付けられている、おそらく身だしなみ用の鏡台。そこには、肩のやや下まであるピンクのセミロングの髪、赤……というよりやや暗めの紅色の瞳、かわいらしいパジャマを着た、見覚えの無い女性が映っていた。俺が右手を挙げると鏡の女性も右手を挙げる。……うん、これ俺だ。

 顔立ちにややあどけなさは残るが、俺よりは……さっきまでの俺よりは、たぶん年上。そして、体を起こした時の反動の原因である膨らみは、それほど大きくはない。むしろ小さいほうだと言えるだろうか。ラノベの表紙を飾っているような……アレを否定する気は無いが、俺にとっては気持ち悪いほどのサイズでなくて良かった。

 これはあれか? ネット小説で流行(はやり)の異世界転生とかいうやつか? だとしても、異世界に飛ばされるのなら、性別が反転するのはまあ受け入れるとして、年齢はそのままの《異世界転移》か、別の人生を歩むのなら赤ん坊からやり直す《異世界転生》だろうに。

 何が悲しくて、高1の16歳から、青春時代をまるごとすっ飛ばして、成人してそうな女にならなきゃいけないんだ。

 と、その時。

「お姉ちゃん、入るよー」

 部屋の扉をノックもせず、いきなり開けて入ってくる……女? 顔つきは鏡の……ええい、もう認めてやるよ。今の俺に似た顔つきで、こちらはやや幼い感じを受ける。そして男にも女にも見える、中性的な顔だ。髪の色はピンクより赤みが強い。

「……えーっと、誰?」

 思わず俺は言ってしまった。予想どおりの、若い女の声で。

 目の前の少女……違っていたら訂正しよう、とりあえずこの少女は、俺の問いかけにきょとんとしていた。

 当然だ。彼女にとって俺は《いつものお姉ちゃん》のはずだろうから、その姉から《誰だ》と聞かれれば……俺には兄も姉も居ないが、同じことを言われれば、たぶん、頭大丈夫か? くらいは聞き返すかもしれない。

 少女は、はぁ、と小さな溜息をついてから、呆れたように話し始めた。

「お姉ちゃん、また寝ぼけてるんだね? わたしはイオ・アルテス。お姉ちゃんの……エイナ・アルテスの妹だよ。去年18歳になったから、お姉ちゃんと一緒に親元から独立して、ここに住んでるんじゃん」

 妹ということは、中性的なこの子は少年ではなく少女で合っていた、ということだ。……って、今はそんなことより。

 この少女、イオの口振りからは、俺……エイナはたった今この瞬間にこの世界に誕生したのではなく、以前から《エイナ・アルテス》として生き続けていることが窺える。だとすると、考えられるのは次の2つ。

 俺は精神だけこの世界に飛ばされてきて、エイナ・アルテスという女性に憑依した。

 本当にこの世界にエイナとして転生したが、赤ん坊のエイナとして誕生してから今この時までの記憶がすっぽり抜けている。

 ……まあ、俺が経験した《この現象》が、本当にネット小説みたいな《異世界転生モノ》だとすれば、の話ではあるのだが。その場合、もし前者だったら本当のエイナさんに申し訳ない。なんとかして、元の世界に戻る方法を見つけたいところだ。

 俺がそんなことを考えていると、イオは諦めたかのように1つ溜息をついて、言った。

「仕方ないなぁ。いつものことだし、しばらくすれば思い出すでしょ。……じゃあ、朝ご飯食べて、準備ができたらいつもの《お仕事》行こっか」

「……ごめん」

「いいっていいって。それじゃ、早く来てね」

 そう言って、イオは部屋から出ていった。


     ●


「そういやお姉ちゃん、ステータスの見方は覚えてる?」

 朝食後、ふとイオにそんなことを聞かれた。

 ステータス? 転生先はゲームみたいな世界でした、なんてネット小説も読んだことはあるが。

「……悪い、それも説明してくれ」

 答えてから、少し後悔する。普段の……男だった時の口調で返してしまったからだ。かといって、《イオの記憶にあるエイナ》がどんな喋り方をする人物なのかは分からないので、どうしようもない訳ではあるのだが。

「んとね──」

 俺の思いに反し、イオは特に気にした様子も無く、説明を始めた。もともとエイナはそういう人物だったのか、それとも……いや。今は変わらず接してくれている彼女に甘えることにしよう。

 ステータスの説明のついでに、イオは彼女や俺がすべき《仕事》についても話してくれた。

 俺たちが暮らしているのは、巨大な塔の中だそうだ。かつて、地上を統べるほどに発展した人類の文明は、その高度な文明力ゆえに滅びた。その時、僅かながら生き残った人々を救済するために、世界を……この星だけでなく、宇宙を含むこの高次元空間全体を管理している女神は、この星の中心に1つの塔を創造した。

「それが、俺……わたしたちが今暮らしているこの塔、って訳か」

「そういうこと。んで、ここが127階。わたしとお姉ちゃんがやるべき《仕事》は、2つ上の129階から上を探索することだよ」

 塔に移住できる程度にまでその数を減じた人類は、ほんの数年前までは120階から下にしか住んでいなかった。それがこの数年で爆発的に人口が増え、俺……わたしやイオが住んでいる127階への入植が始まった。

 今よりもっと人口が増えるであろう将来を見据え、より上層階の探索を進めようとしたやさき、129階で突如魔物と遭遇。魔物はなぜか128階へは降りてこないことだけは判明したが、どっちみち魔物を退治しなくては探索は進められない。

 この仕事をする者、《探索者》は、わたしたち以外にも何人か居るとイオは言う。しかし、その第1期として名乗りを上げたのはわたしだと。

 うーん……できれば魔物退治なんてしたくなかったんだけど、これはそんなことを言える雰囲気ではなさそうだなー……

 とにかく、イオに言われたとおり、まずは自分のステータスを見てみよう。

 頭の中でステータスのことを念じると、ゲームのメッセージウィンドウみたいな《枠》が映像として浮かんでくる。それは実際に目の前に《映像》として……空中にぷかぷか浮かんでいるように見えるのだが、これはわたしにしか見えていないらしい。


================================

名前:エイナ・アルテス

種族:人間 性別:女

LV:12

HP:235/235 MP:113/113

攻撃:65 防御:41 魔力:55 敏捷:61


スキル

毒無効 痛覚無効 麻痺耐性(4) 鑑定(4)

剣術(3) 体術(2) 火魔法(2) 毒魔法(8)

================================


 なんか凄いスキルを持ってるんですが!? というか、痛覚無効って考えようによってはかえってヤバくないか? 例えば、怪我してもその痛みが分からなけれ──

()って!」

 いきなり感じた額の痛み。正面には指をピストルの形にしたイオの、イタズラっぽい笑顔。朝食が並ぶテーブルには輪ゴムが落ちている。……イオが飛ばして、わたしの額に命中したのだろうか。

「ごめんごめん。お姉ちゃん、自分の名前すら忘れてたみたいだから、スキルの意味も忘れてるかな、って思って」

「だからって思い出させ方が強引……いや、いい」

 スキル《痛覚無効》では痛みを全く感じなくなるのではなく、戦いで傷を受けた時のような《一定の限度を超えた痛み》を遮断する、ということか。

 とにかく、《こっちの世界》の常識はだいたい分かった。元の世界に戻れるのかは分からないが、もし戻れるのだとしたら、その方法を探すためにも、今は少しでも早くこっちでの生活に慣れるべきだろう。


 後で思えば、この時点で違和感に気づくべきだった。

 とりあえず第1話を投稿しましたが、この後はしばらく書き溜めるつもりですので、第2話以降の投稿はしばらく先になります。

 次回の更新は2月半ばあたりを考えております。

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