私は貴方と同じ熱にうかされたい
風が吹く。
強い風があたしとハヤト君の髪や服を巻き上げる。
咲き始めた桜がゆれて、ピンク色が風景に散っていく。
そんな中なにも言わずにじっとあたしを見ているハヤト君に心臓がどきんっと高鳴る。
見とれてる場合じゃないのに、あたしのほっぺたは勝手に熱をもって熱くて熱くて恥ずかしくて嬉しい。
緊張でからからに渇いた喉に思いっきり息を吸う。
「好きです!付き合ってください!!」
言った。
あたしの声は、緊張に震えてすっごい不格好に聞こえるけど。
それでも、あたし。あたし、言えたんだ!
「…………えーと、山寺さん。」
ハヤト君が口を開く。
その目は戸惑うように揺れていて。
それでいて、ちっとも照れてる様子はなかった。
「気持ちはうれしい、けど。ボク卒業したらよその中学校行くの知ってる、よね?」
「……しってる。さっき、一組の子に聞いた。」
あたしの教室は三組で、その話を聞いたのはあたし達の卒業式が終わってから。
それから、女の子に囲まれてるハヤト君をむりやり人に見られない校舎のうらの方まで連れてきて。
あたし、そのまま告白したんだ。
「うん。ボクは、二駅先の私立の中学校に行くことになったんだ。それに、山寺さんのこと、ほとんど知らない、し。だから、山寺さんとは付き合えないよ。」
ハヤト君は、落ち着いた声で言った。
それは、登校班の時小学年の子達を相手するのと全く一緒で。
あぁ、ハヤト君にとってあたしはあの子たちとおんなじなんだ。
聞き分けのわからない、小さな子とおんなじなんだなって、思って。
胸がぎゅうっといたくなる。
ハヤト君が覚えてないのに気がついて。
思い出を大事にしていたのが、あたしだけだったのをつきつけられて。
きゅうに、ここにいるのが恥ずかしくなって。
ぐずぐずとはなが鳴って、困らせたくないのに視界がうるんで、ぐにゃりとくずれる。
自分でも泣きそうなのに、気がついて。
気づかれないように、下を向いて。
「ごめんな、さい。」
はいって言ってくれるって期待してたあたしが恥ずかしくて。
自分の思いをハヤト君に押し付けたのが恥ずかしくて。
小さな声でつぶやくのがせいいっぱいで、あたしはハヤト君の顔を見ないで走り出した。
あたしは、この日失恋のいたさを知った。
「好きです!!」
ぽかん、とハヤト君が驚いた様に目を丸くしている。
それは、そうだろう。
私立中学の文化祭。
看板を持って宣伝をしていたハヤト君を捕まえて。
あたしは何時かのように彼を人目の無い校舎裏に連れ込んだ。
知らない制服を着こんだハヤト君はいつの間にか眼鏡をかけていた。
私立らしいちょっとオシャレな制服に、自分のださいブレザーの制服が少し恥ずかしくなる。
赤いヒモのリボンは曲がってないかな?
いやでも、あたしの学校も今日文化祭で。
着替えてたら、時間なくなっちゃうし。
「えっと、もしかして、山寺さん?」
「うん。」
久々に見るハヤト君の姿に胸がじんわりと温かくなる。
声が少しだけ低くなっても、その柔らかさは変わらない。
「えっと…………なんで?」
「なんで?」
「なんで、ボクに告白したの。」
その言葉に息を飲む。
そうだ、そんなこと言うつもりはなかったのに。
ハヤト君を見たら頭が真っ白になっちゃって……。
「山寺さんと話すの、二年ぶりだと思うんだけど……。」
ハヤト君は、戸惑ってる。
うん、二年前にふった子がまた告白しに来たら普通ビックリするよね。
だから、あたしはまた先走らないように慎重に慎重に胸の中の感情を言葉にする。
「うん。…………先月くらいにさ、この町のショッピングモールで小学校中学年くらいの迷子の男の子助けてくれたでしょ?あれ、あたしの弟なんだ。」
「………………あー、そういえ、ば。」
ハヤト君が思い出したのか、ゆっくりと頷く。
「ほんとは、今日はそのお礼だけ言って帰るつもりだったんだ。そしたらさ、ハヤト君があの時みたいにぼんやりしてたから。思わず……思わず、驚かせようと思って。」
思わず、思い出して欲しくて。
校舎裏に連れ込んじゃいました。
困らせるつもりは、なかったんだけど。
「思わずで告白しないでほしいんだけど。びっくりして、心臓が持たないよ。」
「だって、ハヤト君。全然変わってないんだもん。」
「けっこう身長とか伸びたと思うんだけど。」
「うん、目線の高さがいつの間にか追い越されてるね。」
卒業式の時には見下ろす視線だったのに、今は見上げるようになってる。
二年。あれから、二年だ。
あたしも彼も中学二年生で、どこかが変わってお互いが知ってるお互いじゃない。
でも、眼鏡をかけていてもその目だけは変わらない。
優しくて儚くて、ずっとずっと遠くを見てる目。
今も昔も、その目にあたしは捕らわれてる。
綺麗だと怖いと心の底から思うその目にあたしをうつして欲しくて。
諦めようとして、忘れようとして。
それなのに、か細く繋がる縁に飛び付くくらいまだ好きで。
どうしようもないなー、なんて自分で自分を茶化しても誤魔化しきれないくらい大好きで。
でも、伝えたら困らせるから。
あたしは最初に溢れた言葉を誤魔化すように笑って見せる。
うん、うれしい。
ハヤト君と話せるのがうれしい。
だから、私はちゃんと笑ってられる。
「ごめんね、急に呼び止めちゃって。他校の子と話してるの見られたら茶化されちゃうでしょ?」
「えっと、うん。まぁ、そうかな?」
「本当はお礼のお菓子ぐらい持ってこようかと思ったんだけど、弟の記憶もあやふやで合ってるか分かんなかったんだ。あっ、弟はおかげさまで今日も元気ないたずらっ子だよ!本当にありがとうね!」
「うーうん、助けられたみたいで、良かったよ。」
遠くからハヤト君のことを探す声がする。
ハヤト君はまだ、気がついてない。
だけど。
本当はもっとずっと話していたいけど。
…………もう、時間かな。
「あたしももう学校帰んなきゃ。それじゃ、ハヤト君も元気でね!」
「あ、うん。山寺さんも、元気で。」
あたしはあの時のように、彼を置いて走り去る。
あたしはこの日、気持ちを偽る苦しさを知った。
「山寺さんっ。」
「…………ハヤト君?」
今度は私が目を丸くする番だった。
模擬テストが終わった。
効きすぎなくらいエアコンで冷やされていた塾の中から、真夏のアスファルトが照り返す外に放り出されてあまりの気温差に息を吐いた。
その、タイミングで私はハヤト君に見つかった。
よくよく考えれば、この近所で高校受験の模試試験をやってるのは、ここだけなんだから会うのは不思議じゃない。
でも、それは私以外にもたくさんの人がいるってことだ。
模試が終わったばっかりで、周りにはゾンビのようにやる気なく蠢く人の群れ。
私だってハヤト君を見つけられなかったのに、少しだけ負けた気分になってハヤト君に近づく。
「模試の結果どうだった?」
顔を会わせたとたん、あまりにも自然に話を振られて思わず目を瞬かせる。
「……えっと、英語の四角の3。長文の読解文があんまり、分からなかったかな。」
「英語、苦手なの?」
「あんまり、得意じゃない。」
ぞろぞろ。
人の群れの流れに沿って、駅へと向かいながら私とハヤト君が会話を続ける。
夢みたいだ。
暑すぎてぼやけた私の脳みそが見てる夢なのかな。
「そっか、ボクは社会が苦手なんだ。ついつい余計なことを思い出して肝心なことが思い出せなくて……。」
「今回の四角の5、難しかったよね。私も全然答えられなかったよ。」
「あそこの(3)引っかけに気が付いた?…………わたしって、言うようになったんだ。」
「え?ハヤト君、なにか言った?」
駅も近づいて人混みはますます酷くなる。
お喋りしてるのは私達だけじゃなくて、雑音がハヤト君の声をかき消す。
声が届いてないのに気が付いたのか、ハヤト君が、ぐっと身を乗り出して距離を縮める。
ちか、い。
「山寺さん。これから、暇?」
耳元近くで言われた言葉に私は真っ赤になって頷くことしか、できなかった。
声が響いて、耳がむずかゆい。
違和感を拭うように、ぐしぐしと耳をめちゃくちゃにさわる私を見てハヤト君が目を細めたのが、見えた。
電話を終えた私に、ハヤト君が声をかける。
「時間、大丈夫?」
「うん、模試の答え合わせを友達とするって言っておいた。」
スマホをバックに仕舞って、椅子に座る。
ここは、地元の図書館の談話室だ。
他の部屋と違って飲食もお喋りも自由。
塾ほどじゃないけれど、外と比べたらけっこう涼しくて今度友達と一緒に来ようかな?なんて考える。
「そっか、じゃぁ勉強も少ししようか?英語なら得意だから教えられるよ。」
「……今日はもう頭ぱんぱんだから、いいよ。」
そう言って頭を抱える私の前に、ハヤト君がオレンジジュースの紙パックを置く。
「お互い、お疲れ様。」
「これ……?」
「夏休みのアイスのお礼。折角だから、飲んで。」
「あ、ありがとう?」
目の前のジュースからストローをはがして、突き刺してから言葉の意味を考える。
アイス、アイスのお礼……。
「おっ、思い出したの?!」
思わず立ち上がって大きな声で叫ぶ。
談話室中の視線が自分に集まるのを感じて、羞恥心で真っ赤になってるとハヤト君も立ち上がって落ち着かせてくれた。
ハヤト君と二人で周りに謝って、また椅子に座り直す。
「山寺 アスカ君……いや、ちゃんだよね。小学三、四年の頃、夏休みにずっと一緒に遊んだり、アイス分けてくれた…………ごめん。ずっと男の子だと思ってたんだ。」
「……そういえば夏休みはずっと真っ赤な帽子被ってたし、クラスもずっと別だったもんね。」
何より今なら分かるけど、夏休みになる度にハヤト君を引き連れて山猿みたいに暴れまわってた私を女の子だとは思わないでしょう……。
学校通ってる時は、お母さんと担任の先生の言うこと聞いて大人しくしてたし。
その分、夏休みに反動で爆発してたんだけど……。
「夏休みにしか見かけないから、ずっと他所の町の子だと思ってたよ。それにぱったり会えなくなったし。」
「…………い、いろいろあって。」
誤魔化すように視線を泳がせる。
五年生になった頃に、恋心を友達に指摘されて囃されてムキになったんだっけ。
懐かしいような……全然成長してないような。
「一回聞いてみたかったんだ。自分のおやつ分けたりしてまで、なんで僕に構ってくれたのか。」
「…………えっとー。」
公園近くの団地の玄関で、ぼんやりとこっちを見てる男の子。
線が細くて青白くて、遊びに巻き込んでも戦力にならなさそうなハヤト君に声をかける同級生はいなかった。
公園で遊んでるを見てる男の子は全然楽しそうじゃなくて。
もう、小学校の頃のことなんて殆んど覚えてないのに。
あの光景だけは、目に心に今も焼き付いてる。
私は何故か、それを見て、泣いてるみたいだと思って。
「お、覚えてない、です。」
言える、訳がない。
少しでも真っ赤になった顔を隠したくて、バックを盾にしながら中を確認する振りをする。
「そうだよね、もうずっと前の話だもんね。」
「うん、ごめんね。た、たぶん遊び相手がほしかったんじゃないかなー?」
「夏休みの山寺さんは、すっごく元気だったもんね。」
「そ、そうだったっけー?」
へ、ヘルプ。
ヘルプアイテム、話をそらすために何か何かないかとバックの中を探る。
はっと、私の頭に名案が浮かんだ。
さっき受けた模試の問題冊子をまとめて引っ張り出して、机に広げる。
「も、模試の答え合わせしない?!なにもしてないとお母さんに疑われるし!」
「それもそうだね………………あれ?」
ハヤト君がプリントの一枚を手に取る。
あれは……志望校の一覧表。
まじまじと見て、ハヤト君が満面の笑みを浮かべる。
「そっか、そっか。山寺さんも、桜丘大学附属高校受けるんだ。」
「う、うん。成績はぎりぎりだけど、学校きれいだし文化祭も楽しそうだったから…………。」
「なら、一緒に通うためにも頑張らなきゃね。」
一瞬、ハヤト君の言葉が頭の中を通り抜けていった。
一緒に……かよ、う?
「僕も志望してるんだ、桜丘附属。」
プリントが私の手元に帰ってくる。
ハヤト君も志望してる。
おんなじ。受かったらおんなじ高校に一緒に通う??
え、むり。心臓が破裂する。
でも、これで受からなかったら後悔で死ぬ。
えっ、えっ???
そこからの記憶はあやふやだ。
家に帰った私のスマホにはしっかりとハヤト君の連絡先が入っていた。
メールでは約束したらしい勉強会の予定を相談する内容が届いてる。
うん、中学卒業するまで心臓がもつか非常に不安だけれど。
とりあえず、今はベットに倒れこむ。
恥ずかしさと嬉しさが混じりあって、体がぽかぽかする。
枕を抱き寄せて、ぎゅっと抱え込めば嫌でも今日のことを思い出してしまう。
あたしは、明日からのことなんてなんにも考えないで、口から溢れ出す奇声を枕に吸わせながら衝動のまま暴れた。
誤字脱字等ございましたらお知らせいただければ幸いです。
評価を頂けると作者が歓びます。