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一声先に

作者: テン

 大学生である木兆大は、バイトで謎の試験薬を飲み『次に言うべき言葉を先に言ってしまう』身体になってしまった。

 つまり朝起きて『おはよう』と言う代わりに『いただきます』と言ってしまい、朝食を前にして『ご馳走さま』と言ってしまうのだ。

 そして家族にたいして元気よく『行ってきます』と言うつもりが『お前、五年も飼ってるのに、俺にだけ吠えるよな』と、飼い犬のジョンに向けた言葉を放ってしまう。 会話が噛みあわない為、コミュ症認定されてしまった大。頑張れ大! 懐け犬!


 大学内の廊下。

「ありがとう大。お前のおかげでテスト上手くいったぜ」

「はは、そんなことないですよ(先輩の力ですよ)」

「謙遜するなよ。じゃあ、また後でな」

 大に嬉しそうに話す人物が去るのを見て、部の先輩である巻原は大に話しかけた。

「さっきの奴どうしたんだ? カンニングペーパーでも作ってあげたのか?」

 大は巻原の質問に手を横に振って否定する。

「いやぁ、ウザかったんでニセの番号教えました(はは、そんなことないですよ)」

「そ、そうか……」

 巻原の顔が凍りつく。

「そうそう、お前この前の合コンですっげぇブサイクに懐かれてたけどどうしたの?」

「おとしましたよ(いやぁ、ウザかったんでニセの番号教えました)」

「マジで!? すげえな。ま、まあ好みは人それぞれだしな。それでさ、俺あん時隣にいた子と付き合い始めたんだ」

 巻原はスマホを取りだそうと、鞄をあさる。その時、一枚の写真がはらりと鞄から落ちた。

 大はその写真を拾い、一目見る。

 写真は巻原と女性のツーショットだった。

「お、すまん。それが俺のかの―」

「痛ってええええええ。マジ痛てええええ。ありえねぇくらい痛てえええぇぇぇぇぇぇぇ! (おとしましたよ)」

「てんめぇ、人の彼女馬鹿にしてんじゃねぇぞ!!」

 巻原の右ストレートを顔面に受ける大。

「あ、ありがとうございます!! (痛ってええええええ。マジ痛てええええ。ありえねぇくらい痛てえええぇぇぇぇぇぇぇ!)」

 その一言を呟き、大は痛みから地面に倒れ、のた打ち回る。

 気持ち悪さに巻原が去ると、一人の女性が地面に倒れる大を心配し近づいてきた。スカート姿が良く似合う女性で、大が密かに憧れている音坂先輩だ。

「大君、大丈夫です?」

 その微笑みを見て、大は『女神が来た』と満面の笑みをする。

「近いです先輩(あ、ありがとうございます!!)」

 少し離れていたのだが、音坂は大が照れているモノだと思い、ニコニコとした笑顔で近づく。そして、倒れている大を起こすために右手を差し出した。

「大君、起きれる?」

「ああああああ、くそ、全然見えねぇ(近いです先輩)」

「え?」

 意味に気付き、バッ、とスカートを押える。女神の顔は鬼の形相に変わり、大の顔面を思いきり蹴り飛ばした。

「死ね、変態が!」

 大は再びその場をのた打ち回る。

 顔面を押え、弱弱しい声で、

「ううう、前が見えねえ(ああああああ、くそ、全然見えねぇ)」

 とつぶやいた。


 満身創痍で部室に現れた大を、仲間が迎える。

「流血しているようだけど大丈夫か?」

 仲間の一人が、大を心配し包帯を持ってくる。

「気にしないでください。慣れていますから(助けてください。救急車、とりあえず救急車をぉぉ)」

「え、あ、ああ大変だな」

 すっと包帯を後ろにしまう。すると一人の男が大に近づいてきた。先程、大を殴った巻原先輩だ。

「さっきは悪かったな大。聞いたよ試験薬の後遺症がまだ治ってなかったんだな。厄介な身体になってしまったもんだ。気付いてやれなかった俺を許してくれ」

 そう言いつつ大に近づくと、大は微笑んで言った。

「な、なんだうるさいな! (気にしないでください。慣れていますから)」

 想像外の返答に巻原はしばし、絶句する。そしてはっとすると怒りを顕わにする。

「お、お前、人が謝ってるってのに―」

 しかし、先輩の声はドーンという大きな衝突音によってかき消されてしまった。

「な、なんだこのデカい音」

 先輩が辺りを見回す。他の部員も突然のことに慌てている中、大が叫びだした。



「う、うわ、誰だお前! ああ! 巻原先輩が一撃でやられてしまった。こ、これが先輩だった物なのか? な、なんて酷い。や、止めろ皆。近づいちゃダメだ! ああ、皆あああああ。ちくしょう、ゆるさねえ。ゆるさねーぞ、皆の仇だああああぁぁ―(な、なんだうるさいな!)」



 この言葉を最後に大は何も言わなくなってしまった。

「お、おい大。なんか次の言葉を言えよ」

 巻原先輩が両手で大の肩を鷲掴み、急かすように揺らす。

大は何かを言おうと口を動かすが一向に次の言葉は出ない。

大の姿を見つめて青ざめる部の仲間達。数秒後の自分の姿を想像してしまったからだ。









 そして、部室のドアが静かに開くのを全員が見つめた。


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