始まりの紅《あか》 iii
薄暗い。部屋のような何もない場所。
全身に重りを乗せられたような重さが体にかかるが、背中には宙に浮いてるようなふわふわする感覚。
横になってるのか、立っているのかも分からない。
怪奇な低い唸るような音が耳を掻き毟る。
視界がぼやけてよくわからないが、俺の知らないところというのはわかった。
そういえば、俺は紅い球体に心臓を貫かれたはずだ。どうして意識があるのだろうか?
そして、あの紅いのは一体何だったのだろうか?
「……起きたか?」
鈍重な声が自分より少し離れた所から聴こえてくる。
「……ここはお前の中だ」
俺の中……。唐突に言われた突拍子も無いその言葉に疑問符が立つ。
「困惑してるな? 仕方ない。簡潔に言えば、お前の意識の中。心の中だ」
「――こころ?」
「しっくりくる言葉を俺は知らんからな。それと我はお前とは別の意識体だ」
「どういう意味だ。俺は死んだんだろう?」
そう俺はあの紅い球体に心臓を突き刺されて死んだはずだ。
あの激痛と目の前に広がるあの生暖かい赤の液体を見て死んだと感じた。
だから、今目の前にいる人ではない何かを感じて、確信した。
「正確にはまだ死んでない。お前はまだ生きてる。といってもあと数分の命だがな」
「そうか、今は生きてるのか。でも、ここは俺の中なんだろう? どうして俺はここに?」
訊いた瞬間に凄まじいほどの重たいプレッシャーが椎名を襲う。
「――ッ!!」
「自覚しろ! お前の命は我が握っている。我はお前を食うつもりでここにいる。だが、お前次第ではお前を助けてやろうとも思ったのだが、やはりお前は我が喰おう」
「……一体何者だ?」
「また質問か? 懲りんなぁ?」
プレッシャーが強くなる。殴るように抉るように俺を責め立てる。
「まあ、いいだろう。我はルシファー。サングトゥース・ビタァンゼルス・ルシファー。七つの大罪、傲慢の罪、堕天使ルシファーと言ったほうがわかりやすいか?」
その厨二の象徴と化した名を出されて驚きを隠せない。
「ル、シファー……。堕天使、か……」
見え始めた眼を擦り、声のする方を見る。
白銀の背まである髪を静かに靡かせて、つり上がった鋭い紅い眼がこちらを見ていた。
親切に答えてくれたあたり、思うほど悪いとは思えないが堕天使という響きが引っかかる。
背中の歪な形をした翼を広げ、腕をこちらに伸ばした。
「最後の審判を下す。我の目の前に結界を張る。見事それを打ち破り我に触れる事が出来ればお前に我の力の一部を与える。制限時間はお前が死ぬまでとする」
言うと伸ばしていた手を広げルシファーは何かを呟いた。瞬間、掌から赤い紋章がルシファーの前面に現れ、半球の壁を創った。
武器もなしに素手でこれを打ち破ろうというのだ、無茶な話ではある。が、この試練に打ち勝たなければ死んでしまう。
何もせずに死ぬよりは、最期の悪あがきでもしてやろうと拳をつくった。
「いくぞ!!」
声を上げると全力で右ストレートをルシファーに向けて放った。